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《12》魔導戦。

今作最長であると思います。空白入りで一万字超えたみたいです。ケータイで読んでくださっている読者の皆様、本当にすみませんでした……orz 次回からは四千字程度を目指します。

 

「…………」


 どうしよう、と魔王魔術師団団長シャリークシャーは考える。

 相手は明らかにこっちに対して敵意を向けている。

 ぶっちゃけ面倒くさい。


「……………、…………………………」


 あれぇどうしよう、怠け癖が完璧に伝染している!

 脳が物事を限りなく楽な方向へ向かせよう事を第一優先で思考している!

 

「……………」


 なんだか泣きたくなってしまうが、しかしまぁ今はそういう事を考えている場合じゃない。

 シャリーはもう一度思考する。


 今、シャリーがしなければならない行動は一つ。

 絶対に死なない事。

 倒すかどうかより、シャリーはまず倒せるかどうかを判断する事に決めた。彼女が第一に優先するのは自分の命の安全である。それは命令であるし、願望でもある。


 シャリーは事を出来るだけ穏便に済ませようと、水色の髪の少女に話しかけ、平和的和解を試みる事にした。理由はそれが一番楽そうだから。


「ねぇ、貴方の名前何て言うの?」

「私の名前はフローリア。教会教祖直轄部隊隊長、蒼十字枢機卿のフローリア」

「ふぅん。なんか大そうな名前だね」

「貴方だって、魔王側近兼魔術師団団長なんていう大そうな役職に付いているじゃないですか」

「ありゃ、こっちの事は把握済み?」

「ええもちろんですともシャリー・クシャー」

「別にどっちでも良いけどねー。でさ、単刀直入に聞くけど貴方の目的は何ですか?」

「貴方の足止めです」

「んじゃ私は抵抗しないので平和的に解決という事で」

「待ってください。私は貴方に対する殺傷許可がおりているのですが」

「ええー、痛いのやだー。という訳で私は逃げる事にします」


 そういってシャリーは転移魔術を使おうとする。

 無駄のない動きで魔法陣を構築、座標を指定、一定量の魔力を注入、完成。


「ではそういう事で――」


 とシャリーが言うが、異変に気付く。

 魔法陣の線が白くなっていくのだ。白く、物凄いスピードで白くなっていく。

 そして魔法陣の全ての線が白くなると、魔法陣は粉々に砕けてしまった。


「魔術介入させて貰いました」仮面の少女は微笑みながら言う。「そう簡単に逃がしはしませんよ?魔王の評価では良い勝負になるそうなので、私はこれから本気で行こうと思います。ちなみにもう転移魔術は使えません。この空間には一度使った魔術は二度と使えなくなる呪素が散布してありまして、貴方はそれを十分に吸い込んだ。という訳で貴方は貴方と私は二度同じ魔術を使えません。まぁこの空間限定の話ですが」

「……うわぁ、マジでやる気満々だわ」


 まぁ、そりゃそうだろうと、シャリーは思考を切り替える。

 さっきまでガンガンに魔法をぶつけあったのだ。さらりと返してくれるはずが無い。

 フローリアは右掌をシャリーに向ける。するとそこに魔法陣が展開された。色は白、属性は光。

 そしてシャリーに、問う。


「無動作での魔法陣展開は、習得してますか……?《輝天閃ひらめき》」


 魔法陣の中心から、ビュァッ!という音と共に光線が放たれた。

 それにシャリーは素早く右手を向け、魔法陣を展開。色は黒、闇属性。


「もちろん。《闇天庭あんてい》」


 闇が生まれ、幕となり、光を防ぐ。吸収する。


「無動作での構築展開は認めます。では魔術」


 フローリアはシャリーの足元に魔法陣展開。色は青、属性は水。


「《水戎呪縛漣アクアチェール》かぁ。んじゃあこっちは《炎廻楼閣フレアニア》で」


 シャリーの周りで水が湧き出し、それがシャリーを襲う。絡みつこうとする。

 が、シャリーの足元で青い魔法陣を塗りつぶす様に紅い魔法陣が展開された。色は赤、属性は炎。その魔法陣の周囲から、爆発的な炎が溢れ上空に立ち昇り、水を蒸発させる。呪いを焼き尽くす。

 それを見て、フローリアは唇を驚いたように曲げた。

 シャリーは余裕の笑みを浮かべながらすかさず反撃の一手を繰り出す。魔法陣を展開、色は緑、属性は風。


「瞬間的な魔術特性の察知感知も認めます。では――」

「《そよ風妖精の悪戯ウィンディーテルカ》ー!」


 シャリーはフローリアの言葉を遮って魔術を発動。

 魔法陣の中心から、莫大な風が生まれ、それが暴風となってフローリアに襲いかかる。

 しかしそれをタダで喰らう程フローリアはバカではない。すかさず魔法陣展開する。


「……ん?」


 しかしそれは、その魔法はシャリーの見た事の無い魔法だった。色が、魔法陣の色が、オレンジというか、茶色なのだ。

 そんな色の魔法陣は、見たことが無い。


「《塵屑の城壁アシュラート》!」


 小さな光の粒が集まり、石の様な材質の盾が出来上がる。それがフローリアをシャリーの視界から消し、突風を遮る。

 

「……なるほど」


 恐らく土、鉱物を操る、土系統の魔法と言ったところか。

 彼女が新しく生み出した体系か、それとも全く違う世界の、異なる魔法体系か。

  

「あ、今の一瞬で特性を見抜きました?」

「え、あぁ、多分だけど、大体わかったとは思うよ?」

「むむ、見事な観察眼ですね……」

「…………いや、今の見て判らない人はいないんじゃない……?」


 なんだこの人、天然?

 今一会話の調子が出ないシャリー。知らない人だからズカズカとツッコミを入れる事が出来ないので、ぎこちない会話になってしまいそうな予感がシャリーの頭を過る。


「あの魔術は貴方の世界に無い魔法体系のはずなんですが、なんで判ったんですか?」


 やはり異世界の魔法体系らしい。


「いやそりゃ石みたいな盾が出来たら誰でも察するでしょうよ……」

「あ、それもそうですね」

「…………」


 この人、マジで天然入ってんのかなぁ……。だとしたらやり難いなぁ。


「では次召喚魔法ー。あ、ちなみに私の頭はお花畑じゃないですよ。」

「なっ!」


 どうやら思考を読まれていたようである。フローリアは既に巨大な白い魔法陣を展開していた。

 シャリーも少し遅れて魔法陣を展開し始める。色は黒。


《汝》 《暗黒の庭の主》 《光を湛え全てを魔を討つ聖なる瞳を持つ者なり》 《骸を纏いて絶望を振り撒く者。》 《我が眼前の敵を滅ぼし給え》 《契約に従い我が召喚に応えよ》 《――『神罰の瞳サリエル』》 《――『百骸鎧の黒騎士レグウィグル』》


 白い魔法陣からは、巨大な女が現れる。

 黒い魔法陣からは、巨大な人が現れる。


 女は鎧を身に纏っていた。

 人は骨を身に纏っていた。


 女の額で、第三の瞳が開く。

 人の骸骨たちから、黒い霧が振り撒かれる。

 

 紅い血の様な涙を流しながら、まるで猫の様な鋭い瞳が露わになる。

 顎を命一杯広げて悲鳴を上げながら、無尽蔵かと思う程の黒い霧を噴出する。


 そして女神の瞳で光が集まり、収束され、圧縮され、放射された。

 そしてその命一杯広がった顎から、暗黒色の光の様な物質が放射された。



 二つの《攻撃》がぶつかる。

 黒と白が拮抗し、鬩ぎ合う。

 ――が、どうやら召喚に遅れたシャリーが劣勢のようだ。徐々に白が、黒を押し戻していく。

 フローリアはふざけた口調で言い放つ。


「ふるぱわー、どーん」


 それだけで、女神の放射する光線の威力が三倍四倍に膨れ上がった。

 ――まずい、押し切られるっ!


「っぁ!」


 ――そして黒魔術師は、巨大な骸骨と共に光に消える。

 圧倒的な光が、その場の誰もの視界を塗り潰す。その中でも破壊を、純粋に破壊だけを持つ光が、黒い魔術師と骸骨の化け物を完全に塗り潰した。

 やがて、光が止む。

 瞬間遅れて、突風が発生。

 光の所為で半真空状態となった黒魔術師の一帯に、新鮮な空気がなだれ込んでいるのだ。


 サリエルは仕事を終えると満足げに笑って直ぐに消えてしまった。


「生きていますかね?」


 突風が過ぎた場所で、その中心で、黒い霧が今もなお立ち昇っていた。

 そしてその黒い霧から、骸骨を纏わりつかせた巨人の上半身がのろりと立ち上がる。しかし巨人は直ぐに消える。黒い霧も消える。すると、そこにはやはり黒の魔術師が立っていた。

 予想通り、生きていた。


「おー、生きている様ですねー」


 おちゃらけたように肩を竦める白魔術師。


「じょーだんじゃないわよもー危うく死ぬとこだったっつーのもー!」


 半ギレ状態のシャリー。それにフローリアは肩を竦める。


「えーあれくらいで死んでしまわれたら困りますよー」


 シャリーは両掌をパンッと叩き合わせ、魔法陣を展開。黄色、雷属性。


「《雷蝕呪縛漣ボルチェルーソ》!」


 魔法陣の中心から雷の鎖がいくつも飛び出す。相手を痺れさせて拘束する魔術だ。

 それが白い魔術師に向かう。

 フローリアは左掌で素早く魔法陣を展開。色は白、属性は光。

 

 本来魔法は、魔法的に防ぐ術が無い攻撃である。火と水の魔法の様に相殺現象が起きる場合があるが、あれは例外。科学的に火が水で消え、水が火で水蒸気になる様に、魔法的に火が水で消え、水が火で水蒸気になるのだ。光と闇も同じである。

 しかし、風と雷に相殺現象を起こせる魔法は無い。

 フローリアの様に土を使えば良いと思うかもしれないが、あれは相殺現象ではなく物理的な防御である。風を壁で防いだだけだ。

 

 なのでこの場合、避けるか土系魔法を駆使し鉄などの帯電性の高い物理的な何かを構築し雷を吸収するのが最善策なのだが……。

 ――なんでここで光の魔法……?防御壁の術式にしては複雑過ぎるし……。

 

 しかしそんな疑問は、直ぐに砕け散る。


「《強制解除ディスぺル》発動ー」


 しかしフローリアの展開した白色の魔法陣に触れた途端、雷の鎖は霧散してしまう。

 その名の通り、強制的に魔術を解除する魔術。数ある対抗魔術カウンタースペルの、反則中の反則にして最高位。

 何故それが光の属性なのかについては、また今度。


「セコッ!強制解除セコいっ!そんなの発動したらどんな魔術も一発KOじゃん!?」


 ちなみに最高位なのは術式が難しいだけであって、魔力はそれほど消費しないので使い勝手の良い魔術である。


「チート~、私はチ~トーなの~☆」

「うざ!私も使えるよ!ただスポーツマンシップに則って使わなかっただけだよ!」


 ちなみのちなみに何故魔術専門家のシャリーが『フローリアが呪文を詠唱するまでそれが強制解除だと気付かなかったのか』と言うと、シャリーは強制解除の術式を独自開発した為一般的に出回っている強制解除の術式を知らなかった為である。魔法的に彼女は良い意味で箱入り娘の悪い意味で世間知らずだったりするのだ。


「でももうこれは使えなーい↴↴↴」

「激しく自業自得なんですけど!?」

「…………」

「……あれ、何この沈黙……。ふ、踏み込み過ぎた……?」

「……はぁ、なんかもう、この不慣れなやりとりは飽きましたね」

「勝手に飽きられた!?振り回された揚句に飽きられた!なんだろうこの敗北感っ!?」

「早く死んでくださいよ。こういう気まずげな空気私嫌いなんですよぅ」

「七割方アンタの所為だよ!私は果敢に突っ込み続けてるよ!」


 ホントはボケ担当なのに!慣れないツッコミで対応しているんだぜ!


「まぁ貴方の実力はもう殆ど想定の範囲内でした。てなわけでー。そろそろお開きの時間ーイエぇー」


 ふざけまくるフローリアは右掌をシャリーに向ける。魔法陣が無動作で展開。色は赤、属性は炎。

 魔法陣の中心で光が、淡いオレンジの光が集まる。


「花火は好きですかー?」


 光が、弾けた。

 パァンと弾けて、それらがまるで生き物の様に連なって、放射される。

 一見すると、その光景は魔法陣から「炎の触手」が溢れている様に見えた。


 それは、炎の触手はよく見ると文字で構成されていた。かなり昔に使用された古語が、その炎の触手を構築していた。


 そして橙色の炎の様な『文字』たちが、シャリーへと襲いかかる。


「……んぅ?」

 

 しかしシャリーは割りと落ち着いた表情で――



 本当に落ち着いた、極めて冷静で、その上余裕を見せびらかす様な表情で、



「……《爆羅の呪い》?。かけた相手の内臓器官を爆発させて殺す呪い…の強化版みたいだねえ。まぁだけど……」


 それを、敢えてくらう。赤い文字たちが、シャリーの身体に纏わりつき、蝕み始める。

 しかし――突然その赤い文字たちが次々と氷の様に青白くなっていった。

 そして全ての文字が青白くなり、粉々に砕けた。

 

「なっ!?」

「その呪いの対抗術式は、私の身体の中に既に染み込んでいるんだよねえ」


 その光景にフローリアは驚いた様な表情でシャリーを見る。

 不覚にも、一瞬だけ思考を停止してしまったフローリアは、ゆっくりとシャリーの言葉を反芻する。

 ……対抗術式が、既に染み込んでいる……?

 ――それは「タヴー」。魔法界における、自己犠牲という名の「タヴー」。

 命に関わる行動(タヴー)を取っている「奇怪な魔術師」に、フローリアは「奇異の目」を向けた。


「自らの身を犠牲にして、魔術を染み込ませているのですか……?」

「いや、副作用は最小限に抑えてあるよ」


 だからと言って、染み込ませていい物ではない。魔術魔法は命を削ってしまうからだ。


「いくつ、染み込ませているのですか?」

「ざっと千くらいかな?」

「千っっ!?あ、あり得ない……!たかが人間の身体に千の魔術を染み込ませるなんて……、染み込んだとしても、齟齬や綻びで暴走爆発を起こすはずじゃ……」

「齟齬や綻びが無いように、丁寧に染み込ませたから、私が存在しているんだけど?」

「……ッっ!」


 驚くべき事実であった。いくら経験を積んだ賢者でも、どんな奇跡をも可能にする魔術師にも、千の魔術を「あろう事か体に染み込ませ」、そして何の齟齬も綻びもなく組み込むなど、無理だからだ。

 少なくともフローリアはそう思っていた。

 高々人間如きが、そんな神をも恐れぬ愚行を出来る筈が無いと、そう思っていた。

 その先入観が、今砕かれる。


 フローリアは俯いた。

 彼女の纏う雰囲気が、変わる。





「そうですか……、いえそうだったんですか。知りませんでした。それは、とても残念なことですね」





 フローリアは『酷く暗い腹の底から出す様』な声音で、囁く。


「貴方は今、私の抹殺対象の№1にランクインしました」


 この人間は、この場で殺しておかなければならない。と、本能が囁く。

 悪魔の為ならどんな自己犠牲をも厭わないこの人間を生かしておくのは、危険すぎるから。


「抹殺します」


 瞬間、魔力が爆発した。

 魔力の波が放たれる。

 フローリアが魔力を大量に生成したのだ。

 大量に生成した魔力はフローリアの体内では貯蓄出来ず、結果体外に放出され、それでもなおフローリアの支配下の元、魔力は周囲に渦を巻く。その光景は――魔力は目に見えない――フローリアの周りで異常な『陽炎』が発生しているように見えた。


「うぁっ、魔力が……」


 余りある魔力に、土台である魔力パネルが振動しているのが判る。フローリアの魔力は、個体を揺らすほどの振動、つまりそれほどの高エネルギーの塊だった。普通に魔力だけでの攻撃――例えば魔力を固めた球をぶつけられる――程度でさも、常人では一溜まりも無い位にダメージを追ってしまうくらいに、危険な魔力だ。

 そんな魔力が、フローリアの周囲に渦巻いている。


「《光縛威錠アマノクサリ》」


 白い魔法陣が、シャリーの足元で展開される。


「!?」

 

 光で編まれた鎖が、シャリーを拘束する。

 それがあまりに速過ぎて、シャリーは反応が出来なかった。

 魔法陣の展開から発動までの時間は、刹那と言っても過言では無いだろう。

 シャリーは完全に無防備で拘束された。


「《炎舞塵ヒノミカグラ》五連。《水華凛ミズノハスハナ》五連」


 赤と青の魔法陣、合計十。属性は火と水。巨大な炎球と水球が放たれる。

 その魔法はシャリーが知るなかで特に強い部類の魔法に匹敵する威力を持っている。

 着弾。爆発的な水蒸気が発生する。


「まだまだ。雷と風の属性融合魔法《嵐雷瞬イズチノアラシ》」


 巨大な黄色と緑の魔法陣が展開し、交わる。二つが被り、重なり、光が生まれる。

 秀兎たちの世界で、魔法体系である火、水、風、雷、光、闇、その中でも代表的な火、水、風、雷の内風と雷を組み合わせて相乗効果を生み出すという理論(水と火で水蒸気が発生する反応の逆説)があった。

 最もそれは再現不可能で、とっくに風化してしまった筈なのだが。


 ――雷を纏った風が、シャリーに向かって放たれる。


 着弾。風が水蒸気を霧散させシャリーを皮膚を裂き、雷がシャリーの身体を体内を蹂躙する。


「ぐ、ぁ、ああああ……!」


「ラスト。《輝天陣アマノイコウ》十連」


 白い魔法陣が、十。属性は光。瞬時に魔法陣の中心に光が集まり、放たれる。

 やはり光も、特に強い部類の魔法に匹敵する威力を持っていた。

 全ての光が、シャリーの身体を貫通する。


「――――――!!!!」


 声にならないほどの激痛が走った。シャリーは歯を食いしばって耐えていたが、直ぐに激痛に耐えられなくなり、ガックリと項垂れる。


「抹殺完了っと……」


 一方的な攻撃が無事終わり、フローリアは満足げに笑い――。


「……………………………………………………ハハッ」




 だがしかし、その笑みが凍る。




 シャリー・クシャーは笑っていた。

 



「…………ぇ」


 抹殺したはずの対象がまだ生きている。

 それどころかあれだけの攻撃を喰らっているはずなのに、無傷で、しかも笑っている。


「あ、あれだけの攻撃を喰らっておいて、なんで……っ!」

「アッハハハハ!まっさかこんな所で属性融合が見られるなんてねぇ。理論分析は済んだから今度つーくろっと」


 そう言ってシャリーは、笑う。朗らかに笑う。

 ――なんだ、何が、起きているんだ?

 思考が混乱する中、しかしフローリアはシャリーに向かって吐き捨てる。  


「ば、化物めッ……」


 あれだけの攻撃を喰らって、何故無傷なのか。

 それどころか何も喰らって無いかのように振る舞えるのか。

 まるで不可解で複雑な奇術を見せられた子供の様に、彼女は言葉を失う。

 まるで不可解で強大な怪物を見てしまった動物の様に、彼女は本能で怯える。

 

「化物、化物ねぇ……」


 シャリーは一度、天に左手を伸ばして、それを見て、何処となく悲しげに微笑んだ。

 それは自嘲か、それとも悲哀なのか。


「ふふぅん……」

「……?」

「やっと、並べたかなぁ……?」


 そう言って、シャリーは掌をパチンと合わせる。すると彼女の前で魔法陣が展開される。色は白。


「ま、無理だって事は、判っているんだけどねぇ……《光よ槍となりて敵を貫け》」


 魔法陣の中心から、光の槍が放たれる。それが一直線でフローリアに向かう。しかしフローリアはそれを避ける。彼女たちの実力差、経験値、レベルはほぼ互角と言っていいが、今フローリアの魔力は解禁状態であるためあの程度の攻撃を避けられないはずが無かった。





「フローリア。ありがとね」





 シャリーは、微笑む。


「……?」

「なんかなぁ、今日は気分が良いなぁ。……うっし、久々に発動しちゃうかなぁ」


 そう言って、彼女は髪留めに使っていた「紫色のゴムバンド」を外す。

 それを丁寧にポケットに入れて、彼女は深呼吸。

 息を吸い、……そして吐き出す。

 そして。



「――――!??!!」



 ゴバァッ!という突風の様な魔力の波が、フローリアを薙いだ。フローリアは驚く事も儘ならず、激しく後退し、尻餅を突く。


「ま、魔力が……!」


 見れば、尋常ではない魔力がシャリーの身体から放出されていた。魔力が、濃い魔力が渦巻いている。あまりに濃過ぎて、可視化している。紫色の光が、シャリーの周りで渦巻いていた。


「「魔王側近兼魔術師団団長兼幼馴染のシャリー・クシャーは魔導人間だ」」


 シャリーは朗らかに微笑みながら喋る。いつもと違う口調で喋る。


「「身体には千もの魔術魔法が染み込んでいる。頭には星の数ほどの魔導学に関連する知識が記憶している。彼女の武器はそれらである。シャリー・クシャーは魔術魔法を多彩に駆使し、魔王の敵を討ち滅ぼす者である!」」


 重複する声で、言った。言い放った。


 それが名乗り文句か決め台詞なのかはわからない。まだしばらく混乱中であるが、自分が危険な状態に陥っているという事を、フローリアは自覚していた。彼女の危機感知及び判断は教会でも随一である。だが……。


「「魔導人間シャリー・クシャーが体内で生成出来る魔力の総量はざっと見積もり四千万」」

「よ、四千万!?あり得ないっっ!そんな大量の魔力、私だって、あの人だって生成できないじゃないですか!」


 フローリアの足は、互角だと思っていたが実はとんでも無く手加減されていて絶対に勝てるわけの無い強大過ぎる敵を前に、震えて使い物にならなかった。

 心は冷静なのだが、身体は正直らしい。本能に従い、身震いが止まらないのだ。


「「これは太陽王、百骸鎧の黒騎士ですら霞んでしまう程の魔力である」」


 つまりシャリーは、単体でも太陽王の様な大破壊が可能なのだ。それも、十分に余力を残すほどに。 これを化物と呼ばずになんと呼ぶ?

 甚大な魔力に、土台の魔力パネルがし振動し、所々で浅いひびが入り始めている。


「「では何故、たかだか人間の女如きにそんな魔力が宿っているのか。……しかしその答えは簡単だ。シャリークシャーの体内には、魔女王によってとある世界のとある『眷族』たちの魂で生成された《魔導結晶エピラス》が内包されているからである」」


 かつてシャリーがレイアから貰った黒い宝石が、“それ”だった。

 魔導結晶――エピラスエラー。あの宝石は、レイアに『「周囲の魔力を吸収、収束し甚大な魔力を得ると」いう嘘の説明』をされたあの黒い宝石は、実は莫大な魔力を内包する魔導結晶だったのだ。

 そして魔導結晶は後にレイアが予め仕掛けておいた呪いによってシャリーの身体と同化していたという訳だ。その時にレイアに“それ”が何であるかを知り、結果シャリーは恐るべき魔力を内包する人間と化した。神の加護ならぬ、魔女の呪いである。


 当然そんな事知る由もないフローリアだが、しかし違う事実に彼女は気付いてかけていた。

 ――まさか、まさかあの世代の闇の眷属が消えた理由って……! 

 しかし今のフローリアに、その“事実”を証明する事は不可能だった。


「「普段のシャリー・クシャーは魔力生成量を自制していた。感情に任せて自制を解かないよう、魔力抑制用の紫色のゴムバンドも付けている。何故シャリーが魔力を抑制しているかについては諸々あるので割愛しよう。とにかくその二つが解かれた今、魔導人間シャリー・クシャーに敵はいないのだ!」」


 今のシャリーは、魔王の名に恥じぬ、最凶で最悪の魔術師と化していた。

 魔力が、大量の魔力が、爆発的に空間に充満する。


「…、………」


 それにフローリアはもう、声も出なかった。

 ただパクパクと、何かを言おうとして、言葉が選べない状況に陥っていた。

 腰が抜けていた。 

 足が震えていた。

 恐怖に、怯えていた。

 強大で甚大な魔力に。

 勝てる訳がなかった。

 自らの身を犠牲にして化物と化した人間に、勝てるはずが無いと思ってしまった。


「「いっくぞぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――!!!」」


 シャリーは身体能力を大幅に強化する魔法を自身に付加。そして右足を振り上げてからの魔法陣に踵落とし。魔法陣は完璧にひび割れ粉々に壊れ崩れてしまう。

 足場が崩壊する。


 自由落下が始まった。


「ッッぁ!」


 フローリアはとっさに頬を両手で叩いた。軽い痛みが心を引き締める。

 いくらか冷静になった頭ですぐさま飛翔魔術の魔法陣を展開。魔法陣はフローリアの背中で展開され、落下が終わる。――が、


 フローリアは見た。

 自分より上の空で、黒い魔術師が飛翔している姿を。



「「はああああぁぁぁぁあああ―――――――――」」



 そういってシャリーは口を開く。


「……なっ!そんな無茶苦茶な!」


 彼女の口の前で、光が、濃い密度で可視化した魔力の光が集まる。渦巻く。収束する。

 そしてそれは球となって――――。


「「―――――――――――――――――アァッ!!!」」


 放たれた。

 直径二十メートルはありそうな極太の『紫の光』が、一直線でフローリアに向かう。


 魔力を超圧縮して、フローリアに向けて放ったのだ。


 魔力の光線。何の属性でも無い、無属性の、力の塊。


 避けられる速度では、なかった。


「………、……!」




 そしてそのまま、白い魔術師は紫の光に呑み込まれて消えた。

はい、というわけでいかがだったでしょうか側近たちのバトル。

もうね、バトルバトルって感じでしたね。はい。

この四話仕上げるのにかなり時間使いましたしねぇ。う~んこの四話はそんなに力を入れるつもりじゃなったけど、ついついやってしまいました。

とまぁ過去は振り返らず、そしてやっと秀兎にバトンタッチです。

クライマックスにも近付いてきました。

てな訳で残り少ないですがよろしくお願いいたします。

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