久遠の光VS自警団【篝火】②
久遠を中心とした【脱出派】の部隊は、既に到着していた。
そして、それに対してNはかねてから準備していた策を講じた。
新聞社に見つからないよう隠れて作っていた柵や建物を至る所に配置し、街の地形を変えたのだ。
自分たちに有利なように陣形を整え、迷路のような通路に変えた。
高レベルプレイヤーなら簡単に破壊できる程度の強度しかないが、大事なのは時間を稼ぐこと、そして視界を封じることだ。
【脱出派】の面々を誘い込み、壁を動かして分断し、そして最後に毒ポーションを撒いた。
『漆黒魔術師同盟アルティメットファイアー(仮)』によって生成された毒ポーションは、確実に【脱出派】の足を奪い、HPを減らしていった。
毒を撒かれた【脱出派】の第一陣は、慌てて撤退していった。
ひとまず、【秩序派】の1勝といったところか。
「さて、問題はここからだ」
Nは建物の上からそんな戦況を指揮していた。
Nはここからの展開を考える。
第一陣をあっさり退けてこちらの士気は高い。
しかし、そもそもの地力が違いすぎる。
防衛陣地も簡単に壊してくるし、毒も効きはしているが殺しきれてはいない。
こちらの手札は完全に開示され、ここからはどんどん地力がでてくる。
やはり、かなり厳しい戦いになりそうだ。
「さて、そろそろこっちからも仕掛けるかな」
【脱出派】はそれなりに街に近い位置で寄り集まって様子を伺っていた。
Nはそこに向けて弓を構える。
「『弓雨乱髑撃』」
Nが放った矢は10本に分かれ、100本に分かれ、雨のように【脱出派】へと降り注ぐ。
弓による全体攻撃スキル『弓雨乱髑撃』が【脱出派】を襲う。
「『この指とまれ』」
しかし、雨は唐突に軌道を変え、一点を目掛けて収束した。
敵の遠距離攻撃を自分に集めるスキル『この指とまれ』。
そのスキルによって集められた矢は盾によって受け止められ、1ダメージも与えることができない。
その盾の持ち主は、エイだった。
Nは念話を起動し、エイに連絡を試みる。
『やあ、エイ。やっぱりそっちに着いたんだ』
『どうも、Nさん。ご無沙汰してます』
意外にも、エイは会話に応じてきた。
『キミと戦うことになるとは、まったく人生は分からないものだね』
『ハハハッ。私もNさんと殺し合うとは思ってもみませんでしたよ。どうです?いっそ久しぶりにお酒でも酌み交わしませんか?』
『いや、やめておこう。酔ったところを襲われては敵わないからね』
昔馴染みを懐かしむようでありながら、互いにどこか棘のある会話。
もはや彼女らは、仲間ではなかった。
『ところで。桃花さん、いないんですね』
『そっちこそ、ミユキはどうしたんだい?』
互いの大将の姿を見かけていない。
その事実から、相手の大将はもう一つの戦場にいるのだということを2人は理解する。
『悪いけど、ここは抜かせないよ』
『押し通ります!』
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場所は変わって、自警団本拠地のある街、ベザト。
久遠と自警団の決戦の地はピースターであり、この街にプレイヤーはほとんどいない。
そんな街に近づく影があった。
数にして約30人ほどのその集団は、素早い動きでベザトに接近していく。
その集団を先頭で率いるのはみゆきだった。
彼女は久遠の中でも精鋭を連れ、本隊から離れて行動していた。
彼女の狙いは1つ。
この街に存在する大監獄だ。
街を占拠すると、その街の機能はすべて停止する。
そして、大監獄もまた街の機能の1つだ。
つまりベザトを占拠すれば大監獄の中に収容されている囚人が解放されるのだ。
大監獄の中には久遠のメンバーもいれば、かつて自警団ができる以前に大暴れしていた歴戦のPKたちもいる。
それらを仲間に引き入れたり、経験値に変えたりして戦力の増強をするのがこの別動隊の目的だった。
やがて街に近づいたところで、みゆきの足が止まる。
瞬間、みゆきが進むはずだった新路上に、矢や投げ槍が嵐のように突き刺さる。
ベザトの前では、桃花に率いられた自警団の面々が道を封じていた。
「随分な挨拶じゃねえか。奇襲はしない主義じゃなかったのか?モモハナ」
「あなたこそ、姑息な手を取るようになりましたわね。みゆき」
かつて夜明けの探索者にてサブリーダーを務めていた者たちが邂逅する。
その瞳に、光はない。
「まあ、単なるブン屋の入れ知恵だよ」
「なるほど。この前の暗殺者も、あなたが送り込んだにしては違和感がありましたが、アリサさんの手でしたか」
久遠が宣戦布告する直前、桃花を襲った暗殺者。
彼の本当の目的は暗殺ではない。
それは大監獄の事前調査および、現在の桃花の戦力の確認。
そのために、自警団内部を歩き回ったり、桃花の“お宝映像”を入手したりしていたのだ。
「……1つ、聞かせろよ。あいつは、その暗殺者はどう死んだ?」
みゆきは聞く。
彼の最後を。
「手強いかたでしたわ。このわたくしを殺しかけるくらいには」
噛み合わない会話。
しかし、みゆきは満足したらしい。
「そうか、ならいい」
暗殺任務は、あくまでカモフラージュに過ぎない。
しかし彼は本気で桃花を殺しにいき、実際にあと一歩のところまで追い詰めた。
それが、彼の100年の成果だった。
ならば、その死に様はあえて語らずとも良いだろう。
みゆきは大斧を構え、桃花は細剣を向ける。
積もる話もあるだろうに、言葉はもう良いらしい。
ならばあとは、肉体にて語るのみ。
「『自警団【篝火】』団長〈祇園桃花〉。この世界の秩序を守る者として、あなたを倒します!」
「『久遠の光』ギルド長〈みゆき〉。この世界から脱出するため、てめえはここでぶっ潰す!」
ここに、かつての探索者たちは集った。
己の理想を叶えるために。
今、彼女らの戦いの火蓋が、切って落とされる。