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デスゲーム開始から100年が経過した  作者: 暇人のアキ
第三章 シン臓なき人形に、1輪の花を添えて
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N⑬

 ハートたちが塔に戻ってから、数日が経った。

 ハート、エイ、リリスの3人は、塔から少し離れたところで生活している。

 これは、他のプレイヤーに3人の正体がバレた場合、面倒な騒ぎになりかねないからだ。


 だが、ハートに関しては最初に塔に来た時に大勢に見られてしまっている。

 その上、好き勝手に出歩いては周辺のモンスターを狩っている姿が目撃されてしまっているため、彼女がこの塔の近くにいることは、ほとんどのプレイヤーの知るところとなっている。


 Nにとって、そのハートの存在が目下の悩みの種だった。

 彼女の存在がプレイヤーにどんな影響を与えるのか、まったく予想がつかない。

 なので、彼女にはしばらく大人しくしていてほしかったのだが、言って聞くような性格でもなかった。


 そんなハートが今いるのは、かつては小学校かなにかがあったであろう場所だ。

 今は見る影もなく、コンクリートの残骸があるだけだ。

 雨も風もしのげないこの場所を、なぜかハートは気に入ってテントを張っている。

 エイはともかく、リリスも一緒に住むのだからもう少しマシな場所にしてほしかったが。


 Nは、そこにいるであろうエイに通話をかける。

 長距離通信は使えないが、Nの現在地なら短距離の範囲だ。

 長めのコールの後、通話がつながる。


「――エイ。今、いいかな」

「Nさん。なにかご用ですか?」

「そうだね、近くにリリスとハートはいるかな?実は、さっきハートに通話をかけたんだけど、つながらなくてね」

「ココちゃんなら、リリスさんを連れて食べれそうな動物を狩りに行きましたよ」

「そうかい。珍しいね。キミがハートについていかないなんて」

「あー、そうですね。実は、さっきまで少し眠っていたんです。さすがに、限界が来てしまって」


 限界、というとハートが眠らないから、それに合わせてエイも寝ていない話のことだろう。

 そして、エイの方は眠らないのも限界がきて寝てしまったと。

 やはり、プレイヤーの身であっても起き続けるというのは難しいようだ。

 エイも非常時ならもう少し起きていられただろうが、いまは比較的平穏な状況だ。

 しかし、ならばハートはなぜ起き続けていられるのだろうか。


「Nさんは、なんのご用ですか?」

「ああ。避難壕から持ち帰った例の資料だけど、どうにか少しだけ読み解けたんだ」

「本当ですか!?」


 Nは数日かけて読み解けそうな資料を選別し、様々な手管を駆使して解読に成功していた。

 無論まだすべてを読めたわけではないが、とりあえず今分かっている部分だけでも話しておくことにしたのだ。


「それで、キミにも情報共有をと思ったんだが……体調がすぐれないようなら、あとにするかい?」

「いえ、大丈夫です。今、お願いします」


 声の調子からして、無理をしているわけではないようだ。

 早めに伝えておきたい情報もあるので、そのまま話を続けることにする。


「どうやらボクが持ち帰ったのは、守護者の書いた報告書のようだね。おそらくは、敵に関する情報を、日本の軍部に送っていたのだろうさ。そのうちの1つでは、モンスターの出現メカニズムについてまとめられている」


 ちなみに、すでに桃花には報告を済ませているので、この説明は2度目である。


「いわく、モンスターはこの宇宙には存在しない謎のエネルギー……マナと呼ばれるナニカで構成されているらしい」

「マナ……?」

「『無限のエネルギー』をもつ夢の存在、と書いてあったね」


『無限のエネルギー』とはなんのことなのか、Nには判別がつかなかった。

 まさか文字通り永久機関のような存在なのだろうか。


「マナは本来別の次元に存在していたが、何らかの要因で次元の壁が壊れ、この地球に流れ込んでしまった。ボクらの世界はマナを嫌い、その流入を拒んだ。マナはそれに対抗して、この世界になじむための肉体を欲し、この世界の生物を取り込もうとした。それが、『モンスター』の正体というわけさ」

「は、はあ。なんだかよく分からないですけど、とにかくモンスターはマナでできていて、異世界からやってきたってことですね」

「うん。その通り」


 マナはこの世界に拒絶されている。

 ゆえにこの世界に拒絶されない肉体を求めて、動物や人間を食らおうとする。

 モンスターとは、最も捕食に適したマナの一形態なのだ。


「だから、モンスターを撲滅したければ、次元に空いた穴をふさぐ必要がある」

「けど、そんなこと私たちには……」

「無理だろうね。報告書のから読み解くに、守護者にはなにか手立てがあったみたいだけど、それが今も残ってるかは分からない」


 Nが読み解いた資料はあくまでも敵の考察がメインで、守護者の扱う技術に関しては一切載っていなかった。

 探していけばそういった資料もあるかもしれないが、しかし100年も経っていてはどこまで使い物になるかはわからなかった。


「それに、ボクたちの目下の課題はモンスターではなく半獣の対処だ。と、いうわけで次の報告書だ」

「もう一つあるんですね」

「その紙に書かれていたのは、半獣の扱う力に関してだ」

「半獣……って、その次元に空いた穴を通ってこっちに来たんですよね」

「うん。そうだろうね。そして彼らのいた世界では、こちらと違ってマナが馴染んでいたんだ。キミとハートが見たという炎、そしてあのバルヘルという男の鎖。それらは、マナを利用して作り出しているらしい」

「つまり……魔法使い?」

「ああ。向こうの世界の人間は限定的だが自力でマナを操れるみたいなんだ」

「魔法使いのいる世界……異世界って感じですねえ」


 今まで半獣にはよくわからないという印象しかなかったエイだったが、異世界の魔法使いと聞くと、かなりわかりやすい存在になったように思えた。


「魔法は1人につき1種類。その力には個人差あり」

「魔法ですか。うーん。私も使ってみたいですね」

「なにを言ってるんだ。ボクたちはもう魔法を使っているよ」

「え?」


 エイは素っ頓狂な声をあげる。

 しばらく考えて、やがて一つの仮説に至った。


「……もしかして、スキルですか?」

「そう、ボクたちのこの体はマナでできている。モンスターを参考にアバターは作られ、魔法を参考にスキルが作られた」


 そう、その資料にはプレイヤーのアバターに関しても多少触れられていた。

 プレイヤーの体は守護者の技術によるものだと思っていたが、どうやら敵の技術を利用して作られたものらしかった。


「そして肝心の敵の人数についてだが――次元の壁を通ってきたのは約100人。いずれも戦闘要員だ」

「ひゃ、100人!?」

「そう慌てるな。全員が生き残っているわけじゃない。守護者は全滅する前にそれなりの数の侵略者を倒していった。生き残りは多くとも30人ほどだろう」

「30人……それでも多いじゃないですかぁ」


 Nは1つ、嘘を吐いた。

 30人という人数はあの地下でNが見た人数だ。

 だが、報告書の記載とは食い違う。

 報告書では、すでに80人以上を撃破したと書いてある。

 つまり残り20人。

 報告書が書かれた後もさらに数人倒していると考えれば、もっと少なくなる。

 いったい、この差はなにか?


 無駄に混乱させることもないだろうと、Nはいったんこの説明を省いた。


「さて、解読できた報告書はもう一つある」

「まだあるんですね」

「異世界転移に関する考察レポートだ。例の次元に空いた穴だが、本来は人間が通れる大きさじゃないみたいなんだ。せいぜい、エネルギー体であるマナが通れる程度」


 本来次元の壁は、簡単に崩れるようなものではない。

 ましてや人間が通れるほどの大きさとなると、守護者の観測上では初めてのことだった。


「けど、その穴がほんの一瞬だけ大きくなったことがある。それがおよそ100年前。モンスターの大軍を引き連れた半獣によって、この世界が滅ぼされたとき」

「じゃ、じゃあ、今もその穴は広がったままなんですか?」

「いや、人が通れる大きさの穴を維持するには莫大なエネルギーが必要らしい。今は世界の修復力に押されて、マナが通れる程度の大きさにとどまっているよ」

「そうなんですか……あ、じゃあ、敵の拠点は地球(こっち)側にあるんですね」

「この報告書を信じるなら、そうなるね」


 ただでさえ、敵がどこにいるのか分からないのだ。

 地球どころか異世界まで捜索しにいかなければならないのはごめん被りたかった。


「さて、ここからがこの話の本題だ」

「あ、まだ前置きだったんですね」

「この穴だが、開かれたのはおよそ120年前」

「120年前というと私はまだ生まれてませんね」

「異世界からやってきたのはちょうど100人。だがそれ以外にも――」


 と、そこで通話を知らせる音が響いた。

 見ると、自警団の団員の1人からの着信だった。

 あまり関りはないが、無意味なようでかけるけてくる人物でもなかい。


「すまない。着信が来た。少し待ってくれ」

「ええ。大丈夫ですよ」


『ロストアドベンチャー』のシステムでは、複数人と同時に通話を繋げることも可能だった。

 エイ相手に特に隠すこともないだろうと、エイとの通話はミュートにしておくだけにしておいた。


 電話口の相手は非常に焦っているようだった。


「Nさん!!」

「なんの騒ぎだ?」

「そ、それが……コールドスリープ装置の中の体が、殺されていました!」


 一瞬、言っている意味が分からなかった。

 しかし、遅れて気づいた。

 それは、初めて塔の中に入った時、思った疑問。


 ――アバターではなく、元の身体を傷つけられた場合、どうなるのか。

 帰るべき肉体を失って、我々は生きていけるのか。


「すぐに行く!緘口令(かんこうれい)()け!絶対に塔の中から誰も出すな!」

「は、はいぃ!」


 言い終わる前に立ち上がり、塔へと向かって走り出していた。

 報告にきた者との通話を切り、エイのミュートを解除する。


「――ですか!Nさん!今のって……!」


 今の報告にエイは、とても混乱しているようだった。

 それもそのはず。

 塔の前には自警団の団員が常駐していて、部外者が入り込む余地はない。

 だというのにどうして、塔の中で殺人など起きるのか。


「……エイ、さっきの話の続きをしようか。次元の穴はとても小さく、人間が入り込めるものじゃない。だが、魂だけなら別だ」

「いや、なんでそんな話を……!?」

「やってきた魂は、人格形成前の胎児に取り付き、この世界の住人として生きていく。その奥底に、別の目的を秘めながら」


 こちらにやってきた異世界転移者は約100人。

 しかし、転移とは別の方法でこちらの世界にきた者もいる。

 それは転生。


 異世界から転生してきた者がいる。

 この世界の人間としてこの世界の知識を吸収し、きたるべき侵略のためにその知識を半獣へと渡す。

 そんな人物が、明らかにこの世界の技術力とは不釣り合いなVRゲームの存在を知ったらどうするだろうか。


 それは、根拠のない疑念だ。

 だが、今まで積み重なった小さな小さな違和感が、形となって目の前に現れている。

 Nは、そんな根拠のない仮説を口にする。


「これはあくまでも可能性の話だが、プレイヤーの中に――裏切者がいるかもしれない」


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