エイ④
「着いた〜!」
ハートが目覚めてからおよそ3日が経過したころ、一行は1番近い塔に辿り着いていた。
その塔は、見上げきれぬほどの高さと小さめの湖ほどの広さを誇っていた。
「それで、どこから入ればいいの?」
ザッと見渡すが、塔は一面が白い壁に覆われており、入口のようなものは見受けられない。
「……とりあえず、周りを一周してみるっス。入り口が無さそうなら、どうにかして壊すしかないっスかね」
「……これが本当にバベルの塔なら、壊れないと思いますけど」
かつて探索者たちは、ダンジョンの壁を破壊できないかと試したことがあった。
しかし、他のほとんどのオブジェクトは破壊可能でも、ダンジョンだけは壊せなかった。
そしてそれは、ラストダンジョンであるバベルの塔も同様であった。
ハートたちは、塔の円周部を時計回りに回っていく。
やがて、塔を半周しようかという時だった。
「――あれ、あっちに人がいる!」
「あ、本当っスね!」
先のほうに、プレイヤーらしき人影が立っているのが見えた。
そのプレイヤーは三十代くらいの男で、こちらに大きく手を振っていた。
ハートが男に大きく手を振り返し、小走りで近づいてゆく。
2人もまた、ハートに続いてついていく。
その距離が数メートルを切ったところで、樹永が違和感に気づいた。
「――待つっス!そいつ、なんかおかしいっスよ!」
樹永がそう叫んだ、瞬間だった。
男の手の平に赤く燃える火炎弾が現れ、三人に向けて勢いよく向かっていく。
驚く間もなく、炎は3人ののすぐ前に迫り来る。
ハートはそれを紙一重でかわし、後方のエイは大盾を取り出して樹永を守るように立ち塞がった。
炎はそれなりの勢いを持っており、エイは大盾越しにかなりの重みを感じた。
「あーあ。なんだよ、クソ。ここまで12回連続で不意打ち成功中だったのによう」
男はひどく残念そうに言う。
まるでゲームでハイスコアを目前にして倒されてしまったような、そんな表情だった。
男は今度は両手から炎を出現させ、次々と発射させる。
その様は、本来プレイヤーではあり得ない戦い方だった。
なにせ、プレイヤーが炎を使えるのはせいぜい炎上トラップか一部のアイテムくらいで、こうも自在に扱うのは不可能だからだ。
かといって、モンスターというのもおかしい。
人型のモンスターはいても、ここまで人間と容姿が一致しており、ましてや言葉を喋る個体など聞いたこともない。
エイは次々と襲来する火炎弾を大盾で防ぎながら、叫ぶ。
「なんなんですか、この人!?プレイヤー!?」
「いや、こいつなんかおかしいっスよ!ウィンドウ表示がないなんて……!」
樹永の感じた違和感、それはウィンドウ表示がないことだった。
すべてのプレイヤーの頭の上には、必ずウィンドウ表示が出る。
それはたとえモンスターやNPC、アイテムであっても同様だ。
だが、この男にはそれがない。
先日エイに接触してきた人物と違い『分からない』のではなく『表示されない』のだ。
どれだけ隠蔽スキルを高めても、ウィンドウ表示すら出てこないのはおかしい。
まるで、植物か建造物でも見ているかのようだった。
樹永は、三日前に聞いた言葉を思い出していた。
――プレイヤーでもモンスターでもないやつらに気をつけて
これが、あの人の言っていた相手なのだろうか?
樹永が思索にふけっている間に、戦況は動いていた。
「うおっと。あっぶねえなあ」
火焔の間を縫うようにして男に近づいたハートが、その首を刈り取らんと短剣を振り下ろす。
しかし、男はどこからか取り出した手斧でそれを防いだ。
力比べは部が悪いと踏んだハートは、すぐさま後ろに跳躍し、エイたちの元へと戻る。
「樹永さん、今のうちに離れててください」
「了解っス!」
炎の猛攻が止んだ隙に、樹永を下がらせる。
2対1の状況だが、男はニヤニヤと笑っている。
「おいおい。お前らは逃げなくてもいいのかよ?俺としちゃあ追う手間が省けて助かるけどよ」
「――ねえ、おじさん。わたしたちが来る前にも何人かプレイヤーが来たと思うんだけど、その人たちはどうしたの?」
男の発言を無視して、ハートが尋ねる。
エイの位置からではハートの表情は分からない。
しかしその声は、いつになく静かだった。
この世界が始まって、最低でも2週間は経過している。
全員が塔を目指しているのなら、この塔の周りにはもっと多くのプレイヤーがいても良いはずだ。
だというのに、この近くに他のプレイヤーの気配はない。
これはなぜか。
その答えは、目の前の男があっさり教えてくれた。
「あ?まあ、最初は何人かにゃあ逃げられたがよ。途中で俺も思いついてよ。さっきお前らにやったみてえに笑顔で手ェ振ってやったらよ、みぃんな安心しきった顔で振り返してきてやんの!そっから先は楽勝だったぜ!ノコノコやってきたバカどもを火炙りにしてやるだけだからなあ!まったく笑えるぜ!!」
別世界にたった1人放り出されて、多くのプレイヤーはかなりの不安を感じたはずだ。
ハートやエイほどの強さを持っているならばともかく、そこらのモンスターにすら勝てない者も少なくない。
そんなプレイヤーたちは、一縷の望みをかけて死ぬ思いをしてこの塔を目指したことだろう。
そしてようやくたどり着いたこの場所で、プレイヤーらしき人影が笑顔で手を振っていたなら、さぞ安心しただろう。
ああ、安心しきっていただろうさ。
「まあ、死体が残んねえのはちょっと残念だけどよぉ。やっぱ、ああいうバカどもの絶望した顔は最っ高に――」
その瞬間――いいや、一瞬すらいらない。
瞬きよりもよほど早く、ハートは男との距離を詰めていた。
2度と笑えないようにその口を切り裂くべく、ハートは短剣を振り下ろす。
間一髪、男は手斧でその一撃を防ぐ。
「おいおい、躾のなってねえガキだな。人様が気持ちよく喋ってる最中だろうが」
「あっはは。笑えるよね、本当に。何を勘違いしてたんだか。この世界は、最初からこんなんだったよ」




