N①
西暦2129年(デスゲーム開始から99年) ベザトの街
「――今回は『自警団【篝火】』の団長補佐を勤めるトッププレイヤー 〈seagull N〉さんに、我々東堂新聞社が独占インタビューさせていだくこととなりました。というわけで、毎度お馴染み『東堂新聞社』の代表取締役〈アリサ〉です!」
団員数7000を誇るゲーム内最大のギルド、自警団【篝火】。
その本部のとある会議室に、2人の人物がいた。
1人は、自警団の団長補佐N。
そしてもう1人は、五大ギルドが1つ東堂新聞社代表のアリサだ。
東堂新聞社は五大ギルドで唯一【脱出派】【秩序派】どちらにも属していない、いわゆる【中立派】だ。
新聞社と名乗る通り様々な情報を発信しており、ゲームの攻略情報から各ギルドの内部事情まで、多くの情報を取り扱っている。
もはやすべてのプレイヤーにとってなくてはならない存在であり、その影響力は非常に大きい。
ゆえに【脱出派】【秩序派】共にその扱いには非常に慎重になっており、敵に回さないように気を使っている。
「それでは、インタビューを始めさせていただきますね」
「ああ、よろしく頼むよ」
2人の周りには両ギルドの団員も並んでおり、新聞社の面々はカメラを回している。
この映像は、ゲーム内SNSで生放送されているのだ。
「まずは、皆さんが気になっているであろうことをズバリ聞いちゃいますが、久遠の光が宣戦布告をしてきたことについて、どうお考えですか?」
先日、久遠の光はSNS上で宣戦布告をしてきた。
ここ数年大きな動きの無かった彼らがついに動き出すということで、多くのプレイヤーがその動向に注目していた。
「2つのギルドの大規模抗争が本当に起こるのか、という話かい?それなら、まず間違いなく起こるだろうね」
「ほほう。なぜそう思うのですか?」
「大前提として、なぜ彼らがPKをするのか、という話をしようか。ただレベルを上げたいのであればモンスターを狩れば良い。だが、それじゃあ時間がかかり過ぎる」
プレイヤー達がレベル500に初めて到達したの7年目のことだった。
だが、レベル600に到達したのは16年目、レベル700に到達したのは42年目のことだ。
このことから分かる通り、レベルアップまでに必要な経験値は指数関数的に伸びていく。
「計算の結果、ラスボスに勝てる程のレベルにモンスターを狩るだけで到達しようと思ったのならば、あと250年が必要になることが分かった。彼らは、それが待てなかった。だから30年前、あの地獄のような無法の時代が幕を開けた」
30年前、夜明けの探索者を中心とした当時のトッププレイヤーが初めてラストダンジョンに挑んだ時。
ラスボスのレベルが判明し、トッププレイヤーのほとんどがゲームオーバーになったことで、多くのプレイヤーは悲嘆し絶望した。
しかしそこは70年もデスゲームを続けてきた者たち。
すぐにラスボスの攻略法を探り始めた。
そして、夜明けの探索者という希望を失ったプレイヤーたちが次に縋ったのはPKによるレベリングだった。
それが原因で、大量のPKが跋扈し、ゲーム全体が無法地帯となる時代が訪れかけた。
そんな時、PKを止めるべく立ち上がったのが桃花だった。
彼女によって設立された自警団は全てのPKを撲滅するべく動き出した。
「桃花さんとNさんが自警団を作って、時代は変わったじゃないですか」
「ボクは何もしていないよ。全てはトウカの功績さ。……それに、ボクらはPKの時代を完全に終わらせられたわけじゃない。あの日ミユキを止められなかった」
自警団によって追い詰められたPKたちは、自分達も群れることを決めた。
そして、その旗頭となったのが探索者たちの中で唯一PKに積極的だったみゆきだ。
「自警団と久遠の力は拮抗している。だから互いに何年も動き出せなかった。けど、彼らはボクらと違って時間をかけたくない理由がある」
「つまり、久遠にとって時間をかけると不利になる要因があるということでしょうか」
「そうだね。……この世界における、プレイヤーの1番の死亡原因って何か知ってるかい?」
「はい。自死ですよね」
このゲームの難易度はそう高くない。
理不尽なトラップも少ないし、初見で対応できない攻撃をするボスもそうはいない。
ゆっくり慎重に攻略を進めていれば、死ぬ確率はかなり低い。
ましてや、この世界は始まって既に100年が経過しているのだ。
もはやプレイヤーは、街の外に一切でない者と本気で攻略に取り組んでいる者の2種類しか残っていない。
前者はそもそもモンスターと遭遇しないがゆえに、後者はその圧倒的なレベルゆえに、モンスターに殺されることはまず無いと言っても良い。
もちろんプレイヤーに殺されることもあるが、それは自警団の地道な活動により近年減少傾向だ。
ゆえに、今のプレイヤーの最多死亡原因は自殺であった。
【脱出派】のように外の世界へ出ることへの希望も持てず、【秩序派】のようにこの世界そのものに希望を見出すこともできない者たち。
絶望したせいか、この世界に飽きたせいか、あるいは死ねばこのゲームから出られると本気で思っているのか。
特に、死ねばゲームから出られると考える人は初期の頃から非常に多く、そういった宗教が台頭した頃もあったほどだ。
「彼らにとって、プレイヤーの自殺は死活問題だ。なにせ、得られる経験値が減るんだからね」
自殺者が増えてこの世界の住人が減るのは、自警団にとっても大問題だけれど、とNは心の中で付け足す。
「生き残りももう3万人を割った。これ以上は待てないんだろう。100周年に合わせているのは、踏ん切りをつける為とかかな」
「なるほど。解説ありがとうございます。では次に――」
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「今回のインタビュー、本当に必要だったのかい?もうみんな知っているようなことばかりだったじゃないか」
インタビューを終え、Nはアリサに訊ねていた。
今回のインタビューで話したことは、Nにとっては常識に等しいことであった。
しかし、アリサはそんなNの常識を否定する。
「五大ギルドのメンバーならともかく、それ以外の人って意外と何も知らないんです。いえ、知ろうとしていない、が正しいでしょうか」
【中立派】と呼ばれる者たちのほとんどは、中立と謳ってはいるものの、実際にはただ何もしていないだけだ。
もちろん東堂新聞社のような例外もいるが、それはごく少数。
「もうみんな、無気力になっちゃってるんですよ。だから、耳を塞いで目を閉じてるんです。そういう部分は、自警団の方が詳しいのでは?」
自警団の活動には、そういった【中立派】の勧誘や保護も含まれる。
彼らが特に何かをしてくれるわけでもないが、久遠の経験値になられても困るからだ。
彼らは、もはやこのゲームの行く末など興味がないのだろう。
だから、この戦いがなぜ起こっているのかなどということさえ知らないのだ。
「無知は、悪です。この世界にいながらこの戦いに興味がないだなんて、そんなの許されません。だから、我々が伝えるんですよ」
そう語るアリサの目は真剣そのもので、それが彼女たち東堂新聞社の原動力なのだと感じさせられた。
「ところで、1つ頼み事があるんだけど――」
「久遠を騙すためにデマを拡散して欲しいってやつならお断りですよ。我々は永世中立のジャーナリストですからね」
「いや、そうじゃない。作戦当日に、ぜひ君を司令室に招きたいんだ。例えどちらが勝つとしても、この戦いを記録して世界に発信する者が必要だからね」
「本当ですか?それはありがたいです。やっぱり外から見てるだけじゃ限界がありますからね」
東堂新聞社は決して戦闘能力の高い団体ではない。
隠密スキルで潜伏したり、遠視スキルや聞き耳スキルで遠距離から観察したりして情報を集めているが、流石に大規模抗争のど真ん中に突っ込むわけにもいかない。
ゆえにこの提案は東堂新聞社にとって非常にありがたかった。
「ついでに、最近ここら辺を嗅ぎ回っている子たちを引き上げてくれると助かるんだけど」
「それはできません。全ての真実を突き止めるのが、我々の役目ですから。それに、こちらには向こうの情報を逐一流しているでしょう?」
「逆もまた然り、だけどね」
「そりゃあまあ、ウチは永世中立にして公明正大がウリですからね」
何者にも決して肩入れせず、常に真実にだけは貪欲。
それが、東堂新聞社というギルドであった。