久遠の光VS自警団【篝火】④
大監獄をかけた戦いは熾烈を極めていた。
桃花とみゆきを中心に、激しい近接戦が繰り広げられる。
レベルでは久遠が上回っているが、数では自警団が上だ。
このままなら、自警団が勝つだろう。
それを肌で感じ取ったみゆきは、動きを変えることに決めた。
「てめえら!ここは任せた!『牙獣の走乱』!」
みゆきは1人戦場を離れ、街に向かって駆け出す。
当然、自警団の面々が止めにかかるが、みゆきの進軍は止められない。
「っ!わたくしは敵将を追います!絶対に彼らを街に入れてはいけません!」
他の団員では相手にならないと判断した桃花は、1人でみゆきを追跡することにした。
桃花は小盾によるシールドバッシュで久遠の1人を弾き飛ばすと、みゆきの後を追う。
みゆきの狙いは、街に侵入しガーディアンを倒すこと……ではなく、転移してくるエイと一刻も早く合流することだった。
そのために、街中にある転移ポータルを目指す。
『牙獣の走乱』は一定時間自分の速さを高めるスキルだが、効果は短い。
素の速さは桃花の方が高いため、徐々に2人の差は縮まっていく。
「お待ちなさい!『剛楼撃』!」
細剣に見合わない重さとパワーを得るスキル『剛楼撃』。
桃花は深く踏み込んでみゆきとの距離を一気に詰めると、スキルによって強化された一撃を振り下ろす。
みゆきは振り返向きざまに大斧で迎え撃つ。
甲高い音が響き、両者の力は拮抗する。
「みゆき……!なぜ、なぜですの!どうしてあなたはわたくしについてきてくれなかったのですか!?」
「オレにとっての“リーダー”は、ハートだけだ!お前の下に付く気はねえよ!」
「それでも構いません!サブリーダーの座も、自警団も、いっそすべて明け渡しますわ!だから、またみんなでやり直せませんの?この世界で、永遠に生きていくことはできませんの?」
自警団団長らしからぬ発言。
それまでの威厳に満ちた表情などかけらもない。
まるでただの少女のようであった。
「はっ、部下がいなくなった途端に弱気だな。だからてめえにサブリーダーなんて無理だっていったんだよ」
彼女は、常に鎧を纏っている。
それは、人の上に立つ者としての鎧。
弱い自分を覆い隠す為の鎧。
本当の彼女は、この期に及んで過去の幸福にすがるただの少女でしかない。
そんな少女をみゆきは突き放す。
みゆきの宿敵は幼い少女などではないからだ。
みゆきは大斧を振り上げ、桃花を突き飛ばす。
スキルの効果が切れてしまえば、力はみゆきが上だ。
「それにな、オレはこの世界で一生を終えるつもりはねえよ」
「いったい何が――何が不満だというのですの!?この世界にいれば、死も病も老いも全てないんですのよ!みんなでこの永遠の楽園を謳歌できるというのに!」
「ふざけんな!こんな滅びの見えたゲームの中で一生を終えるなんて死んでもごめんだ!オレはこのゲームをクリアして元の世界に帰る!」
「この、みゆきの分からず屋!」
みゆきの激しい猛攻を、桃花は凌いでいく。
小盾と細剣を上手く使い、速さでかわし、技で受け流していく。
しかし、その圧倒的な攻撃力の対処に精一杯で、攻撃に転じられない。
「オレはてめえをぶっ倒して、約束を果たす!『虹色の惨劇』!」
いっきに勝負を決めるため、みゆきは固有スキルを起動する。
七色に染まった大斧が、桃花に襲いかかる。
「もう結構。わたくしの楽園に、あなたは必要ありませんわ!『包帯仕掛けの人形劇』!」
桃花もまた、固有スキルを起動する。
『包帯仕掛けの人形劇』は自身のHPが徐々に減少していく代わりに、すべての能力値とスキルレベルが大きく増加するスキル。
大斧が桃花を切り裂くが、大したダメージは入らない。
『虹色の惨劇』の真骨頂は、この先の能力弱化と状態異常だが、しかし。
桃花の『麻痺耐性』と『猛毒耐性』は固有スキルにより大きく増加しており、すべての能力値も上がるため、みゆきの固有スキルで下がった分は、ほとんど帳消しになる。
つまり、両者の固有スキルの効果はほとんど相殺され、残ったのは、大斧を振るい終わったばかりのみゆき。
桃花はその隙を突き、みゆきに細剣を向ける。
みゆきは桃花の連撃を甘んじて受けつつ、その勢いを使ってなんとか後退する。
桃花はそれを逃さず、みゆきに追撃を放とうと――
「残念ですが、やらせはしませんよ」
その細剣は、割って入ってきた大盾に止められた。
エイがみゆきの応援に到着したのだ。
「エイさん!?どうしてこんなところに?」
「これが、私の仕事ですからね」
みゆきは、エイの背後を飛び出して大斧を振り回す。
たまらず桃花は引こうとするが、エイがピッタリとくっついて離れない。
保たれていた均衡が、エイによって崩され――
「2対1は、ちょっと卑怯なんじゃないかな?」
そして、Nによって戻される。
Nはみゆきに弓矢を放ち、エイがとっさにそれをカバーする。
そこに生じた隙をつき、桃花は一旦距離を取る。
「N……。てめえもこっちに来たのか」
「任されちゃったからね。団長を死なせるなって」
これで、2対2。
くしくも夜明けの探索者始まりの4人が、集結していた。
「はっ。懐かしい顔が揃ったもんだな。ケリをつけるにはちょうどいい」
「ここで全て、終わらせてみせますわ!わたくしの楽園を守るために!」
「今日で、キミたちの顔を見るのは最後だ。ここで叩き潰す!」
「私は、絶対にココちゃんを取り戻してみせます。そのために、負けられません!」
それぞれの、意志と願いとがぶつかり合う。
4人は武器を構え、気迫を込めて戦闘を始め――ようとした、その時だった。
けたたましい音楽がなる。
まるで何かを祝福するかのような、場違いに明るい音楽が、4人の頭の中を埋め尽くす。
その耳障りな音に、4人は思わず動きを止める。
遠くで、花火が上がる。
何発も何発も、世界の端からでも見えるような、巨大な花火。
これは、いったいなんだ?
100周年のイベントが、少し遅れてやってきたのか?
すると、彼女たちに――否、全プレイヤーにシステムメッセージが届く。
そのメッセージは強制的に開封され、視界を遮る。
そこに書かれていたのは――
ゲームクリア!
おめでとうございます!ゲームがクリアされました。ログアウトボタンが解放されます。また、10分以内にログアウトしない場合、強制的にログアウトされます。
「……なん、だ?なんだよ、これ」
みゆきが震えた声を出す。
おそらく、全てのプレイヤーが同じ気持ちだっただろう。
これは、いったいどういうことだ?
まるで、本当にゲームがクリアされたみたいじゃあないか。
「おい、どういうつもりだ……?お前らの仕業か……?」
「し、知りませんわよ、こんなの。ゲームクリアって、一体どういう――」
「とぼけんじゃねえぞ!ふざけたことやりやがって!」
極限の混乱は、みゆきを短絡的な思考に走らせた。
ゲームがクリアされたはずがない。
ならば、これは自警団の小細工にちがいない。
みゆきは大斧を振り上げ、桃花に切り掛かる。
桃花は、それを向かいうとうと細剣で――
「――あははっ。もう。ダメだよ、みゆきちゃん。ケンカなんてしたら」
大斧と、細剣は、いとも簡単に止められた。
2振りの小さな短剣で。
その短剣を握るのは、笑顔の少女。
少女はこの戦場においてただ1人、笑っていた。
「……ココ、ちゃん?」
少女の名は〈ハート〉。
かつて夜明けの探索者を創設し、すべてのプレイヤーの希望の光となった少女。
そして、既に死んだと思われていたプレイヤーだった。
「どうしたの、みんな。そんな暗い顔してさ。ははっ」
乾いた笑い声を上げて、少女は降り立つ。
その顔は、張り付いたように笑顔だった。