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デスゲーム開始から100年が経過した  作者: 暇人のアキ
第三章 シン臓なき人形に、1輪の花を添えて
51/53

N⑫

1日が0から始まるのって、おかしいですよね。

やっぱり物事の始まりは1ですよ。

なので今は7日の24時です。

皆さん騙されないで。

これは"機関"の陰謀です。

 どこまでも高く伸びる、白い塔E04。

 そこは、桃花が率いる自警団【篝火】の拠点となっていた。

 彼女らは、周辺のモンスターを狩り、建物を補修し、陣地を構築して防備を固めていた。

 塔に集まったプレイヤーたちは、ひとまず桃花の下で安定した基盤を構築するため働いているが、問題は山積みだ。


 まず第一に、戦力の不足。

 自警団や『中立派』の面々は、基本的に戦えないプレイヤーが多い。

 レベルは500どころか300にすら届かない者がほとんどで、場所関係なく高レベルモンスターの湧くこの世界では、まともに生き残ることすら難しい。

 前の世界であれば街中に引きこもっていればそれでよかったのだが、この世界に安全地帯などという物はない。


 かといって、非戦闘員を守ることだけに気を取られるわけにもいかない。

 なにせここは未知の世界。

 情報は圧倒的に不足しており、モンスターを倒せる力を持ったプレイヤーは他の塔への調査と情報交換に出払っている。

 もちろん戦闘員全員がいなくなったわけではないが、高レベルモンスターに対抗できるものは多くない。


 第二の問題は、プレイヤー全体に広がる大きな不安と混乱だ。

 たとえ『秩序派』や『中立派』といえど、「ゲームクリア」というその文字列に感じ入るものはあっただろう。

 しかしそれで得たものが荒廃したこの世界である。


 住み慣れた世界を追われ、あったはずの安全が脅かされ、安穏とした日常は崩れ去った。

 わけもわからずモンスターに襲われ、意味も分からず塔へと逃げのびた。

 そんな塔も安全ではなく、なにが起きているのかすら分からない恐怖を抱えている。

 そんな彼らを集団として機能させるのは非常に難しかった。

 今は仕事に没頭させることでそれらを忘れさせているが、いつ爆発するか分からない。


 さらに第三の問題は――


「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞテメエ!」


 塔周辺、陣地構築の作業をしているプレイヤーたちの間に、怒声が響いた。

 その声の主は『不死ナル邪竜王』。

夜明けの探索者(ドーン・シーカー)』解体前に活動していたPKの1人で、ハートたちに避難壕に関する情報をもたらした。

 現在はこの塔に集まるプレイヤーの1人として、桃花の指揮下に入っている。


 そんな邪竜王と相対しているのは『イリカ』。

 自警団の中でも屈指の実力者で、現在はこの塔の防衛部隊の一員であった。


 邪竜王はあるプレイヤーの集団を庇うような位置で、イリカと口論を繰り広げていた。

 そのプレイヤーたちは『脱出派』の中でも比較的弱い方であり、現在は庇護を求めて桃花の軍門に下っていた。


「こいつらは1日中休みなしで働いてたんだぞ!ちょっと休憩したくらいでなんで責められなきゃなんねえんだよ!」

「PKの分際で、休んでるんじゃないわよ!あんたたちが生かされているのは、桃花様の温情なのよ?死ぬ気で働いてその恩を返しなさいよ」

「お前らよりよっぽど働いてるだろうが!」


 邪竜王とイリカの口論は、徐々に激しさを増しており、互いに今にもつかみかかりそうな勢いである。

 そんな2人の様子を、周囲は遠巻きに見ていた。


 2人の争いのタネは、今邪竜王の後ろにいるPKたちのことについてだ。

 彼らが仕事を終えて休憩に入ろうとした途端、イリカが彼らを口汚く罵りだしたのだ。

 見かねた邪竜王が助けに入り、現状へと至る、というわけだった。


「お、おい。もういいって。俺らは大丈夫だから」

「けどよう……」


 そのPKたちは邪竜王よりもここにいる時間が長い。

 PKがどう思われているかなど、分かり切っていた。

 この日1日中仕事をしていたのも、似たような経緯で『秩序派』のプレイヤーに居残りを強制されたからだった。


 彼らとしては、どれだけ仕事の量を増やされようとも、どれだけ罵られようとも、かまわない。

 自分たちがしたことを思えば、当然だともいえる。

 ただ、こんな訳の分からない世界で外に放り出されるのはごめんだ。

 だから、ここはなるべく反感を買わないように穏便に済ませてほしかった。


 邪竜王もそんな彼らの心情をなとなく察していたが、しかしPKを絶対的な"悪"と断じるイリカが気に食わなかった。


「だいたい、なんでPKがここにいるのよ。汚らわしい。一生大監獄の中にいれば良かったのに」

「俺らがここにいるのはお前らのトップの指示なんだよ!文句ならトーカサマとやらに言えよ!」

「ええ、そうね。桃花様はお優しいから。あなたたちのようなクズにも情けをかけてしまう。私たちの仲間の仇にすらね!」


 2人の周囲には、いつの間にか人だかりができていた。

 彼らは作業を放り出して、その口論を黙って見つめていた。


 イリカはふと、周囲に視線を走らせた。

 そして、舞台役者のように両手をあげて声を張り上げる。


「ねえ、みんな!やっぱりおかしいと思わない?こんな状況で殺人犯と一緒に仕事なんて、どうかしてるわ!」


 イリカがそう言うと、「そうだそうだ!」「殺人鬼は出ていけ!」といった声がまばらにあがる。

 黙って見ている大多数も、その意見におおむね反論はないようだった。


「またモンスターが現れるかもしれないのに、こんな奴らの隣で戦うの?後ろから切り付けてくるに決まっているわ!」

「俺らは武器も持ってねえし、第一、この足装備見ろよ!これで戦えるわけねえだろ!?」


 そういった邪竜王とPKたちの足首には、大きな鉄球付きの鎖が巻いてあった。

 猫の手も借りたいこの状況では、元『脱出派』だろうと協力してもらわなければならない。

 しかし、戦闘力を保持したまま自由にさせるわけにもいかないので、PKには足首に『囚人の鉄球』という装備を付けてもらっていた。

 これによりステータスは半減し、さらに武器も没収しているため、まともに戦闘をこなすことはできない。


「どうだか。足を引っ張ってMPKさせるくらいならできるんじゃない?」

「コノッ、ああ言えばこう言いやがるな……!」

「優しくて手を下せない桃花様に代わって、私たちが罰を与えないと。みんなもそう思うでしょう!?」


 イリカが尋ねると、「そうだそうだ!」「やっちまえ!」と数名が声をあげる。

 それを受けてイリカは、アイテム欄から剣を抜き、構えた。


「てっめえ、ここでやる気かよ!」


 邪竜王はどうにか逃げ出そうとあたりを見渡す。

 しかし、人だらけで少し先すら見えない。

 仕方なく、覚悟を決めてイリカを見据える。


 ここは、街中ではない。

 仲間同士での戦闘行為は禁止されているものの、それを強制する力はこの場にはない。

 イリカが一歩踏み出し、その剣を向けようとしたその時――。


「――そこまでだ」


 冷たい声が、場を支配した。

 海が割れるように、人ごみが分かたれる。

 そこにいたのは自警団の団長補佐のN、そして元の身体の方を使っているエイだった。


 塔へと帰還した彼女らは、一旦2人と別れ、桃花のもとへ報告に向かっていた。

 その道中で、偶然この場に居合わせたのだ。


「なんの騒ぎかな?」


 機械のように冷徹な声が、周囲に染みわたった。

 決して大きくはないのにその場の誰もが聞き逃さなかったのは、水を打ったように静かだったからだろう。

 イリカは人が変わったようにして、Nに媚びるような顔を向けている。


「あ、あらあらNさん。お帰りだったのですね。いえ、少々生意気なPKがいたものでして――」

「イリカ、キミはたしか防衛部隊の周辺探査の任に就いていたはずだよね。こんなところで何をしているのかな?」

「いいえ、休憩時間にたまたま通りかかっただけです。そろそろ休憩も終わりですので、お暇させていただきますね」


 すらすらと、あらかじめ決めていたかのように言葉が出てくる。

 おそらく嘘ではないのだろう。

 イリカが自分の立場を悪くするようなことを決して言わないことを、Nは知っている。

 すっかり周囲を味方につけているようだし、ここで追及しても無駄だろう。


「……そうか。気を付けて任務に臨んでくれ」

「はい、お心遣いありがとうございます。では失礼します」


 Nが思っていたよりもあっさりと、イリカは引き下がった。

 早足でその場を立ち去っていく。

 そんなイリカを見送ったNは、周囲の野次馬に声をあげる。


「さあ!みんなも作業に戻ってくれ!」


 蜘蛛の子を散らしたように、野次馬は散っていった。

 事態が収まったとみたNは、ふうと一息ついた。

 エイが戦々恐々と言った感じでNに尋ねる。


「や、やっぱり皆さん、PKに対してはあんな感じなんですかね……?」

「いや、普段はあそこまでじゃない。今回は彼女が扇動したんだろう。何人かサクラも用意したみたいだしね」


 終盤の方はNも見ていたが、イリカの発言に同調して声をあげたのは、いずれも彼女と親交のある人物だった。

 それに、これだけの人間が全員作業を中断して口ケンカを見に来るとは考えづらい。

 おそらく、イリカが扇動したのだろう。


「扇動……?いったい何のために?」

「さてね。憎悪か混乱か悪意か。いずれにしても、面倒なことこの上ない」


 誰しもが大きな不安を抱えているこの状況では、"原因"が求められる。

 いったいなぜ、こんなことが起きてしまったのか。

 この塔の大多数の人間にとって、最も分かりやすい原因はPKだろう。

 ましてやこの塔にいるPKは戦力を奪われた弱い存在だ。


 弱くて、抵抗しなくて、数も少なく、なにより"悪"である。

 そんな彼らに敵意が向くのは、当然の流れともいえる。

 ましてや、扇動するものがいるならなおさら。


「……桃花の手を煩わせるようなら、多少手荒な対処も視野に入れないといけないかもしれないな」


 しかし、桃花やNにすればこの塔のPKと対立するのは避けたかった。

 なにせ今は圧倒的に戦力不足。

 現状生きているPKは、自警団の猛攻をかいくぐった猛者ばかりである。

 彼らには、いざという時の戦力として働いてもらいたいのだが、この状況ではそれも厳しいかもしれなかった。


 Nが思索を巡らしていると、邪竜王が声をかけてくる。


「おう、N。サンキューな!」

「……邪竜王か。助けて損をした気分だ」

「相変わらず俺の扱いが軽いな!」


 叫ぶ邪竜王はとりあえず無視して、Nはその後ろのPKたちに声をかける。


「……キミたちは恐らく配置換えになると思う。次の任務が決まるまで、簡易牢に戻って休んでいるといい」

「……すんません。ありがとうございます」


 PKたちはNが来てからずっとうつむいたままだった。

 一言だけ礼を言うと、逃げるようにして去っていった。


「助けられて目も見ないなんて。感じの悪い人ですね」

「……『仲間の仇』はお互い様、ということさ」


 PKとは、プレイヤーを殺した者のことである。

 しかし、そんなPKを殺したとしても、それは犯罪としては記録されない。

 同じ人殺しには変わらないというのに。


 Nはまた一つ、ため息を吐く。

 ただでさえ半獣という凶悪な敵がいるというのに、どうして内側にまで問題を抱えなければならないのか。

 どうか面倒なことにだけはなってくれるなと祈りながら、Nはエイとともにその場をあとにした。

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