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《10》剣戟戦。

うぅん、この場面はあんまり本筋と関係無いのですが、力を入れ過ぎた感があります。すいません。

 

 何を、している?

 エルデリカは考える。

 こいつは私を、どうしたいのだ?

 考える。


 目の前にいる男は、ゆっくりと手慣れた手つきで、茶を点てていた。




 ◇◆◇




「……ねぇ、拙者と一緒にお茶でもどう?」


 ………………。


「……は?」


 こいつ、何を言っている?


「いやいやだから、お茶でもどう?って言ってるんだけど?」

「……それは、デートの誘いか?」

「いやデートって程じゃないけど、あれだよ、御茶会みたいな?ティーセレモニー。通じる?」

「それぐらいわかる。何が目的だ?」

「いやいや、いやいやいや……」


 男は軽薄そうに肩を竦め



「愛弟子がどれくらい成長したのかを確認しようかと、ね?」



 そう言った。




 ◇◆◇



 

 和服、白髪、軽薄そうな四つ目の仮面を付けた男が、金と黒の軍服、黄緑の髪の女に、茶を点てた。


 ずずぅ、という音が、控え目に響く。

 畳張りの広場。まるで旧時代の王が居座る場所のような作りになっていて、その場所に男は胡坐をかいていた。


「君はこの場所を寺か何かと勘違いしたかもしれないけどね、ここはかなり昔の時代に貴族みたいな奴らが住んでいた家の建築形式に則って造ったから、寺じゃないんだよねえ」

「…………」


 ずずぅ。


「それにさぁ、ここ誰もいないじゃん?普段は《教会》の連中と騒ぐんだけど魔王と戦ってるから皆出払っちゃてるんだよねえ」

「…………」


 ずずぅ。


「いやぁ普段は皆で騒いでうるさいくらいなのに、いざいなくなっちゃうと寂びしいもんだよねえ」

「…………」


 …………。


「魔王城もそう言うのとかあるの?皆出払って誰もいない事とか」

「…………」


 …………。


「あぁでもそういえばここ二年間魔王城には誰も居なかったんだよね?てか魔王城って結構広いんでしょ?」

「……結構な腕前ですね、『師匠』」

「あれ?拙者の話は全部スルー?」

「…………」


 エルデリカは考える。この男は何を考えてる?

 


 この男――クレス・ヴォレス・エディアについて、考える。

 


 世界最強と謳われた、フリギア帝国最強の騎士。そして、エルデリカの、師匠。

 そんな男が、自分の目の前にいる。

 エルデリカは何をするべきか考える。


 1.素直に目的を聞く。

 2.素直に斬りかかる。

 3.素直に殴りかかる。

 4.ムカつくので黙らせる。


 エルデリカは考える。

 私が最もとらなければならない行動は。

 …………。


 …………4?


 エルデリカは茶碗をぶん投げた。


「うっ!」


 男の鳩尾にヒット。軽薄な男に500のダメージ。効果は抜群だ。


「な、何、を……」


 ……よく考えてみればのうのうとお茶を飲んでいる場合じゃなった。早くこのおかしな世界から抜け出さねばならないのだ。方法を知るであろう彼を黙らせるのは愚策だった。

 エルデリカは彼と話す事にした。


「……あ、いえ、特に理由はありません。強いて言うなら師匠の軽薄な雰囲気にムカついたからです」

「あれぇ何その突発的理由!?」

「いやぁ突発的じゃないですよー。昔からですよー」


 これは本当の話。昔からペラペラ喋るうざい師匠だった。

 エルデリカは無表情で喋る。平坦に喋る。


「その軽薄そうな雰囲気を見てると自然とこう、ブチンと来るんですよ」

「ブチンって、エルデリカそんな短気な子じゃなかったのになぁ……」

「いえ昔からですよ?ただ昔はひ弱な少女だったわけですからムカついても敵わないなぁと思っていただけで、私は昔から貴方のその軽薄な雰囲気にイライラしてました」

「衝撃の告白」

「どうでも良い過去です」


 エルデリカは一呼吸。わざとらしく、相手に聞こえるように、大きく。



「……ふぅ。で、師匠。なんで貴方がここに?」



 エルデリカは、相手を見詰める。

 彼は、師匠だ。フリギア帝国一の騎士だ。その筈だ。

 『人間』の、筈だった。――それが、どうして此処に、こんな化物の跳梁跋扈する場所いるのか。

 男は、――エディアは誤魔化す訳でもなく、苦笑しながら言う。


「なんでってそりゃ居るでしょうよ。だって拙者は《教会(グラリオ)》の《聖騎士団団長(ラゥ・パラディナイ)》なんだだから」

「グラリオ……?ラゥ・パラディナイ……?」

「ありゃ、敵の名前も知らないで戦いに来たの?」

「どこの中二病患者ですか?」

「いやマジでこういう名前なの!本当なの!」


 いやでも、なんか中学生が考えそうな名前だ。パラディナイとか、パラディン・ナイトの略だ、絶対。


「……へぇ、師匠って人間じゃなかったんですね」

「うん、そうだよ。拙者は教祖と一緒にフリギア帝国――水の魔女の下で必死こいて色々してたわけ」

「色々、ですか」

「色々、だよ」


 結局彼は化物なのだ。人間ではない。――まぁどうでもいい事だ。彼が人間であろうとなかろうと。

 敵なのだから。――彼の道を塞ぐ、敵なのだから。

 エルデリカにとっては、彼と戦う理由は、それだけで十分だ。

 ならば、次に聞かなければならない事は――。


 エルデリカはまた、一呼吸。わざとらしく、大きく。


「……ふぅ。師匠。私に一体何の用ですか?」

「…………」


 エディアは、ゆっくりと、仮面を外す。

 そこには、若々しい青年の顔があった。

 修行時代から、全く変わっていない、軽薄そうな顔。

 白髪、優しげにこちらを見る黒い瞳には、エメラルドの十字が刻まれている。

 化物の、顔。


「……まぁ、さっきも言った通り、愛弟子の成長を確認しようとね」

「嘘だ。貴方はそんなに人間味に溢れた人ではない」

「いいや本当。君の成長を確認しようとしているのは本当の話。建前上は『君の足止め』って事になってるけどね」

「…………」


 ……そうか、それが、――恐らく本当の理由。

 半信半疑だが。

 エルデリカは相手の動向に意識を集中する。自然と、体が殺気を放つ。


「ゆっくり構えなよ。この次元の時間はあっちの次元よりも速く進んでいてね、こっちで長居しても向こうではあまり時間が経ってない事になってるから」

「…………」


 この話が本当ならば、足止めは違う。足止めが目的ならば、時間が遅い次元に引き摺り込むべきだ。そうすれば効率的な『足止め』になる。

 この話が、本当ならば。


「成長を確認するといっても初っ端からギンギン戦うのもどうかと思ってね。与太話で気をほぐしたところでやろうかと」

「……相変わらず読めない人ですね、師匠」

「だろう?掴み所のない幽鬼みたいな存在、それが拙者。カッコよくね?」

「そのまま消えてください」

「オゥ、ユークール!」


 バカだ。ていうか本当にこの人は掴み所がない。


「まぁ与太話もいいですけど、私生憎師匠は嫌いなんですよ。帰っていいですか?」

「えぇーつれないなー、拙者の事そんなに嫌い?」

「ええ大っっっっっ嫌いです」

「どんだけ延ばすのさ!?」


 ちなみにエルデリカは完全に無表情。

 

「……悲しいなぁ、弟子に好かれない師匠って」

「帰っていいですか?」

「どんだけ帰りたいのさ!?」

「それはもう今すぐに。光の速さで」

「光速!?」

「はぁ、早く帰りたいなぁ」

「本音がダダ漏れですが!」

「早く死なないかなぁこの人」

「ダ・カ・ラ、ダダ漏れですが!」

「早く成仏しないかなぁ」

「あれぇ拙者の存在が本当に幽霊化してる!?」


 バカだ。昔からこんな感じだけど。いや昔は半分無視してたっけ。

 エディアは一呼吸。わざとらしく、大きく。


「……はぁ、ふぅ。まぁ、正直与太話とかはどでもいいんだけ「あれ、師匠顔に鼻が付いてますけど?」そりゃ付いてるよ!基本人間だもん!」

「え……?師匠、人間だったんですか……?」

「リアルに戦慄されても困るけど!」


 また、エディアは一呼吸。わざとらしく、大きく。


「ふぅ……。で、本題に入ろうかと「帰っていいですか?」これから本題なんだけど!?」


 エディアはため息。


「はぁ、エルデリカ昔はそんな子じゃなかったのに……。魔王城での生活は君にかなりの変化を与えたみたいだね……」

「…………」


 この人のわざとらしい一呼吸の後は、絶対にろくな事が起こらない。という事を、エルデリカは知っていた。なので真面目な話をする前に話を阻害しておこうと思ったのだが、どうやら先に進まない様なので諦める。


「で、まぁ、本題なんだけどさぁ……」


 エディアは肩を竦めて、言う。




「エルデリカ、こっち側につかないか?」




 ――それは本当に、救いようが無い位にろくでもない提案だった。




 ◇◆◇




「…………は?」


 エルデリカは、数秒間、彼の言っている事が、全く理解できなかった。


 こいつ、何を言っているんだ?

 こっち側につかないか、だと?

 それは、それはつまり――。


「それは、私に陛下を裏切れと、そう言っているのですか?」

「そうだ」

「それは、私に、騎士を辞めろと、そう言っているのですか?」

「そう「ふざけるな!」」


 エルデリカは無意識に吠えた。


「私は陛下を裏切らない!」


 それは、彼女の信念だ。絶対に曲げないと決めた物だ。

 だがその信念に、エディアは冷静な顔で、



「じゃあ何故、君はその陛下に剣を向けた?」



 と言った。


「……っ!」


 ――それは、あの時の……!


「そうだ。架魅隠しの呪いで全てを、そして主人を忘れ、事もあろうに君は君の守るべき主人に剣を向けたんだ」


 クアトロリアの、あの……!


「……あ、あれは、呪いの…………」

「まぁ忘れていたのは事実だし、そうと言っちゃうのは筋が通った話ではあるけどさ、あんな拙い呪いくらいで忘れちゃうような存在だったんだよ。君の中の陛下の記憶、思いは」


 エディアは、続ける。


「本当の、本当に大切な記憶ってのは心に刻まれるもんだ。もし君が思っているほどに君が陛下を思っていたなら、はっきりとは覚えていなくとも、ぼんやりと、うっすらと君は覚えていたはずなんだ。どうだい?」

「……!」


 頭痛。夢の中のノイズ。あれは……。

 エルデリカの表情に、エディアは、少し目を細める。


「覚えていたみたいだね。でもちっとばかし刻みが浅かった。だから肝心な所で思い出せなかった。結果君は護るべき主君に剣を向けた。騎士失格だ。はっきり言おうか。君に彼は護れない――と、拙者は思うよ」

「…………」


 そんな……。


「そんな事はない!」


 エルデリカは叫ぶ。ほとんど、無意識に、反射的に、師匠――エディアの言葉を、否定する。

 

「私は、私は陛下を護る!」

「だから、無理だって」

「無理じゃない!」


 エルデリカは希少銀製の剣で斬りかかる。師匠も腰に差していた脇差――刃渡りの短い刀で応戦する。


「はは、痛い所を突かれたらすぐ暴力かい?怖い怖い」

「くっ!」

「昔の君はこんなくだらない事でいちいち激昂する子じゃなかったのになぁ。架魅隠しの呪いでおつむが緩んじゃったのかい?」

「黙れッ!」


 剣を振り戻し、再びエディアに斬りかかる。


「ひゃぁー怖い顔。もうこぉーさぁーん」

「くっ」

 

 エディアはヒラリとエルデリカの剣を流れる様に避けた。素早い足捌きでエルデリカの横を通り過ぎるエディア。体重をかけ過ぎて前に数歩足をつくが、すぐさま踵を返し、エルデリカは追撃。こちらを見ていない、背を向けているエディアに鋭い《突き》を繰り出す。

 しかしエディアは、


「無駄無駄ぁー」


 それを全く見ずに、――バック宙返りで避けた。驚異的な脚力。エルデリカを悠々と飛び越し、再び同じ場所へ着地する。

 エルデリカは再び踵を返してエディアを見、そして追撃を止める。


「お、今のは良い判断だ。そのまま突っ込んできたら拙者は迷わずたたっ斬っていたからね」

「ッ!」


 バックステップ。後退。


「あぁー惜しい。その判断は痛いミスだ」


 エディアは、既に――距離を詰めている。


「……な」


 そして呟く。


「《百閃》」


 それは、ただの峰打ち。――しかし数秒に百回叩き込む峰打ち。

 視えない剣撃――もとい、打撃。

 エルデリカは打撃の反動でそのまま外の庭園に吹っ飛ばされる。服の所々が破けていた。


「がぁ!」

「冷静さを欠いて戦術を間違えたね。あそこはその場で制止、相手の動向を探るべきだった。なにより拙者の方が君より速いのは既にさっき見せただろう?バランスの悪いバックステップでは上手く反撃できないと教えたはずだけどね?」


 エディアはゆっくりとエルデリカに近づく。縁側に立つ。


「…………ぅ、く!」

「やはり腕がなまっているのかな?昔は感情の起伏が乏しくて感受性もあんまりなかったみたいだから常に冷静でいられたんだろうけど、もう今となっちゃそんな面影は微塵も感じさせないくらいに人間っぽくなちゃったみたいだね。いいんじゃない?人間らしいってのは良い事だ。少なくとも昔の君よりはずっと可愛らしくなった」

「…………」

「でもまぁ、あんまりスイッチのオンオフが慣れていないみたいだねぇ。戦闘にまで感情が介入し始めちゃったもんだから有効な一手、巧い戦術を一瞬では発想できなくなった。まるで牙と爪をもがれた獣のようにね」


 痛みを我慢して、エルデリカは立ち上がる。


「…………ペラペラ、うるさい…ッ」

「うるさい?失敬だなぁこれは講義なんだよぉちゃんと聞かないと」

「うる、さい……」

「感情が高ぶり過ぎて物事を冷静に判断できなくなってる。周囲の人の声を雑音と認識してる。それは駄目だ。周りの人のアドバイスはちゃんと聞かなきゃ」


 エルデリカは右手を手刀の形にする。するとその右手が、その手刀が煌めく黄色の光に包まれる。


大地を穿つ剣(ガリオリアノーン)!」


 エルデリカは右手をエディアに向け、縦に薙いだ。 

 すると、黄色い光エディアに向かって物凄いスピートで飛んでいった。

 エディアは笑う。

  

「おぉさすが」


 そして飛んだ。黄色い光はそのまま飛んでいき、家の壁を突き破っていく。

 驚異的なジャンプで一気に瓦張りの屋根に登ったエディアは、エルデリカを見下す。


「だけど残念だね。拙者が教えた技じゃ拙者には勝てない。君はこれまで何をやってきたんだエルデリカ?まさか平和ボケして稽古を怠ったわけじゃないよねぇ?」

「……っ!星を穿つ剣(ガビアノリオン)!」


 エルデリカの右手が、(くろがね)色の光に包まれ、それは、膨らむ。

 光が、鉄の光が、膨らむ。膨らむ。


「ほほぅ、中々に強い《剣術》だねぇ」


 そしてそれは、星を穿つ巨大な光の鉄槌と化す!


「潰れろぉぉぉぉ!」


 ――だがエディアは、その巨大な光の鉄槌に向かって、脇差を一振りする。


「《一刀塵断》」


 それだけ。

 それだけで、鉄色の巨大な光の鉄槌は、細切れに、塵の様に細かく、切り刻まれてしまった。 

 

「君が編み出す《剣術》は『切断』より『破壊』に重点を置いている傾向があるね。それも力加減一つで何処までも弱くする事のできるタイプが多い。《非殺剣術》とでも名付けようか。やっぱり悪魔が平和主義だって言うのは本当らしいねぇ?」

「くっ……!」

「本気で、真剣に、殺す気でかかってきなよ。じゃないと拙者が君を殺してしまいそうだ」


 エルデリカは右手に《力》を宿す。光る。銅色。赤っぽい、銅の色。


不可視の十剣ピュッツェルビース!」


 ズバンッ!という、空気の裂ける音がする。

 目に見えぬ、一振りで十の、斬撃。


「《柳流れ》」


 しかしそれを、エディアは剣で受け流した。

 目に見えない剣をまるで、――見えているかの様に!

 

不可視の百剣(ピュッツェルブース)!」


 今度は銀色の光の剣だ。不可視の十剣、その強化版。目に見えぬ百の刃が、銀色の光剣の一振りで放たれる。

 ――だが、


「《柳流水》」


 それを、エディアはいとも簡単に、全て弾き流す。見えない刃が上空に飛ばされる。

 しかしエルデリカは、諦めない!


不可視の千剣(ピュッツェルバース)!」


 黄金の光。そして不可視の剣の最終形。――一振りで、千本!

 ……だが。


「《柳雲水》」


 しかしそれすらも、エディアの前ではあまりに無力だった。

 彼は千本の見えない刃を、まるで見えているが如く、いとも容易く弾き流した。


「物量作戦はいただけないなぁ」エディアはエルデリカに向かって剣を振る真似をする「数が多すぎて一つ一つの威力――もとい斬撃が弱くなってる。大人数を相手にする時はかなりの効果を発揮するかもしれないけど一対一の時はあまり効果の無い剣術だね」

「はぁ、はぁ……」

「本気でやってる?あんまり拙者をがっかりさせないでくれないかなぁ」


 エディアは不満気味に顔を歪ませて、肩を竦める。

 

 エルデリカは自分の左腕から血が出ている事に気がついた。それほど大した物ではないが、一体いつ斬られたのかわからない。


「……ッ!」

「……拙者がその気になれば首は飛んでいたかもね」

「……………………」


 エルデリカはそこで、――一度、深く呼吸する。




 ◇◆◇




「…………」


 意識を、感情の昂りを、鎮める。

 

「あ、そうそう、判断ミスと言えばこの世界に来たのもミスだったねぇ。君が悪魔から離れて悪魔が死んじゃったらどうするんだい?」

「…………」


 その言葉に、エルデリカは、意識を乱しかけた。

 ――だが。


(冷静、集中)


 感情の昂りを、鎮める。冷静。

 ゆっくりと、言う。


「……私がここに来なければ、貴方は陛下の前に立ち塞がっていた。道を阻害し、陛下は余計な力を削られていたかもしれない。それは絶対。貴方の性格上、絶対に貴方はそうするでしょう」

「…………」

「だから私がここへ来たのは判断ミスではない。むしろ最善策。力を使わず、最短で陛下の道を塞ぐ邪魔者を排除したのだから」

「……その結果、彼や、側近さんたちが死ぬことになっても?」

「陛下、そして彼女たちは負けない。誰であろうと、陛下たちは絶対に負けない。私の仲間は、王は、そう信じるに値する」

「逆に、君が死ぬことになっても?」

「それでもいい。私は陛下を護り、陛下の道を切り拓く、魔王の(つるぎ)なのだから」

「騎士道だね」

「……だが」


 エルデリカは、ゆっくりと、右手を手刀の形に変え、《術》をかける。

 魔術ではなく、武術でもなく、技術でもない。

 剣術。

 白い光が、薄ぼんやりとした光が、彼女の右手を包む。


「生憎私は死ぬ事が出来ない」

「…………ふぅん」

「王の命令だからな」

「そうだねぇ、王の命令は絶対遵守、それが騎士道だ」

「だから貴方が陛下の道を阻み、私の道を塞ぐというのなら、正々堂々、今ここで、貴方を斬ります、師匠」

「師弟対決だ。来なよ」


 エルデリカは勢いを付けて跳躍。瓦張りの屋根に登る。

 師匠、エディアを、見つめる。


「1分……私が、貴方を殺す時間は、1分」


 そして呟く。

 祝詞を。

 魂に刻まれた、言葉を。


「―――――――――――――――――――」





 すると彼女の周りで、闇が渦巻く。その闇が彼女を取り巻き、彼女の身を守る、鎧と化す。

 全てが、闇。漆黒の鎧を、彼女は着る。





「黒騎士、ねぇ」よく言ったもんだ、とエディアは感心する。「魔王の騎士に相応しい相貌だよ」


 エルデリカは、右手を地面と水平に構え、


「《天断聖破神裂剣(レヴァグラム)》」


 ――剣の名を、呼んだ。

 変化が起こる。彼女の、薄ぼんやりとした光の剣の、光が増す。

 白い、ぼんやりとした光が、徐々に輪郭を、形成していく。

 光が収縮し、より物質的に、より立体的に、形を――変えていく。


 それは、恐ろしくも神々しい、片刃の大剣。


 全長、二メートル。それはありとあらゆる《剣術》を合成し、齟齬、綻び、亀裂が無くなるよう細心の注意を払いながら編み出した、魔王軍騎士団長エルデリカ・ヴァーリエの、魔剣だ。

 厚く、まるで雪の様に白い刀身には、黒い亀裂――見ようによっては電撃――の様な彫刻が所狭しと施され、柄にピッタリと嵌まっている翡翠色の球は妖しく光っている。妖しく、しかし何処か神々しい。

 何もない空中に生まれたその『魔剣』の柄を、エルデリカはしっかりと握る。


 そしてそれを見て、男――白髪の戦神(アルバルス)と呼ばれる剣聖、エディアは、腰から刀を抜いた。何て事はない、見てくれは高価そうな、良質な鋼で出来たような刀。だが纏う雰囲気は異質。

 エディアはそれを、地面に垂直に突き刺した。


「《エドレアス》」

 

 光が、赤い、禍々しいほどに、血の様に、そして濁流のような勢い激しく濁った紅い光が、彼の剣を取り巻き、形を変え、新しい、いや本当の、真の剣となる。紅い全長二メートル級の両刃の大剣。刀身は武骨で荒々しく、大きく、重たく、そして何より禍々しい。サイズはレヴァグラムとほぼ同等と言っていいだろうが、外見は対極だった。

 エディアもまた、その『聖剣』の柄を、握る。


 エドレアス――それが、その名がどこの言葉でどういう意味なのかは、エルデリカには理解できない。

 だが、――関係無い。

 エルデリカは、集中。

 目の前の、化物に、集中。


「へぇ、随分皮肉というか、なんというか、変な感じだねぇ。君は魔なのにそんな神々しい大剣を担いで、拙者は聖でこんな禍々しい大剣を担いでる。運命の悪戯かな、まぁ拙者は運命とか信じていないんだけれどね」

「まずはそのペラペラと喋る口を、閉じて貰います」

「出来るものならねぇ」

「……行きます」



 ――それが合図だった。

 一瞬の静寂――そして、莫大な衝撃波と突風と爆音が生まれた。

 屋根の瓦がいくつも吹き飛んだ。

 何て事はない。ただエルデリカとエディアが真正面に飛びこみ、互いの剣を互いの剣に叩きつけただけだ。『二メートル級かつ超重量の巨大な剣』を――だ。

 しかしその行動で、その行動だけで、二人の間の空気は瞬間的に圧縮され、爆発した。

 シンプルだが、高威力。甚大な余波がまき散らされ、周囲の形ある物を蹂躙する。――そしてその爆心地には、すでに二人はいない。

 また違う所で、爆音。

 また違う所で、爆音。

 叩きつけ合う、叩きつけ合う、それだけなのに、屋敷はどんどん廃墟と化していく。


「おーおー速い速い。そして重いねぇ」

「……っ」


 まだ、そんなに減らず口が叩けるのか。エルデリカは内心で毒づく。

 ――レヴァグラム。エルデリカの剣術の結晶、集大成とも言うべきそれは、エルデリカの身体に対し様々な効果を付与している。筋力の強化、神経系の強化などなど、様々な部分をレヴァグラムは『強化』しているのだ。

 しかしそこまで強化して尚、この男は、エディアは、まったく隙を見せてはいなかった。


「ダァ!」


 爆音が続けていく内に、レヴァグラムが光を帯び始める。

 エドレアスとレヴァグラムが交差し、二人はその場で制止。二つの剣の間で圧縮された空気は暴風となって吹き荒れる。二人は、それでも動かなかった。

 

「……ぐっ」


 エルデリカがレヴァグラムに力を送る。するとレヴァグラムはそれに反応し、光を、輝きを増し始めた。

 エルデリカはさらに力を込め、エディアの剣を弾き飛そうとする。

 

「おっと」


 エディアはそれを剣を引いて対処した。同時に間合いを取る為に跳躍。空中へ逃れる――が。

 エルデリカはそこで笑った。彼女は――嗤った。


「デヤァ!」


 レヴァグラムを横薙ぎに振るう。――すると光が斬撃となって剣から飛び出した!

 巨大な斬撃が空へ放たれ、空中で無防備なエディアを襲う!


「よっと」


 しかしエディアはそれを――切り裂いた。二つに割れた巨大な光の斬撃は、エディアを通り越し空へと消えていく。


「はぁ!」


 エルデリカは既に跳躍し、エディアとの距離を詰め、レヴァグラムを垂直に振りかぶっていた。

 レヴァグラム自身の重さに引っ張られ後ろに回転しそうになるが、なんとか踏ん張り、エディアに向けレヴァグラムを叩きつける!

 エドレアスでその攻撃を受けたエディアは落下速度を増し、文字通り叩き落とされた。落下地点は庭に設けられた小さな池。池の水が全て舞い上がる。

 エディアは疾走。すぐさま屋敷の屋根へと跳躍する。 

 

「ラぁ!」


 エルデリカはその時既にエディアに近付いていた。彼女はレヴァグラムを水平に振るう。――常人では全身が消える様に見えてしまう程の速度で、彼女は剣を振るった。ビュバッ!!という、風が切れる音を置き去りにして。

 エディアはそれを バックステップで避ける。エルデリカは無意識に距離を詰め追撃。レヴァグラムを縦に振るう。エディアはそれもバックステップで避ける。

 ――が、レヴァグラムが屋根に触れると共に、剣の一直線上――剣の接地面から約十メートル――にあった瓦が全て吹っ飛んだ。ドドォン!と屋根に巨大な亀裂が入る。重く、鋭くそして見えない斬撃が、レヴァグラムから放たれたのだ。

 エディアの場所にも斬撃が届いたはず、とエルデリカは内心期待するが……。

 だがやはり、エディアは生きていた。

 彼は紅い聖剣、エドレアスを地面と垂直にしてにして構えていた。足は瓦張りの屋根に少しばかり陥没している。どうやら今の斬撃は受け止めたらしい、と彼女が自己完結するまでの所要時間は0.5秒。

 エルデリカは素早くエディアとの距離を詰め、レヴァグラムを振るう。

 エディアはにやりと笑いながら、エルデリカの剣を受け止める。

 両者の間で爆発的な衝撃波が発生し、散乱する。が、両者はその衝撃波を物ともせず、刃をガチガチと擦り合わせていた。

 エルデリカはエディアを睨みつける。


「ゥガァア!」


 がむしゃらに叫び声を上げ、彼女は剣に力を込める。するとレヴァグラムの峰の部分から、物凄い勢いで光が噴射される。まるでブースターの様に、それはレヴァグラムをぐいぐいとエドレアスに押し付ける。

 エディアの足元――陥没した屋根――がさらに陥没する。

 その時初めて、エディアが顔を顰めた。


(いける……!)


 エディアを押し潰さんばかりに力を込める。すると光が爆発的に増幅し、衝撃波に似た波が垂直に発生した。――結果、屋根はその重量、そして衝撃波に耐えきれず、まるで隕石が衝突したように、屋根は完全に陥没。エディアはバランスを崩し、落下する。


「……ッ!」


 エディアは慌てて体勢を立て直し、着地に備える。――――が。

 しかしそこで、エディアは見た。


(まさか……)


 既にエディアの下で、エルデリカが剣を構えている光景を。

 速い。余りに速過ぎるその回り込みに、エディアは少しだけ、動揺した。


(いくらなんでも、速過ぎないか……?)


 速度で言えば、エディアが負けをとる筈がなかった。

 だがこの時のエルデリカは、彼よりもずっと速い。


(まさか、これは……)


 それは何故か。

 理由は簡単だった。

 

 あの鎧が、暗黒の鎧が、エディアの体感時間を狂わせたからだ。


 だからエディアには、エルデリカの速度が速く見える。

 いやもう、殆ど見えなていない。

 『エディア自身が捉える時間が限りなく遅い』為、『レヴァグラムの強化付与で身体ステータスを底上げされている』エルデリカの動きは、エディアにとって既に神速の域だった。


 騎士道も何も、あったものではない。


 最初から、ずるをしている。反則をしている。

 しかしそれに、エディアは笑った。

 強がりでも、余裕でもなく、それは――『納得』。


(まぁ確かに、君は『魔王の騎士』なんだ。悪魔騎士。黒騎士。最初から正々堂々なんてちっぽけなルール、守る必要が無い。いちいち守っていたらそれはそれで、『正し過ぎる』)


 この戦いは――悪らし過ぎる。

 エディアは、エルデリカの攻撃を甘んじて受ける事にした。

 

 エルデリカは囁く。


「さようなら」


 剣が、レヴァグラムが光を増していき。

 白く、淡い光が、天を断つ為の光が、増していき。


 ――――そして、放たれた。




 ◇◆◇




「…………」


 雲が割れた天を見上げ、エルデリカは空へ手を伸ばす。

 動けそうには、ない。レヴァグラムと『ヴァルキュリア』を二つ同時に使った所為で、彼女の身体は悲鳴をあげていた。

 しばらく休み、ある程度体力が戻ったら『身体を活性化させる剣術』を使おう。

 そう心に決めて、エルデリカは意識を手放した。




 

 ――そしてその光景を、彼は見ていた。

 白髪、軽薄な雰囲気、黒い瞳にはエメラルドの十字。――クレス・ヴォレス・エディア。


「…………まぁ、及第点かなぁ」


 彼は仕方無さそうに肩を竦める。

 

「一応、拙者も裏をかかれて動揺しちゃったしねぇ。及第点を上げない訳にはいかないよなぁ」


 そういって空を見上げる。


「あ、教祖?拙者拙者。いや拙者詐欺じゃないから。え?あ、うん。一応拙者の目的は果たせた。んで、そっちは?あ、もう?随分早いねぇ。了解、こっちは修復しておくよ。うぃ」


 そして彼は再び、彼女を見る。

 彼は右手を上から下に振る。


「うし、んじゃ、帰りますか」


 彼は彼女の傍により、もう一度右手を上から下に振り、次元を裂いた。次元の裂け目はこのままにしておくつもりだ。

 彼は次元の裂け目に消える。



 後には『すっかり元通りになった屋敷』と気絶している騎士だけが残った。

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