エイ⑨
リリスと名乗ったその女性は、一見してプレイヤーではないように見えた。
プレイヤーであれば、どこか作り物めいた現実離れした容姿をしているものだが、彼女はそんな風には見えなかった。
とはいえ、日本人風かと言えばそうでもなく、西洋系の顔立ちをしていた。
試しに彼女のステータスを覗こうとするも、ウィンドウが表示されない。
あの炎使いの男と同じ現象だが、しかしあの男はもっと不自然に整った顔をしていた。
「リリス……さんはどうしてこんなところにいたんですか?」
座り込んでいるリリスの目線に合わせるように、エイが屈みながら尋ねる。
他の2人は警戒しているせいか立ったままだ。
「それが、敵に追われていてこの建物に入ったのですけど、老朽化のせいか入り口が崩れてしまいまして」
「敵?モンスターのことっスか?」
「いえ、あの怪物たちではありません。この世界の外からやってきた“半獣”の連中です」
「半獣?」
聞きなれない単語に、エイと樹永が首をかしげる。
「今から100年と少し前、突如として別の世界から侵略者が現れ始めました。その者たちは人間の見た目でありながら獣の特徴も持っていたのです」
「100年前!?リリスさんはその話を誰から聞いたんですか?」
「この目で見た話です。私は100年前からゴールドスリープで生き延びてきましたから、見た目とは合いませんよね」
衝撃的な発言に、2人の頭が固まる。
つまり彼女は、100年前の人間だということか。
そして、100年という時間はプレイヤーにとっても馴染み深いものだ。
100年という数字、コールドスリープの存在、そして塔に保管されていたプレイヤーの肉体。
樹永はそれらを繋げる仮説をすでに見つけている。
リリスは、その仮説を裏付けてくれるかもしれない。
そんな期待を持って、樹永は尋ねる。
「あの、1つ確認なんスけど、ここって“地球”っスよね?」
「へ?そうですけど……」
「そして、『ロストアドベンチャー』はVRゲームじゃない?」
「そ、その通りです」
そんな、この世界の根底をひっくり返すような話に、エイが驚きの声をあげる。
「ゲームじゃない!?それってどういうことなんですか?」
「そのままの意味っスよ。この世界も、前の世界も、仮想現実なんかじゃなかったんスよ」
今いるこの世界が100年前に住んでいたあの地球であるのなら、この肉体もまた本物である。
ならば、アバターとして存在できていた前の世界もまた、本物の世界なのだ。
「……そういえば、プレイヤーの皆さんに開示されている情報は、とても少ないんでしたね」
2人の会話を聞いていたリリスが、得心がいったように頷く。
「父から聞いた話なので詳しいところは分かりませんが、私の知っている範囲のことをお話しします」
そうして、リリスは話し始める。
100年前に何が起きたのか、その真相を。
ちなみに、難しい話に全くついていけなかったハートは、早々に船を漕いでいた。
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「――え、えーと。話を纏めますと、実は古代文明がルーツの超科学力を持った『守護者』と呼ばれる人たちがいて、数千年前から地球を守り続けていた。そして、100年前に"半獣"と呼ばれる謎の侵略者たちが現れた。その侵略者に対抗するために守護者に作られたのが――私たち?」
「正確には、あなたたちプレイヤーのその体――アバターですね。あのゲームは、人類がアバターを使いこなすための訓練施設だったんです」
これまで、考えもしていなかったデスゲームの正体。
突然湧いて出てきた情報の奔流に、エイの頭はパンクしそうだった。
話を噛み砕くのに必死なエイと違い、樹永はちゃんとついていけているようである。
「確かに、ロストアドベンチャーは存在自体が意味不明な技術の塊っス。まだ視覚と聴覚を覆うだけのVRゲームしかなかったのに、五感とダイレクトにリンクしたVRMMOが急に出てきたっスからね。超古代文明の謎技術と考えた方が、まだ納得が行くっス」
エイが“そういうもの”だと納得していたことに対して、樹永はきちんと考え続けていたようだった。
「け、けど、そんなスゴい力を持った人たちなら、なんでわざわざ私たちを戦わせようなんてしたんですか!?自分で倒せば――」
「それができなかったんですよ。ゲーム開始からわずか数ヶ月後、守護者たちは半獣どもの猛攻を抑え切れずに敗北しました。その結果が、この景色というわけです」
エイ達がこの世界に降り立った時からすでに、あたりは廃ビルやガレキばかりだった。
どういうわけかと疑問だったが、地球は侵略者によって滅ぼされてしまっていたのか。
「じゃあ、自分らが100年もあの世界に閉じ込められていたのは……」
「半獣どもの攻撃によって、ワープ装置が壊れたからですね。あなた方は、ラストダンジョンに設置されていた第二の装置でログアウト機能を復帰させたようですが」
つまり、プレイヤーたちが100年もあの世界に閉じ込められていたのは、そもそも帰る場所がなかったから、というわけか。
これまで少しづつ存在していた違和感の全貌が、ようやく見えてきたようだった。
「あれ、ちょっと待ってほしいっスよ。100年前にロストアドベンチャーの運営をしていた守護者は負けちゃったんスよね。それじゃあ、今の運営は……?」
「半獣の連中です。やつら、プレイヤーを利用して良からぬことを考えてるみたいなんです」
この世界にきてから、運営の方針が変わったのかと思うほど急にアナウンスが増えた。
それはつまり、半獣が運営としてプレイヤーをコントロールしようとし始めたということだったのだろう。
「じゃあ、それを知ってるリリスさんは、守護者なんですか?」
「いえ。私は守護者の父と日本人の母を持つハーフです。日本名だと源田璃々須と申します」
西洋系の外見だと思っていたが、ハーフだったらしい。
一通りの説明を終えた彼女は、改めて3人に向き直る。
「私は、いつか訪れるプレイヤーの皆さんの帰還に備えて眠りにつきました。すべては、やつらへの復讐のために」
彼女の話が本当ならば、彼女は父も母も自分のいた世界すらも半獣に奪われてしまったことになる。
だとすれば、侵略者たちへの憎しみは間違いなく本物だろう。
「どうか皆さんのお力もお貸しいただけないでしょうか?」
「もちろんです。もともと、運営は私たちの敵ですから」
丁寧に頭を下げるリリスに、エイが右手を伸ばす。
リリスは、伸ばされた手を見て一瞬不思議そうな顔をしたが、やがて理解して、その手を握り返した。
新たなる仲間を得て、3人は4人となったのだ。
「……それにしても、とんでもない爆弾ですね、これは。向こうも殺したがるわけですよ」
そんなエイの言葉は、樹永にある疑問をもたらす。
なぜわざわざエクストラミッションなどという形でプレイヤーにリリスを殺すように仕向けたのか。
本気でリリスを殺したいのであれば、プレイヤーに任せたりするだろうか?
今の自分たちのように、リリスを味方にして情報を得てしまう可能性は考えなかったのだろうか。
リリスの持つ情報は大したものではないのか、こちらにかまけている暇がないのか、それとも別の狙いが……?
いずれにしても、今ある情報だけでは判別できない。
やはり、敵の目的を見極めるためには、もっと情報が必要だ。
そのためには、4人だけでは人手が足りないだろう。
「私たち3人だけじゃ手に負えそうにないですね。樹永さん、先ほど話していたE04に向かいましょう」
樹永が考えていたことと、丁度同じことをエイが提案する。
「了解っス。案内するっスよ」
当然、樹永もそれに賛同し、次の行き先は決まった。
新たなる塔に赴き、今日知ったことを他のプレイヤーにも伝えるのだ。
「ココちゃんもそれで良い?」
「……うーん?いいと思うよ。うん、それがいいよ」
「……聞いてなかったでしょ」
「いやいやいや、そんなことないよ!さ、急がなきゃね!」
「ココちゃん!そっちは逆!向かうの反対!」
今話のまとめ
守護者「こっそり地球を守ってきたよ。けど、今度の敵は手強いよ。しょうがないから地球人も戦わせるよ。けど地球人に過剰な力与えたくないからゲームってことにするよ」
地球人「ひゃっほーー!世界初のVRMMORPGだーー!」
守護者「地球人は別の体与えて別の惑星に送ったよ。うまく誘導して地球人を鍛えるよ」
半獣「ヒャッハーー!汚物は消毒だーー!」
守護者「」
〜地球滅亡〜
プレイヤー「あの、俺らは……?帰る場所なくない?」
〜デスゲーム開始〜




