みゆき①
西暦2128年(デスゲーム開始から98年) 東の最果て
東の最果て。
そう呼ばれる街がある。
名前の通り、その街はマップの東端に位置している。
マップの端は“見えない壁”で覆われており、プレイヤーはマップの外には決して出れないようになっている。
そんな最果ての街には1つの教会がある。
教会はこのゲームのどんな街にも必ずある。
その内部には大きな石があり、夥しい数の名前が彫られている。
その石の名前は『戦死者の慰霊碑』。
このゲームの現在のログイン者数を示すモノだ。
そして今日もまた、その名前の内の1つに斜線が引かれる。
「……また減ったか」
その石の前には、小さな少女が佇んでいた。
彼女の名は〈みゆき〉。
かつて夜明けの探索者のサブリーダーだった女性だ。
彼女は一通りその石を眺めたが、やがてその視線はある名前を見て止まる。
睨むような、縋るような、そんな視線をその名前に向けている。
「……アホらしい」
みゆきはその名前から視線を外し、石に背を向けると、教会をあとにした。
教会の外には石造りの街並みが広がっており、規則正しく整列した建物群が、趣深い味わいを感じさせる。
――普段通りであれば。
今、街は火の海に包まれており、そこかしこから悲鳴が聞こえてくる、そんな地獄へと変化していた。
みゆきはそんな街の中を何の感慨もなく歩いていく。
「オラア! 待ちやがれ!」
「嫌だあ! 助けてえ!」
この街を襲っているのはPKギルド『久遠の光』。
史上最強と呼ばれる戦闘ギルドでありながら、史上最悪と呼ばれる犯罪ギルドでもある。
構成員全てがゲーム内トップクラスの強者であり、わずか200人で『自警団【篝火】』に対抗できるほどの実力を誇る。
みゆきが歩いていると、その目の前に男が立ち塞がった。
男のレベルは524。
この街を拠点としていた中堅クラスのプレイヤーだろうか。
男のHPはそれなりに減っており、目は恐怖と狂気に染まっている。
恐らく、久遠の光から逃げてきたのだろう。
男は血走った目でみゆきを睨みつけながら、その両手それぞれにナイフを構えている。
「貴様、久遠の光のギルド長だな?」
「……なんか用か?」
「仲間の仇だ!その首、もらい受ける!」
男は2本の投げナイフを投擲する。
が、遅い。
みゆきには止まって見えるほど遅いナイフだった。
みゆきはナイフを躱し、男へと一気に肉薄する。
アイテム欄から大斧を取り出すと、男へと振り下ろ――
「――あ?」
――そうとして、足下でカチリという音がしたことに気づいた。
どうやら何かを踏んだらしい。
次の瞬間、炎の柱がみゆきを包み込む。
豪炎は全身を焼いていき、みゆきのHPを削っていく。
炎上トラップ。
多くのダンジョンに設置されているトラップの1つであり、トラップの設置された床を踏むことによって炎が上がる仕組みだ。
一部のスキルを持ったプレイヤーなら発見・解除することもでき、あるいは作ることもできる。
男は炎に包まれたみゆきを前に両手剣を取り出し、そのまま振り下ろそうと――
「ハッ。いつの間にやりやがった?意外と冷静じゃねえの」
――するが、みゆきはそれを片手で掴んで止める。
男は全力で力を込めてそのまま斬り伏せようとするが、剣はビクともしない。
「クソッ!このっ!お前のせいで、お前のせいで全部がメチャクチャになった!お前さえいなけりゃずっと平和だったんだ! なのに、なんで――」
「偽りの楽園に、与えられた平和。何もせずに生きてるのは、死んでんのと変わんねえんだよ」
男の叫びにみゆきは――否、久遠の光のギルド長は答える。
その目に光はなく、その言葉に暖かみはなく、ただ鉄塊のような重みと冷たさが、そこにはあった。
「オレ達は、お前らの屍を踏み越えて前に進む。進む気のねえ奴は、せめて踏み台にでもなってろ」
みゆきは大斧を持った方の手を掲げ、そのまま振り下ろした。
場違いなファンファーレが鳴る。
それはレベルアップを知らせる音声。
この音を聞くのは一体どれくらい振りだろうか。
――この世界に、レベル500を超える通常モンスターはいない。
ボスモンスターであればもっと強い敵もいるが、一度倒してしまうとしばらくは出現しない。
そして、レベル差が100以上開いたモンスターを倒した時に得られる経験値はたったの1だけ。
つまりレベル600以上になると、通常モンスターのみを倒してレベルを上げることはほとんど不可能になるのだ。
もちろんボスモンスターを倒してレベルを上げることは可能だ。
だが、それではあまりにも時間がかかりすぎる。
だから、久遠の光は別の手段に頼ることに決めた。
それがPKだ。
最初に発見したのは誰だったのだろうか。
このゲームにおいては、プレイヤーを倒した時にどれだけのレベル差があっても大量の経験値を得られる仕様だった。
だから100以上レベルが下のプレイヤーでも、それなりの経験値が得られる。
ゆえに、彼女ら『久遠の光』はPKをすることを選んだ。
すべては、レベルを上げてこのゲームを攻略するために。
例え他の全てを犠牲にしてでも、元の世界に帰るとそう決めたのだ。
みゆきの前に、ガーディアンが現れる。
そのレベルは500。
通常モンスターの最大レベルだ。
「……今さらてめえに用はねえよ」
瞬きの間に、ガーディアンはただの鉄塊に変わる。
みゆきのレベルは891。
このゲーム最高峰の一角に、通常モンスターが太刀打ちできるはずもなかった。
西暦2128年。
東の最果ては『久遠の光』により陥落した。