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街角聖女はじめました  作者: たろんぱす


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19/20

聖女と神に仕える者

後半に暴力的、差別的な言葉があります。

苦手な方、不快に感じる方は読み進めませんようにお願い申し上げます。よろしくお願いします。

 森を抜けて、ペンダントの指す方へ真っ直ぐ走り続けると、第一村人に遭遇した。初老の男性で、近くに農村の集落があるようだ。何も植っていない畑を見回っていた。


「アンタどっから来たんだ?」

「森の方からっス」

「ほー、迷子かね。ん? アンタ聖女か?」

「まあ、そっス」


 全身をジロジロ見られて、若干居心地が悪い。ペキュラの村でも同じような事聞かれたが、もっと丁寧に対応してくれたので、差異が余計に際立つ。同時に懐かしい、とも思う。聖女はいると有難いが、特別ではない。そんな空気を感じるのは久しぶりだ。


「ちょっと診て欲しいヤツがいるんだがいいか? 金ならある」


 先を急いではいるが、診て欲しいと言われて断れず、ソニアは頷いた。


「聖女のいない村なんスか?」

「いつもはいるんだが、先日王都へ招集がかかったんだ。なんでも近隣の村もそうらしくてな。ここいら一帯聖女が不在なんだ」

「へぇ、そんなことあるんスねぇ」


 診てもらえると聞いて出てきたのは全部で七名。風邪が二人と、後は腰痛や関節痛のお年寄りだ。パパッと治し、謝礼金を用意されて、ソニアは言った。


「あ、出来ればお金じゃなくて食べ物とか欲しいんすけど」


 気がつけば籠の中はティンブレッド一斤とリンゴ一個しかない。リンゴは斜面を転がった時に落としたみたいだ。

 そう申し出ると、村人達は途端に嫌な顔をした。


「悪いがこっちは冬の支度でカツカツなんだ。金で我慢してくれ」

「あー、そっスか」


 そういえば初冬で、どこも食糧を溜め込む季節だったのを失念していた。テノラスとペキュラが冬の心配がいらないほど豊かだったからだ。

 謝礼を受け取り、ソニアは走り出した。

 村から離れて、走りながらもらった小袋を開けると、中身は五千ガルだった。一回千ガルで働いていたから、七千ガルを想像していた。


「お金ないんじゃん」


 王都での相場は症状にもよるが、一万ガルぐらいと言っていた気がする。相当値切られたのか、片田舎の相場はこんなもんなのか、どちらだろう。

 ソニアはポーチにお金をしまって、走るスピードを上げた。


 爆速で走るソニアに話しかける猛者は出てこず、順調に駆け抜け夕方には王都手前の領の領都まで辿り着いた。


「あたし凄くない!? マジ二日かかんないで近くまで着いたんだけど!」


 エーリズの国土はペキュラの四分の一程度なので、エーリズに入ってからは、目的地までが早く感じた。今のソニアにとって狭いって素晴らしい。

 寝不足と空腹で耳鳴りがするが、やたらとハイになっていて、バキッと見開いた目で食べ物を探す。これ以上走るには栄養が必要だ。

 既に夕方なので、市や屋台などは店じまいしていた。魔導燈の無い夜道は暗い。早く行かないと食堂も閉まり、バーぐらいしか空いている店が無くなってしまう。

 アンクローディ領都はぐるりと立派な壁が街を覆っていて、入都税がかかった。二千ガル払ったので所持金三千ガル。全て食費に注ぎ込む所存だが、できるだけ沢山食べたい。

 食べたらまた走って王都に到着だ。


(あれ、王都はいくらで入れたっけ?)


 王都にいた頃は出入りしなかったし、最後は追い出されてしまったので本当に知らない。ヤバい、予想より食べられないかもしれない。諦めて出て行こうか。いやでも入るのにお金払ったし、と回らない頭でふらふら歩いているといい匂いがしてきて、結局食堂に入って食べてしまった。久々の温かいご飯に手持ちがなくなった。後悔はない。またなんとか稼ごう。


 すっかり日が落ちた町に出て、通りを見渡す。既に人通りは無く、四辻や大きい建物の前などに、ぽつりぽつりと設置されたガス燈の灯りだけが微かに揺れて見えた。光の届く範囲が魔導燈より圧倒的に低く、ガス燈とガス燈の間には闇が広がっていた。そのガス燈すら、この領都の中心街だけだろう。

 たとえ暗くともソニアはクラウディオの元まで迷子にならない。王都まで走ろうと、ペンダントに魔力を通す。


「え?」


 だがその光は前方にある王都ではなく、右を示していた。


 



***




 王都の北に隣接するアンクローディ領。現在ヴィクサス侯爵家が治める地にデリオン教の総本山がある。


(そう、よりにもよって王太子の婚約者家が治める地にね)


 王都のデリオン教を軽く見て回った後、イーデンは総本山に、沢山いて紛れやすい侍祭として潜り込んだ。

 教会内で一番高い鐘のついた塔の屋根は丸く、外壁は全て白い。荘厳というよりは清廉さが際立つが、飴色に磨かれた木の扉にどこか温かさがあった。窓にはガラスが使われていて中も明るい。

 一般信徒が出入りする礼拝堂も掃除が行き届いていて、祈る少女像も他のボロい教会と違い何処か神秘的だった。

 とはいえ、出入りする一般信徒など一人としていないのだが。

 イーデンも最初は一般信徒のふりをするつもりだったのが、断念する程に閑散としている。

 貴族の信徒は家族だけで使えるように、別に何部屋か用意されているが、それも今日の訪問はない。他の教会はボロボロなのに、どうしてこの教会だけ、この外観を保っていられるのか。貴族の寄付金の他に侯爵家からそれなりの予算が組まれていることは間違いない。


 教会内や庭の掃除、食事の準備にと、丸一日見て回った感じ、表面的には穏やかだった。人の出入りが極端に少ないともいう。日常的な備品や食料を卸す商人が一日に一回来るぐらいだ。


 だが日中、総本山の呼びかけとやらで、地方や村々に配置されている聖女が王都に集められ、まとめて馬車で送り込まれてきた。来た聖女は教会の最奥にある教皇の部屋へと案内されたきり未だ戻ってきていない。


(最奥に一体何を隠しているのやら)


 そろそろ奥へ探りに入ろうかと思っていたのだが、よりにもよってフィリス・ヴィクサスが総本山へとやってきた。棺と共に。

 何が入っているかは知らないが、棺も奥へはこばれていった。

 フィリスは司祭を顎で使い我が物顔で居座っている。司祭達もフィリスを姫の様に扱い、まるで逆ハーレムだ。


(王都のデリオン教は聖女との繋がりなんて全くと言っていいほどなかったのに、総本山は聖女が堂々と入り浸るのか。それとも領主の娘だから? いやでも、他の聖女も集めているようだしな)


 夜陰に紛れて奥へと侵入しよう。高い柱の上の張り出した装飾の陰に隠れて待機し、そろそろかと動こうとしたところに、ピアスの通信機が少しの雑音を出してから「俺だ」と言った。総本山の入り口前に立つ宿屋の中から、門の見張りを頼んでいたロハンからの通信だ。

 注意深く周囲を見回して、ひとの気配が無いのを確認してから小声で返事をする。


「どうしました?」

「門の前にソニア様がいるんだが、保護した方がいいよな?」

「は?」


 一瞬思考が止まった。


「なんか小汚いんだが……何があったんだ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。妻……ハンナさんは一緒にいませんか?」

「ひとりのようだ。暗闇の中、総本山門前のガス燈の下にいてかなり目立つ。中を窺っているようだが。と、……ああ、商人の荷馬車か。ん?」


 イーデンはソニアの護衛を疎かにした故に魔王の如く怒るクラウディオを想像して、さっと青くなった。しかも闇に紛れず、あえて明るいところにいるなんて、私はここだと知らせるようなものである。


「すぐに保護して下さい!」

「すまない、目を離した隙にいなくなってしまった」


 イーデンは蹲って頭を抱えたくなったが、小さい足場なので無理なのだった。

 




***




「まずいまずいまずいまずい」


 デリオン教から走り出た幌つきの荷馬車は止まることなく夜の町を駆け抜ける。積んだ空の木箱を目隠しに、中には気を失った二人の女性が寝転がっていた。スカートの裾は汚れているが、その白い制服は聖女のものだ。

 デリオン教の司祭服を着たセリムはどっと全身に汗をかいていた。教会を出たところで、ここに居てはいけない女が突っ立っていたからだ。そして慌てるあまりに、道端に立つその女を馬車に引き摺り込んでしまった。女の口を塞ぎ、両手を後ろ手にして拘束したが、どうしたらいいかわからない。


「どうしよう! “ソニア”を拾っちまった! なぁそうだろう? あんた“ソニア”だろう?」


 “ソニア”と呼ぶと、そばかすの女は驚きで目を大きくしてこっくり頷いた。

 荷馬車の中から御者台に座る商人の格好をした青年に話しかける。


「リュス! どうしよう」

「やっちまったもんはどうしようもないよ。アウロのとこに連れて行こう?」

「あああぁ、アウロにブチギレられるうぅ〜……」

「どっちかっていうと、怒るのはエニの姐さんじゃない?」

「それも嫌だ」


 御者台からは仕方ないとばかりにため息が聞こえた。そう、ここで“ソニア”を見過ごしてデリオン教側に捕まるよりよっぽどいい選択のはずだ。だが“攫った”という悪行は消えない。


「よし、国外に捨てに行こう。今すぐに。そして無かったことに」

「それ何日かかるのさ。しかも罪を重ねているし」

「ああああ〜〜……」

「諦めて。そして怒られて」

「リュス〜。リュスも一緒におこ、っとぉ!?」


 会話中にソニアを捕らえていた手に重みがかかり、重心が前に引っ張られる。抵抗されたのかと押さえる手に力を入れて引き戻すが、ソニアはそのままガクリと力を抜いて、セリムに寄りかかった。御者席の横に吊るされたランタンのオレンジ色の灯りの中で、その顔を覗き込むと随分顔色が悪く見える。目は固く閉ざし、眉間に皺が寄っていた。


「えっ…………気絶、した?」

「うわ、乱暴〜」

「いや、俺無罪だってぇ! なんもしてないって」

「無罪……ではないな? まぁ、案外切り札になるかもよ?」


 幌付き馬車はそのままガタゴトと進み、街外れの商家へと到着した。




***




 ソニアは薄らと目を開けた。木の天井が視界に入り、光の差す方へと顔を動かす。


(もう朝か)


 柔らかな光に白む空を見て、ぼんやりそう思った。いつ寝たんだっけ、と記憶を探り違和感に飛び起きた。


「朝ぁ!?」


 そう、昨日はクラウディオの居場所を突き止めたところで人攫いに遭遇し、馬車に無理矢理乗せられたのだ。

 御者席に設置されたカンテラの灯りが、馬車の振動に合わせてゆらゆら揺れているのを見ていたらスコンと寝落ちしてしまったのだ。


(やらかしたっ!)


 ソニアは両手で顔を覆った。クラウディオまであと少しだったのに。二日間僅かな睡眠時間で走り続けた無理が祟って、人攫いの前で爆睡してしまった。図太すぎる自分を蹴り倒したい。


(え……一晩、だよね?)


 よく寝たからか頭はスッキリしている。流石に図太くても寝ていたのは一晩だけであると信じたい。

 ベッドから部屋の中を見まわす。ベッドとサイドチェストのみの、使用人にあてがわれるような小さな部屋だ。

 壁に打ち付けてあるフックに汚れた聖女服が掛けてあるのを見て、自分の姿を見下ろすと半袖短パンのインナー姿だった。ペンダントは着けたまま盗られてないし、ベッドサイドにはソニアのショートブーツもある。

 

(服を奪って逃げられないように、ってことはないんだ。単に汚いから脱がせたってこと?)


 背負い籠は一旦下ろしていたので、鉈共々紛失してしまった。鉈があれば多少心強かったのに。

 ブーツを履いて、音を立てないようにドアノブを回す。鍵はかかっておらず、静かに開いたが、ドアの真横に立つ男とばっちり目が合った。短髪のがたいの良い男で、どうやっても勝てそうにないな、と逃げる気がスンと引っ込んだ。


「お、起きたか」

「あ、どうもっス」

「悪いがあんたを部屋から出せないんだ。あんたが起きたことは知らせるから部屋に戻ってくれ」

「はぁ」


 ソニアは開けた時と同じように静かにドアを閉めた。そして首を捻った。


(初回の人攫いのケースと犯人のタイプが違いすぎる……!)


 こういう場合はどう対応するのが正解なのか。ベッドに座りうんうん考えていると、扉をノックされ、返事する前に開けられた。


「入りますね」

「あ、はいっス」


 入室したのは、質素なシスター服を身に纏った、淡い金髪にカラメルのような濃い赤茶色した瞳の女性だった。大きく丸い目は愛らしく、真っ直ぐな金の髪と合わせると大人しそうな少女に見えた。

 少女は落ち着いた仕草で両手の指を揃えて、頭を下げた。


「このような扱いをしてしまい、申し訳ありませんでした。貴女を傷つけるつもりはありません」

「なら、出して……」

「ですが、この国から出て行って下さい。今すぐに」


 大人しいと思っていた瞳が、鋭くソニアを射抜く。だが気圧されることなく、ソニアは睨み返した。


「それはきけないっス。あたしも今この国にいる理由がある」

「追い出され出て行ったのに、一体どんな理由があるというのです? この国に未練などありませんでしょう?」

「何で知ってる? あんた、誰だ。あたしを連れてきたヤツもそうだ。何であたしの名前を知ってるんだ」


 少女は鼻の上に皺を作り嫌そうな顔をしたが、ため息をついて改めてソニアを見た。その瞳は暗い炎を秘めて、惑うことを許さない強さがあった。

 背筋を伸ばし、右手を胸に当てて少女は名乗った。


「わたくしの名はアウロ。メリッサお祖母様の孫ですわ」

「ま……………………マ!?」


 言われたことがすぐに理解できず、間を置いて驚くソニアに、アウロは頷く。


「ええ、マジですわ。お祖母様とお手紙でやりとりしていましたから、貴女のことはそこそこ聞いたことがございます。公開治療の様子も遠目に伺ったこともございますし。ええ、ええ、存じ上げておりますとも。敬愛するお祖母様に可愛がられた“ソニア”という存在を……っく!」


 さっきとは打って変わって嫉妬に塗れた目で睨みつけられる。


「ババァ、家族いたんだ……」


 なんとなく勝手に、メリッサも自分と同じひとりぼっちなんだと思っていた。王宮なんて場所で働きながら、筆頭の地位を狙う仲間から、足を引っ張られたり、仕事を押し付けられたり。

 信用できる人なんて居ないって思いながら、それでも笑顔を絶やさずに毎日を過ごした、あの場所で。

 心の拠り所があったんだ。


「そっか」


 ソニアがへにょりと力を抜いて笑うと、アウロは眉間に皺を寄せた。


「……それで? 貴女がこの国にいる理由とはなんですか?」


 ソニアは表情を戻しアウロに向き直る。


「婚約者が、毒を受けたと聞いたっス。あたしは助ける為にここへ来たっス」

「毒を? ……貴女の婚約者とはテノラス帝国皇帝の弟君でございますよね? 彼は王宮ですわ。何故デリオン教の総本山前なんかでウロウロしておりましたの?」

「デリオン教の総本山? あの建物のことっスか? あそこにクラウディオさんがいるっス!」

「なんですって!?」


 アウロは額をおさえて「あぁ」と声をもらした。


「そう、貴女()ですのね。でしたら、ソニアさん。益々貴女を解放するわけにはいかなくなりましたわ」

「!?」


 咄嗟に一歩下がったソニアの手首をアウロは掴んだ。


「デリオン教内部のことでしたら、こちらで探ります。その情報を貴女にお教えましょう。皇弟様の身柄も出来うる限りこちらで対応すると約束します。ですが、ここから出すことだけは絶対に出来なくなりました」

 

 掴まれた手首からアウロの本気が伝わってくる。ソニアも負けじと、そのアウロの腕を掴んだ。


「理由を。あんたが何をしようとしてるのか、その理由をあたしが納得出来るなら、あんたの言うことをきいてやるっス」


 アウロは目を見開き鼻で笑った。


「はっ! 理由! 理由なんてこの国の王をブッ殺したいからに決まってますわ!!」


 丁寧に喋るアウロから物騒な言葉が飛び出してソニアはぎょっと肩をすくめる。アウロは目を閉じ、一呼吸置いて冷静さを戻す。ソニアから手を離すと、ふらりとベッドに腰掛けた。


「はぁ。どうぞ、貴女もお座りになって下さい。何処から話せばよいのでしょう。話が、長くなりそうです」


 ソニアは頷いてアウロの隣に座った。

 アウロはまるで神に祈るように、両手を固く握り合わせて親指の背を額に押し付けた。


「……“祈る乙女”を知っていますか?」

「え、っと。デリオン教の像? 初めて神の声を聞いた原初の乙女ってやつ?」

「それだけ聞くとまるで太古に存在した伝説の乙女のようですね。そんなに古い話ではありません」


 アウロはゆっくりと顔を上げて、どこか遠くを見るように虚空を見つめた。


「乙女の名はアストラ。百五十年前に実在した女性です。強い魔力を持つ、いわゆる“原初の子”でした。神の声を聞けたかどうかは……定かではありません」


 アウロは神聖な雰囲気で言葉を切ったが、そこへぐぅ〜っとうめき声のような盛大なソニアの腹の音が響く。


「あ、どうぞ続けてっス」


 ソニア的にも気まずくしれっと流そうとしたが、アウロの呆れ顔が心に痛い。

 アウロはドアを開けて外の見張りに食事を頼んで戻ってきた。


「もう少しお待ちください」

「あ、ありがとっス……」

「それで、そう。アストラの話ですね。元々デリオン教に“祈る乙女と共に祈る”という信仰はありません。これは、百五十年前エーリズで生まれた独自の信仰です。彼女を慕う人によって」

「アストラ。そんな人初めて聞いたっス」

「そうでしょうね。王家が意図的にその名を消したのです。その後の仕打ちがバレないように。だから私達は祈る乙女という形でしか語り継げなかった」




 アストラは比較的裕福な農家の出身だった。村自体も平凡なもので、その当時周辺地域でも祀られていたデリオン教を信仰していた。毎週末のミサや豊穣祭や収穫祭を行う等ごくごく一般的なものだ。

 アストラはそんな環境の中、稲穂のような金の髪に、焦がした飴色の瞳、天真爛漫な性格で家族や友人にとても愛されていた。

 物心つく頃には魔法の才能を開花させ、それを家業、延いては村全体の為に使い始めた。

 村に不作はなくなり、益々デリオン神に感謝を捧げたという。

 村長は村の資金を集めてアストラを学校に行かせ、アストラは更に才能を伸ばしていった。


 そんな折に、テノラス侵略戦争の余波がエーリズへとやってきた。


 傾れるようにやってくる難民、荒れ狂う逃走兵。エーリズは歴史上最大の危機に晒されることになる。

 その頃にはアストラの魔法は“原初の子”と呼ばれる程強くなり、アストラは学生兵として騒動を鎮める現場へと駆り出された。

 毎日起こる暴動に、アストラはデリオン神に縋るように祈った。国民が目の前で死んだ日も、己の手で他国民を焼き殺した日も、来る日も来る日も祈った。

 その暴動の勢いが故郷へ届いた、その日も。


『どうかお助け下さい。家族を村のみんなを、故郷を守って下さい』


 報せを聞いて駆けつけたアストラが見たものは、逃走兵達によって強奪、蹂躙された村だった。豊かだったその村は、施しを分けようとした人達に全てを奪い取られたのだ。

 男は奴隷のように扱われ、年寄りは皆殺された。力仕事を出来ない女と子供は身を守れずに理不尽な暴力に晒され、消費された。


『おい、女がまた来たぞ。女なんて男に使われるくらいしか出来ないんだから、お前も励めよ』


 ああ、神さま。

 どうしてですか。祈りが足りませんか。信仰が足りませんか。私の心は届きませんか。全てでもって尽くしても、貴方の慈悲は頂けませんか。

 たった一握り、いえひとひらでいいんです。傷つき、膝をついた人々にどうかその御手を見せてくれるだけでも良いのです。

 貴方がいると教えて下さい。

 もっと祈ります。もっと捧げます。全てで持って貴方のご威光を地上に知らしめます。

 だからどうか。どうか、どうか。

 どうか。


 アストラは祈る間に、村を犯す全ての逃走兵を殺しました。そして死を望む全ての女子供を神の揺籠へと送りました。


 その後、アストラは国の要請に応じずに村の再興に務めました。残った人々を纏め、逃げて来た国民を受け入れて共に平和な地を目指しました。

 アストラが守る村の評判は広がり、故郷を追われた国民が次々集まりました。アストラ自身も、自分の考えに賛同し、支えてくれる良き伴侶に恵まれました。

 そうした日々の中戦争の犠牲になった女性の多さに胸を痛めたアストラは、自分に何が出来るのかと考えたのです。


『蔑ろにされず、食い物にもされない。尊重され、大事にされる。そんな存在になることが大事だわ』


 在学中は座学でも良い成績を収めていたアストラは何年もかけて、新たな大魔法を開発してしまったのです。




「その魔法があまりにも神の領域なので、神の声が聞こえていると評されてしまったのでしょう。“御使様”と呼ばれることもありますから」

「……神の領域の、魔法?」


 ドアをノックする音でアウロは立ち上がった。ドアを開けると、食事の載ったカートが室内に滑り込み、ドアは閉じられた。


「魔力の属性を治癒魔法に変えてしまうのです。女性限定で」

「っ!?」


 アウロはカートをベッドの前まで運んで、フードカバーを外してカートの下段に仕舞う。湯気が立つスープから香ばしい匂いが立ち昇る。テーブルが無いのでカートの上にカトラリーを並べた。


「そんなことが可能なんスか?」

「可能にしてしまったから、今、このエーリズで、治癒魔法使いの女性ばかりが産まれているのです」


 二人分の食事を並べてアウロは再びベッドへ座った。


「まぁ、条件はございますが」

「条件?」


 アウロは両手を組み合わせて祈りを捧げる。


「神よ、貴方のお恵みに感謝いたします。食事に祝福を与え、健やかなる糧を通し、いつも貴方と共にあることを願います。いただきます。……ソニア、貴女は祈らないの?」


 ソニアはニカッと笑って、同じように手を組んだ。


「すまんっス。祈ってご飯が降って来たことはないんでね。食事を頼んでくれたアウロ、作ってくれた人、運んでくれた人に感謝していただきまっス」

「謝る必要はありません。信仰は強制ではないのですから」

「あんたのそゆとこ、嫌いじゃないっスよ」

「わたくしは貴女が苦手ですわ」

「そっスか」


 スープを口に含む。野菜の甘みがじんわりと舌に広がる。


「うま〜」


 籠に入ったパンを手に取る。保存のきく堅焼きパンだ。軽く炙られて食べやすくしてくれてある。スープ皿の上で千切ると、カケラがポロポロとスープに落ちていった。


「条件は、女性であること。魔力があること。それから魔法陣の効果範囲内で産まれること」

「効果範囲? どれくらいなんスか?」

「貴女もご存知でしょう? エーリズ国中で聖女が産まれることを。勿論国の殆どが範囲です。北方に至ってはペキュラに届くほどなのですよ」


 ペキュラで猛勉強したので、なんとなくだがその魔法の凄さがわかる。多分だが魔法陣はかなりデカいし、魔力も相当量いるはずだ。


「そんなご大層な魔法陣なんて一体どこにあるっスか? 噂にも聞いたことないっス」

「貴女を連れ去った場所です」

「へ?」

「デリオン教総本山の地下にあります。貴女本当に危なかったのですよ?」

「あ、危ないとは?」




 アストラ夫妻は創り出した魔法陣の影響力の大きさに、国王へと報告することにした。国王は治癒魔法の使い手が増えること、女性を守れることを良きとし、二人に褒美と爵位を与えた。

 アストラの莫大な魔力のおかげで領地には平和が訪れ、徐々に聖女が増えていき、エーリズは神に祝福された土地として、周辺諸国から一目置かれて地位を確立していった。


 アストラが亡くなるまでは。


 聖女を生み出す魔法陣。

 その魔法陣を発動させられる魔力はアストラかそれに連なる者達だけだったのだ。




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― 新着の感想 ―
道具としての、価値を与える魔法か? 意図は解るし、大事に扱われるけど、 道具になって、しまうんだよね。 国にとっては、代替の効く駒、 替わりは、生まれて来るから、消耗品扱いか。
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