表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デスゲーム開始から100年が経過した  作者: 暇人のアキ
第一章 ノロイあふれる戦場に、1人の少女が降り立つとき
4/53

桃花②

 昇離がギルドの見学に来てから1週間が経とうとしていた。

 昇離は現在自警団に併設された寮に住んでおり、そこでの生活にもある程度慣れ始めていた。


 そして本日、昇離はギルドの集会場に来ていた。

 そこでは毎月【秩序派】に属するギルドが集会をしており、昇離はそれを見学させてもらっているのだ。


【秩序派】とは、この世界を第二の故郷とすることを決めた者たちの事であり、治安維持やプレイヤーの保護を目的として活動している。

 【秩序派】と言っても、その大部分は自警団で構成されており、それ以外の中小ギルドはほとんど自警団の傘下のようなものだ。

 そのため、この集会も自警団の決定事項やプレイヤー全体に協力が必要な事案を伝達するための場となっている。

 ゆえに昇離のようなソロプレイヤーやギルド長以外のメンバーも数多く集まっており、集会場には実に1,000人近いプレイヤーがいた。


「……以上が、次回の襲撃イベントにおけるモンスターの出現位置の予想です。ゆえに我々自警団の方針につきましては――」


 司会の自警団副団長〈shayn〉が卒なく議事を進めていく。

 もはや100回以上繰り返されてきたことであり、その内容に関心のある者はほとんどいないだろう。


 ではなぜ、彼らはここに集まってきたのか。

 それは、この集会が少し特別だからだ。

 今回の集会には自警団の団長である桃花が登壇し、さらに各ギルド長と話し合いの場を設けている。


 いつもであれば桃花は街の防衛に忙しく、この集会には参加しない。

 ではなぜ今回は参加するのか。


 このゲームが開始してから、もうすぐ100年が経とうとしている。

 周年イベントは10周年以来開催されていないが、なにせ次は100周年だ。

 なんらかの大きなイベントがあるかもしれない。

 それに備えて、【秩序派】の結束を高める必要があった。

 その為に、桃花は今回こんな場を用意したのだ。


「……以上を持ちまして、第276回定例集会を終了いたします。続きまして、『自警団【篝火】』初代団長である〈祇園桃花〉様よりお言葉を頂戴します。お忙しい中わざわざ来てくださったのですから、愚民どもは一言一句聞き逃さないように――」

「shayn、下がりなさい」

「はっ!申し訳ありません、桃花様!」


 他所のギルド相手にとんでもない発言をしそうになったshaynを降壇させると、桃花は壇上に登った。

 その所作はとても洗練されており、一挙手一投足が見る者の心を奪っていく。

 桃花は丁寧にお辞儀をすると、よく通る美しい声で演説を始める。


「わたくしたちがこの世界に閉じ込められて、もうすぐ100年になります。我々は未だ、この世界が何なのかを理解できていません。ましてや、元の世界で我々がどうなっているのかなど、知ることができようはずもありません」


 桃花が始めたのはこの世界の話だった。

 彼女の言う通り、プレイヤーは“外”の様子がまったく分からない。


 懸命な延命治療の末に全員が奇跡的に100年以上生存し続けているのかもしれない。

 あるいは、自分達の肉体は既に存在せず、電脳世界に閉じ込められているのかもしれない。

 ある日突然寿命が尽きて、フッと死んでしまうかもしれない。

 それとも、このまま生も死もなく永遠の牢獄に囚われ続けるのかもしれない。


「不安に思う気持ちも分かりますわ。このまま生き続けていったい何になるのか。この世界に生きることに意味があるのか。分からなくなっていることでしょう」


 子どもが生まれる訳でもなく、技術が発展する訳でもなく、かといって何もしなくとも死にはしない。

 そんな状況を、果たして生きていると言えるのだろうか。


「ですが、それがなんだと言うのですか!?この世界がなんなのか分からない、自分の生きる意味が分からない、それは元の世界と何が違うと言うのですか!?生きる理由や意味は、決して他人から与えられる物ではありません。自分で掴み取る物です。それは、どんな世界になろうと同じではないのですか!?」


 桃花の言葉が熱を帯び、会場全体を包み込んでいく。

 自身の言葉を、その熱量でもって人の心に刻みつけていく。


「この世界は、決して偽物ではありません。我々は今、この世界に生きているのです!」


 この世界は、嘘偽りのない本物の世界。

 ゆえに、『ゲームクリアすればこの世界から脱出できる』などという幻想に縋り付かず、しっかりとこの世界を生きていこう、というのが自警団ひいては【秩序派】の主張であった。


「だからこそ、わたくしは彼らが、久遠の光が許せません! この本物の世界においてPKがどんな意味を持つのか、分からないはずもないでしょうに! 彼らは私欲のためにその禁忌を犯したのです!」


 そして【秩序派】と対をなすのが【脱出派】。

 この世界からの脱出を第一目標とした派閥だ。

 彼らはゲームクリアのためならばPKであれ平然と行う。

 そしてPKとは、この世界を現実であると捉える【秩序派】にとっては、紛れもない殺人であった。


「ゲームクリアを目指すというのは結構な話です。しかし、その為に他者を傷つける行為は、到底許されるものではありません! 彼らは英雄などではなく、ただの人殺しです!」


 彼らは、この地獄からの脱出を目指す英雄などではなく、この世界の秩序を乱す人殺しでしかない。

 ゆえに、我々は戦わなくてはならない。

 この世界の秩序を保つために。


「久遠の脅威から、罪なき人々を守る為にも。皆さんのお力をお貸し下さい。どうかこの世界に、争いなき恒久の楽園を」



 #



「演説、素晴らしかったです! もう桃花様のカリスマ性が溢れ出ていたというか……! ああ、自分の貧弱な語彙力が恨めしいです!」

「そ、そうですか……」


 それから数時間、桃花はギルド長たちとの会議に臨んでいた。

 久しぶりの桃花の出席とあり、会議は大いに盛り上がったが、しかし議題がそう多いわけでもなかった。

 会議はそう長く続かず、ギルド長たちは外で待つ自分のギルド員を連れて帰っていった。

 昇離は、ギルド長たちを見送った桃花にすぐさま駆け寄り、話しかけていた。


「それにしても、良かったんですの?わざわざこんなに長い間待っていただかなくても――」

「いえ! 桃花様のためなら待ち時間もへっちゃらです! ……それに、自分も彼らと同じような状況ですからね。同じように外で待ってる人たちの話も聞きたかったんです」


 自警団に守られているのに、自分たちは何もしていない。

 今回わざわざ桃花の話を聴きにきた者たちは、そんな現状に忸怩(じくじ)たる思いを持っていた。


「――団長殿、少々宜しいですかな?」

「〈シュークリーム〉さん。どうなされました?」


 と、そんな2人に話しかけてくる人物がいた。

 見た目は年老いた紳士のようであり、顔にはその名の通りのしわくちゃな笑みが浮かんでいる。

 彼は集まっていたギルド長の内の1人であり、桃花ともそれなりに付き合いの長い人物であった。


「自分のギルドに帰る前にもう一度ご挨拶をと思いましてね」

「まあ、それはわざわざありがとうございます」

「いえ、普段から団長殿にはお世話になっていますからね。礼をしっかりと尽くさねば、バチが当たるというものです。……ところで、これまで中立を保っていた“城塞乙女”が久遠に付くという噂は本当ですか?」


 柔和な笑みに少し陰を落として、老人は尋ねる。

 挨拶を、と言っていたが、本題はこのことについてだろう。


「……まさか。彼女は争い事を嫌います。PKに加担するなどもっての他でしょう」

「だと、いいのですが。かの探索者の内の1人が動くとなれば、追従する者も出てきましょう」

「……そうでしょうか?ギルドが解散したのは、もう30年も前ですのよ?」

「忘れることなどできませんよ、誰も。もはや夜明けの探索者(ドーンシーカー)は伝説です。あなた方は、それだけ鮮烈だった」


 懐かしむような遠い目をするシュークリームだったが、桃花の目が冷たく凍えていることに気がつくと、慌てて元のしわくちゃの笑みに戻した。

 その後、少しだけ世間話をして、シュークリームは自分のギルドに帰っていった。


「……あの、1つお聞きしてもよろしいですか?」

「構いませんわよ」

「桃花様は、お辛くないんですか?」

「なんの話ですの?」

「だって、久遠の光のリーダーは桃花様の、その、仲間だったじゃないですか」


 久遠の光、それはかつて夜明けの探索者(ドーンシーカー)のメンバーの1人であった人物によって作られたギルドだった。


「……大嫌いですわ、あんなガサツな女。だから、辛くなんてあるはずもありません」

「……そう、ですか」

「わたくしたちが同じギルドにいたのは、ひとえにハートさんがいたからですわ。そして、ハートさんを()()()今、わたくしたちの道が違えたのは必然ですわ」


 かつての探索者のリーダーは、もういない。

 ゆえに、探索者たちの道が交わることは、決してない。


「あ、そうだ。桃花様、shaynさんがどこにいるか知りませんか?ちょっと借りていた物を返したいんですけど」

「そうですの?丁度わたくしもshaynに用があるので、一緒にいきませんこと?」

「マジですか!お願いします!」


 暗くなった雰囲気を切り替えるように、明るい声で昇離は話す。

 桃花はそんな昇離の気遣いに好印象を持っていた。

 2人は共にshaynの待つ部屋に向かう。


「ところで、その借りていた物とはいったい……」

「桃花様のお宝映像を多数記録したファン必見のデータファイルです!」

「……はい?」

「いやー、昨日はshaynさんと桃花様談義で一日中盛り上がっちゃって。それで、この世に1つしかないこの映像記録の数々をお借りできたんですよね。これが本当に素晴らしくて……桃花様?どうされました?」

「……い、いえ。なんでもありませんわ」


 どうしてそんな物を持っているのか、どうしてそれを他の人に見せてしまうのか。

 桃花は、後できっちりとshaynを問い詰めることに決めた。


 少し歩くと、shaynの待つ部屋へと辿り着いた。

 扉を開け、中へと入る。


「shayn、あなた――て、あら?」


 しかし、部屋の中には誰もいなかった。


「変ですわね。確かにここにいるはず――」


 桃花が部屋の奥を見渡そうとしたその時、桃花の背に鋭利なナイフが突き刺さった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ