三人の容疑者
《容疑者その1 水谷 イズミ》
「水谷は、美人で人当たりが良い性格だけど、ギャンブル癖があるとか色々良くない噂がある奴なんだ。ギャンブルの資金のために部費を盗んでいるかもしれない」
「美人でギャンブル中か。ーーーはっ!」
足立が突如、何かに気づいたように声を上げる。
「私のプライベートeyeは犯人を見抜いたぞ! そいつだ!」
「落ち着け。節穴プライベートeye。結論を急ぎすぎだ」
純度100パーセントの偏見だけで推理する足立に 田中は突っ込む。
「水谷さんは、その時 何か怪しい動きでもしてましたか?」
「いや、特に声をかけずに通り過ぎたよ。正直、その時 犯人は、まだ部室にいると思っていたからね。そして、舞台裏の通路を通り抜けると部室に向かう通路の前に今度は、城島朋子がいたんだ」
《容疑者その2 城島 朋子》
「城島は、実家が裕福でね。お金のトラブルとかは聞かないな。ただ、他の部員から結構金遣いが荒いって話は聞くね」
「実家が裕福なら部費を盗む必要もないな・・・」
「でも、大富豪とかでは無いんだし、金遣いが荒いんならお金で困ってたかも知れないですよ」
田中の言葉に草野は頷く。
「うん、俺もそう思うよ。彼女 ついこの前も新作の鞄だか服だかが欲しいって言ってたけど、お金使い過ぎて来月の小遣い日まで待たないといけないから辛いって言ってたし」
田中は、顎を扱きながらーーー、
「なるほど・・・」
と、呟く。
「でも彼女は、犯人の可能性は低いよ。だって怪我していたし」
「ケガ?」
「部室に向かう通路から出てきた人に押し倒されたらしくてね」
草野は、机に広げたD棟見取り図の、部室に繋がるL字の通路を指差して、そう言った。
「ケガってのは振りとかではなくて?」
「その後、病院まで俺が付き添ったから間違い無いね。足の捻挫だったよ」
「ふむ・・・」
再び、考え込む田中に変わって、今度は足立が訪ねる。
「部室の方から出てきた人って言うと、そいつが逃げてきた犯人スかね? 城島さんは顔とかは見てなかったんですか?」
草野は、首を横に振った。
「残念ながら、後ろから突き倒されたらしくて顔は見てないらしい。だけど手に封筒のような物を持っていたのは見たらしいんだ。たがら多分ソイツが犯人だよ」
「その後、その犯人らしき人物を追ったんですか?」
「あぁ。いや、その前に・・・」
「・・・あの」
「ーーーっ!?」
突然、声をかけられて足立、田中、草野の3人は顔を上げる。部室の入り口に儚げな美人が1人立っていた。
「水谷くん!?」
草野は、驚きの声を上げる。
「どうしたんですか部長? 今日は部活はお休みって聞いていたんですが・・・。それにそちらの方々は?」
水谷と目が合い、探偵サークルの2人は、軽く会釈を返した。
「あぁ、ちょっと忘れ物を取りにね。彼ら俺の友人だよ。演劇部に興味があるって聞いてね、部室を案内してたんだ。・・・水谷くんは今日はどうしたんだい?」
「私も昨日控室に忘れ物をして、それを取りに」
「そうなんだ」
草野は、足立と田中に耳打ちする。
「・・・彼女がさっき言った水谷イズミくんだよ」
「容疑者の1人か・・・ちょうどいい、話を聞こう」
足立は、にやり と相好を崩して、水谷に近づいた。
「すいません。草野くんから聞いたんですが、昨日ここで騒ぎがあったらしいですね? その時も水谷さんはこちらにいらしたとか」
水谷は、怪訝な顔をして草野に目を向ける。
草野は、愛想笑いを貼り付けながらーーー、
「ぁ、あぁ! 昨日の騒音なんだけど、誰かのイタズラみたいでね。彼女はそういうのに詳しいから相談もしているんだ」
しどろもどろに そう答えた。
「・・・そうなんですね。えぇ、確かに私は昨日、部活に参加していました。今度する舞台の稽古の為に。初めてまともな役を頂いたので少し練習しておこうと」
大した役ではないんですけどね、と水谷は付け加える。
「騒ぎを聞いてどうされたんですか?」
「えっと、何事かと思いまして、取り乱していると、部長と部員の城島さんがいらしたので、2人の元へ行きました」
「良ければその時の事、教えていただいても?」
「えぇ、構いませんけれど。えっと確か・・」
《回想》
「先輩、何の騒ぎでしょう?」
「水谷くん!? ぁ、いや ちょっとスピーカーか音響マイクが壊れてな!」
取り乱しながら、そう答える草野。
「そんなことより、お前下手の袖にいたよな!? 怪しい奴が見なかったか? 急いでたり走ってきた奴とか」
「そう・・言えば、一人舞台裏を走って来た人がいました。顔はよく見えなかったですけど」
水谷の言葉に草野は、驚愕する。
「なっ、本当か!?」
急いで、裏口に向けて走り出す草野。
「あの! 城島さんがそこで倒れてたんすけど!」
「介抱頼む!」
「ーーーと、言った感じでしょうか」
「なるほど」
田中は、そう言いながら、草野の顔を一瞥する。草野は小さく頷いた。本当の事を言っているようだ。
ーーーと、その時、部室に架けられていた時計を見た水谷はーーー、
「あっ!」
と声を上げる。
時刻は2時を指していた。
「すみません。この後予定があってもう宜しいでしょうか?」
「あぁ、うん。大丈夫です」
「予定って講義か何かですか?」
「ぁ、いえ、知り合いと会う約束があるので」
水谷は、軽く会釈して、小走りで部室を立ち去った。
「ふぅー、緊張したぁ。ちょっと足立さん! 部員のみんなには部費が盗まれた事とか俺が罠を仕掛けた事は言ってないんだから気をつけてよ」
「そうなんすか?」
草野は、嘆息をひとつ。
「そりゃそうだよ。部員疑ってるなんて知れたら俺の信用ガタ落ちだもん。それだけでなく、水谷と話すのは気が張るのに」
「えっ、どうして?」
「さっきもちょっと言ったでしょ。彼女、色々と噂があるって。ギャンブル中毒とか高校時代にパパ活してたとか・・・付き合ってた男を痴情のもつれで刺したとか」
草野の話に、田中は身を震わせる。
「まじか。そんな人には見えませんでしたが・・・」
「俺もそう思うけど、人は見かけによらないからね。大学でも孤立してるよ彼女」
草野は、困ったように笑った。
「ーーーで、話を戻しますけど、結局 逃げてった怪しい人物が犯人って事かな」
「いや、水谷さんが犯人である可能性もまだありますよ。部費を盗んで、逃げ出す途中に草野さんと舞台裏で鉢合わせそうになり、急いで下手側の袖に身を隠したとか」
「・・・確かに。可能性はあるな」
「あの・・・」
言葉を挟む草野。
「実は、もっと怪しい奴がいるんだよ」
「怪しい奴。3人目の容疑者ですね」
「あぁ」
《容疑者その3 冴島 守》
「さっき水谷が言ってた続きなんだけど・・・」
そう前置きして、草野は話しを続ける。
《回想》
「あの! 城島さんがそこで倒れていますけど!」
「介抱頼む!」
草野は、そう言い放ち舞台裏の通路を走り抜けて、D棟裏口に向かう。
扉を開け放つと、そこにはタバコを吹かしている冴島 守が立っていた。
「おー部長。どうしたそんなに慌てて」
「冴島・・・今、ここから・・・誰か、出て、いかなかったか?」
草野は、息絶え絶えに尋ねる。が、冴島はのんびりした風にーーー、
「いや」
首を振って、そう答える。
「俺、10分ぐらい前からここで一服してだけど誰も来なかったぜ」
「んな!? そんな筈は・・・」
「城島・水谷が見た、走って逃げた人物。その人物を唯一見ていない冴島。つまり、冴島こそが部室から逃げた人物・・・犯人といえる」
「た、確かに!」
驚愕の声を上げる足立。
「1人だけ食い違う証言か・・・」
田中は、頭を捻る。
「でも、裏口からではなく、客席を通って表の入り口から逃げた可能性もありますよね?」
「表の入り口は、鍵がかかったままだったからそれは無いよ。逃走する時にわざわざ鍵を閉める奴はいないだろう」
「ふむ・・・」
田中は、机の上のD棟の見取り図を眺める。
舞台の下手側から音教室に通じる通路が伸びている。
「・・・音響室の方に逃げて隠れてたとかは?」
「音響室は行き止まりだし確認はしたよ。他にも隠れられそうな場所は軽くだけど確認した。隠れてる奴なんていなかったよ」
「もう完全に犯人は冴島だろ」
「でも、冴島さんは、なんでそんな所に居たんですかね?」
「は? 何が?」
「ーーー仮に冴島さんが 部費盗んで逃げてった犯人であるなら、わざわざ裏口付近でのんびり一服なんてします? 普通もっと逃げると思うんですけど」
「そりゃ・・・たし、かに・・」
「つーか、今気がついたんだけど、部費を持ってた奴が犯人じゃないか? 部費 盗まれてたんすよね」
「それが、任意で手荷物検査させて貰ったんだけど、誰も持ってなかったんだよ」
それに、と草野は付け加える。
「実際、盗まれた部費は新聞紙で作ったダミーだしね。逃げる途中で気がついてどっかに捨てたんじゃないかな?」
「草野さん。その3人以外に誰か他にいた可能性は?」
田中の問いに 首を横に振って草野は答えた。
「低いと思うよ。さっきも言ったけど、建物内に隠れてる人はいなかった。もし、外に逃げたとするなら裏口からしかないけど、そうなると、やっぱり冴島が嘘をついてる事になるし・・・」
「そう、ですよね・・・」
演劇部の部室で3人が頭を捻る。
「3人中2人が見た、逃げた先で忽然と消えた人物・・・」
突如、足立が立ち上がり、奇声を上げた。
「分かったぞ! そいつは幽霊だ。一連の事件も幽霊の仕業だ・・・えっ、怖っ!」
「いや、実際 部費盗まれてるし、幽霊の仕業とは・・・」
数秒の静寂。
「よし! もう考えても分からんし潜るわ!」
「それもそうですね。まだ1日経ってないし範囲内ですしね」
「あの、潜るって?」
怪訝そうに見つめる草野を尻目に、足立は準備を始める。
スウェットのポケットから腕時計を取り出して、その針を見つめる足立。
すると、針が次第に逆に回転していく。
「事件発生時間って何時間前だったけ?」
「昨日の午後4時頃ですんでーーー、」
田中は、スマホで時刻を確認する。午後2時5分を示していた。
「だいたい22時間前です」
「オッケー。じゃあ行ってくるわ」
そう言うと、足立はトランス状態に入る。
腕時計の針は、通常の何倍の速度で逆回転していき、足立の周囲の景色は数倍の速度で逆再生されていった。
そして、ものの数秒で、昨日の午後4時に足立一華の意識はタイムワープした。




