《2》不明招待
鬱蒼と生い茂る木々。
鮮やかな花々。
雑草。
酸素の濃い空気。
そこは。
「…………」
森。
森だ。
「こっちを向いたら森。あっちを向いても森。あたり一面四方八方森森森……」
しかし、魔王がそう呟くと……。
「あんまりもりもり言ってると、呪うぞ?」
「なんで!?そして本当に呪いをかけるな!」
ルシアの指先から光が飛び出し、秀兎はそれを避ける。
光は花に当たり、その花はたちまちに腐り果てた。
「お、恐ろしい呪いを使いやがって……」
「ちっ、もう少しで子作りの出来ない身体に出来たのに……」
「それはホントに恐ろしい!てか、もうちょっと手加減とかしてくれよ!」
と、馬鹿な駄犬がキャンキャン吠えるのだが、それを無視して、ルシアは周りを見渡す。
しかし、どうみまわしてもそこは森だった。
完膚なきまでに、完全無欠に、その光景は森の中。
しかし自分はここに繋いだわけではないのだが……。
「ふむ、どうやらここは……、……うむ、どこだ?」
「てめぇーふざけんなー!てめぇがここに繋いだんだろうが!」
「しょ、しょうがないだろう!まだ力は不完全なのだ!」
「ほーそこでその話ですかー!てかここどこかわかんないんだったらもう一回次元裂いて他の場所に行こうぜ!」
しかしその言葉に、いなその言葉が、ルシアの急所を突いた。
「う、そ、それが……」
「…………」
「いや今から話すことはホントなのだぞ?いいか、ホントだぞ?」
「……うん」
「えっと、その……」
「…………」
「なんかこう、なんて言えばいいのか……、と、とにかく!」
「…………」
「力が、うまくだせんのだ…………」
「……(がくっ)」
魔王は、本当に残念そうにうなだれた。
さて、ここは本当におかしな森だった。
あながち、ルシアの言っている事も嘘では無いらしい。
つい先程、飛翔魔法を展開しようとしたのだが、術式が動作不良を起こした。
何かの干渉を受けたか、それとも術式を間違えたか。
だがまぁ二年もの間、怠惰に、のっそり、もそもそと魔術知識を溜め込み練習してきた彼が間違えることは、あまり考えられないのだ。
「さて、この事から考えるに……」
「強力な結界か、それとも魔力の質が違うのか。まぁこの二つが妥当だな」
「ああ、それにさっきから生き物が全くいないのが気になる」
「木々に魔力が通ってないのを見ると……、これは造り物か?」
二人は幅の広い獣道のような道を発見した。
「なんだこれ、……」
秀兎は地面に触れてみる。
「これ、整備された跡だ……」
「…………」
みれば、道の端に水路か何かの溝が掘られている。
「ははぁん、なるほどな……」
「んぁ、なんか解ったのか?」
「ここの座標と主がわかったぞ。……あんの性悪女め」
「座標?主?どゆこと?」
「まぁこの道を歩いていけば解る。行くぞ」
そういって、彼女は歩き出す。
「……あくまで教える気は無いわけね」
魔王も歩き出す。
「なぁ、そういえばここの木々が造り物だって言ったけど、もしかしてこれ魔術なの?」
「そうだ。お前がいた世界とは異なる魔術体系でこの木々は生成されている」
「は?俺たちがいた世界?…………えっと、それはつまり……」
「ここがお前たちのいた世界とは違う世界、つまり《異世界》だという事だ」
「…………マジで?」
「マジだ。驚いたか?」
「いや別に驚きはしないけど。だって《魂と幻想の牢獄》は異次元空間だし。なるほど、ここは俺のいた世界とは環境が違うから当然魔力の質も違うと。ま、それはいいや。だけどさ、お前は《俺たちの世界》に向けて次元を裂いたんだろ?で、何故かこの世界に来てしまった。と言う事は…………、…………、……ははぁんなるほどね」
問.ここは異世界である。何故俺たちはここにいるのか。
考察材料1.彼女にはこの世界がどこか解るらしい。
考察材料2.この世界の主がいて、ルシアはその主知っている。というより、知り合いのようだ。
考察材料3.ルシアはここに向けて次元を裂いたわけではない。もちろん彼女が間違えた訳ではない。
解(予測).つまり、俺たちはここへ招待された。もしくは誘拐された。
「……という事なのか?」
「ふむ、正解だ。意外と頭が回るんだな。お前を少し見直したぞ?」
「そりゃ光栄だ。で、結局《俺らをここに招待した》奴、つまりこの世界の主は誰なんだ?」
「だからこの道を行けば解ると言っているだろうこの屑生虫が!」
「なんだその虫!?聞いた事無いぞ!」
「知らないのか?喰えるんだぞ、それに結構美味だ」
「名前に似合わずいい虫ですね!」
「あ、そういえばルシア、気になる事があるんだが……」
「なんだ屑生虫」
「まだ俺をそう呼ぶんですねー。それとそれは遠回しに俺を褒めているのか?」
「……、……で、なんだ?」
「……日和ったな。んまぁたいした事じゃないんだけど、お前、《俺たちの世界》では闇の魔女って呼ばれてるんだっけ?」
彼女は元女神だ。それから魔女になるが、それでも《世界》に干渉したり、召喚されたりしていたという。
「そうだな、《闇の魔女》ダークキス。かなり有名な名だったようだ。滅ぼす国は百を超え、消した化物は千を超え、屠るニンゲンは万を超える、とか」
「かなりヘビーな奴ですね……。それはさておき、とかって?」
「前にも言っただろう?私は百年おきに転生しているのだ。記憶と肉体をリセットし、限りない延命をしている」
「記憶や肉体、か。魔術とか魔法とかの知識は継承されるんだな」
「もっと力があれば記憶も継承できるのだが、いやしかし今の状態では無理だ」
「ふーん」
「聞きたい事はそれだけか?」
「あ、いやそうじゃなくて、闇の魔女って事は、単に闇の魔法を使っていたからなのか?」
闇の魔法――大雑把に言えば、《対象》を消し去る魔法だ。
《闇の力》とは、また少し違う、人間が創り上げた術。
「いや、そうではなく私が単に黒い服装を好んできていたからだろう。それと地獄の使者を使役していた事もあるかもしれない」
「ん?地獄って、本当にあるのか?」
「比喩だ。地獄と言うよりは、魔界、か。異世界の一種でな。強力な怪物や化物ばかりだ。てなづけて契約していた」
「『いた』?という事は、今はしていないのか?」
「違う、死んだ」
「う……」
「ははは、何、感傷に浸るほどの思いいれは無いさ。記憶が無いのだからな。その世界が崩壊し怪物たちが勝手に絶滅しただけだ」
「……うん、なんか、ごめん」
「謝るな、私が惨めな奴みたいだろう。レディに恥をかかせるなと教わらなかったのか?」
「……あ〜、なんつぅか俺、デリカシー磨いとこうかな」
「そうしろ。記憶の無い元妻に嫌われても知らんぞ?」
「…………性格とか、変わってたらどうしよ……」
「死ぬ気で記憶を元に戻す方法を考えろ」
そして二人はたどり着いた。
それは、城。
和風の城。
石垣。
瓦屋根。
天守閣。
完全無欠に、それは城。
威風堂々たる、城だった。
◇◆◇
「御待ちしておりました。魔王様、並びにルシア様」
和服の侍女はそう言った。
大和撫子。
くりくりの瞳。
化粧っ気は無い。とても可愛い。年は15〜6歳くらいか。
「主は天守閣でお持ちになっておられます。どうぞ、お上がりください。私が案内します」
仕草、作法、共に完璧。
「…………」
見れば、何人もの和服の侍女たちが頭を下げ道を作っている。
さすがに土下座ではない。土下座はどこかみずぼらしく見えるため華に欠けるからか。まぁどうでもいいけど。
それよりも。
「……なぁ、服、やばくね?」
周りは全員和服なのに対し、自分たちは洋服だ。
なんとなく感じる場違いな雰囲気。
というか、これではいささか失礼では無いか。
「そうだな、私も着物が着たいぞっ」
天上天下、自分最優先な魔女。きらきら瞳でこちらを見る。
「着付けですか?それでしたらこちらで用意しますが……」
「あ、いいよ、ここでするから」
秀兎は踵を鳴らす。
すると彼女のドレスがほつれ始める。
黒い布が黒いもやもやに変わる。
そのもやもやが、再び彼女の身体に巻きつく。
美しいドレスの生地は、滑らかな漆黒の絹の生地へ。
黒に映える鮮やかな模様を描く。金の蝶やら、朱色の牡丹やら。
十二単のように重ねる。
鮮やかな朱の生地と模様の入った帯を巻き付ける。
彼女は一瞬にして、豪華なドレスから可憐な着物へと変貌した。
「まぁ、お綺麗ですねルシア様」
「うむ、天晴れだぞ秀兎」
中々の評判だった。
「へいへい。気に入ってくれて何より」
秀兎は自分の服はどうしようかと考える。
余り男物の和服は見てないのだ。
別に着るとも思ってなかったし。
さて、どうしたものか。
「……う〜む、あまりイメージ出来ないなぁ」
「では着付けをしますか?」
「……あ〜、でも重苦しい服はやだし……、……う〜ん」
と、考えた挙句に。
「…………」
「…………」
「これでいいや」
黒いTシャツ。後ろには『怠惰』に筆文字。
黒迷彩のジーパン。だらしなそうに裾が地面についている。
「……ここでその服装にするお前のセンスに私は屈服した」
「いいじゃん別に。ゴーイングMYウェイッ!我道猛進!」
「そんな四字熟語は聞いた事がありません」
かくして魔王と魔女は天守閣に登る。