田中の推理
「で。そろそろ教えてくれません?」
学生たちが賑わう食堂の一席に足立を座らせて、田中は尋ねた。
「何が?」
足立の貧血も大したことなく、彼女は血色の良い顔で尋ね返してくる。
「“何が”って、演劇部の部室で過去に潜ったことですよ」
「あぁ〜、あれか」
背もたれを軋ませる足立。
「私が思うに今回の事件のトリックは、次の2通りだ」
「トリックですか?」
足立は指を一本立てる。
「まずひとつ。時間のズレを用いたトリックだ」
「時間のずれ、ですか?」
「そ。まず、演劇部の時計を5分進めておく。そうすれば、その時計が2時を指し示したとしても、実際は2時5分」
「なるほど・・・。それなら、2時に銅像を破壊しても、そこから片道5分のD棟に同じく2時につけるって訳ですか」
「あぁ。だけど、このトリックは無理だ。演劇部の部室で過去に潜ってみたけど、ここ数日 誰もあの時計に触れてない」
「本当ですか?」
「ほこりも被ってたし、時間も正確だったから間違いない」
「なるほど・・・」
田中も足立の隣に座り、考え込む。
仮に、初代学長像破壊の容疑者 水谷が、足立の言ったトリックを使ったとしても、犯行後に時計の時刻を戻す必要があるから、必ず今日か昨日かに触れているはずだ。
足立は、42時間以内なら意識を過去に持っていける。
つまり、実際に今日と昨日の演劇部の時計の状態を目にしている足立が言うのだから、時刻をずらしたトリックはありえないという事だ。
「それじゃ、残りのトリックはなんですか? 先輩」
「もうひとつは・・・」
足立は、そう言って立ち上がる。
能力の副作用である貧血は、もう治ったようで、しっかりとした足取りであるところへ向かった。
そこはーーー、
「田中よ。この見取り図はなんだね?」
「なんだねって・・・学内の見取り図ですが?」
学食がある建物のエントランスに設置してある大学構内の地図だ。
文立学園大学は、地方の広大な土地に立つ田舎の大学だ。
つまり、広い。
学生たちが施設間を自転車で移動するほどに。
そのため、大学敷地内に至るところに、学内の地図が設置されているのだ。
「そのとおり。まずここが事件があった本校舎だ」
文立学園大学は南側が完全に山に面しており、北に広がる形で大学構内がある。
本校舎は、その中でも最も山側 ーーーつまり、南側に位置する建物になる。
これは、本校舎が大学の中で最も古い建物であるからだ。
「そんで、ここが私たちが容疑者である水谷と、ちょうど犯行時刻であったD棟だ」
足立は、地図の北側を指差す。
そこには、D棟と記載されてあった。
ちなみに、卒業式や入試式などの式典を行うD棟は、山から距離が離れた位置にある。
「まぁ、見た感じ数秒から十数秒で移動できる距離じゃないっスよね」
「ああ。どう考えても5分はかかる道のりだ。ここで、私が考えるもうひとつのトリックだが・・・」
「抜け道っスか」
「うん。5分の道のりを十数秒で走破できる抜け道があると思う」
「うぅ〜ん・・・」
田中は、頭を捻る。足立の仮説に納得いっていないようだ。
「なんだよ? 抜け道説はダメかよ?」
「いや、ダメつーか何つーか・・・なんかズレてる気がするんスよね」
「はぁ? どういう事だよ?」
「ぁ、いや・・・そもそもの話なんスけど・・・俺たちがD棟で水谷さんを見たのって、偶然じゃないっスか」
「そうだっけ?」
「そうっスよ。演劇部部長の草野さんがウチに依頼にきて、事件捜査するためにD棟に行ったんじゃないっすか」
2日前。
演劇部内で多発している盗難事件の捜査として、演劇部の部室があるD棟を訪れた《探偵サークル》のふたり。その捜査中に、同じくD棟を訪れた水谷と会ったのだ。
「仮に、水谷さんが犯人だとしたら、犯行時刻のアリバイを得るために、いろいろなトリックを用いてD棟を訪れたことになりますよね。でも、それって俺たちがD棟に居るって知ってないと やる意味ないっスよね?」
「いや、だがな、D棟は舞台装置や演劇部の部室がある。私らじゃなくとも、誰かしらの部員が居たと踏んでたんじゃないか?」
足立の意見ももっともだ。だがーーー、
「忘れたんスか? 盗難事件の捜査当時、部長の草野さんは部員たちに部活の休みの連絡を入れてたんすよ」
「ーーーっ!」
ハッ とする足立。
演劇部部長の草野は、部内に盗難事件の犯人がいると確信していたため、秘密裏に事件捜査をしていた。
そのため、《探偵サークル》が捜査でD棟を訪れた時も、人払いのため、部活を休みとしていた。
「部活が休みとなると、アリバイ工作でD棟になんか来ないでしょ。だってアリバイを証言してくれる部員も居ないんですし」
「うー、確かに田中の言う通りかも・・・」
「俺は正直言って、水谷さんが今回の事件の犯人だとは思えないんスよね・・・」
「だがよ、目撃者だっているんだぜ? 軽音サークルの人間が何人も見たってんだし・・・」
「それなんスけど。まずは、その軽音サークルの人に話しを聞いてみません? 本当に像を破壊したのが水谷さんだったのかどうか・・・」
「んー、ま それがいいか。万が一、嘘か見間違いってのもあるかもだしな」
足立と田中は、今回の事件の目撃者である軽音サークルのメンバーを訪れることにして、学食を後にした。




