依頼
「ふぁ・・・?」
田中は思わず間の抜けた言葉を返してしまった。
目の前の男は今なんと言った? 依頼?
「あの・・・ここって、探偵サークルでいいですよね?」
確認するような口調で、再度 訪ねて来た男。
恰幅の良い老け顔の男性だ。
一瞬、大学の講師か職員だと思ったが、カジュアルな見た目から、おそらく学生だろう。
「あのー・・・」
「えっ!? あぁ、はい! い、らいですよね?」
ガタンッ! とパイプ椅子が倒れる音がした。
「い、依頼!? 依頼ですか!?」
けたたましい叫び声を上げながら、田中と男性の前に割って入る足立。
「えぇ。あの、はい。依頼を・・・」
「どうぞどうぞ! 田中っ! コーヒー! コーヒーお出ししろ!」
「ぁあ! はいはいコーヒーすね!」
田中は、足立に捲し立てられて、部室に備え付けの戸棚を開ける。
「あ、申し訳ない。コーヒー苦手で・・・」
「ッ! そうですよね! あんな苦い汁飲めないスッよね! 田中、お茶だ!」
「いちいちうるせーよ!」
田中は、戸棚から紙コップだけを取り出して、続いて冷蔵庫に手を伸ばした。
近所のリサイクルショップで格安で手に入れた冷蔵庫だ。
開けて絶句。
「おい早くしろよ。田中」
「すみません先輩・・・。アンタの発泡酒しか入ってない」
「・・・」
部室の冷蔵庫に 発泡酒しか入ってないってどんな部活だよ・・・。
「あのー、お気遣いなく」
男性の苦笑いが 本当に苦々しい。
「すみません・・・あの、こちらにどうぞ」
「あぁ、どうも」
田中に促されて男は席に着く。パイプ椅子がギシィ、と音を上げた。
男性は、まじまじと《探偵サークル》の部室を眺める。
「なんか・・・思っていたのと・・・」
長机とパイプ椅子、そして発泡酒だけが入った冷蔵庫が置かれた簡素な部室。
「ボロいでしょ。そう思ったのなら恵んでくだせえー」
足立は、机の下から貯金箱のような物を取り出した。でかでかと《ぼ金箱》と書かれといる。
田中は、すかさず《ぼ金箱》を取り上げる。
男性は、またしても困ったように短く笑った。
「あの・・・俺は草野公仁。文立大の3年で演劇部の部長をしています」
「あー、えーと、《探偵サークル》の部長をしてます足立一華ですぅ」
「副部長の 田中礼司です」
草野の自己紹介に応えるかたちで、足立と田中は名を名乗る。
「でぇー、草野さん。早速ですが草野さんの依頼ってのは? 」
足立に尋ねられ、草野は訥々と話し出した。
「ぇ! えぇ、はい・・・実はーーー」
《演劇部部長 草野公仁の依頼》
「ーーー依頼というのは、演劇部で多発している 盗難事件の犯人を捕まえてほしいんです」
「盗難事件?」
「えぇ」
草野は、上着の胸ポケットからメモを取り出した。
分厚いメモには虫のような細かい字で、びっしりと詳細が記載されている。
「初めて起こったのは、約1月前の4月16日。部員のイヤフォンが紛失しました。結構いいやつだってんで、みんなで探したんですがが見つからなくて・・・」
草野は、そのまま続ける。
「その時は、無くした部員がどこかに忘れてきたって 結論になったんですけど、そのすぐ3日後、また別の部員の・・・今度は万年筆が無くなりました。・・・その後も4月22日に時計、26日にメガネケース、30日に指輪と、次々に部員の私物が紛失していって・・・」
「それ本当に盗まれたんですかぁ? どっかに置き忘れただけとか」
(・・・確かに。指輪や時計は高価な物ならともかく、他の紛失した小物は特別 金になる物とは言い難いな。盗まれたって根拠はなんだ?)
足立の言葉に、田中も心の中で同意する。
「俺も初めはそう思ってましたよ。どこかに忘れただけだって。だから、部員たちも大事には しなかった。でも・・・金庫に保管していた部費も紛失していたんです」
「部費が、ですか」
「ーーーあぁ。先日 新しい衣装でもと思って、金庫の部費を確認したら、帳簿と金額が合わなかったんです」
草野は、メモに目を落とす。
「36200円も」
草野の一言に 足立は、腰を上げて驚愕する。パイプ椅子が、がちゃん と後ろに倒れた。
「ウチの・・・ウチの、年間予算に匹敵する大金!」
「いや、どこに驚いてんだ!」
田中に突っ込まれた足立は、すごすごと座り直して、咳払いをひとつ。
「でも、部活動の部費って口座振り込みですよね? 引き出して金庫に入れておいたんですか?」
「あぁ。演劇部では、振り込まれた部費を金庫で保管してるんですよ」
「因みに部費が金庫に保管されているのを 知っているのは?」
田中の問いに、しばらく間を置いた後、ぽつりと答える。
「・・・顧問の白井教授と部員だけ・・・」
「それじゃ窃盗犯は・・・」
「あぁ。演劇部の関係者の中にいる・・・と思う」
頭を抱える草野。よほどこの事に頭を悩ませていたのかすっかり憔悴している感じだ。
老顔がより老けて見える。
「依頼しに来てくれて何なんですが、警察とかには相談したんですか?」
「ーーーンなっ!」
田中の問いに草野はーーー、
「とんでもない!」
と声を荒らげた。
「演劇部は、歴史と伝統がある部活だぞ! 頭の緩い学生が大学に入学した時にノリで作る軽いサークルとは違うんだ!」
「「うっ!!」」
足立と田中は、心に10ずつダメージをくらう。
「部員の盗難事件なんて、不祥事を大事には出来ない!!」
ふぅふぅ、と荒げた息を落ち着かせる草野。
文立学園大学は、三流大学だが歴史はそれなりに古い。
演劇部は、大学設立当初からある部活であり、部員数も他の部活に比べて段違いに多い。
そんな、老舗サークルの部長という重圧は相当なものらしく、草野の憔悴っぷりも理解はできた。
「・・・それで、穏便に事を解決できないかと、学生課に相談しに行ったら、ここを紹介されてね。このサークルは、大学で起こった事件を不思議な力で解決してくれるそうだな。ぜひ、その力を使って窃盗犯を突き止めてほしいんだ!」
「・・・」
田中は、足立に目を向ける。
相変わらず、身に気を遣ってないボサボサの頭の下に、のほほん としたそアホヅラがあった。
(ーーーその力を持つのは足立先輩だ。先輩がいいと言うならいいが・・・)
「仰る通りです。その依頼、《探偵サークル》の足立一華にお任せあれ!」
足立は即答した。
《探偵サークル》は、演劇部部長 草野公仁の依頼を受けいれた。
「ーーー本当か! じゃあ早速 捜査してくれ。実は容疑者は絞られてるんだ!」
草野は、そう言って勢いよく立ち上がる。
「え? これからですか?」
「あぁ! 善は急げだ!」
部室から飛び出すように出て行く草野。その後ろ姿を眺めながら、田中は足立に耳打ちする。
「ーーー先輩」
「あんだよ?」
「その能力は、使いすぎないように・・・」
田中の言葉に、足立は にひひ、と笑う。
「安心しろ。無茶だけはせんよ」
ふたりは、草野の後を追って部室を出る。