ハート⑤
西暦2055年(デスゲーム開始から25年) 西羅
深夜だというのに、その街には燦燦とした明かりが集っていた。
街は人であふれ、皆が明るく笑い、騒いでいる。
そんな中を、夜明けの探索者に所属する4人は歩いていた。
今日のメンバーはハート、ジュジュ、桃花、Nの4人だった。
「おおっ!ハートちゃんりゃあないかあ〜。ありゃ、4年ぶりだぁね〜」
「おっちゃん何言ってんのさ!4年前の時はボス攻略で来れなかったから、8年ぶりだよ」
「おんや〜?そんなグルグル回ったらにゃんかしてぇ〜。酔ってんにょかい?」
「もう!酔ってんのはそっちでしょ!」
酔っ払いに絡まれたりしながらも、4人は街の中を練り歩く。
『お祭り 楽しそう』
「そうでしょう!なんたって、年に1度の新年だからね!」
本日は1月1日。
新年のお祭りということもあり、街には様々な屋台が並んでいた。
この地方での新年の祭りは、4つの町にまたがって行われる。
『北央』『西都』『西羅』『新京』の4都市の住人が一つの町に集まって新年を祝うのだ。
「それで、ミユキとエイはもう行ったのかい?」
「ええ。みゆきは食べ歩きに出ていて、エイさんは例年通り張り切ってますわ」
今日初めてこの祭りに参加するジュジュには、2人の会話は伝わらなかったようだ。
『エイ、張り切る?なにが』
「ああ、ここでは毎年正月らしいイベントをやっていてね。かるた大会に勝つと福笑いのアイテムが手に入るんだ」
「そう、ランダムで見た目とか名前を変えられるアイテムなんだよね」
このゲームにおいて、名前と外見はタイトル画面でしか変えられない。
デスゲーム化の影響でタイトル画面に戻れなくなってしまったので、名前や見た目を変えようと思ったなら、この大会の優勝賞品を頼るほかなかった。
『ランダムなら人気ない はず なぜエイ 優勝できない?」
「いや。変な容姿や名前になることを覚悟した上で使う人も、それなりにいるものだよ」
「そうそう。例えばレイちゃんみたいに変な名前で始めちゃった人とか、あとはネカマやってたけど元の性別に戻りたくなった人とかね〜」
『ネカマ?』
「自分の性別とアバターの性別を変えてる人のことだね。そう、たとえばこのしぐるんみたいに!」
ハートの発言に、場が固まる。
Nの顔は引きつり、桃花は困ったように笑い、ジュジュは困惑気味だ。
『えぬ 男のこ?』
「そうだよ。言ってなかったかな?」
平静を装って入るが、Nの表情は硬い。
どうやらあまりされたい話題ではないらしい。
『気付かなかった』
「まあ、ぶっちゃけこのゲームで性別を意識するタイミングなんてほとんどないしね~。裸になれるわけでもないし」
風呂やトイレもなく生理現象も起こらないこの世界では、性別を意識する瞬間は少ない。
ゆえに現実の性別とゲームの性別が違っても、違和感を持たれることは少なかった。
「ジュジュ。すまないね、騙しているつもりはないんだけど」
『騙す? なにが?』
Nは謝罪するが、ジュジュは何を謝られているのか分からないようだ。
「だからしぐるん、そんなことで謝らなくて良いって前も言ったでしょ。誰しも隠し事の1つや2つくらいあるんだから」
『前? なにかあったの?』
どうやら、まだジュジュが入る前に一悶着あったらしい。
桃花が軽く説明してくれる
「Nさんったら酷いんですのよ。なにせ十年間も性別を秘密にしていたのですから」
「言い出すタイミングが無かったんだよ。特に最初の頃は女の子しかいなかったからね」
夜明けの探索者がまだギルドではなくパーティであった頃、メンバーはたった5人だけだった。
ハート、みゆき、桃花、N、エイ。
この5人から夜明けの探索者は始まったのだ。
「それでバレたらバレたで『ボクはみんなをずっと騙し続けていたんだ。そんなボクにみんなと一緒にいる資格なんてない』とか言い始めてさ~。最終的に家出までしたんだよ」
「そんなこと、誰も気にしませんのにね」
昔の話を掘り出されて、Nはバツが悪そうにしている。
『すごく 意外 見てみたかった』
ジュジュにとってNは、常に冷静沈着で頼りになる姉のような存在であった。
そんなNの意外な一面はジュジュにとって新鮮だった。
「そ、それよりもほら、おみくじがあるよ。せっかくだから引いてみないかい?」
「おみくじ!やるやる!」
ちょっと強引な話題転換だったが、ハートの気を引くことには成功したらしい。
神社でもなければ巫女もいないが、なぜかその屋台にはおみくじが置いてあった。
4人は店主にお金を払い、木製の木箱からおみくじを引く。
中に紙は1枚しか入っておらず、どうやら手を入れた瞬間に自動生成されるらしい。
紙には、それぞれの運勢と一言が添えてあった。
ハート以外の3人の結果はこうだった。
桃花 吉
すべての風はあなたに吹く。しかし、転落の兆しもあり。備えが肝心。
N 末吉
停滞の時期。今は焦ってはいけない。しかるべき時分を見極めるべし。
ジュジュ 大凶
幸運は使い尽くされた。前世で悪事でも働いたのだろう。諦めなさい。
『大凶 ひどい』
「ま、まあ。所詮はくじですから。あまり気になさらないように」
どよーんと落ち込むジュジュを桃花が慰める。
その横で、ハートは昂然とした顔をしていた。
「ふっふっふ~。私には必勝法があるのさ。『ラッキー7』!」
『あ、ずるい』
スキルの発動確率やアイテムの入手率を7倍にするスキル『ラッキー7』。
他のスキルやアイテムの確率上昇は高くとも2倍なのに対し、このスキルは7倍。
その凶悪な性能から、このゲーム随一のブッ壊れスキルと呼ばれている。
その分入手難易度も相応に高いため、現在はハートしか使えないスキルだ。
「ハート、それ次に使えるまで77時間あるんじゃなかった?」
「私は今を全力で生きる女だからね」
ハートは木箱に手を入れ、おみくじを引き、すぐに中身を開いた。
「じゃじゃーん!大大大大大吉!!私がいっちばーん!」
「……そこまで大が並ぶとありがたみもなくなるね」
呆れたようにNが言う。
ちなみにおみくじの内容は『大体うまくいくのでなんでもやるべし』という雑な物だった。
それからしばらく、4人は祭りを楽しんだ。
屋台料理に舌鼓を打ったり、型抜きをしたり、羽根突きをしたりもした。
どれくらいの時間が経っただろうか。ポツリと、桃花が呟く。
「――朝日ですわね」
いつの間にかかなりの時間が経っていたらしい。
「よし、さっそく大大大大大吉の効果が出たね!」
『いや ただの朝日 運勢関係ない』
「いやいや、初日の出がこんなにいい天気なんだよ!これはラッキーでしょ!」
確かにハートの言う通り、雲一つない晴天だった。
ハートは、何が嬉しいのか満面の笑みで言う。
「大丈夫!みんなの運勢が良くなくても、私についてくれば何度でもこんな朝日が見れるから」
ハートの言葉がいつも以上に芝居がかっている。
酔っているのだろうか。
いや酒は飲んでいないので酔っているとしたら雰囲気にだが。
しかし。
今日はめでたい新年だ。
たまにはこういうのも良いだろう。
「じゃあ、ボクたちは大大大大大吉様のおこぼれを貰うとするかな」
「そうですわね」
『わたしも』
「今年もよろしくね、みんな」