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街角聖女はじめました  作者: たろんぱす


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11/20

それぞれの仕事

いつもありがとうございます!

 パーティ後、ソニアはお城の客室へと案内された。本来なら終わるのは真夜中だったので、クラウディオが泊まれるように手配してくれていたのだ。

 メイドの手を借りて重たい衣装を脱ぎ、軽い湯浴みを終えてから、だらしなくソファに寝そべる。貰った籠を手繰り寄せて、蓋を開けた。


「やったっス〜!どれにしようかな〜」


 パンが十三個入ってるかと思いきや、他にも一口サイズのオードブルやデザート、ジャムやバターまで詰め込まれている。最高だ。

 迷ってから、まず手始めにバター香るプレーンデニッシュにかぶり付いた。サクサクでしょっぱい表面と、甘めで蕩ける口当たりの中が絶妙なハーモニーで、あと十個は食べられる。

 次はオレンジピールのデニッシュ。オレンジ好きなソニアのドストライクな味で、噛み締めながらゆっくり味わう。


「う、うまぁ〜〜…」


 一生愛せる味だ。作り方教わったら自分でも作れるだろうか?と吟味している間に消えた。次。


「おー!クロワッサン久々〜」


 デニッシュとは使っているバターを変えているのか香りが強く塩味がキリッとしている。サクサク部分が零れ落ちない様に大きく口に詰め込む。


(最後に食べたのって…エーリズの王宮を追い出されて以来か〜。もう懐かしい)


 エーリズのはサク、モチッだったが、テノラスはサク、ふわぁのタイプ。


「うむ、どちらも正義」


 二口で平らげて次へ手を伸ばす。


「これは…オリーブか」


 刻んだオリーブが入ったパン。癖があって仄かに苦味があるからか、酒を呑む男性に人気があるパンだ。ジャムと合わせるのも美味しい。


(こーゆークセが強いのってクラウディオさん好きっスよね〜)


 一緒に食事する時は大体がソニアの好みに合わせてくれているが、時々辛かったり苦かったりと刺激が強い食べ物を美味しそうに食べているのだ。

 そんなに美味しいのかな?とその度に一口貰うのだが、残念ながらソニアはいつも涙目で飲み込むことになる。


 オリーブのパンには一緒に入っていたマーマレードをたっぷりかけて頬張る。口がぱんぱんのタイミングで、ノックの音がした。


「ふぁい!ろーぞー!」


 滴る程にジャムが載ったパンをテーブルに直置きするのを躊躇い、お行儀悪く持ったままドアに寄った。内側からソニアが開ける前に、返事を聞いて外からドアが開けられた。


「ソニア?食べてるの?」


 予想通り、訪ねてきたのはクラウディオだ。マントや勲章は外しているものの、未だ詰襟を着込んだままで休めていない事がみてとれる。


 クラウディオはパン片手に頰をまあるくしたソニアを見て、柔らかく目を細めた。


「美味しい?」

「ん!ん!」


 強く首肯するソニアの唇の端にクラウディオは手を伸ばす。親指でそこに付いたジャムを拭い、ペロリと舐めた。


「本当だ、美味しい。そのパン、貰っていい?」


 瞬時に顔を赤くしたソニアがぎこちなく頷くと、クラウディオはソニアの持つパンにかぶり付いた。結構大きかったと思うのに一口で消える。丁寧にも指に付いたジャムを舐め取られて、ソニアはくすぐったくて肩をすくめた。


「ぅ…」

「ご馳走様」


 ソニアの指をハンカチで拭い、満足そうに微笑むクラウディオに促され、並んでソファに座る。そっと息をつき一瞬俯いたクラウディオをソニアは見逃さなかった。


「なんかあったスか?すまんっス、あたし先に休んじゃって。あ、お茶入れるっス」


 ソニアは立ち上がり部屋にある魔導ケトルを起動した。湯を沸かしている間に、茶葉をポットにセットする。これでもメリッサの下に付いていた時に毎日入れていたのだ。それなりに美味しい。


 お茶を入れて振り返ると、眉間に皺を寄せたクラウディオがソニアをじっと見つめていた。


「クラウディオさん?」

「うん」


(いや、「うん」ではなくて、言いたい事があるのでは?)


 ソニアはお茶を注いだカップをクラウディオの前に置く。隣に座り直すと先に一口飲み、いつものそれなりの味だ、と思う。

 クラウディオは「いただくよ」と言って一口飲んでから、深く息を吐いた。


「大丈夫っスか?触るっスよ」


 ソニアは疲れてるのかと手を取ってそっと魔力を流してみる。

 ふわりと暖かい魔力に包まれて、クラウディオは目を閉じた。優しいソニアの手に指を絡めて額へ引き寄せる。


「…何があったんスか?」

「言わなかったら怒る?」

「別に怒りはしないと思うっスけど…」

「あーもー、折角ソニアと婚約出来たのに」


 重いため息をついてから、クラウディオは改めてソニアに向き直り両手を手に取った。


「今日、外国の来賓が多かったのは知ってるよね?」

「はいっス」

「まずエーリズ」


 ソニアの指がぴくりと動く。


「筆頭聖女と王太子の婚約が決まった。エーリズの外交官が婚約式の招待状を正式に持ってきたんだ。こちらの皇族から1人出席しなければいけなくなったので、これは僕が行くことになる」

「あたしはパートナーとして同行するっスか?」

「ソニアが行きたいなら別だけど、そうでないならソニアをエーリズに行かせる気はないよ。それに…」


 黙り込んだクラウディオが不快そうに眉を顰める。


「それに?」

「……ペキュラから正式な仕事の依頼が来た。ソニアに」

「仕事、っスか」

「大魔導師の息子の治療依頼だ。何でも両脚複雑骨折したとかで、クスフェ教授がソニアに治療してもらってはどうかと提案したらしい。絶対研究目的だし、あんな男の治療を何でソニアが」


 ぶつぶつと大魔導師の息子とやらへの不満を吐くのを見てソニアは首を傾げた。


「えーと…仲悪いスか?」

「とにかく顔を合わせる度に突っかかってきて鬱陶しいんだよ。僕の婚約者だってわかったらソニアにも絡みそうで嫌だ」

「嫌いなモノに近づくなんて変わり者なんスね」


 クラウディオはソニアの髪を指で梳いてから頭を撫でた。


「嫌いなモノを執拗に追いかけて、追い詰める輩がいるんだよ。この世には。だから断っていいよ」

「いや、聞いたからには断らないっスよ」

「……ちっ、言わなきゃ良かった」


 ソニアは両手を伸ばして、自身の頭を撫でている手を上から押さえる。


「あたしが怒るか聞いたのは治療依頼(これ)の事っスか?」

「そうだよ。怒るだろう?」

「怒るというより、がっかりしたかもっスね」

「……そっちのが効くなぁ」

「エーリズ行きのが心配っス。あそこの王宮はちょっと……変わってる、んで……」

「変わってるなんて言い方では優しすぎるよ」


 闇が深く酷く臭う。まるで腐敗したヘドロだ、と思う。


 クラウディオは自分の手を触っているソニアの手の甲にキスをする。するとソニアの手が素早く引っ込んでしまったので、頭頂部に再びキスをした。


「ま、上手くやってくるさ」


 クラウディオは詰襟を緩めて、内ポケットに手を差し込み、細長い箱を取り出した。


「心配だからソニアにコレを渡しておくね。開けてみて」


 渡されるまま蓋を開けると、中に入っていたのはペンダントだった。銀色のチェーンと、トップには紫色の宝石が使われている。シンプルなデザインで、服の下に着けても邪魔じゃなさそうだ。


「綺麗っスね」

「ニーマシーの時のリーナのピアス覚えてる?」

「あの、位置がわかるっていう?」

「そう。ソニアはピアスホール空いてないからペンダントタイプにしたんだ。これは僕のピアスとペアになっていて、魔力を通すとソニアのペンダントは僕のピアスがある方向を、僕のピアスはソニアのペンダントの方向をそれぞれ指し示す様になっている」


 クラウディオが少し顔を斜めにして耳元をソニアに見せる。そこには白っぽい金の台座に赤茶色の宝石が嵌ったピアスがあった。

 クラウディオが指でピアスに触れ魔力を込めると50センチ程の光の線がピアスからペンダントに向かって伸びた。


「お互いの居場所が分かるってことっスね」

「そ。ペキュラがソニアを帰すのが惜しくなって閉じ込めても、迎えにいくから。ずっと着けててね」


 そんな事にはならないと思うけどなぁ、と箱からペンダントを取り出す。何の石かはわからないけど、色濃くも透明度の高い美しい紫色だ。

 クラウディオとペンダントを見比べて「あ」とソニアが声を出すと、クラウディオは優しく目を細めた。


「このペンダント」

「うん」

「クラウディオさんの方が似合いそうっスね!」

「……うん?」

「ほら、クラウディオさんの目の色にそっくりで。なんならピアスと交換しますか?そのピアスクラウディオさんに似合っているけど、ちょっと地味っス。あたしピアス開けても」

「…………はーーーー……」


 クラウディオは額を押さえて深く長いため息をついてから、ソニアの頰を両手で挟み込みぐにぐにと揉んだ。


「ひょ、あんスか!?」

「キスしてあげる」

「ら、らんで!?」


 頰に潰されて尖った唇が、キスと呼ぶには凶悪に噛み付かれて、ソニアは声にならない悲鳴を上げた。


「ひっ……ん、むぅ〜〜〜〜!!」





 うつ伏せでソファに沈んだソニアにお休みの挨拶をして、クラウディオは部屋を出た。勿論ソニアの首に紫色のペンダントは装着済みだ。


「あー……優しくしようと気をつけてたのに、つい」

「いつも大体あんなもんでしょう」


 音もなく現れたイーデンがさっくり突っ込む。


「僕の努力があんな?」

「そんな事より」

「そんな事?」

「エーリズに潜入中の間者が1人殺害されました」


 執務室へ向かう足を止めずに、声だけ低く落とした。


「場所は」

「王宮内、禁書庫です。王族の私的なエリアに隠されているそうです」


 即座に頭の中でエーリズ王宮の間取り図を広げる。王族のエリアは最奥だ。クラウディオは眉間を寄せ目を据わらせながら笑みを作った。


「仕事が増えたな。兄上に先触れを出してくれ。可能ならすぐ会う」

「御意」


 隠密が音もなく消える。クラウディオは行き先を変えてゆっくり歩いた。謁見が駄目なら部屋に着く前に返事が来るだろう。


(エーリズ。以前の取引など忘れたかの様な振る舞いだな)


 ソニアは自分の意思でこちらに来た。確かに返還は突っぱねたが、エーリズ法に抵触する事ではないし、こちらは見返りだって十分に用意した。なのに。


(ソニアが「脱走した罪人と似ている」だと?今回のパーティでどれほど話を広げたのやら。僕を敵に回した事を後悔させて、いや、後悔なんて生温い。殺してくれと懇願させてやる)


 この話を不敬だと口を噤む貴族もいるが、自分の娘をクラウディオの妻にしたい貴族は、「殿下は騙されているのだ。嘆かわしい」と話に乗ることにしたらしい。噂は今晩で城中に広まるだろう。

 しかも暫くエーリズに赴かねばならない。その間のソニアの安全策としてペキュラに預けなければいけないのは業腹だが、ペキュラは魔法超大国。魔法を使ったセキュリティの高さはテノラスを凌ぐ。


(とは言えアイツが怪我したのは本当らしいが。そのまま再起不能になればよかったのに、ソニアを呼びつけるとは)


 婚約式が済んだらソニアと旅行に行きたいと巻きで仕事を終わらせていたのに、こんな形で休日が溶け消える事も許しがたい。


(ああ、苛々する)


 表面上穏やかに取り繕って兄の部屋まで辿り着く。

 ノックすると「どうぞ」と返事があった。内側から兄の侍従がドアを開け、クラウディオと入れ違いに出て行く。


「夜分にすみません、兄上」

「構わないよ。ラウ、今日は立派だったね。兄は感動して泣きそうになってしまったよ」


 マントを取っただけで、こちらもまだ休めていない様子のアルグライヴが、ソファに腰掛けていた。テーブルに用意されていたワインをグラスに注ぐ。

 促されるまま対面に座り、グラスを一脚受け取り口を付ける。


「大袈裟です」

「大袈裟なものか。君は絶対国に役立つ者を嫁に迎えると思っていたんだ」

「……ソニアは役立つ者ですよ?」

「ふふっ、何を言う。無能に厳しい君があんなに他人を甘やかしているのを初めて見た。好きな人を見つけられたようで嬉しい」


 自覚があるクラウディオは涼しげな顔でグラスを空けた。忍び笑いを漏らしたアルグライヴがおかわりを注ぐ。


「それで、用とは何だい?」

「用意しておいて欲しい書類があります」


 クラウディオが幾つか口頭で頼むと、アルグライヴは眉尻を下げた。


「やあ、寂しくなるなぁ」

「別に。今までと変わりありませんよ」


 アルグライヴは寂しげな表情のまま、さらに目を細めた。


「ラウの先見の明は素晴らしいけどね。今回はきっと外れる。私はそう思うよ」


 ふふと微笑んでアルグライヴはグラスを煽った。





 エーリズの一行はパーティの二日後には帰国していった。ペキュラの一行は視察や観光をしてから帰るらしく、帰国予定はパーティの一週間後。その時ソニアも同行することになる。


「クラウディオさんはエーリズの人と一緒じゃなくてよかったんスか?」

「向こうの式典は一月程先なんだ。ソニアの出立を見送ってからでも十分間に合うよ」


 皇帝陛下と皇后は城に滞在している来賓と朝食を共にしており、皇太后は午後から行われる茶会の準備が忙しい。今日の朝食は二人きり。いつも通りと言えばいつも通りだ。


 ソニア的には一度帰宅してから、出立の時にもう一度登城しようと思っていた。だが来賓やそれに伴う者達が城下町に多く行き交っており、安全面からクラウディオが城に滞在するよう強く勧めたのだ。ニーマシーに攫われた前例を出されたら否とは言えない。


「ごめんね、ソニアはあんまり城が好きじゃないだろう?」


 ソニアは苦笑した。確かに時々エーリズでの出来事、先王の病室が脳裏をチラついて気落ちする事がある。気付かれない様にしていたのに、本当クラウディオは油断がならないと思う。


「大丈夫っス。テノラスのお城は明るくて、良い人が多いから。大丈夫」


 へらっと笑むとクラウディオも笑い返した。

 ソニアは柔らかい白パンを齧って気分を上げる。


「うま〜」


 三食全てにとびきり美味しいパンが出てくるところは、お城の数少ないいい所である。


「あ、そうそう。ハンナを呼んでおいたから、午後には侍女としてソニアに付けると思う。そしたら部屋から出ていいからね」

「ハンナ?ハンナってやっぱ貴族の人だったスか?」

「ああ、元々城勤めだったんだ」


 髪や指先まで綺麗で貴族じゃないかな、とは薄々思っていたが、お城で働いていた人とは驚きだ。

 言われてみれば雇用して来たのはクラウディオだし、その可能性は十分にあった。


「そんな立派な人がウチで働いててよかったんスかね……」

「なんで?本人は気に入っているからいいんだよ。それにソニアだって元城勤めじゃないか」


 そう言われればそうだ。

 驚きすぎて目を瞬くと、クラウディオは可笑しそうに笑った。




 予告通りハンナは午後一でソニアの部屋へ訪れた。


「お待たせしました」

「待ってたっス、ハンナ〜!」


 ひとり部屋でゴロゴロもぐもぐに飽きていたソニアはハンナに抱きついた。熱烈歓迎に、ハンナは口の端を上げる。


「遅くなり申し訳ありません」

「いやいや、全然。暇してただけ。ハンナは忙しかったスか?」

「少々仕事を頼まれまして、其方を終わらせて参りました。ペキュラへの随行も給わりましたので、暫くはソニア様付きになります。どうぞよろしくお願いします」

「え、やったー!!一緒に行くのが知らないオッサンばっかだったから、嬉しいっス!!」


 そのままソニアはハンナを連れて部屋の外に出た。通り過ぎるメイドが一旦足を止めて頭を下げる。ここのメイドは皆丁寧で素晴らしいが、ソニアは身の丈に合わない申し訳なさを感じてしまう。クラウディオといればいつか慣れるのだろうか。

 少し足早に庭園へ出ると、遠目に色とりどりのドレスを着た女性達が見えた。

 ハンナも気付き、「ああ」と言った。


「あちらでは只今皇后様と皇太后様がティーパーティを開いてらっしゃいます」

「あー、そう言えば朝クラウディオさんから聞いたっス」

「ソニア様でしたら飛び入り参加も歓迎されると思いますがいかがなさいますか?」

「飛び入り!?しないしないしない!!そうだ!医務室どこっスか?手伝うっス!じっとしてると落ち着かなくて……」


 パーティ会場に背を向け、建物の中に入ろうとすると、廊下の先、横に伸びた通路を紳士達が列を成して歩いていた。


「午前中に使節から打診のあった魔導具関係の会議を行う、とクラウディオ様がおっしゃっておりましたから、その帰りの皆様でしょう」

「へー」


(お、逆流性伯爵。…ヒゲ腰痛伯爵その1もいる。パーティーで挨拶に来てくれた人達は結構魔導具関係者だったか)


「…………あ」


 自国の貴族の集団の後に、難しそうな顔のひとや逆に笑顔で喜びながら通る使節が過ぎ去るのをなんとなく見送っていたら、最後にまた見知った顔を見つけた。しかもあんまり良くない状態で。


「どうなさいましたか?」

「あの人、クラウディオさんの友達のランドリックさん、スよね?」


 ハンナも其方を見て頷く。

 やっぱり、とソニアは思う。


「また呪われてるっス」




 その後、ハンナの対応は早かった。

 ソニアを部屋へ送り、部屋付きのメイドにお茶の準備を頼んで、クラウディオの元へ急いだ。

 クラウディオは重要な伝令程、自分の手駒がもたらすものしか信じない。人に言伝を頼めないので少々手間だ。

 だが向かいから顔色の悪いランドリックに肩を貸したクラウディオが来てUターンした。


「会議帰りのヴィルジュ様をソニア様が見かけまして。呪われていらっしゃる、と」

「やはりか。ランドリック、ソニアの所へ連れて行くぞ」

「あぁ……頼む」




 部屋へ戻り、クラウディオとハンナで遮光カーテンを引いてからソニアへ治癒を頼んだ。


「本当にあたしでいいんスか?教会へ行った方がいいんじゃないスか?」


 ソニアは再々発の可能性を示唆してそう勧めてみたが、クラウディオは眉間に皺を寄せた。


「それ、教会へってやつ。前も言ってたよね?何でなの?」

「え?だってババァが…」


 呪われた患者が来るたびに「教会へ」と言っていたのだ。ソニアはずっと解呪の専門家が居ると思っていた。


「僕は聞いたことがない。教会が解呪してくれるなどと。解呪と言えばそれ専門の魔術師だ」

「えっ…」


 少し思案して、ハンナが口を開いた。


「とは言え、テノラスは大帝国です。国家反発を少しでも減らすために宗教統制を行なっておりません。故に教会と言えど種類が多い。エーリズは…」

「えっと、国教があるっス。祈る乙女像ってのを崇めるデリオン教が。多分そこで…」


 解呪してくれる?本当に?確かめた?


(いやだって、ババァが言ってたんだ)


 自問自答に答えが出ず、ソニアは口元を押さえて固まった。

 そんなソニアを挟んで、ハンナとクラウディオが目で会話する。


『デリオン教が解呪なんて聞いたことあるか?』

『ありません』

『調べさせるか…』


 クラウディオがそう思案するとハンナの目が据わった。来賓が居る今は他国の商人の出入りも激しく、多様な情報が飛び交っている。情報収集の隠密達が忙殺されているのだ。ハンナの強い視線が『今は無理!』と訴えている。

 クラウディオは渋々肩をすくめた。


 ランドリックは軽く首を振り、怠いのを押してソニアを見る。

 

「信用出来る人が良いんだ。ソニア殿、解呪を頼めるだろうか?」


 自分を信用してくれている。ならば応えたい。ソニアは腹を括った。


「わかったっス」


 ランドリックの両手を掴み、軽く魔力を流して様子を診る。以前は右手から上腕くらいまで魔力が黒く変わっていたが、今はそれが頭、胸、右腹部まで広がっている。


 自分を信じて任せてくれたランドリックに少しでも報いる為、ソニアは丁寧に診て情報を集めた。


(一番黒いのはやっぱり右手。右手からじわじわ広がってるんだな。それに、なんだろう?妙に……)


 妙に、懐かしい感じがする。


(あたし、どっかで似たの診たことある……とか?)


 眉を顰めると、見ていたクラウディオが勘違いしたのか渋い顔をした。


「難しそうなのかい?」

「へ?あ、いや大丈夫っス!やるっス!!」


 これ以上の情報は得られず、ソニアは前回同様叩きつける様に魔力を流した。強い光が溢れ辺りを包む。前より長い時間を要したが、問題無く呪いを追い払った。


「ふぅ……どっスか?」


 眩しさに目を閉じていたランドリックは恐る恐る目を開けて、手を握った。肩をそっと回し、首も回す。


「……治った。頭痛も無くなった」

「そりゃ良かったっス」


 ランドリックは笑顔になったが、直ぐまた険しい表情になった。


「しかし、原因か。ソニア殿は数日後にはペキュラへと行ってしまわれるんだったな」

「そうだね。暫く帰ってこないから原因は探っておくべきだよね」


 たった三日で再発と悪化があったのだ。懸念は十分理解出来る。ハンナはこっそり渋い顔をした。

 ランドリックはよし、と手を叩いてソニアを見た。


「オレも暫くペキュラに滞在しよう!滞在先を教えてくれるか?再発したら直ぐ訪ねるから。うん、それなら安心だな」


 そう言えば、テノラスだけじゃなくペキュラとオーガスでも伯爵位を所持しているんだっけ。


 ソニアは急な提案に驚いたが、何か言う前にクラウディオが素早くソニアの前に出た。


「よし、ランドリック!そう言うことなら頼みがある」

「えっ……!?」

「後で執務室に来てくれ」


 クラウディオの綺麗な微笑みに、ランドリックは寒気がしたのだった。

 



 出発の日までは庭を散歩したり、医務室に顔を出そうと思っていたソニアだが、それは早々に断念した。

 と、言うのも。


「な、なんスかあれ…」


 医務室通い二日目にして行列が出来ていたからである。

 以前の、城下町で憲兵に注意を受けた出来事を思い出す。


「ソニア様に診ていただきたいが為に大した体調不良もないのに医務室に来た紳士達の行列でございましょうか」

「う、うん…」


 医務室に入る為に行列の横を通る。すれ違い様にパパッと診ると、まぁ腰痛肩凝り二日酔いがほぼである。元気な奴もいる。

 宮廷医に許可を取り、診察場所を借り受けると、次々と人がやってくる。が。


(腰痛肩こり二日酔いだって診るのはいいんだけどさぁ…)


「ソニア様、うちの妻が是非にお茶会に参加頂きたいと申しておりまして!」

「ソニア様!皇弟殿下にお伺いしたい事が…!」

「ソニア様、これはウチの贔屓の商会が出した商品でして、宜しければお試し頂きたく…」


(うっぜぇぇぇえ!!!)


 全員漏れなく興味ない内容を話しかけてくる。

 宮廷医達はポーカーフェイスで黙々と仕事しているが、絶対迷惑だろ。と思い、次の日から医務室行きは断念した。


 仕方ない、お城の庭は広くて素晴らしいから散歩をしよう。そう思っていたのだが。


「あれが聖女ソニア様?え、あれが?」

「随分小さくて…子供ではなくて?あの様で皇弟殿下のお相手が務まるのかしら」

「あんな地味なお顔だったかしら?もっと清楚なご様子だった気がするのですが…?」

「そういえばヴィルジュ卿にも色目を使っているんですって?パーティで親しげに手を握ってらしたんですって」

「まあ、はしたない。本当に聖女様なのかしら」

「罪を犯して逃げてきたなんて噂も……」


 遠巻きにヒソヒソヒソヒソ囁かれ、早々に心折れた。


「ハンナ」

「何でしょう?」

「家帰っちゃダメ?」

「申し訳ございません」

「くうぅっ……」


 以前だったらきっと我慢出来ていたが、今は「家」という物を知ってしまった。安らぎと寛ぎを与えてくれる素晴らしきマイホームを。


「部屋戻るっス…」


 ソニアはしょんぼりし、出発のその日まで部屋に籠る事にした。




 そんな事があった為、出発の日のソニアは晴れ晴れとした心地だった。


「僕と離れるのに、随分楽しそうだね」

「へっ!?そんな事ないっスよ!」


 と言いつつ顔はヘラヘラしていた。

 見送りに出てきてくれたクラウディオは、薄らと目を細めて笑った。


「気をつけて行ってきてね」

「はいっス〜!」


 大きく手を振るソニアは、(帰ったらかまい倒してやろう)と思われていることなど露ほども想像せず旅立つのだった。


「街角聖女はじめました」明日発売です。

よろしくお願いします。

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