N⑥
改めて、次なる目的地が決まった一行は、話し合いを重ねていく。
「よし。それじゃあ、俺がお前らを捕まえたって体で、そこに行けばいいんだな」
「ボクらが、キミに捕まった……?」
「流石に無理があるんじゃないですかね」
「なんだとコラ!」
キレる邪竜王をなだめるように、Nが言う。
「……向こうがどれだけこちらのことを把握しているのかは分からないが、レベルが見れるのなら、その騙しは無意味だろうね」
「へーへー、分かったよ。俺は大人しくベンチをあっためてますよ」
「ここでの生活に慣れるまでは、案内人をつけよう。監視も兼ねてるから、勝手な真似はしないように」
「へいへい」
今は協力者とはいえ、邪竜王は元囚人だ。
敵に脅されてスパイとなっている可能性もあるし、見張りを付けるのは必然だった。
「自分は――」
「キミは、他のプレイヤーと扱いは同じだ。まずは中央で説明を受けて、住処と仕事をもらってくれ」
「……了解っス」
なにかを言いかけた樹永だったが、その続きはNに遮られてしまう。
おそらく一緒に付いていきたがっているのだろうが、しかし彼女のレベルでは危険すぎる。
どんな強者が待ち構えているのかわからないのに、そこら辺のモンスターすら倒せぬ者を連れて行くわけにはいかなかった。
「避難壕に向かうメンバーは、ハート、エイ、リリス、ボクと、そして自警団からあと数人、といったところか」
リリスを連れて行くのは、避難壕の詳しい場所を知っており、多少とはいえ守護者の持つ技術の知識があるからだ。
そして、自警団から数人を連れて行くのは、リリスの護衛のためである。
敵戦力が分からない以上、ハートとエイとNの3人はリリスを気にせずに戦えたほうが良いだろうという判断だった。
とはいえ、人数が多くなると見つかるリスクも増えるし、塔の守りが手薄になっても困るため、あまりたくさん連れて行くわけにもいかないが。
「目的はあくまでも情報収集だ。なるべく戦闘は避けよう。出発は30分後。それで良いかい?ハート」
「わかった」
Nが作戦をまとめ、ハートが頷く。
その様は、まるでかつての夜明けの探索者のようだった。
♯
その日の夜、一行は避難壕に向かって歩いていた。
Nとしては、調査に出ている自警団の精鋭たちが帰ってくるのを待ってから出発したかったのだが、そう長い間ハートを待たせておくのは難しいとみて、すぐに動ける人員だけを連れてきた。
Nを除いて、自警団からは4人のプレイヤーが付いてきている。
その実力は、4人合わせてもNには及ばない。
しかし、口の堅さにおいては信用のおける者たちであり、今回の遠征で見たものを誰かに漏らすことはないだろう。
現に、アバターの姿になったエイを見ても何も言わないでいる。
計8人は、目的地に向かって歩みを進めていく。
身体能力の低いリリスは、エイが背負って運んでいるが、彼女に負担をかけないため進行速度は遅めだ。
そしてもちろん、彼女は生身の人間であるため、睡眠を必要とする。
そのため、夜の間は先に進むことができなかった。
「――やっぱりさ、お肉が必要だと思うんだよね。野生動物もチラホラ見かけるし、狩って食べさせたほうがいいと思う」
「やっぱり、塔にあった保存食だけじゃ健康に悪いよね」
月夜の光でわずかばかり見える顔を突き合わせて、ハートとエイは雑談をしていた。
その内容はテントの中で寝ているリリスに関するものだ。
彼女の食べれるものは保存食のビスケットやスープばかりで、とても不健康であった。
Nは2人の雑談を聞き流しながら、何か考え事をしていた。
ちなみにその他4人は交代で寝ながら見張りをしている。
ふとNは、視界の端に映るウィンドウに表示された時刻が、それなりの時間であることに気づいた。
「2人とも、そろそろ寝なよ。いくらこの体が眠らなくても動くとはいえ、睡眠は体に必要だ」
「あー。いや、いいですよ。今日は私たちが見張りしてるので、Nさんは寝ててください」
「……?いや、見張りなら向こうにいる彼らに任せなよ。主戦力はキミたちなんだから、パフォーマンスが低下するようなことは避けたほうが良い」
「いえ、その……」
歯切れの悪いエイに、Nが疑問符を浮かべる。
エイはチラチラとハートのほうを見ていたが、やがてNに近づいて、小声で話してくる。
「……ココちゃんなんですけど、再会してからずっと寝てないんですよね」
「寝ていない?」
「はい」
「……それに合わせて、キミも寝ていないのかい?」
「……はい」
なぜだか申し訳なさそうに俯くエイに、Nは柔らかな顔つきで言う。
「なら、キミは寝たほうがいい」
「けど、ココちゃんを独りにするのは……」
「今日はボクがいるだろう?」
「……すいません。お願いします」
「ああ、任せてくれ」
やはり眠らないことで多少の疲れを抱えていたらしいエイは、Nの申し出に申し訳なさそうにしつつも乗る。
と、そこでNはあることを思い出した。
「……そうだ。寝るのは少し待ってくれ。用事を済ましてくる」
「用事、ですか?」
「ああ。大したことではないから気にしなくて良いよ」
Nはエイにそういうと、今日歩いてきた道を引き返し始める。
寝っ転がって星を見ていたハートが、そんなNに声をかける。
「――好きにさせてあげなよ、しぐるん」
「そういうわけにもいかないさ」
緩やかに引き留めるハートだったが、Nは歩みを止めない。
なんの話をしているのか分からないエイが首をかしげていた。
Nが歩く先には、ある人物がいた。
その人とはとっくに目が合っていたが、気にせずに近づく。
そして、十分に近づいてから声をかけた。
「――どうしてキミがここにいるんだい?」
「……気づいてたっスか」
そう、そこにいたのは塔で待っているはずの樹永だった。
樹永は、そのレベルにしては高い隠密系スキルと探知系スキルで身を隠しながらハートたちを追っていた。
「悪いことは言わないから、早く帰った方がいい。この先は何があるか分からないからね」
「心配しなくても、マズくなったらすぐに逃げるっスよ」
「そういう問題じゃない。足手纏いになる前に今すぐ消えるんだ、〈樹永〉」
Nの声色は、先ほどまでハートたちに向けていたものとはまるで違う、冷淡なものだった。
それこそまるで、敵に向けられているような。
そんなNに怯みそうになりながらも、樹永は口を開く。
「――それにしても、ビックリしたっスよ。まさか自分なんかを知ってるなんて。『自警団の団長補佐は、全プレイヤーの名前と顔を把握している超人だ』って話、あれ本当だったんスね」
「まさか。ボクが知っているのなんてせいぜい、自警団のメンバーと各ギルドの主要人物、有能・有名なプレイヤーと――ボクらをこそこそ嗅ぎまわる新聞社の面々くらいさ」
樹永。
彼女はソロのプレイヤーではない。
東堂新聞社の一員であった。
東堂新聞社の会長〈アリサ〉は、Nによって殺された。
つまり、彼女にとってNは仲間の仇と言うわけだ。
「ハートに近づいたのは、ボクへの復讐のためかい?」
「――まさか。新聞社の理念は、いつどこであっても変わらないっスよ」
Nはその瞳をさらに冷たくし、睨むかのように樹永を見つめる。
樹永は、逃げ出したくなるのをこらえて、負けじとNを睨み返した。
「新聞社の理念のために、引くわけにはいかねえんスよ」
「……余計なことはしないでくれると、助かるけどね」
引くつもりはなさそうだと感じたNは、目をそらして体ごと反転する。
いざとなれば見捨てれば良いし、邪魔なら殺せば良い。
帰る途中でモンスターに食われても、それはそれで寝覚めが悪い。
ゆえに、Nは樹永を見逃すことにした。
Nは無言のままハートたちのところへ帰っていく。
そんなNの背後に向かって、樹永は叫んだ。
「――東堂新聞社の理念、忘れてねえっスよね!」
そんな樹永の叫びは、帰ってくることもなくただむなしく闇夜に響いたのだった。




