《8》それぞれの世界
紅葉が飛び込んだ世界は、一見すると図書館に見えた。
莫大な本と本棚が点在する、巨大な図書館だ。
彼女は、その図書館の入り口のような場所に立っていた。
「……ここは…………」
と、彼女の目の前に突然、光の玉が現れた。
『知識の泉へようこそー!!』
「わっ!」
なんと光の玉は、少女のような声で話しかけてくる。
『見るからに初めて来館された方ですねー?館内ではお静かにしてくださーい?』
「あ、はい……」
『はいはいではではー、知識の泉について少しばかり説明させていただきまーす』
不思議な言葉遣いだ。
『この知識の泉ではー、全世界、ありとあらゆる知識が書記された億万の本が点在しております。館内入館許可証を発行すれば、いつでもどこでも、ありとあらゆる場所からこの知識の泉に来る事ができます。はい、オーケーですかー?』
「ありとあらゆる、知識?」
『はいそうですー』
「……凄い」
紅葉は感動した。ありとあらゆる知識が、この世界に詰まっているのだ。魔導学関係はシャリーに任せるとしても、それでもこの場所は、魅力的だった。
『どうやらご理解頂けたようなので次の説明に移りたいと思います。さてこの知識の泉ではー、武器などの使用は禁止されています。武器を感知すれば、その武器は即刻消滅しますので、親族の形見、自身の最高傑作等、大切な武具があればあらかじめカウンターにて提出してください』
「……なるほど」
『あちらがカウンターになりまーす』
目の前にカウンターがある。紅葉はカウンターへ向かい、懐からナイフを取り出す。
すると紅葉の目の前に骸骨が現れた。
「わっ!」
『こちらは知識の番人になりまーす。この知識の泉を管理する職員になります。こんにちはローズ』
《よう案内球。そっちの餓鬼は……、新入りかい?》
『新しい入館者です』
《そりゃ結構。よう、あたしは知識の泉管理館長のローズ。あんたは?》
「……………」
《なんだい案内球この餓鬼は。随分と無愛想じゃないか》
『レッドマーキュリー様の歓待ですので、何も知らないままここに来たので驚かれています』
《あーなるほどあのクソ生意気な泣き虫娘か。あーじゃーごめん。初っ端からこの姿はキツイよねぇ》
と、ローズは指を鳴らす。すると、ローズの周りで、光が踊る。ローズという骸骨が、光に包まれる。やがて光が晴れると、そこには。
「……わぁ」
《ふむ、昔懐かし若き頃ってか。どうよ嬢ちゃん、あたし中々の別嬪だろ?》
そう言って、ローズは笑った。
綺麗なピンクブロンドに、鋭い目つき。屈託の無い笑顔。
スタイル良く、豊満な身体つき。ラフな服装。
その人は。その人はまるで。
《ようこそ、知識の泉へ》
ローズは、はじけるような笑顔でそう言った。
◇◆◇
エルデリカが飛び込んだ世界は、一見すると、寺のように見える。
石垣、石畳、枯山水、双方に鬼の様な形相の巨大な像が立っている巨大な門。
エルデリカは門の前にいた。
「……ここは、一体?」
辺りを見回すが、特に変わった物は無い。
と、門をくぐった石畳の向こうに、人が立っていた。
和服の、男。腰には日本刀と脇差。
「……………」
エルデリカは歩き始める。門をくぐって、そのまま、男の元へ。
男は仮面を被っていた。軽薄そうな、目が四つ書かれた、少し不気味な仮面。
エルデリカは、消えた。
比喩ではなく、消えた。
そして剣を一振りし、鞘に収めたときには、もうすでに、男の後ろにいた。
「……がっ、はや、見え……………」
吐血する男。白髪が揺れる。
と。
「なんちゃって」
「!」
エルデリカのすぐ後ろに、男がいた。
振り返り剣を抜こうとするが、それは遅かった。
抜く手を男に掴まれる。しかも左手。右手は、自由。
(やられる!)
「…………」
エルデリカはとっさにバックステップしようとする。が、体が動かない。
男は、刀を抜かない。
「…………」
(……?)
男はやはり、剣を抜かなかった。
それどころか、いきなり顔を近づけてきた。
不気味な、四つ目の仮面が迫る。
「…………いやぁ、中々いい女になっちゃったねぇ?」
「…………は?」
なんて言った、この男。
男は愉快そうに笑う。軽薄さが増す。
「ねぇ、拙者とお茶でもどう?」
男は笑った。不気味さはなかった。
◇◆◇
萌黄が飛び込んだ世界。そこは。
「……ははぁん、あいつだったか」
古代ローマにあったとされる、コロシアムだった。石造りのタイル、崩れかけた壁、誰もいない客席。忠実に再現されている。
「で、まぁ、やはりここの主は……」
彼女の目の前に、彼女はいた。
「やっぱりあんたかい」
「ひさしぶり~」
栗色の髪。豊満な体。仮面。
「まだ生きてたのかよ」
「あなたもね、萌黄」
笑う。美しく笑う。
「闘技場へようこそ」
それに萌黄は、凄惨な笑顔で応えた。
◇◆◇
シャリーが飛び込んだ世界は、白い雲の中のような場所だ。
巨大な魔法陣が展開され、シャリーはのその上に立っている。
「…………ん、足場強度確認っと」
つま先でコツコツと突くが、魔法陣の線に触れている感覚はない。
「不可視の魔力パネルを生み出しているって感じか……」
辺りを見回すと、目の前に。
「お?敵はっけーん」
仮面を付けた、自分と同じくらいの、水色の髪の少女。
「…………」
少女が指を振り上げる。
すると、いくつもの魔法陣が、信じられないスピードで展開される。
色は赤。属性は炎。無声呪文詠唱。
「わ、ちょ、待って……!」
魔法陣の中心で光が集まる。
少女が指をシャリーに向けると、光球から炎が溢れた。
火の蛇――だ。
火の蛇たちは物凄い勢いでくねりながらシャリーへと襲いかかろうとする。
シャリーは。
「よっと」
対抗属性の魔法陣を同じ数だけ展開する。
敵に劣る事のないスピード。色は青。属性は水。魔法陣の中心に光が集まる。指を向け発射。
そして、水の蛇が現れた。
水の蛇たちは激流のように激しく、大蛇のように荒々しく、火の蛇たちに襲いかかる。
火の蛇と水の蛇たちが噛みつき合う。絡み合う。喰い合う。
すると水によって火が消え、火によって水が蒸発した。
莫大な水蒸気が発生し、辺りに充満する。
「あーらら。初っ端からどんだけ威力の高い攻撃してくんだか……」
火の蛇。かなりの魔力が込められており、触れれば火傷どころでは済まないだったろう。
やがて、蒸気が晴れる。
少女は、笑っていた。
「あーあ。はずれ引いたかも」
めっちゃ余裕そうじゃん。とシャリーは内心で毒づいた。
◇◆◇
コンサートホールのような、まるで、演劇の舞台のような、馬鹿みたいにでかいステージのそこで。
目の前にいる、人間のようで、人間でない、勇者のようで、勇者でない、化け物を見る。
「なるほど。あれがルシアの言ってた……………聖竜、か」
聖竜、聖なる竜。伝説の化け物。
「三日三晩で世界を浄化する、神の使徒。――いや神の奴隷、と言った所かしら?」
「奴隷、か。まぁ……そうだな」
呪い。神の呪い。それの所為で、彼は今、ここにいる。
偽りの勇者――邪を祓い、悪を裁き、魔を討つ者。そして、伝説の聖の力を宿す、化け物。
呪いで縛られた、悲しい勇者。
「どうしましょう?折角出てきたのはいいけれど、とくにする事はなさそうね」
「う~ん……」
そうなんだよなぁ。
あの横にいる、紫の髪の少女、――まぁエレアなんだけど、全然戦意を感じない。
エレア――エレア・フォーミュレンス・アルブレア。
マジスティア魔導国の元上流貴族、アルブレアの一人娘。という立場で生まれた、神の使徒。
魔王城に入り浸り、そして俺を《鳥籠》へと堕とした、張本人。
「……どうしよう?」
「私に聞かないでよ。貴方が決めないさいな。私のアルジの主なんですもの」
「主じゃねよ。…………恋人だ」
そう。彼女は、恋人だ。俺に仕えるわけではない。
彼女はただ、自分勝手に、横暴に、自分の好きなように振る舞えばいいのだ。
かしこまる必要なんて、膝をつく必要なんて、まったく無い。
「むしろ貴方が膝をつくかもね」
「十二分にあり得る!」
つま先をなめる時が来るかもしれない。絶対しないけど。
「その時は覚悟しなさい。私がルシア様の代わりに貴方をこき使ってあげる」
「全力で遠慮したい!」
まだルシアの方がマシだと思う。あいつの方が、まだ容赦あると思う。
「そうね、まずはルシア様の靴磨きからかしら」
「舐めるのか、舐めさせられちゃうのか!?」
「舐める?馬鹿ね違うわ、普通に磨きなさいよ」
「だよね、そうだよね」
「全身で」
「全身!?全身でどうやって磨けばいいんだよ!」
意味不明だしハードル高いし実行不可能だよ!全霊はどうした!
「大丈夫。磨き終わったら絞って捨ててあげるから」
「ボロ雑巾のように捨てられちゃった!」
人体雑巾。マジで考えるとこえぇな。とくにねじれた状態とか。首取れるんじゃねえの?
「……とまぁ雑談はおいといて、私、そろそろティータイムの時間なんだけど」
「何だろう。お前と話していると楽しいんだけど、物凄く疲れる」
「ふふ、ツッコミ疲れ?変態さんね」
「そのネタを掘り返すんじゃねえ!」
鮮明に思い出しちゃったよ!
「まぁ冗談はともかく、私はどこか違う場所で貴方達の戦いを見る事にするから」
「んぁ、二対一?」
「あれをよく見なさい。それとも何、目が腐り落ちたの?」
「落ちてねぇよ……」
といいながら、見る。
すると、そこにはもう、エレアの姿は、無かった。
いつの間にか、消えていた。
「何処」
「あそこ」
ビーチェが指さす先を見る。観客席だ。
ホールは、体育館のような構造になっていた。一階がステージ、二階はギャラリー。
エレアは、そのギャラリーの、おそらく最高であろう、ステージの全てが見える客席に、座っていた。ビーチェは、漆黒の翼を展開する。
「じゃ、つまらない勧善懲悪劇なんて見たくないから、頑張りなさい」
「……だりぃなぁおい」
「負けたら、承知しないんだからねっ!」
「可愛いなぁおい!」
「ロリコンね」
「今のはしょうがなかった」
だって可愛かったもん。まじで。しょうがないよ、うん。
ビーチェはクスクスと笑いながら、漆黒の翼を羽撃かせて観客席に座った。エレアの、横。
「……ま、ほんじゃ行きますか」
なんて言いながら、魔王は歩き出す。
役者二人の、観客二人。台本不在監督不在、全てが自由の即興劇。
まぁ、なんでもいいのだけれど。
「ホントかったりぃな……」
魔王と勇者が、相対する。