N⑪
避難壕から十分に離れたと判断した一行は、そこにテントを設置し、休むこととなった。
手洗いのため少しその場を離れていたリリスが戻ってくると、そこにはNしかいなかった。
「あら?Nさん、お一人ですか?残りのお二人はどうなさったのですか?」
簡易テーブルの上でボロボロの書類とにらめっこをしていたNは顔をあげずに答える。
「ハートなら、いつの間にかいなくなってたよ」
「え!?大丈夫なんですか!?」
「問題ない。よくあることだからね。朝になったら帰っくるさ」
「は、はあ。そうですか。では、エイさんは……」
「ハートを探しに行ったよ。まあ、多分見つからないと思うけど」
ハートは夜中になると一人で冒険に出たがることがよくある。
そして、そういう時は大抵本気で一人になろうとするため、探そうと思っても見つからないのだ。
それが分かっていても探しに出かけるのが、なんともエイらしいが。
リリスはおずおずと、Nに近づく。
どうにも、少し苦手に思われているらしかった。
「あの、お隣よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
リリスは、地べたに座るNの隣へと腰を付ける。
そして、真剣な表情で尋ねた。
「――避難壕での出来事について、Nさんはどうお考えですか?」
リリスのその質問に、Nは疑問符を浮かべて顔を上げる。
「……どう、とは?」
「いえ、その、私にもなにかお役に立てることはないかと色々考えてみたのですが、やっぱり分からなくて。結局、半獣の奴らは何がしたかったのかな、と。それで、Nさんの見解を聞きたくて」
「なるほど。……そうは言われても、ボクにもさっぱり分からないよ。罠かと思えば、あっさり引いていく。確実にこちらを全滅させられたのに、なぜか誰も殺さなかった」
Nが見た何十人もの人影も、戦いに参加すらせずにどこかへと消えてしまった。
あのバルヘルという男が逃げずに戦っているだけでも、こちらに勝ち目は全くなかっただろう。
だというのに、残ったのはベヒモスとウサギ耳の女だけだ。
「考えられるとすれば、向こうの力にはなんらかの制限があるんじゃないかな。それか、実はこちらに切り札があるとか」
「……切り札、ですか?」
「うん。考えてみれば、守護者があのゲームを作った理由もよく分からないんだ。彼らの目的はボクたちを強くすることだと思っていた。けれど、それにしては敵が強すぎる。ボクたちじゃ、100年かけてレベル上げしても手も足も出ないのに、守護者はどうやってあれに勝たせる気だったのかな」
なればこそ、あの強大な敵に対抗するための切り札が、プレイヤーには用意されているのではないか。
それに気づかれたくないがために、敵は完全に攻め切ってはこないのではないか。
「……やつらの強さを見誤っただけなのではないでしょうか?」
「もちろん、そういう可能性もあるけどね。まあ、希望的観測というやつさ」
これはあくまでも希望的観測である。
だが、多少楽観でもしなければやってられない状況なのも事実だった。
「というか、守護者に関しては、そちらのほうが詳しいんじゃないのかい?」
「……残念ながら、父は私には自分の素性を隠しておりましたので、この世界の危機に関して知ったのも、ごく最近なのです」
「100年前だけどね」
「ですから、守護者に関してもほとんど分かりません。お力になれず申し訳ありません」
リリスは、ひどく申し訳なさそうな顔で謝る。
先ほども、役に立てることはないか、などと言っていたし、侵略者を倒すために未来に来たのに、侵略者に関する情報をほとんど持っていないことを気にしているのかもしれない。
「頭をあげてくれ。そんなこと、気に病む必要はない。キミがいなければ、ボクたちは未だ自分たちの状況すらつかめずにいただろうさ」
「……すみません。ありがとうございます」
ほんの少しだけ、リリスの顔が晴れやかになった気がした。
リリスはよしっと小さく呟くと、立ち上がった。
どうやら今日はもう寝るようだ。
「Nさんは、そろそろ寝ますか?」
「いや、ボクはこれを解き明かすまでは徹夜だ」
「そうですか。では、お先に失礼いたします」
リリスはそう言うと、テントの中へと入っていった。