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街角聖女はじめました  作者: たろんぱす


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22/22

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「嘘であろう、俺を忘れたのか?」


 男がソニアと目線の合う位置まで下がってくる。一つに結ばれた長い金の髪が目の前をふわりと漂う。それにウサギのように真っ赤な瞳に、椅子で飛んでくる知り合いといえば一人しかいない。だが認めたくない。あの子は身長がソニアの胸までしかなくて、細くて、生意気だが寝顔が可愛い男の子だったのだ。

 治療したのは自分だが。


 こんなデカいサイズだっただろうか? とても担げそうにない。治療後へばっていたとはいえもっとよく見ておけばよかった。


 ソニアが現実を認めたくなくて渋っていると、男はさらに言い募った。


「目の前で素足を晒し、俺の服を剥ぎ取り、責任を取ると豪語したことを忘れたのか?」

「だああぁぁ! その姿で言うのやめろっス、シル様ぁ!」


 ソニアが名を呼ぶと、シルは口の端を上げてニヤリと笑った。


「なんだ、覚えているではな」

「ん? どういうことかな?」


 シルの言葉尻をぶった斬り、クラウディオが二人の間に入り込む。ソニアはその完璧に整った笑顔に寒気がした。その左手に出しっぱなし氷の刃はもう無くしても良いんじゃないかなと思う。


「へ? どう、とは?」

「素足を晒した? 服を剥ぎ取った? 何で愛称呼び?」


 ぐいぐいと笑顔で圧をかけてくるので思わず後ずさる。


「責任取るってどういうこと?」

「や、違うんス」

「ソニア知ってる? 浮気男の言い訳は大体“違うんだ、誤解だ”から始まるんだよ?」

「ごっごごご誤解っス」

「勿論そうだよね。それでどこが誤解? 何が誤解? 聞くよ? 僕のことを浮気男扱いしといて、ソニアが……なんて、あるはずないものね?」


 おかしい、クラウディオの目を見ているはずなのに何故か崖を覗き込んでいるような、薄ら寒い感じがする。一歩間違えて、足が滑ったらどうなるのだろう? 怖。


「ないないないない、ないっス。ほら、子供! 子供相手っスから!」


 ソニアが掌を向けて示す先には、縦にも横にもどでかい男。ぴったりした服ではないのではっきりとはわからないけど筋肉量が大魔導士を超えてるんじゃないだろうか。

 その大男がゆったり座れる装飾ゴリゴリの椅子はソニアが二人は座れそうに大きく、併せると存在感がエグい。


「………………へぇ、子供」

「こっ子供だったっス! 十歳くらいのっ」

「ふぅん」

「だっ、大体こんなでかい男の服をあたしが剥ぎ取れると思うっスか!?」

「それは一理ある」


 その一言で、ギリギリまで上り詰めていた何某かのゲージがひとつ下がった気がする。

 ふう、とソニアが心の中で冷や汗を拭うと、シルがクラウディオを避けてソニアの背後につく。


「ん? こやつ、見覚えあると思ったらテノラスの第二王子か」

「今はもう皇弟だよ、グレゴリジュニア。そんな事も理解してないなんて、未来の大魔導士殿は一体誰になるんだろうね?」

「は? それはお前の目の前にいるではないか。全く愚かな奴だ」

「そういえば君の研究論文読んだよ。反転換ベクトルの研究だっけ? 実際はどれ程のものなのかなっ!?」


 クラウディオがいい終わるなりソニアの腕を引いて、構えていた氷の刃をシルに投げつける。一本だったはずなのに五本くらいに増えていた。


「ちょ、クラウディオさん!?」


 氷の刃はシルの前で砕け散り、返ってきた氷のかけらがふわっとクラウディオの前髪を揺らした。


「なんだ、全然大したことないね」

「貴様こそ、魔導具の普及ばかりで魔法の腕が落ちたのではないか?」

「ん? 手加減してあげたんだけど、わからなかったかな?」


 クラウディオの背後に隠されたソニアはそろそろと二人から離れてハンナの側に行く。


「あの二人本当に仲悪いんスね……」

「そのようですね。クラウディオ様が短期留学されていたのは十四歳の頃とお聞きしているので、もう十年ですから筋金入りですね。以前のお話を聞く限りはシルベスト様からつっかかっていたようですが……」


 今回はどう見てもお互いにバチバチとやり合っている。止めに入ろうものなら無傷ではいられなさそうだ。


「ロハン様、お二人を止めていただけますか? そろそろ領都門に向かいませんと」

「そうだな。クラウディオ様なら圧勝しそうだが時間がないしな」


 ロハンが柄に手をかけて二人の側まで行くと、シルは竜巻で砂を巻き上げて視界から消えた。


「っ、どこ行ったっス?」


 砂から顔を庇って俯くと、後ろから急に膝カックンされた。


「ひえっ!?」

「ソニア様!」


 転ぶかと思ったが、そのままぽすりと何かに座り、持ち上げられる。


「はっはっは、捕まえたぞソニア。こいつと懇意だったとは面白い。俺と遊ぶが良い。ペキュラへ帰ろうぞ」


 座ったのはシルの腿の上。抱き上げられ空へと急上昇する。


「な、何でぇ!?」

「ふむ、そもそも俺の快気祝いのパーティをするから探していたのだ。治療をしたそなたは主賓だからな。だがそなたを迎えに行ったがおらず、随分探したのだ。が、良い暇潰しになったぞ」

「いや、あたし今からエーリズの王宮に用があるんで、下ろしてほしいっス」

「そうなのか? わかった、俺が送ってやろう。すぐ着くからな、さっさと用を済ませてパーティだ。はっはっは」

「いや、下ろして……」


 シルが空中でくるりと椅子の向きを変えると、正面から一抱えはありそうでかい氷の槍がシルの顔目掛けて飛んできた。


「ひえええぇええっ!」


 それはそれはぶつかる直前にピタリと止まり、バキバキとヒビが入ると、細かく砕けて逆向きに飛んでいった。


「氷だとベクトルを逆にする時の衝撃で砕けるな……。そうするとどうしても攻撃力が落ちる」

「今それどーでも良くないっスか!? そんなんいいから下ろすっス!」

「おっと、ヤツが来た。飛ばすぞ」

「へっ?」


 足の下を見ると、豆粒程のクラウディオが魔王のような迫力でこちらに向かって飛んで来ていた。さらにその下には先程までいた町並みが広がっている。


 ソニアは昔、煙突掃除をするリーダーの手伝いで屋根の上に登ったことがある。高い場所から見渡す街は新鮮で、まるで鳥になったようだと喜んだものだ。


 なんて記憶が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 その時の高さの比ではない。落ちたら死ぬ。

 ソニアはくらりとした。


「む、無理かも」


 横向きにソニアを抱えるシルの服をぎゅうぎゅうに握る。そのまま拳が固まってしまったのかというくらい強張る。

 

「ん、どうした、怖いのか? 心配無用、落とさぬ落とさぬ」

「ソニア!」


 そこに身ひとつで飛んで来たクラウディオが追いつき、問答無用で氷の槍を無数に飛ばし、暴風を起こす。


「「あ」」


 バランスを崩した椅子からソニアは飛び出した。ガッチリ握った服が破ける。


(落ちる……!)


 ぎゅっと目を瞑り身構えたが、何かにぶつかる衝撃で、ソニアはそっと目を開けた。


「ソニア。ごめんね、怖かった?」


 風に靡く銀髪に、紫の瞳。

 視界に入った瞬間にソニアはその首に抱きついた。どばっと涙と鼻水が溢れ出し、首筋に顔をぐりぐりと埋めて極力下を見ないように努める。クラウディオは横向きに抱き上げて、背中をポンポン叩いて宥めた。


「ご、ごわがっだっス……」

「もう大丈夫、絶対離さないからね」

「本当、頭のおかしな男よ」

「それは君のことだよ。よくも僕の目の前で……。絶対許さないよ」


 体勢を立て直したシルベストが横につくと、クラウディオが再び掌に氷の刃を出そうとする。

 膝裏を支える手が抜かれそうになって、ソニアは腕に力を入れて強く抱きしめた。


「ぎゃ、ちょ、ダメダメ離さないで! 離さないって言ったっス! ダメっ!」


 必死に縋るソニアにクラウディオは不謹慎ながら嬉しくなって微笑んだ。


「ふっ、ふふ……ごめんごめん。わかってる、離さないよ」




***




 地上に残されたロハンは反射的に主人が飛び去った方向へ駆け出そうとするが、ハンナがその服を掴んで止めた。


「ロハン様、領都門まで走りますよ! ランドリック様と合流しましょう」

「ああ。くそっ、クラウディオ様がお強いとはいえこうもあっさり置いていかれるとは……」

「私なんて二度目です。もう置いていかないと約束しましたのに」


 護衛の二人は護衛対象に置いていかれて慌てて後を追うのだった。




***


 

 

 クラウディオはエーリズ王宮正門前に降り立った。既に人々は一日を始めている時間で、王宮勤務の貴族達が何事かと足を止めてクラウディオを振り返った。


「止まれ! ここからはエーリズ王宮だ」


 槍を向けて睨みつけてくる門番の後ろから、手勢を引きつれたニコラが姿を現す。


「クラウディオ様、お待ちしておりました」


 テノラス騎士達が門番を退かし、クラウディオはソニアを横抱きにしたまま王宮の敷地へと踏み入れた。

 表面上王宮は特に騒ぎが起きた形跡はない。


(アウロ達の連絡が間に合ったとみるべきか。王の首は繋がったままのようだな)


「な、待て!」


 声を上げ、手を伸ばす門番をクラウディオはうんざりして睨み返す。怒りに任せて魔力を放ち、冷気になって周囲に漏れ出る。


「こっちは招かれているんだ。毒まで盛って、勝手に連れ出して、これ以上の無礼が許されると思うなよ」


 ひんやりと地面が凍りつき、門番はびくりと動きを止めた。

 その隙に騎士が門番の前に立ちはだかり、クラウディオはニコラが用意した馬車に乗り込み迎賓館へと向かう。


「ご無事で良かったです」


 一緒に馬車に乗ったニコラがほっとした笑顔を浮かべる。

 膝の上でわたわたしているソニアを抱え直し、その頭頂部に頰を寄せた。


「ク、クラウディオさん、もう下ろしてほしいっス」

「ん、着いたらね」


 好きにされてるソニアが「いつの間に機嫌が直ったんだろ……?」と首を傾げていて可愛い。

 ちょっとした癒しタイムを挟みつつ、迎賓館につくと、追いかけるように椅子が舞い降りる。


「クラウディオ様、あちらは」

「グレゴリジュニアだよ。この際ペキュラにも介入してもらおうと思ってね」

「わかりました。部屋を用意します」


 馬車から降りると、シルは立ち上がり、どでか椅子を担いでついてきた。


「君、いい加減箒に乗りなよ。せめてもう少し小さい椅子とか。邪魔すぎる」

「何故だ。この椅子は格好良いではないか」

「…………」


 どうやら十代に発症したおかしな黒歴史的思想を未だ引きずっているようだ。この歳でこれでは矯正は無理なのだろう。

 ニコラが扉を開けると、中はシンとしていた。エーリズ側がつけた使用人は全員追い出したようだ。ニコラはそのまま奥へと案内していく。

 

「ひとまず休む。ロハン、ハンナ、ランドリックが後から来るので対応を頼む。ロハンはランドリックの護衛につくように伝えてくれ。それとペキュラのクスフェ教授に連絡を。『エーリズのアンクローディ領で聖女に関する遺跡が見つかった』と。エーリズ王宮側からは問い合わせがあっても何も答えずに待たせておくように」

「承知致しました。クラウディオ様とソニア様はこちらの部屋をお使い下さい。グレゴリー・シルベスト様はこちらを」

「シルベストで良い」


 クラウディオが扉を閉める時、ドデカ椅子が扉につっかかりガコンガコン騒がしく部屋へ入ってく音が煩かった。

 部屋へ入るとクラウディオは中を確認してソニアをさっさと浴室へと押し込む。


「ソニア、お風呂入っておいで」

「え、いやあたしクラウディオさんの後でも」

「いいから。中にタオルと着替えあるから使ってね」

「あ、うん」


 早く抱きしめて、キスしたい。




***




「あ、ここエーリズか。シャワー無いじゃん。蛇口すら無いし」


 ソニアは髪を洗った後手を彷徨わせて、洗面器に浴槽の湯を汲んで頭にかけた。

 水差しは用意されてるようだが、これは飲んだりうがい用だ。

 こんな短期でテノラスでの便利な生活に随分慣れてしまったようだ。ペキュラも風呂は魔導化されていたし、うっかりしていた。

 体も洗って残った湯に浸かりまったりする。久しぶりにさっぱりして気持ちいい。

 温まってから、クラウディオの為にお湯を張り直そうと排水して、浴槽の縁でガックリした。


「だから、蛇口ないんだって……!」


 慌てて体を拭き、棚に揃う着替えに手を伸ばす。


「う、うんっ!?」


 クラウディオの為に用意されている着替えで、ソニアは想定されてなかったので、当然揃っているのは男性物だけだ。

 どれも似たような黒いデザインなので、ソニアは逡巡して上から手に取った。

 パジャマのズボンは幸いに紐で結ぶ物だった。ぎゅっと締めて、袖と裾を三回ずつ折り上げれば引きずらずに着れる。リボン結びした紐の端が長いから引っ掛けないように気をつけないと。


「すまん、遅くなったっス」


 慌てて部屋へ戻ると、クラウディオが目を細めてから、「いや、大丈夫」と言って浴室へと入っていった。

 睨まれたわけじゃないけど、なんだろう、ギラッと見られた気がする。


「あ、お湯! 入れられてなくて」


 浴室の扉をノックして告げるとまた「大丈夫」と返ってきた。


(あ、魔法で出来るのかな? あたしも治癒じゃなくて色々使える方が良かったな〜。絶対便利)


 タオルで髪を拭きながらテーブルへと向かうと、冷たいお茶や軽食が用意してあった。


「わあ、美味しそう」


 ひとまずお茶をコップに注ぎソファに座った。

 一杯飲み干したところで、クラウディオが戻ってきた。


「は、早い。クラウディオさんお茶飲むっスか?」

「もらおうかな」


 お揃いの、開襟の黒いパジャマスタイルだが、手足が長い。一回も折り返すことなく着こなしている。さすがである。


 テーブルにお茶をくんだコップを用意すると、ソファに腰を下ろして一口飲んだ。


(なんか、視線を感じるような?)


 チラリと隣のクラウディオを見ると、自分の髪を拭きながらこっちを見ていて、ばっちり目が合った。お風呂前とおんなじ様な目だ。

 ソニアは手にしていた、オレンジのくし切りの皮を外して、ぱくりと頬張る。


「ふぁ、ふぁに?」

「ソニア、会いたかった」


 真っ直ぐな言葉にソニアの顔は真っ赤になる。


「う、うん。あたしも……あ、会いたかった、っス」

「うん」


 ささくれのない綺麗な指が伸びて、ソニアの輪郭をなぞる。頰を撫でてぷにっと軽くつぶすと、クラウディオは小さく微笑んだ。


「ふ、りんごみたい」


 指先は喉元を辿り鎖骨に落ちたチェーンを引っ掛ける。


「ずっと着けてくれてるんだね」

「……お風呂以外は、外してないっスよ」


 チェーンの先を手繰り、トップの宝石にクラウディオは唇を寄せた。濡れた髪から雫が落ちて、開いた襟元からつぅと滑り込んだ。


「ん、いいこ」


 顔を上げたクラウディオの溶けるような目に射抜かれて、心臓が止まりそう。

 鼻先をくすぐられて、そっと優しく口付けられる。


「ねえ、ソニア」

「っ……?」


 少しだけ離れて、軽いキスが二回、三回と重なる。


「僕も愛称で呼ばれたいな」

「あ、ちゅ、しょ……? ちゅ、んむ、て、ちゅ、んラ、ゥん? ま、ちゅ、まっ、て。ひゃ、んべれ、ちゅうっ、ないっ……!」

「ふふふ、何言ってるかわからないよ」

「だっ、ちゅ、からぁ、んっ」


 いつのまにかソファに押し倒され、ソニアはクラウディオを見上げて必死に息をつぐ。

 悪戯な指先は垂れた雫を追いかけて、襟元から潜り込みその雫を拭った。


「ふは、くすぐった……」

「えっ」


 指先に伝わる素肌の感触にクラウディオは目を見開き固まる。

 上体を起こそうとクラウディオがソファの座面に手をつくと、指に何かがひっかかった。


「あ、ダメッ……」

「え?」


 そのまましゅるりと紐が解ける。ソニアは慌てて体を起こそうとズリ上がって、かえって事故った。ズボンが下がってしまったのだ。腰が露わになろうかという危機だったが、上もオーバーサイズで股下丈であった為にセーフである。ちょっと腰横チラリぐらいでおさまった。

 息を止めたクラウディオがふらりと両手で顔を覆い、天井を仰ぐ。


「…………ソニア」

「はい、っス」

「下着は?」

「な、なかった、んス」


 一応見たんだけど、上の下着は緩くて肩が出ちゃうし、下の下着はこれまた緩くて尻に引っかかる感じだったので諦めたのだ。自分が履いてきたのを風呂でちゃちゃっと洗ってこっそり干してきた。

 素で着ることになったので、このパジャマは買い直して返そうとも思っていた。


「え? 上も下も?」


 ソニアが真っ赤な顔でこくこくと頷くとクラウディオが長い長いため息をついた。

 もう、本当に死ぬほど恥ずかしい。突き詰めないで欲しい。


「僕試されてる?」

「え? 何をスか?」


 クラウディオが顔を背けた隙にすかさずズボンを引き上げる。だが紐を手に持った瞬間素早く奪い取られた。そのままクラウディオの手によって固結びにされる。


「なっ!? ひ、酷いっス! 我慢の限界がきたらどうするっスかっ!?」


 これではトイレに行きたくなった時、再び死ぬほど恥ずかしいタイミングが訪れてしまうではないか。

 だがクラウディオからしたら、ちょっと婚約者とじゃれつきたかっただけなのに、まさかの防御力ゼロである。きっちりしまっておきたい。


「こっちはとっくに我慢の限界だったんだよ! 無防備にも程がある」

「よくわかんないけど、トイレなら早く行くっス」

「トイレの話はしていない」


 固結びを解く解かないと色気のないじゃれあいをしていると、ドアをノックされて、ニコラの声がした。


「すみません、ソニア様のお着替えお待たせしました〜」

「あ、やった! はいっス〜」

「こら、ソニア! その格好で人前に出るの禁止。僕が受け取るから」

「ちょっと! 変なかっこしてないし。誤解されそうなこと言うのやめてほしいっス!」


 どったんばったん暴れて、ニコラはドアの前で待たされることとなったのだった。




 翌朝起きると、ハンナが部屋で動き回っていた。クラウディオは先に起きたようで既に部屋にいない。


「ソニア様、おはようございます」

「おはよう! ハンナ、良かった。無事来れたんスね」

「はい、昨夜のうちに到着いたしました。もうお休みのようでしたので、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」


 話を聞くとランドリックと無事合流してロハンも一緒に来たようだ。ハンナも疲れているだろうに、くたびれたようすもなくいつもピシッとしていてかっこいい。ハンナが居るだけで安心感が全然違う。着替えを選んで、支度を手伝ってもらいダイニングへ向かう。


「おはようソニア。こっちにおいで」

「起きたかソニア」

「おう、はよー」

「……おはようございます」

「おはようっス」


 テーブルにはクラウディオとシル、それとランドリックにペキュラの保安官ティンバーがついていた。なんとなく不思議な面子である。

 クラウディオの隣に座り、食べながら今日の予定や、今後起こりうることを話し合う。

 みんなが食後のお茶を始めてから、クラウディオはニコラに手を上げて合図をした。ニコラは礼をとってから、ダイニングの扉を開けた。


 そこには男性が待っていた。きちんと礼服を身につけ、左胸に掌を当て膝を折った姿勢でピタリと動きを止めている。茶色の髪は乱れなくセットされ、一重のさっぱりした顔立ちに見覚えはない。

 置物かと思ってしまうくらいに姿勢を崩さない男にも、楽にしていいと声をかけないクラウディオにも、ソニアは首を傾げた。

 シルは楽しそうに、ティンバーは少々青い顔で、ランドリックとその後ろに立つロハンは感情の見えない顔で眺めている。

 困惑して斜め後ろに控えるハンナを見ると、微笑んでひとつ頷かれた。


(一体誰?)


「発言を許す。姿勢は崩すな」


 クラウディオに命じられて、男はそのまま口を開いた。


「はい、ありがとうございます。ソニア様」

「えっ!? はいっス」

「この度は私どもの不手際で御身を危険に晒し大変申し訳ありませんでした」

「えっ、と……?」


 クラウディオに顔を寄せてこっそり「誰?」ときくと、クラウディオはにっこりと綺麗に微笑んだ。これはあんまり機嫌が良くない時のやつだ、とソニアはぎょっとする。覚えてないとダメな人だったのかと思ったが、どうやら違うようだ。


「ふぅん。ソニアに顔も出さない無礼者だったんだね」

「……大変、申し訳ございません」

「ソニア、コレは君に顔も見せずに要件だけ伝えて、おまけにしくじった、出来の悪い隠密だよ」

「おんみつ………………あっ、あっ、夜中部屋に来た? あの? あー、迎えに来るって言ってたのに、あたし勝手に動いて迷惑を……」

「謝罪はおやめ下さい。私の手落ちです。申し訳ありませんでした」


 すんごい謝り倒してくる。しかも隠密なのにみんなの前に顔晒されて大丈夫なのだろうか。これ自体結構な罰じゃない? と戸惑っていると、クラウディオが悪い顔して「それで?」と言った。


「陛下からは殿下の指揮に入るようにと」

「そんなの当たり前でしょ。指揮に入る上でどれだけの軍隊(手土産)を用意したのか? って聞いてるんだけど?」


 後にみんな言った。悪魔のような笑顔だったと。





明けましておめでとうございます。

今年ものんびり牛歩かと思いますが、どうぞよろしくお願いします。 

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