《9》理論戦。
紅葉は早速適当な席に座り、難しい文字が並んだ文献を読み始めていた。
彼女はより『武力』に直結する、軍事工学の資料文献を、徹底的に読みあげている。
そこには、紅葉の知らない事象が事細かに書かれていた。
すでに、三時間も経過。
と言ってもここ、知識の泉では「時間」が無い為、ここで何時間過ごそうと向こうの世界、つまり秀兎たちの世界へは好きな時間に飛べるらしい。
よくわからないが、それが凄い技術だという事を、紅葉は理解していた。
しかし、しかしだが、今その技術に関する情報には、興味がなかった。
「………………」
紅葉は驚くべき速度で読破している。
知識を、ため込み続けている。
最初から、全く変わらぬ速さで。
「………………」
軍事工学とは。
英名(Military engineering) は軍事に関連する兵器などについての応用的な工学。
主に【兵器学】【軍事土木学】その他に分けられ、さらに【兵器学】を【火薬学】【弾道学】【造兵学】に。その他で【機械工学】【システム工学】【情報工学】【通信工学】【航空工学】【船舶工学】などの応用工学を関連領域に含む。
兵器学とは兵器の性能・使用・構造についての研究を行う学問である。兵器工学とも言う。
火薬学(Explosives Engineering)とは火薬の配合、爆破力、製造などについての研究を行う学問である。
弾道学とは弾道、すなわち弾丸などが発射された後に移動する道筋、についての研究を行う学問である。場合によっては射撃学とも言う。
造兵学は兵器の製造などの兵器行政についての研究を行う学問である。
軍事土木学 (Military civil engineering) とは築城や要塞などの軍事施設の構造や防護などについての研究を行う学問である。
機械工学(mechanical engineering)は力学を対象とする工学の一分野である。
システム工学(system engineering)とは、システムの設計、制御、および効率などを研究する学問(工学)である。
情報工学(information engineering)は計算機とその応用について考える学問である。
通信工学は、情報の通信方式・符号化方式、通信に関する機器・運用方式などを扱う工学である。
航空工学(aeronautical engineering)とは、航空機の設計・製造・運用・整備等に関する工学である。
船舶工学(Marine engineering)とは、船舶に関する工学である。
まず基本的な情報を即座におさらいした。
その知識はすでに吸収しているのだが、もう一度吸収しておく。
さらに今度は、紅葉が聞いた事も無いような、もっと先の、未来の知識を吸収する。
紅葉は、知識を追い求めている。
【兵器のルーツ 兵器の三カ条】
【史上最悪の兵器】
【神の領域を踏む】
【科学と魔法の明確の区分】
【魔導動力の未来】
【時空を超える】
【時空破断理論】
【次元断の道】
【フィリーヲーレーカーの超科学】
【核の破壊力。魔の実験】
【魔導動力と科学】
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物凄い速さで、紅葉はそれらを読破していった。
貪欲な、知識欲。
底なしの、渇望。
ため込めばため込むほどに、読めば、読むほどに、疑問が、浮上する。
無限連鎖。
永久回転。
どこまでもどこまでも、吸収し続ける。
◇◆◇
五時間過ぎた。紅葉はまだ読んでいた。
◇◆◇
七時間。彼女はまだ止まらない。
◇◆◇
十時間がたった頃。
彼女は手を止めていた。
読了である。
十時間。正確には十時間と十四分四〇秒。
その間彼女は、食事もせずに、ただひたすら、知識を、科学に関する知識を、吸収した。
気付いた時には、読み終えていた本は、軽く百を超えていた。
軽く薄い本から、百科事典を三倍くらい厚くした本まで。
「ふぅ……」
一呼吸。
そして。
「まぁ、こんなもんか……」
と、彼女は心底安心したように、そう呟いた。
◇◆◇
と、いうような彼女の一連の行動を、彼女たちは見ていた。
紅葉の姿が丸見えになる、二階。
二人は白いテーブルに向かい合って座りながら、下の階で化物級の行動を冷静に分析していた。
冷静と言っても、紅茶やクッキーをつまみながら、ではあるが。
ピンクブロンドの髪、長身、切れ目。
クリーム色の髪、紅葉と同じくらいの背格好、仮面。
《知識の泉》管理館長、ローズ。
《知識の泉》第一級総合文献書記官、レッドマーキュリー。もとい、赫夜
「……お前はさぁ、よりにもよってとんでもないやつを連れ戻してきたね」
「お褒めに預かり光栄至極」
「んで、あれと戦いたいと」
「そう」
「ふぅん」
よくもまぁ、見つけてきたもんだ、と。
と、ローズは誰にも聞こえないように呟いた。
彼女は、紅葉は。――と、そこでローズが笑う。
「どうしよう?紅葉、あのまま帰らせちゃう?」
「……さぁて、あんたの好きなようにしなさいな」
「あいさ~」
そう言って、彼女は、レッドマーキュリーは歪に唇を曲げる。
新たに知識を生み出してくれるかもしれない存在、つまり獲物に、興奮する。
彼女は、世界から生み出される知識、情報を、貪欲に、執拗に、異常なまでに、求めているのだから。
そういう風に、自分が創ったのだから。
知識愛。
知識に対する、異常的なまでの、愛。いや、正しくは、渇望。
彼女の本質は、そこにある。
「さぁ、未来の、ある程度先の部分の知識を吸収した魔王軍最強の科学者は、どんな知識を生み出すのかなあ?」
彼女はゆるりと、二階から飛び降りる。
どういうわけか、彼女は、物理法則を無視して、まさしく重力を無視するように、ゆるりと、紅葉の前に着地する。
別に驚くに値しないのだが。
ここは、そういう世界なのだ。
「………でもね赫夜」
ローズは誰にも聞こえない声で呟く。
「……お前じゃおそらく、あの子には勝てないよ」
無邪気な子供を憐れむ、母親のような顔で、彼女はそう言った。
「……だって」
――――あの子は「悪魔」なんだから。
◇◆◇
「やっほぉー」
とそいつは言った。
クリーム色の髪に、仮面。幼い体躯。
赫夜だ。フルネームは知らない。
「……ん~、何か用?」
「貴方をここに呼んだのは私です」
「………………」
「私の目的は、貴方をここに足止めし、魔王と合流させないようにする事」
「………………」
「さて、ここで私が最もとらなければならない行動は?」
「…………ははっ!」
そんなもの、一つしか無いだろうに。
「第一級総合文献書記官レッドマーキュリーの名において、知識の泉を対象aから三キロメートルの範囲で戦闘用空間に情報変更する」
赫夜は、そう呟く。
それはおそらく、知識の泉を、限定的に戦闘可能空間にする為の、宣言。
空間が、変化する。変わる。書き換えられる。改竄される。
風景が歪み、曲がり、混ざり、グニグニと、グニャグニャと、その形を、変える。変えさせられる。
そして。
「……さぁ、魔王軍技術開発師団団長、柊紅葉」
そして、第一級総合文献書記官という、なんともう偉そうな役職を持つらしい赫夜は、唇を歪める。
「……楽しい実験と記録を、始めようか?」
白い、なにも無い空間。そこに、二人はいた。
「………………」
「戦闘方法はいたって簡単。この空間は知識を物質化できる。オーケー?」
「知識を、物質化ねえ……」
「例えば」
赫夜は、右腕を前に伸ばす。
「スベルツォーカーの地震学を応用して構築した巨大鉄槌、とかね」
彼女の周りで、光の粒子が踊る。舞う。集う。
そして、何かを、構築する。
「……ふーん」
それは巨大な、あまりにも巨大な鉄槌だ。赫夜には到底振り上げられそうもない程に大きな、ハンマー。それが突然、現れた。
赫夜はハンマーを大きく振り上げる。そこで気付いたのだが、ハンマーの後ろに何やら変なパーツが着いている。紅葉はすぐに理解した。あれは、振りぬく力を補助するブースターだ。
「巨人の鉄槌をくらいなさいなあ!」
ブースターが、盛大に火を噴く。
加速。――超加速。
赫夜は巨大鉄槌を一気に振りぬいた。
が。
――――――――――――――――――フワリ。
その鉄槌が、紅葉を叩き潰す事はなかった。
薄青い半透明の壁が、まるで何かの膜のように紅葉の前に張られており、それが鉄槌を絡みついていた。
鉄槌の勢いは完全に死んでいた。
「……なっ!?」
「…………スベルツォーカーといえば、これから生まれるであろう地震学の天才児だよねえ。彼は幼いころに地震で親戚一同を亡くし地震研究には人一倍の熱意があった。酷い事するね、そんなツォーカーの研究結果でそんな『揺らす道具』を作るなんて。彼の本質は地震に対する予防策の研究なのに」
そうか、と赫夜は確信する。
薄い膜が鉄槌に絡みつき、その衝撃を、全ての衝撃を、吸収、緩和している。
これは、これは……!
「衝撃緩和計算とスベルツォーカーの粘体衝撃緩和吸収理論プラス、空想粘性物質アベブーによる、超衝撃吸収材」
知識の実体化!
「なるほど、これが知識の実体化かあ。物凄く面白いね。興味深いし、何より楽しいよ!」
――これなら、セーブしてでも勝てそうだ。
そういって、科学者は笑う。無邪気に笑う。
彼女も、魔王軍で引けを取らない化物一人だ。
「………………はははっ!」
……やった。
「……こんな短時間で知識の実体化をそこまで操るなんて」
……大当たりだ!
「嬉しいよッ!!」
最高の実験体だ!
赫夜は右腕を伸ばす。頭の中では複雑な公式や学術言語が渦巻いていた。
そして知識が、実体化する。
「……エペ?」
剣だ。細長い、レイピアではなく、エペと呼んだ方がいいだろう、その剣には。
何か、何か歪な雰囲気を感じる。
「よっと!」
赫夜が、その剣を振るう。
だが無駄だ。この壁には他の理論も組み込んでいる。この壁は全ての衝撃を吸収する。刀だって例外じゃない。どんなものでも衝撃を吸収し、万が一の時は強力な粘着性であらゆるものを絡め取る。
「無駄だって、ツォーカーの壁が……」
――が、斬れた。
綺麗に、すっぱりと、刃先が触れていないのにも関わらず。
「な……!」
「とう!」
また振るう。今度は紅葉の横を、何かが通り過ぎた。ヒュインッ!と風を切る音。
カマ、イタチ……?
「まさか……!」
「えい!」
赫夜は振るう。紅葉の脳は危険を察知、すぐさま回避行動をとる。
そして、風を切る音。
「シリウスの対粘性物質刀傷理論……ッ!」
対粘性物質刀傷理論。要するにネバネバした物をどれだけすっぱり切れるかを追求し構築された理論。
だから、絡め捕れない。絡める前に、斬り裂かれてしまうのだから。
――こんなに早く組み込んだ理論を看破するなんて!
「くそぅ!」
思考/構築。そして一つの剣が現れる。
剣。
伝説の鍛冶屋と呼ばれた科学者、シリウスが残した究極刀剣理論。
カマイタチはそのシリウスが生み出した理論で起こされているのだろう。
だからこちらも、シリウスの刀剣理論をいくつか組み込んだ剣を使う。
負けじと剣を振るう。カマイタチを起こす。
「は!」
赫夜もカマイタチ。
正面同士からのカマイタチ。空気の刃が、交錯する。
打ち消し合う。
…………はずだった。
本来ならば、その二つは、霧散するはずだった。
「……え」
しかし、しかしどう言う訳か、そうはならなかった。
紅葉の腕から、鮮血が溢れた。
「……う、あ」
痛みはない。それほどに、速く、鋭い、刃。
カマイタチが、カマイタチに、斬り裂かれたのだ。
赫夜のカマイタチは、無防備な紅葉の腕に、傷を付けた。
「あ、ああ、ああああ、……あ」
血。
血だ。
赤い。
真っ赤な血。
痛い。……イタイ?
イタクナイ。
ベツニ、イタクナイ。
血が、チガ、流れ……ル?
「…………」
「残念だったねー紅葉。あんたは『風圧波断理論』で鎌鼬を起こしていたみたいだけど」
赫夜はもう一度エペを振るう。
血が出る。
紅葉は、だらんと、両手を垂らして、うつむいた。
「私のは『空圧波断理論』の方だからさー。必然的に新しい理論のこっちの方が威力的に上なわけさ」
「……う、ぁ」
紅葉は、呻く。
「どーしたのー?反撃してよー」
赫夜は笑いながら斬りつける。視えない刃が、紅葉の肌に傷を付ける。
紅葉は、無抵抗。
視えない刃に斬られ続ける。
「貴方が何か行動を起こしてくれないと知識が生まれないじゃなーい」
「…………っ」
紅葉が知識を実体化。巨大な槍が生まれる。
紅葉はそれを投げた。
「マグナルの貫通理論。記録」
赫夜はそれを手で掴む。すると槍は、彼女の手の平に吸収される。
「言ってなかったけどね、知識の泉第一級総合文献書記官である私は、全ての理論を『記録』するの。だから、貴方がどんな理論で立ち向かおうが、私はそれを理解し『記録』できる。だからさぁ……」
赫夜はもう一度剣を振るう。
「もっと新しい、誰もが考えた事の無いような理論を構築しなきゃ、私は倒せないよ!」
「……っ」
視えない刃が飛ぶ。紅葉のやわ肌を傷つける。
「さぁ、さぁ!魔王城一の科学者!私が知りえない理論を!可能性を!構築して!生み出して!」
飛ぶ。
「…………う」
傷つける。
「私の知らない理論を!私の知らない知識を!」
飛ぶ。
「……っ」
傷つける。
「……んもう!つまんないでしょう無抵抗なんて!なんか攻撃しなさいよー!」
「…………」
紅葉は無言。無抵抗。
そんな彼女の対応に赫夜は、
「……もう、最初は興奮したけど、冷めちゃった」
がっかりだと言わんばかりに肩を落とす。
思考/構築/実体化。
そして《槍》が生まれる。
「…………もう、いいや。バイバイ紅葉」
そして彼女は、槍を投げようとして――。
そこで彼女は、紅葉のある異変に気がついた。
「……?」
訝しむ様に、紅葉を、見つめる。
ぐらりっ、と紅葉がよろめき、赫夜は紅葉の異変の正体に気が付いた。
「…………くふ」
……それは。
「………くふあは」
それは、笑いだった。
「…………きゃひひっ」
笑う。可笑しそうに、異常しそうに、紅葉は嗤う。
「……ああ、ああー、自分の血なんて見たの、何年ぶりかなぁ」
「……?」
「ああー、綺麗だなぁ……」
かなりの血が流れる右腕を上にあげて、うっとりとした恍惚の表情を見せる少女。
「あは、あはははは、あっははははははは!」
笑う。狂ったように笑う。
「はは。…………」
でもすぐに、その笑いを止める。
じっ、と紅葉は、何も考えて無いような表情で赫夜を見つめる。
見つめて、言う。
「……ありがとうね、赫夜」
「は?」
「そうだ。これが痛みだっけ?ずいぶん忘れてたよー。傷つく事なんて最近無かったからねー」
「……えっと」
「だからこれは、せめてもの感謝として受け取ってね」
そう言って、紅葉は、微笑む。
「ひ――っ!」
ゾワリッ、と赫夜の背中に悪寒が走った。
血液が急速に冷めるという錯覚が全身を襲った。
紅葉の微笑みを見た瞬間、彼女は恐怖に慄いた。
まるで、本当に感謝しているかのような慈愛に満ちた表情と。
まるで、何も考えて無いような絶対零度の瞳。
温度差の有り過ぎるその二つで構成された異常過ぎる、微笑み。
なんだその、わけのわからない微笑みは?
人間の表情は、そこまで異様に構築できるのか?
「赫夜は、あなたの知らない可能性を求めているんだよね?」
「…………」
その言葉に赫夜は荒い呼吸を整えて、言った。
「そうだよ。私は、私の知らない知識を求めてる。それを吸収して、記録するのが、私の行動原理」
「そう。知ってる」
「……?」
赫夜は訝しむように表情を曇らせる。
なんだ、紅葉は何を言っている?
「じゃあこれは、私が貴方に送る最大のプレゼントだよ。貴方に、最大の感謝を」
そう言って、紅葉は右手を伸ばす。
すると。
すると彼女の周囲から、光が溢れだす。
数え切れないほどの光球が、光の球が溢れだし、それが軌跡を残しながら舞い踊り、紅葉の右手に集まっていく。
知識の塊が。
知識の波が。
知識の渦を、形成する。
まるで、光の台風。
「集まれ、集まれ、無限に溢れる、幻想虚栄の知識と可能性たち」
彼女は歌う。
「溢れろ、溢れろ、零れ堕ちろ、そして、私の手の平で、舞い踊り狂え」
彼女は唱える。
それは彼女だけの、彼女しか理解できぬ、秘密の理論。
「圧縮」
光が、全ての光が、集まる。集まる。そして、圧縮/凝縮/収縮していく。
そして光は。
「無限幻想証明剣」
一本の、槍になった。
ぼんやりとした輪郭の、光の大槍。槍というより、突撃槍。
「……な、な」
その槍は、ドス黒い。
歪で、まるで腐敗物。そんな印象を持たせるほどに、真っ黒な槍。
「ねぇ赫夜、言い残す事、ある?」
「……はぁ?何言って」
「ありがとうね、赫夜」
「……?」
「久しぶりに自分の血を見たよ。最近は全然見て無かったからさ。久しぶりに見て、ゾクゾクしちゃった」
「……ッ」
あまりにも嬉しそうに言う。まるで恋を語る乙女の様に、彼女は訳の判らない事を平然と口走っている。
「短い間だったけど、私貴方にホント感謝してる」
「…………」
「科学者って、やっぱり高みの見物してちゃだめだね。血を流したりしないと、実力を出し切った感じにならない。思い出したよ、昔の私」
血みどろの自分を。相手と自分の血溜りを。本当の、暴走状態の自分を。快楽に溺れる自分を。
真の、自分を。
「…………」
「ありがとう、赫夜」
彼女は本当に感謝しているように、でも目は絶対零度の狂った瞳で、微笑んで。
「さようなら」
結局彼女は、何も言わなかった。
そして、黒い槍は放たれた。
「が、ぁ、ああああ、あああああああああああ―――――――ッ!」
後には、気を失った少女と「何か」の塊とそれに刺さったまるで「十字架」のような黒い剣千本と赤い赤い血溜りだけが残った。
この作品に出てくる技術はファンタジックでサイエンスなフィクションです。




