ハート②
森を抜け街道を上り数時間、2人は街へと戻ってきていた。
この街はモンスターや犯罪者の侵入を禁じる安全地帯であり、街中では殺傷沙汰も起こせないようになっている。
商店が居並ぶメインストリートを進むと、ハートはある場所で足を止めた。
そこにあったのは木造二階建ての建物だった。
「ここが私たちのギルドハウスだよ」
ほとんど街の中心ともいえる場所にあるその建物には、確かに夜明けの探索者と書かれた看板が掛けられていた。
ハートは両開きの扉を勢いよく開き、大きく口を開けて言う。
「みんな! たっだいま〜」
ハウスの中は吹き抜けの開放的なつくりになっていて、エントランスホールと談話室を合わせたような空間だった。
中にいる人たちからの暖かい声が返ってくるだろうと思いながら建物の中に入っていったハートだったが、しかし返ってきたのは凍てつくような冷たい視線だけだった。
「あれ?どうかしたの?」
ギルド内の妙な雰囲気に小首を傾げるハート。
そんなハートの真正面に座ってなにか書き物をしていた金髪の女性が、立ち上がってこちらに向かってくる。
その歩くさまはまるで幽鬼のようで、俯いていて表情はうかがい知れない。
女性はハートの目の前まで来ると、キスでもしそうなほどに顔を近づける。
しかし、その顔は決して恋人に向けるような甘いものではなく、軽い恐怖すら覚えるほどの怒りの形相だった。
「……前回ここに顔を出されたの、何日前か覚えていらっしゃいますか?」
「え?そんなの忘れちゃったよ。ええっと、3日くらい?」
「2週間ですわ!! 毎度の事とはいえ、リーダーが2週間も行方不明ってどういう了見ですの!」
「あー、もうごめんって。ちょっと魔が差したっていうか、退屈だったから、冒険に」
「退屈!? 非戦闘員の護衛に生産系ギルドからの納品依頼に未確認モンスターの調査までいくらでも仕事はありましてよ! それに、冒険と言ってもこの周辺はもう探索し尽くしたでしょう!?」
「それでも1人で行けばまた見れる景色が違うっていうか……ね」
「ね、じゃありませんわ!」
どうやらハートは、仕事をほっぽり出してる最中だったらしい。
だというのにあんなに堂々と仕事場の扉を開けられるのは図太いというかなんというか。
ハートがその女性に怒られていると、また別の女の子が近づいて来た。
「その辺にしとけよ。ウチのリーダーにゃ何言っても通じねえぞ」
「みゆきがそうやって甘やかすからいけないんですのよ! わたくしにはサブリーダーとしてこのギルドの秩序を守る義務があるのですわ!」
「は?なに勝手にサブリーダー名乗ってんだよ、おい。まだこの前のオレとの勝負は決着着いてねえぞ」
「いいえ。あれはわたくしの勝ちだったはずです。そもそも、みゆきのような粗暴な方にサブリーダーなど務まるはずもありませんわ!」
「お前みてえな堅苦しいやつがサブリーダーなんてやったら、みんな嫌になって逃げ出しちまうぜ。モモハナには無理だろ」
「だから、そのモモハナって呼び方はやめてと言っているでしょう! わたくしの名前は桃花ですわ!」
みゆきと呼ばれていた女の子が来た途端に、ハートそっちのけで口論を始める桃花という名の女性。
どうやら二人は相当仲が悪いらしい。
「――ところで、その方はどなたですの?」
一通り説教と口喧嘩を終えてようやくジュジュに気づいたらしい桃花が、疑問を投げかけてくる。
ジュジュの代わりにハートがその疑問に答えた。
「ジュジュちゃん! 森でモンスターに襲われていたのを助けたの!」
「……ああ、いつものですか」
いつもの、とはなんだろうか。
ジュジュがそんな表情をすると、みゆきがそれに答えてくれる。
「ウチのリーダーは他人の事情に首突っ込まなきゃしょうがないタイプの人間でな。たまに捨て犬みたいなやつを拾ってくるんだよ」
『すていぬ』
みゆきのあんまりな物言いに軽いショックを受けるジュジュだったが、まだフレンドになっていないみゆきにその言葉は届かない。
そんなジュジュをよそに、桃花がハートに怒鳴りつける。
「とにかく、何も言わずにフラッと出かけないで下さい! 心配になるでしょう!」
「大丈夫。私がそんなすぐ死ぬように見える?」
自信満々に言い放つハートに、みゆきが同意する。
「ま、リーダーが死んだとは誰も思ってねえけどよ」
ハートの強さと悪運の強さはギルド内の誰もが認めるところであった。
無茶をして死にかけても、翌日には喜々として冒険に向かっているような冒険バカが簡単にくたばるはずがない。
それがギルド内の共通認識だった。
「それでも、心配になってしまうのですわ……」
「あ、せっかくだからメンバー紹介するね。まず右から――」
「まるで話を聞いていませんわね!」
桃花の心配を無視してメンバー紹介を始めるハート。
これまでハートたちが騒いでも「ああ、いつものね」とばかりに無反応を決め込んでいたメンバーたちを順に紹介していく。
ハートが2週間も不在にしていたせいか忙しいらしく、紹介される時も軽く頭を下げるだけだった。
「――で、このいつも怒ってる人がとーかちゃん、プレイヤーネームは〈祇園桃花〉ちゃん」
「誰のせいで怒らされているとお思いですの!?」
「で、こっちのちっちゃくて可愛いのが〈みゆき〉ちゃんね」
「誰がちっちゃいだ、誰が」
最後にサブリーダー争いをしていた2人を紹介して、今いる全員のメンバー紹介は終わった。
留守にしているメンバーもいる為、今日ここにいるのは全体の半分ほどらしい。
「どう?ここが私のギルド!ね、入りたくなったでしょ?」
まるで子どもが玩具を自慢するように無邪気に笑うハートに、桃花が慌てて話に割り込む。
「ちょ、ちょっとお待ちなさいな!まさかこの子をギルドに入れるつもりですの!?」
「そうだよ〜」
「そんな勝手に……」
「大丈夫!今まで私の目が節穴だったこと、ないでしょ?」
確かに、今までハートが連れてきた“捨て犬”はなんだかんだでギルドのメンバーとして定着している。
というか、この『夜明けの探索者』のほとんどはハートの独断で集められていた。
「まあ、オレらと関係ねえ所で勝手にやる分には問題ねえけどよ……」
「何言ってんの?ジュジュの教育係はみゆきちゃんだよ?」
「はあ!?なんでオレがこんなやつの――」
「とーかちゃんと違って特に仕事とかないんだからヒマでしょ?」
「……おい、ハート。ちょっと表出やがれ。今すぐぶちのめしてやるよ」
「お、訓練?良いよ〜。その代わり、私が勝ったらみゆきちゃんがジュジュの教育係決定ね」
「上等だコラッ!」
ジュジュが流れについていけていない内に、どんどん話が進んでいく。
しかし、なぜだろうか。
そこに不快さはカケラもなく、ただ胸の内にほんのりとした暖かさが染み込んでいく。
ジュジュは懐古するような、忘れていた何かを取り戻すような気持ちになっていた。
こうして、少女は夜明けの探索者に加入した。
すべては、もっと強くなるために。
そして、自分の願いを叶えるために。
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