捜査開始
「はぁはぁはぁ・・・いやー 危なかったわ・・・」
荒い息を繰り返す足立は、現在 文立学園大学 本校舎に来ていた。
否 逃げてきた。
足立を 今回の《初代学長像 破壊事件》の共犯者だと決めつけた学生課 北郷から。
「・・・ちょ、先輩・・・早ひ・・・」
田中がぜぇーぜぇー、と肩で息をしながら 追いついて来た。
「ーーーまじで・・・逃げ足、早いな・・・この人・・・」
「この程度でへばるとは 情けないぞ田中 一等卒!」
「いきなり我先にと 逃げ出した あんたの方が情けないわ!」
それはもう 一瞬の出来事だった。
名指しで共犯者扱いされた瞬間、護身用に隠し持っていた 水鉄砲で北郷を怯ませた。かと 思ったら一目散に逃げ出したのだから。
そのまま、草原を駆ける馬の如く、山道を駆け降りた足立。ノンストップで大学本校者まで駆けてきたのだ。
「護身用に持っておいた 水鉄砲が役に立ったな!」
「いやー・・・北郷さん ブチ切れてましたよ」
ちなみに、この水鉄砲は、去年の夏に 足立と田中が大学の裏山でサバゲーごっこを した際に購入した物だ。
サバゲーをしてみたい、という足立だったが、装備一式を揃える金が無かった ーーパチンコで散財したーー 為、百均の水鉄砲で我慢したのだ。
だが、水鉄砲でも 思いの外 楽しくて、お陰で去年の《探偵サークル》の夏の思い出は、大学の裏山で水鉄砲で遊んだ事 一色になってしまった。
今日日、小学生だって もっとまっしな夏の過ごしかたが在るだろうに・・・。
「どうするんですか 先輩? いつまでも逃げていられませんよ。自首するなら早めの方が・・・」
「ばかやろう、お前! 私は、この事件とは無関係だっての!」
「まぁ そりゃそうっすね」
「私が やった事と言えば、禿げたおっさんの像にカツラを被せてやったり、つけ髭をつけてやったり とかだけだ。感謝されこそすれ 恨まれたり怒られる謂れはない!」
「・・・前言撤回です。今回の事件の真犯人は先輩でしょ」
「なんでだぁ!?」
驚く足立。彼女の事だから 本当に良かれと思ってやった事なのだろう。
《探偵サークル》足立 一華は、善意を空回りさせる事はあっても、悪意に身を委ねる事は絶対にない。そういう人間だ。
それは、彼女をそばで見続けている田中 礼司がよく知っている。
「ーーーで、」
と、田中は 本題を切り出す。
「わざわざ本校者まで逃げてきた って事は、捜査するんでしょ。今回の事件」
「もち!」
足立は、ピースして そう応えた。
「このまま 共犯者扱いされるのは、勘弁だからな。つー事で、現場に来てみたんだが・・・」
事件現場である本校者は、五階建ての建物だ。
一階部分には、教室は無く、建物を貫く通路が通っているのと、上階に向かう階段とエレベーターがあるくらいだ。用具室の様な扉もあるが、普段は鍵がかかっている。
《初代学長像》は、一階の通路の中ほどにあった。
像の周囲は、現在 安全コーンと非常線の様なビニールテープで封鎖されている。また、像本体には、ブルーシートがかけられていた。
「ほんじぁ、被害者のご尊顔を拝みましょうかね」
足立は、ビニールテープを飛び越えて、像のブルーシートを取っ払う。
「ーーーうお! こりゃ酷いな」
そこには、痛々しい像の成れの果てがあった。
像は、胸から上が型とられている物だ。
それが、無惨にも首の部分が取れてしまってる。
「首チョンパとは えげつない」
「確かに、酷いっすね こりゃ・・・」
「許せん! 私が必ず仇を取ってやるからな! 禿げたおっさん!」
「いい加減、初代学長と言ってください」
しかし・・・と、田中は言葉を続ける。
「あの水谷さんが、こんな酷い事しますかね? いまいち想像がつかない」
一度、話しただけだが、水谷 イズミは大人しく、清楚で可憐な印象を持つ女性だった。
演劇部 部長の草野は、水谷は良くない噂を持つ人物だと言っていたが、やはり 暴力的なあくどい一面もあるのだろうか。
「まぁ、水谷さんは犯行時刻 私たちと居たって言うアリバイがあるしな」
「ですね。その証言のおかげで、俺たちが共犯者だと疑われているんですが・・・」
と、その時ーーー、
「あの、何してるんですか?」
背後から声をかけられた。
「ん?」
振り返ると、そこにはギターケースを担いだ ひとりの女性が訝しげに こちらを見ていた。
「そこ立ち入り禁止ですよね? 入らない方がいいですよ」
「あー・・・私らはここで起きた事件の捜査してるんで、いいんですよ」
足立が適当に誤魔化そうとしたが、女性は目の色を変えて食いついてきた。
「え!? もしかして、イズミちゃんの事件調べてるんですか!?」
「ぇーーー」
「! 先輩 この人ってもしかして・・・」
ギターケースを担いだ女性。
確か、事件の目撃者は軽音サークルのメンバーたち だったはず。
「事件の目撃者の軽音サークルの人じゃないっすか?」
「まじか!?」
「あの・・・もしかして、事件目撃された軽音サークルの方ですかね?」
田中の問いかけに、全力で頷く女性。
「はいはいはい! 私 見たんですよ! イズミちゃんが像を壊す所をはっきりと!」
女性の言葉を聞いて、顔を見合わせる足立と田中。
どうやら、彼女の名前は森下 カオルと言って、軽音サークルの一員らしい。
森下は、その後も、聞いていない事を次々と話し始める。
「私たち、いっつも本校者裏のステージで練習してるんですけど、その日も練習に来たら、見知った顔が銅像を壊してるんじゃないですかー! もう驚いちゃって驚いちゃって! て言うか、そのあと 練習どころじゃ無くなって、もうホンット困りましたよー! そもそもーーー、」
「あ、あの・・・分かりました・・・」
嵐の様に 興奮した面持ちで 喋り出す森下を宥める田中。
「あの、それって何時くらいだか 分かります?」
「2日前の2時ジャストです!」
「・・・」
はっきりと言った女性の言葉に、嘘はない様に思えた。
2日前の2時といえば、ここから離れたD棟 演劇部部室で足立、田中、演劇部部長 草野が水谷と話していた時間だ。
「2時ジャストって、はっきり言いましたね? 何でそんな ぴったりと分かるんですか?」
「さっきも言いましたけど、私たち本校者裏のステージで練習してるんですが、そこを予約してる時間が2時からなんですよ」
「なる、ほど・・・」
考え込む足立。
2日前の2時にこの場で初代学長の像を破壊したのは、やはり水谷 イズミだろうか。
だが、そうなると水谷は、5分かかる道のりを たった十数秒で走破して足立と田中の前に現れた事になる。
「秘密の抜け道があるのか、はたまた時間差トリックか・・・面白い。この謎 私が解いてやる! ーーー私の無実を証明するために!」
(決めゼリフみたいに言ったけど、疑われてる理由は 八割型 普段の行いのせいだという事に 先輩は気づいているのだろうか・・・?)
足立が 田中の冷たい視線に気づく事は無かった。