婚約発表の夜会にて
お久しぶりでございます!
シンと静まり返った夜半、片手にランプを下げて、そのシスターは教会の扉を押し開けた。古ぼけて色褪せた扉は、少し押されただけで軋みを上げて全開した。
「ふう。まだ壊れてはなさそうですね」
扉が外れそうでひやっとしたが、蝶番はまだ頑張っているのでそっと扉を閉める。蝶番より先に扉の木が朽ちるかもしれないが、まだ大丈夫だろう。
この教会では祈る少女が祀られている。かつて神に愛され「神の御使」と呼ばれたこの少女と共に祈ると、我々の声が神へと届くという。
シスターは膝をつくと、ランプを床に置き手を組み合わせた。
「神様」
万物の父たる神様。
貴方が創り賜しこの世界、この国には悪いやつらばっかいます。
人々を苦しめて、利益を生み出すのです。
かつて神様が遣わせて下さった御使様は、そんな事の為に大魔法を後世の遺された訳では無いのに。
わかっています。
神様、私がこの国を綺麗にします。
御使様の子孫たる私が大魔法を悪用する奴らをみんなみんな消して見せます。
命を懸けて。
「どうか見守っていて下さい」
***
その日ソニアは朝から王宮に連れて行かれていた。
美しい彫刻が施された白い大理石の柱が並ぶお風呂に入れられ、長く終わらないマッサージにうたた寝し、起きたら異常に艶々になっていた。寝ている間に一体何があったのか。
別室に連れて行かれるとゴージャスな服、いやドレスがずらりと並んでいた。
呆気に取られたソニアの前に、スーツを着た髪の長い男性が進み出てくる。
「初めてお目にかかります、ソニア様。私はクラウディオ様の御衣装の管理を任されておりますビンセントと申します。僭越ながらこの度のソニア様のドレスは私が見立てさせていただきました。どうぞお好きなものをお選び下さい」
ビンセントはウォームグレイの髪を藍色の革紐で纏めていて、スーツも藍色ながらさりげなく刺繍が施されており、美意識が高そうだ。
「好きなもの……」
ビンセントが指し示す手の先には、装飾的にレースや宝石が付けられたキラキラした聖女服が5着、色以外違いはわからないがこれまた宝石がふんだんに使われたヒラふわドレスが7着もある。
正直どれでも良い。でも決めないと終わらない。どっちかと言えば聖女服の方がいいな、と一番キラキラ控えめな聖女服を指さすと「かしこまりました」と言って、他の服が片付けられていった。
(お腹空いた…)
今日は、ソニア初の夜会だった。しかも王宮主催で、婚約のお披露目もある。場所が場所だけにソニアはなるだけ口を開かないよう気を遣っていた。
マナーに関して、知識は一通り教わった事があるが、覚えているか微妙だし実践できるかはイチかバチかくらいの出来栄えである。
クラウディオは「大丈夫だよ」と言っていたが、大丈夫じゃ無い事は己が一番わかっているので、今日は大人しくしていようと心に刻む。
軽食を済ませて化粧やら髪のセットやらが終わると、窓の外はもう暗くなっていた。
(一日が終わったのに…これからが本番とか。貴族のバイタリティってバケモノだな)
選んだ聖女服は縁に銀糸で刺繍してあり、並んでいる中では一番大人しかったが、一着だけ改めて見ると大変煌びやかだ。マントまであって、着てみるといつもの服より大分重い。そこへ紫色の宝石がふんだんに使われたアクセサリーを次々に着けられる。重い。気分的にも重い。
「出来ました。お時間までもう少々お待ち下さい。何か飲み物をお持ちしましょうか?」
「大丈夫。ありがとうございます」
ソニアが手を挙げると、メイド達は楚々と退室して行った。ため息をついて座ろうとして、思い止まった。
(服が皺になる?世の娘さん達はどうやって座ってるんだ?)
部屋を見回して、小さめのオットマンが目についてソニアは閃いた。
(スカートの中に椅子を入れればいいんだ!よし)
幸いにスカートの布量はいつもの五倍くらいある。マントを避けて、スカートの後ろを持ち上げたところでノックの音がした。
「はい」
「ソニア、準備終わったって聞いたんだ、け…ど……」
そう言ってクラウディオが入って来た。前屈みでスカートの後ろをたくし上げているソニアと目が合う。
「えっと……何してるのかな」
「座ろうと思って」
ソニアはそのままの姿勢で一歩横にずれてオットマンを見せてから腰を下ろした。
クラウディオは一度顔を覆ってため息をついた。
「クラウディオさんも疲れたっスか?」
「……そうだね。今、正にね。ひとりで来て良かった……」
ソニアを見たら最初に「綺麗だよ」と言うつもりだったのだが、一瞬で吹っ飛んで行ってしまった。しかもあの姿を見られて恥ずかしがらないってどう言う事?と少々腹が立つ。未だソニアの意識は低い。
ソニアは化粧で愛らしいそばかすが隠され、つぶらな瞳には馬のまつ毛で作った偽まつ毛を飾られている。普段下ろしっぱなしの髪はサイドを残して控えめなシニヨンだ。
綺麗より「化けたな」という感想がクラウディオの頭の中を占めた。これはこれで可愛いが、いつもの姿の方が愛らしい。
ソニアは自分のスカートを撫で伸ばしてからクラウディオを見上げた。銀の肩章に斜め掛けのサッシュ、左胸には幾つもの勲章が煌めいている。詰襟は何回か見た事ある黒銀色のものだが、よく見ると同色の糸で刺繍が入っている。それに気づいたソニアが「あ」と声をあげた。
「刺繍の柄、お揃いっスね!」
スカートをちょっと摘んで笑う。
テノラスの聖女は人数が少ないからか、仲間意識が強い。同じ聖女服を着ていると、余計に仲間として気にかけてくれると知った。
それを思えば、一目で味方とわかる同じ刺繍の装いは嬉しい。喜色を浮かべるソニアにクラウディオは遠い目をした。
(乱せない今、そういう事を…。いや、わかっている。例えこれがリーナ嬢相手でもソニアは同じ事を言うに違いない)
残念な方向に思考が持っていかれ苦笑してしまう。
そこへノックの音がして、クラウディオは手を差し出した。
「時間だ」
「う、よろしく頼むっス」
クラウディオのエスコートを受けて、ソニアは会場へ向かった。クラウディオの肘の内側を皺になりそうな程しっかり掴む。クラウディオは微笑んで、その手を軽く叩いてあやした。
「ソニアにいい事教えてあげる」
「なんスか?」
「今日の夜会で供されるパンの種類は十三種」
「パンの種類は十三種」
ソニアが繰り返すとクラウディオがにっこり笑った。
「挨拶が終わったら、メイドに取ってきて貰おうね」
「超頑張るっス!」
やる気の出たソニアは拳を固めて腹を括った。
大きな扉に到着すると、控えている侍従が恭しく扉を開けた。会場入りすると、盛大なラッパ音に迎えられ、名前を読み上げられた。大変恥ずかしい。
通された先は会場を見下ろせるバルコニーの様な処だった。紐で押さえた緞帳の陰にはソファやローテーブルが置いてあり、意外と奥行きがある。
視線の先には前皇帝夫妻、皇帝陛下夫妻がいて、四人とも立ったまま和かに迎えてくれる。
(クラウディオさんのお父さん、治療以来だな。元気そう)
音楽が鳴り止むと、陛下が右手を挙げて話し始めた。
ソニアも釣られるようにバルコニー下に意識を持って行って、後悔した。煌びやかに着飾った貴族達が全員こちらを見上げている。値踏みしてくる目に気がついてしまうと、陛下が「婚約がなんちゃら〜」と喋っている事など右から左へ流れてしまう。
(わー、目ぇコワっ)
微笑む口元とは違い視線は射抜く様に鋭い。
陛下が終わると、クラウディオが場を入れ替わった。一緒にソニアも進み出るが、決して誰とも視線を合わせないように、その目は遠くを見ていた。恐ろし過ぎる。彷徨った視線は会場の端、白いドレスを着た集団で止まった。白を纏った女性が5人程固まってこちらを見ていた。
(あっ、リーナだ!ヘラさんとエミリーさんも居る!)
後の二人は軽く挨拶した事しか無いが、皆聖女である。よく見れば白いドレスではなく、ソニアと同じ装飾的な聖女服だった。
クラウディオが「最愛のパートナーに巡り逢えたうんたら〜」と話している途中で、リーナと目が合った。軽く手を挙げてくれたので、嬉しくなって手を振り返しそうになってしまった。危なかった。
終わったらファーストダンスがあるため、階下へと降りていく。通常なら陛下夫妻だが、今日は婚約発表という事で一番を譲られてしまった。
刺さるほど眩しいシャンデリアの下、優雅さに欠けるキビキビした足運びのダンスを披露する。履き慣れないピンヒールが時折強めに床を穿った。ガツッと鳴るたびに踵が折れないか冷や冷やする。
クラウディオは目元を蕩けそうに緩めて、愛おしそうにソニアを見ていたが、必死なソニアはそれどころでは無い。意識は足元に集中しているが、下を見てはいけない為、クラウディオの胸元で視線を固定していて、熱っぽい視線には気が付かない。
そんなクラウディオを見ていた年若い御令嬢達からは熱い溜め息がそこら中から溢れていた。
クラウディオのリードで、曲の最後の一音と共にピタリと止まると、盛大な拍手に包まれた。
(おおお、終わった〜)
「頑張ったね、ソニア」
クラウディオにこっそり耳元で労われ、ソニアは大きく笑み崩れてしまって、慌てて顔を戻した。
二曲目が始まる前に捌けると、年若い御令嬢を連れた貴族が列をなして挨拶に来た。
ソニアは事前に喋らなくていい、と言われていたのでお言葉に甘えて微笑で頷くに留める。
しかし同じような挨拶を延々聞いていると、段々と集中力が消え失せていくものである。
そしてつい「診て」しまった。職業病ともいえる。
(この人は侯爵。ヒゲ腰痛侯爵。次の人が…膝痛侯爵。またヒゲ腰痛…伯爵ね。あ、内臓悪そう。酒呑みの典型的なやつ。酒呑み伯爵。次は逆流炎伯爵)
まともに名前も覚えず酷いあだ名を付け、病状だけを把握していく。
(うわ、またヒゲ腰痛伯爵。ヒゲ×腰痛3人目)
ヒゲ腰痛伯爵はソニアをチラチラ見ながら、娘の紹介を始めた。
(娘さんは健康!表情も勝気で血色良し)
健康診断されてるとも知らず、伯爵令嬢は「ソニア様はどう思われますか?」と声を掛けてきた。しまった、全く聞いていない。
横目でクラウディオを見ると、何故か笑顔が冷たい。
もしや話を聞いていなかった自分に怒っているのだろうか?とソニアは焦った。
(ヤバー!よし、潔く「すんません聞いてませんでしたーっ」て言うしか無い。もっとぶっちゃけない言い方で…えーとえーと)
ソニアはにこりと綺麗に見える様に微笑んで言った。
「申し訳ございません。もう一度おっしゃって下さいます?」
次は聞くぞ!と笑みを深めると、伯爵親子はビシリと固まってそそくさと場を後にした。
(何か失敗したっ!?)
益々クラウディオが怒ったんじゃ無いだろうか、と再び様子を窺うと、彼は顔を伏せて忍び笑いをしている。ソニアの頭の中が「?」で埋め尽くされる。
クラウディオは顔を寄せてきて、小声で囁いた。
「くくっ、ソニア。何を考えていたの?」
ソニアは口元に手を当てて、耳元に顔を寄せて答える。
「癖で健康状態診ちゃって話聞いてなかったっス。あの親子は父が腰痛、娘は健康。聞いてないあたしが悪いんスけど、何でもう一度言ってくれなかったんスかね?怒ってたっスか?」
失敗してしまったかと不安になるソニアの頬に、クラウディオは軽くキスをした。
(愛人を勧めた後「もう一度言ってみろ」なんて言われると思ってなかったんだろうな)
清純な白を身に纏い、金より柔らかな藁色の髪、細く小さい身体はいかにも大人しく繊細そうである。
耳に顔を寄せた姿勢のまま真っ赤な顔で固まるソニアに、クラウディオは優しく目を細めて、反対側の頬にもキスをした。
ソニアの腰を引き寄せ、クラウディオが招待客へと向き直ると、挨拶に並んでいた親娘連れ達が遠巻きになっていた。先ほどの親娘との会話にも聞き耳を立てていたのだろう。入り込む隙が無いと理解して貰えたのなら話は早い。
ソニアが「恥ずい!超恥ずい!!」と小さく叫んでいるので、もう休憩室に引っ込んでしまおうか。
だがそんな人垣を分け、甘々の2人に近づく猛者がいた。クラウディオは知った顔に声のトーンを上げる。
「ランドリック!来たのか」
「よ!婚約おめでと」
ソニアは気さくに手を挙げて挨拶してきた男に目をやった。日焼けした肌に黒い髪で、快活に笑うと白い歯が見えた。貴族の中だと珍しい明るいタイプだ。
「ソニア、こちらはランドリック・ヴィルジュ。オーガス出身の魔導具開発者だ。その功績でオーガス、テノラス、ペキュラの3カ国で伯爵位を持ってる。ソニアを助けに行った乗り物も彼の作だよ」
「初めまして、聖女ソニア様。やっとご挨拶が叶いました」
ソニアは空に浮かぶでっかい暗紫色の塊を思い出し「アレか!」と頭の中で拳を打った。正直乗った時も降りる時も気絶していた為、空を飛んだという実感はない。だが後日リーナ始め他の聖女達が大興奮で飛んでる様子を教えてくれたのだ。
ランドリックが差し出した右手を握り返そうとして、ソニアは一瞬動きを止めた。ランドリックの右手首に黒い靄が見える。そっと両手で掴んで裏返したり向きを変えたりしてみる。
(うーん、上まで続いてるなぁ)
遠巻きに見ていた御令嬢達が眉を顰め、ざわめくのも気にせずソニアは首を傾げた。
困惑したランドリックとクラウディオの視線が合って、クラウディオはソニアに声をかけた。
「ソニア?どうしたの?」
「ランドリックさん、何か変なの触りました?右手違和感あります?」
「え?あぁ、うん。先日から少し…。でも病院では異常無しって言われていたんだが。聖女様だから何かわかるのかい?」
ソニアが再び口元に手を当ててクラウディオを見上げると、察したクラウディオが耳を寄せてくれた。
「右手、コレ呪いっスね多分」
クラウディオは一瞬眉を寄せてから顔を戻して、ひとつ頷いた。
「そうだランドリック、君の好きそうなワインが手に入ったんだ。今からどうだい?」
「あ、あぁ。是非」
丁度挨拶の列がはけた事もあり、3人は休憩室へと移動した。
バルコニー横に設置されていた王族用の休憩室は、よっぽどの事でないと招かれていない貴族は訪ねて来ない。ソニアは気を抜いて腰が沈み込みそうなソファにもたれた。尻下に巻き込まれたマントに首が引かれてハッとする。
「皺っ!!」
慌てて伸ばしてスカートも引っこ抜こうとして、クラウディオがさりげなくソニアの隣に座った。
「皺は大丈夫だから。ほらマントは持っててあげるから座ってごらん」
「う、うん」
そんな2人の向かい側にランドリックは座った。はぁ〜と感心したため息をもらす。
「あの効率重視のクラウディオがねぇ」
「何とでも言え」
「女を情報源としか思ってないクラウディオがねぇ」
「それは言うな」
同級生だったと聞いてはいたが、思っていた以上に気安い関係らしい。軽口を交わす横で給仕が入室してワインとカナッペが運ばれてくる。侍従がワインをグラスに注ぎ、ソニアにも出してくれる。ソニアは早速カナッペに手を伸ばした。
「それでソニア、ランドリックの右手が呪われてるってどう言う事?」
「えっ!?俺呪われてるのか!?」
「なんだ、ホールでは聞こえていなかったのか」
小ぶりのカナッペを一口で詰め込む。しょっぱ甘くてクリーミー、クラッカーのサクサクがアクセントで堪らない。飲み込むと少し口がパサつくのでワインを飲んだ。
(〜〜〜ぅんっま!)
ピンクのワインはフルーティーで甘くするりと喉を滑り落ちる。気を張っていて喉が渇いていたのもあり一気に飲み干した。
「ぷはぁっ」
「…食べてるソニアって見ていたくなるよね。はい、ソニアあーん」
「あむっ!」
クラウディオが差し出したカナッペに躊躇いなく食いつく。リスの様なソニアに目尻を下げ、クラウディオはワインのお代わりを注いであげた。
「待て。俺の呪われた右手の話をしてくれ」
ソニアはワインで口の中を流してから、首を傾げて話し出した。
「そう言われても“呪い受けてるな〜”くらいで、誰が?とかどんな呪い?とかはわかんないっスよ。専門じゃ無いんで。ただほっとくと段々右手が動かなくなりそうだな〜と思って」
「動かなくなる!?」
「多分スけど」
エーリズ王宮でもたまに呪われている人が不調を訴えて医務室に来る事があった。病気の時は魔力が揺らいで見えるのに対して、呪いは魔力が黒く染まって見えるので見分けるのは難しくない。
ただ普通の病気と同じ様に丁寧に回復魔力を流しても治らない。メリッサの時は「教会へどうぞ」と案内していたので、教会には専門家が居るんだなと思っている。
「ソニアは治せるの?」
「一応?超力技っスけど」
ソニアが筆頭になってからは患者に「教会へ」と言っても聞いてもらえず、とにかく「治せ!!」の一点張りでやってくるので感覚で身に付けてしまった。正しいかどうかはわからないが、その後元気そうにしてるのは確認している。
「出来るなら治してくれないか?右手がこのまま不調なのは困る。図面が引けなくなる」
「えっと…、原因とか再発とか何もわかんないスけど、それでも?」
「クラウディオが信用している貴女に頼みたい」
「わかったっス」
ソニアはランドリックの前にしゃがみ、その右手を両手で包み込む。いつもの患部に合わせた魔力量を、ゆっくり流し込む方法ではなく、叩きつけるイメージで、大量の魔力を一気に流し込んだ。白く強い光が満ち、ランドリックとクラウディオは目を閉じた。
(……まだ)
洪水の様にとにかく量をぶつける。止まらずに流し続け、引っかかりが無くなるまで。魔力が滑らかに全身を巡るのを確認してやっと止めた。
光が収まってから、ソニアはもう一度細く魔力を流して治療後の状態を診た。
(よしよし、追っ払えたぞー)
光が収束して2人が目を擦りながら「どうなったんだ?」と聞いてきた。
「成功っス。でも後日経過を診させてもらってもいっスか?」
「あぁ、勿論。ありがとう、聖女ソニア様。…しかし、すごい魔力量だったな」
「聖女ソニア様はやめて欲しいっス」
「では、ソニア殿と」
休憩室の外では護衛や侍従のざわめきが広がっていた。外まで光が漏れていたのだろう。バスケットを持った侍従が入室し、クラウディオに耳打ちして出て行った。
「少々騒ぎになっているから、今のうちに帰っていいそうだ。ランドリック、近いうちに会おう」
「ああ。クラウディオに会えたし俺も帰るわ」
主役って最後までいないと駄目なんじゃなかったっけ?と首を傾げていると、クラウディオが手を貸して立たせてくれた。バスケットの中身をそっと見せてくれる。
「ほら、パン全種持って来てもらったから。部屋でゆっくり食べようか?」
疑問に思った事は霧散し、ソニアはホイホイついて帰った。
***
「さっきのやっぱりソニアみたいね」
城の侍従に話を聞きに行っていたリーナが、聖女仲間達の元に戻ってきた。聖女とそのパートナーへ視線を向けると、2組程居なくなっていた。
「あれ、ヘラさんとエミリーは?」
「エーリズの外交官がいらしてたらしくて、ご挨拶へ向かったわ」
「あー、今日はオーガスとペキュラの参加者も多いものね…」
何せ皇弟殿下の婚約発表の場。他国の重鎮も招待していた。自国の貴族は伯爵位以上しか招待状が配られていないが、コネや縁、金を使って入り込んでいる子爵位以下の貴族もちらほらいる。
「しかし凄い魔力だったわね…。ソニアさん、凄い方とは聞いていたけど」
「あんなに魔力を使うなんてどんな病気を治療されたのかしら」
聖女2人の囁きに、周りの貴族達が聞き耳を立てている気配を感じた。
(も〜、何をやっているのよソニアは!)
こんな場所で自分から「私は利用価値があります」と喧伝している様なものである。
皇弟の婚約者なのである程度の実力は勿論必要なのだが、それは末期であった前皇帝を完治させた事で十分証明されているのだ。テノラスで上級と呼ばれる聖女を10人集めても彼女の足元にも及ばないと知れたら。
(争奪戦でも起きそう。今のところ、それを知っているペキュラが大人しくしてるのは争いを危惧してだろうし)
そこにヘラとエミリーが足早に帰って来た。二人共困惑した顔でリーナと目が合うと足早に輪に加わった。
「エーリズの外交官と会っていたって聞いたけど、何かあったの?」
「それが……『皇弟殿下の婚約者となったソニア様はエーリズ王宮から脱走した聖女とよく似ていますね』と言われたの」
「だっ…!!?」
「しーーっ!私達にだけじゃなく何人にも話しているみたいだったわ。一体どういうことなのかしら」
叫びそうになったリーナの口を塞いで、エミリーも声を抑えて早口で喋る。
「ソニア様とはあまり話した事が無いから出自等は存じ上げない、と答えておいたけど。ソニアさんはクビになったと言っていたわよね?一応殿下のお耳に入れておいた方がいいと思うのよ。どちらに?」
「それが王族の休憩室に下がってしまったの。…さっきの漏れ出た魔力の光、見た?」
「…見たわ。ソニアさんなのね……。エーリズの人も見てたわ」
「今聖女が尋ねたら目立つわよね」
リーナはソニアと友達になってから、殿下の侍従に顔見知りが出来た。今日は婚約パーティだから絶対参加しているはずだ。
なるべく目立たないようにということで、リーナはパートナーと会場を巡る風を装いながら、侍従を探しに歩き出した。




