【新しき年への贈り物】(ミカ・アラン/『騎士団長と拾われ姫の攻防』)
「騎士団長と拾われ姫の攻防」から。
本編後の美香とアラン。
「アラン、まだ目を開けないでね、まだ、まだだよ!」
「はい、大丈夫、目をつぶってます」
横目で確認すると、アランは目をつぶってなおかつ身体をひねり横まで向いてくれている。その生真面目さにちょっと笑みが浮かべつつ、私は大切な一品を胸に抱えて食卓の席についた。
テーブルの下、自分の膝の上に包まれたそれを置く。
これは、アランのために用意した贈り物だ。
フレア国では新しい年を迎えるときに贈りものを贈ると聞いて、この新しい年を迎える日まで、アランに隠れてこそこそと準備してきた代物だった。
聖なる島で一緒に暮らしはじめて、質素な暮らしだし、食料や物品は本島から月に数回の船便で送ってもらう生活だし、煌びやかなものは用意できない。手作りの一品。
でもそれを贈ることに、引け目は感じない。アランとの生活の中で、彼は人が心をこめて用意したものにケチをつけたりしないことを十分に知っている。
もちろん彼が私からのプレゼントを気に入るかどうかまではわからない。彼に合うように作ったつもりだけど、残念にも趣味に合わないことだってあるかもしれない。けれど、趣味にあおうがあわなかろうが、彼は私の心を否定したりはしない。
それを信じられるだけの十分なあたたかい気持ちを、私はこのフレアに再トリップしてきてからもらってきていた。
だから「なにか少しでもお返しできたらなぁ……」と思って用意した。
ちなみにアランも私にプレゼントを用意してくれていて、すでにそれを抱えてテーブルの下に隠してくれている。
一緒に合図でテーブルの上に出すのだ。
何を用意してくれたんだろう、っていうワクワクと。
喜んでもらえるといいな、というドキドキと。
「わたしも席についたよ。目を開けて大丈夫!」
私が声をかけると、アランはこちらを向いてふっと瞼をあける。青碧の瞳が私を見つめてくる。やさしいやさしいその眼差しに、つい見惚れてしまう。
「美香?」
「あ……ううん。なんだか楽しみで」
私はあわてて目をそらした。
アランはそんな私をプレゼントにそわそわしていると勘違いしたのか、ちょっと小さく笑みを浮かべて
「では早速、プレゼント交換といきましょうか」
「うん。じゃ、三つカウントして、テーブル上ね」
「はい」
「三、二、一」
アランと私の手がさっと動いて、
「新年、おめでとう」
「おめでとう!」
という言葉と同時に、二つの包みがテーブルの上に出された。
どちらも包んである。私が出したのは白い紙に青いリボンの包み。アランの手で置かれているのは、赤い布に金色のリボンで結んであるもの。
「あ……、お互い包んでるね」
「隠していた意味、あまりなかったですね」
おたがいプレゼントを隠しながら席についた意味があまりなかった。何がサプライズになってるのかよくわかない状態。
私たちは目をあわせて、どちらからともなく笑い出した。そうしてしばらく笑いあう中で、アランが笑顔のまま私にそっと赤い包みを差し出してくれる。
「いつもありがとう、美香。心をこめて」
金の髪の合間からのぞく青碧の瞳は、いつも私を包みこむように見つめる。
私もあわてて、包みを彼に差し出した。
「こちらこそ、ありがとう。……あ、あの……」
「はい」
私は先ほどの笑ってゆるまった気持ちから、一気に緊張してカチコチした状態に変わった。私の変化に、アランは不思議そうに私の目を見返す。
プレゼントを準備しながら、これを渡すときに絶対に言葉にしようと決めていたことがある。青碧の瞳を見つめ返しながら、私は自分の気持ちが伝わりますようにと願いながら口を開いた。
「……アラン、あの……大好き。……とても、大好き」
私がそう言ったとたん、アランの目がびっくりしたみたいに見開かれた。
その表情に私は自分の頬がカっと熱くなる。
「こ、これからも、よろしくね!」
勢いよくそこまで言って、私は気恥ずかしさのあまり俯いた。
一緒に暮らして、数か月。
実は、あまりちゃんと気持ちを伝えたことがなかった。
だから、今日は、ちゃんと伝えようと思ったのだ。
実際言葉にしてみると、思ってた以上に恥ずかしくなることが、今わかった。
数か月前リードがこの島を去って、私とアランは実質二人きりの生活になった。でも、アランは真面目というか……とても節度ある態度で暮らしてくれていて。婚姻の届もだしていないからと寝室は別のままだ。
じゃあ、そっけないかというと、そんなことはなくて。
この島に再トリップして楽しかったけれど、時には不安なことや怖いことだってあった。そんなとき、アランは絶対にそばにいてくれた。
嵐が来てあまりの強い風と波音に震える私を、ただただ抱きしめてくれた夜だってある。
リードがこの島を去って寂しがる私に、花の苗を一緒に育てようと誘ってくれたことも。
育ってゆく苗と蕾を付けた喜びと、風で倒れた心配と、それでもまたピンと茎をのばして花を咲かせてくれた感動を――一緒に分かち合ってきた。種をつけた後、枯れたその草花を二人で焼いて、炭をまた土に鋤きこんだ。煤けた手で顔をこすってしまって、互いにふたりで笑いあった後、ちょっとだけ口づけた。
ときどき抱擁や、ふいに額に口づけをおとされることもある。
そういうスキンシップはあるし、アランからの愛情はその眼差しから感じる。
たぶん、とても愛されている。
だけど、だからこそというか、再トリップして落下したあの直後に愛していると伝えた以降は、あえて私から気持ちを言葉にする機会はなく過ぎてきたのも事実だった。
与えてもらってばかりいるのは、なんだか居心地が悪い。
私からも気持ちを伝えたい。
だけど、互いに朝から生活があって、家事やら農作業やらがいざ始まれば、バタバタすごしてしまう。
だから、ちょっとこの贈り物を交換する日には気持ちを伝えようと決めていた。
好き。
大好き。
愛してる。
たくさん言葉はあって、どれが良いかわからなかった。
だから、そのときになって口から自然に出てくるものに任せようと思っていた。
大好き。
さっき、それが自然に口からこぼれ出た。私はアランが大好きなんだなぁと、あらためて思う。
こうしていると、じわじわと気恥ずかしくなってきた。
プレゼント互いに交換したし、開封していこうと思うのに、うつむいてもじもじして次の言葉が発せられない。
いざ「好き」なんてあらためて言うと、突拍子もなかったかな、と後悔までしはじめてしまう。
ふいに「美香」と呼ばれた。
習性で顔をあげる。
そこには、アランがちょっと困ったみたいに眉を寄せていた。
「美香……」
「アラン? どうしたの」
「嬉しいですが、困ったので。どうしようかと迷っているところ」
「なにを?」
聞き返すと、今度はアランの頬が一気に赤くなった。それから、恥ずかしさを隠すみたいに片手で口元を隠した。貴族の躾けがしみついているアランに、そういう仕草はごくごくめずらしい。
困った顔から赤らんだ顔への変化。
意味がますますわからなくなる。
好きと伝えたのに、この反応はなんなのだろう。
「あの、えっと、どういう意味?」
私が戸惑いなからそうたずねると、アランが言いにくそうにしつつも口をひらいた。
「テーブルが邪魔なので、どうしようかと」
「え?」
アランは驚く私をみると、ふっと目元に笑みを浮かべた。
それから少し考えるそぶりをしてから、また私を見た。
「美香、選んでくれますか」
「なにを?」
「一緒にプレゼントの包みを開けるか、別々に開けるか」
不思議な問いだったけど、私はごくごく普通に、
「一緒に開く方がいい」
と答えた。
すると、
「選びましたね」
と言って、にっこりと微笑んだ。
その微笑みは、久しぶりに見る――ちょっと悪戯をしかけたときのアランの笑顔のようで。そう、まだフレアの館にいたころの、私をからかってきた時の――……。
そう思ったときには、アランは私からのプレゼントを手にしたまま颯爽と立ち上がっていた。
「え、アラン?」
驚いてアランのことを見上げたけれど、またたくまにアランは私の席までくると、ぐっと椅子をずらし、テーブルのプレゼントを私の手に持たせたかとおもうと、片手を私の背に添え、もう片腕を私のひざ下に入れたかと思うと勢いよく抱き上げたのだった。
「え、ちょっと、アラン!!」
息をのむまもなく私はアランにお姫様抱っこ状態で抱きかかえられる、そしてそのままアランにソファまで運ばれた。
「アラン、アランの腕は大丈夫なの」
「鍛えてますからね」
彼は災いの日の大けがで腕の動きが不自由なところがある。けれど、あっというまに私を抱えてソファに丁寧に下す。
そして隣に座った。
それで、終わると思った。
「あの……アラン?」
アランもソファに腰をおろしたと思うと、次は私を引き寄せ、なんとアランは私を彼の膝と膝の間に座らせたのだった。背中から抱きしめられるような格好に私の胸がさらにドキドキと脈打った。
背後から彼の体温が感じられて、自分の頬がどんどん熱くなる。
そんな私の変化を気付いているだろうに、彼は私を後ろから包み込むみたいにして私の肩に顔を寄せてきた。
いつもそっと抱擁してくるくらいの接触だったのに、一気にこんなに近づかれると、胸の高鳴りが持たない。私は恥ずかしくてギュっと目を瞑った。
「ど、して、アラン……急に」
私がそう言うと、
「一緒に開けるほうを選んだでしょう?」
と、笑いを滲ませたアランの言葉が耳元間近で聞こえる。
そしてアランは背中から私を抱き抱えるみたいにしながら、プレゼントの包みを持った。
「贈り物ありがとう」
アランはそう言って、私を腕の中につつんだまま、私がわたした包みのリボンをほどいてゆく。アランは私の肩あたりに顔を寄せていて、彼のゆっくりとした微かな息遣いが伝わってくる。彼の長くなった金の髪が数筋、そっと私の頬を撫でる。
「美香も、開いて」
アランが私の耳元で囁いた。
その甘い声と首すじにかかった吐息にカアッと頬が火照っめ、息まで止まる。
身体をこわばらせたのを感じたのか、アランがまるであやすみたいに、とんとんと私の腕にやさしく触れた。
でも、そのふるまいまでが今の私には熱く感じられてますます身がキュッとなる。さらに頬が熱くなるのもわかった。
自分の心臓の音がドクンドクン大きく聞こえる。アランに伝わってそうで恥ずかしい。ドキドキしすぎて苦しい。
私がぎゅっと身体をかちこちにしたままだったからだろうか。
「……息をして、美香」
甘く諭すみたいに、そう言われた。
少し口を開く。ほんの少し息を吐き、そして吸う。
アランのぬくもり、香り、触れてる感触。かすかな息づかい。彼に触れていたい気持ちと、恥ずかしくて緊張して今にも倒れてしまいそうな身体がせめぎあう。
ぎゅっとプレゼントを握り小さく呼吸を繰り返していると、アランが私をそっとプレゼントごと包むみたいに抱き寄せた。
「すまない」
「ぇっ…」
息を整えようとする中で突如あやまられて、うまく返事を返せない。
するとアランはさっきみたいな密着する感じではなく、ふわりと重さを感じさせずに包むみたいにして両腕で私を囲った。
「……怖がらせてしまった」
さっきとは違うアランの声音。
後悔を滲ませた物言いに、ドキドキとは違う胸がきゅっとなる切ないみたいな痛みを感じた。
「美香の意志なしに詰め寄るつもりはなくて……言い訳じみてますが」
アランは私の一挙一動で心を動かす。こんなにも、ほんとうに些細なことで。
「……ううん、私がすぐに固まっちゃうから……」
……怖かったわけじゃないの。
でも、それを言うことは、まだできなかった。
自分もまたアランに触れたい気持ちがあることを知られるのは、恥ずかしすぎた。
私は言い濁すみたいにしてから、間をおかず「プレゼント開けるね」と切り替えて、彼の腕の中で金色のリボンに指をかけた。
するするとひっぱると、ほどけてゆく。
「一緒に包みを開けよう」
話題を変えるみたいにして、アランを見上げて声をかけた。
アランはまだこちらを心配するみたいな瞳になっていたけれど、「一緒にあけよ」と再び誘うとアランも頷いた。
私は赤色の布の包み、アランも白の包みに手をかける。
二人で同時に開いた。
「わぁっ」
包みから出てきたものを見た瞬間、さっきの恥ずかしさや照れなどが吹き飛んだ。
私がもらった包みから出てきたもの――それは手編みの手袋。
丁寧に編まれた、薄紅色のミトン型の手袋だった。その色は、彼と育てた花の色とよく似ていた。
そして、
「手袋?」
と、アランもまた驚いたようすで声をあげていた。
私が贈ったものも――革を縫い合わせた手袋だったからだ。
彼は腕の怪我の後遺症で指の動きが硬いところがある。だから嵌めやすいように手袋の口がおおきく開き、嵌めたあとにホックとボタンで留められるようにした手袋を作ったのだ。
革を縫い合わせていくのは一目一目大変だったけれど、アランは植林をしたり農作業の道具を使うことが多いから、しっかりしたグローブは冬場は必須だと思った。
「同じように『手袋』だなんて! 気があうね」
「そうですね」
さっきの照れるみたいなドキドキした雰囲気は霧散して、私とアランは互いに用意した贈り物の偶然に驚きびっくりで顔を見合わせた。
アランがふいに私の手をとった。優し気な手つきに何か言葉を発するタイミングもつかめないまに、彼は私に手編みの手袋をはめてくれる。
可愛らしいミトン型。あったかい。
「可愛い。ありがとう! あったかい」
「それぞれの指の形に編むまではできなくて、包む形ですけど」
「こういうのをミトンって呼んでたんだ。可愛くて、私は好き」
「そうですか、それなら良かった」
「うん。あのさ、やっぱりアランが編んだんだよね?」
たずねると彼は頷いた。
「母の編み針をグールドが船便の荷に入れてくれていたので。紐から布を作れるわけですから、編めると便利だろうと、指のリハビリをかねてこの島に来たときから少しずつ練習はしてたんですが――役に立ちました」
アランの言葉に微笑む。
私がここに再トリップするまで、アランはリードと何年もこの島で暮らしていた。他の魔術師もいるにはいるけど交流がないから、ようはリードと二人きりの生活だったはずだ。
今よりももっと怪我の後遺症が酷い頃。アランはどうしていたんだろうかと思う。キュッと切ない気持ちになる。貴族で育ち騎士団長の位にいた人が、こんな可愛いものを編めるようになるまでの年月があったのだから。
「ありがとう、嬉しい」
私はそう言ってから、次は私が贈った革の手袋を手にとって、アランの手に添えた。
彼の手に嵌めていく。
大きなアランの手の手袋は、彼がふだんつけている軍手みたいな布の手袋のサイズを参考にして、あとは物をもつたびに後からそれを測ったり、私の手を握ったときの感触から割り出したりして型紙を作って仕上げた。たぶん、ぴったりなはずだ。革はリードがここを離れるときにくれた革の袋を利用した。
綺麗にアランの手を包み込んで、ホックもぴったりと留まった。なかなかの出来栄えにホッとする。
「雪は無いけど、この島、風は冷たいから。革だと凌げるかなと思って」
「ありがとう、あたたかいし、不思議と動きやすい」
「うん、立体的に作ったからね」
えっへんという気持ちで、ちょっと自慢気に言うとアランがとても眩しそうな顔で私を見た。
間近にいて、アランの綺麗な眼差しが注がれていると、ドキドキしっぱなしになってしまう。
私が顔をふせると、アランは今度はそっと私を包むみたいに背中から腕を回した。
それから革の手袋につつまれた手で、私のミトンにつつまれた薄紅色の手を包み込んだ。
身体も手も全部包み込まれている。
あったかい。
「美香……」
「ん?」
アランが私の後頭部に自分の額をぴったりとくっつけた。
くぐもった声が頭の後ろから聞こえる。
「さっきの言葉……嬉しかった」
「あ……うん」
大好き。
アランが、大好き。とても大好き。
真面目なところ。でも、ちょっとした悪戯好きなところ。
一生懸命、私を大切にしてくれようとするところ。丁寧に植林して、木々が育つのを愛しそうに見守っているところ。
今も、身体が動きにくいところを抱えるようになっても、毎朝欠かさず、鍛錬の時間を作っているところ。一切、妥協しないところ。
でも好きなところをあげなくても、今の私はアランのことが好きでいるのだと思う。
たぶん、アランが怠けることがあっても、落ち込んで全力を発揮できない時があっても。
アランの中の芯みたいなものを信じているから、いろんな日があっても、それでもアランが好きだと――今は、そう思う。
そういう全部の「大好き」に今はなってる。
「アラン……私、怖くないよ」
「……」
私はミトンの手を動かして、私を包んでいた彼の手を今度は包み返すみたいにして、両手で握った。
「……恥ずかしいから、私、すぐに固まるし、怯えてるみたいに見えちゃうかもしれないけど。アランなら、触れられて大丈夫なの」
背中にアランの熱を感じる。
いつも私を包んでくれる彼の大きなあたたかさ。
「だから、アランも、怖がらないで」
「……美香」
アランが私の名を呼んだ。それは、半ば吐息みたいな呼び方で。私の胸はまたトクンと鳴った。
でも身をこわばらせないようにして、私はアランの革手袋ごしの手を、ぎゅうぎゅうと握った。
「好きだよ、アラン」
「美香――……それ以上は、駄目。駄目です」
制止の言葉と同時に、アランが私の後頭部から右肩まで頬擦りするみたいにして顔をくしゅくしゅと押し付けてきた。そしてそのまま私の右肩に後ろから顔をうつぶせてしまい、はあぁと大きなため息をついた。
アランが、あからさまに大きなため息をつくのも珍しいことだった。
「アラン?」
「どうか……婚姻の届を出すまでは。無防備にならないで」
うめくようにアランはそう言った。
その切実そうな言い方に、今度は私の方がちょっとだけ悪戯心を出してしまう。
「無邪気に一緒に開けようって言った私を、わざわざこのソファまで運んできて、膝の間に座らせたのはアランでしょ?」
「……それはそうですが。……浮かれてしまったんです」
そう小声で返答したかと思うと、さらに「反省してます」と私の肩に顔を伏せた続ける。その弱弱しい言葉に私はついつい吹き出して笑ってしまった。
「アラン、好きだよ」
「……だから、駄目ですって」
「でも、好きなんだもの」
「……どうして今日に限って」
ほとほと困り果てたようにアランはそう言って。私を後ろからまた抱えなおすみたいにして抱きしめた。
そうして。
観念したみたいに。もう一度、息をついて。そして吸ってから。
そっと。
「……私も、大好きです。美香」
と、ゆっくりと囁いてくれた。
じんと言葉が私の中に染みわたっていく。
やさしくて、切なくて。とてもあたたかくて。
「結婚したら、ちゃんと、目を見て、言ってね」
「……もちろん」
アランはそう言って、それから、ほんの少しふれるみたいに、私の首元に唇を当てた。
力を入れない、痕すらのこさない、やさしいやさしい口づけ。
彼は唇をはなすと、また力をいれないかたちで私をふわりと包んだ。まるで浮かされる熱はそこにないみたいに。穏やかなぬくもりだけがあるみたいに。
でもその穏やかな節度あるあたたかさは、彼の忍耐や精神のおかげであることも気づいてる。
そして、これが今の彼の守り方であることも。
まだ戸籍もなにもない、再トリップしたてで立場が確立していない私を傷つけない、彼が守ってくれ方の一つなのだと思う。
いま、欲におぼれて愛しあい方を間違えば、二人でこの先共にいることが難しくなるかもしれないから。今ふたりきり生活だけど、私たちが抱えるものは幾つもの問題や複雑な人間関係と実はつながってる。
少なくとも異世界から来た人間や文化の扱いを、かつて『和平の殿下』と呼ばれたあの人がどうするつもりなのか、ちゃんと距離をはかり見定めなければ。権力の前では一個人の存在なんて悲しいくらいあっけなく消されてしまうから……だから、一つ一つ確実にアランと共に生きる立場を手にしていかなければならない。
でも。
私は彼の腕に手を添えた。
「美香?」
いつか絶対に。
素手で手を握りあいながら、抱きしめあって、痕がついてもいいような口づけをしようね。
「ん、なんでもない」
まだ口にはしないけれど。
アランの愛情を忍耐を無にしないために、私もまた彼を傷つけてしまわないように。
お互いの手を守りあう手袋みたいに。
互いに大切にできる――愛し方ができたらと願う。
「ね、アラン。今年も――これからもずっと一緒にいてね」
「もちろん。美香も、ずっと一緒にいてください」
「うん。今年もよろしく」
そんな風に約束を交わして。
新しい年を、私たちは迎えたのだった。
fin.