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《6》裏最強。

 

 青い光を纏い、地獄の戦艦アーリマンはスレイプニールの横っ腹に激突した。

 なおかつ、アーリマンの船首周辺に魔力で形成した四角錘パネルの所為でスレイプニールのオリハルコン装甲は大きく穿たれ、アーリマンの船首の殆どが突き刺さっていた。反対側の横っ腹にアーリマンの鋭い船首が突き出ている。遠くから見れば、白と黒の奇妙な十字架に見えるだろう。


「……う、うぅ、紅葉って奴、何てことすんのよー……」


 赫夜はよろよろと立ち上がり、再び艦長席に座る。彼女専用コンソールの画面には、様々な情報が重なりながら表示され、赤く点滅していた。一際目立つのは『危険』の文字。


「ちょっと誰か生きてる!?生きていたら状況報告してー!」


 赫夜が声を張り上げると、ブリッジのそこら中からうめき声が聞こえる。幸い気絶している者は少ないらしい。


「…そ、損壊率70%」

「全出力以前低下中…」

「……浮遊力場消滅」

「艦内にいる戦闘員の生き残りは?」

「残存兵力にダメージは…無し。全員緊急避難用の転送装置にて離脱した模様です」

「原罪の実の稼働率は?」

「徐々に復活していきます…」

「暗黒生命が敵艦の放出する反霊素を吸収、自己崩壊したようです」


 モニターには見事に固形化しがらがらと崩れるブァーズが映っていた。


「だったら、今すぐ原罪の実の緊急転送装置を使って。アレがなくちゃ命がいくら有っても足りないから」

「了解。……原罪の実転送完了。座標、ルナヘルヘイム第七聖堂。同行者回復整備班」

「あー、ダイダロスか。ならオッケー。あたしたちは予定通り『緊急誘導行動リードモーション』を実行する!タイマー仕掛けて!」

「了解」


 赫夜は、少しだけ悔しそうに、歯噛みした。


(折角苦労して造ったのに、手放すなんて……!)




 ◇◆◇




 一方その頃、暗黒戦艦のブリッジではただならぬ緊張が走っていた。

 紅葉は、言う。


「もしこれで、私の予定通り敵が行動するならば……」

「するならば?」

「多分、敵はあの白銀戦艦を自爆させるはず」

「なっ!」


 それに呼応するように、メインモニターに時間が表示される。

 10分。

 それが恐らく、敵が自爆するまでの時間。


「やっぱりか。……敵戦艦のメインフレームにハッキングを仕掛けるよ!全員バックアップに回って!」

『了解!』


 紅葉は再び、耳のコネクターのスイッチをオンにする。

 コンソール画面にはパソコンのキーボードのように光る六角形のボタンが並んでいる。タッチパネル式キーボード。紅葉はそれをものすごい速さで叩き出す。

 敵戦艦、パラダイススレイプニールの魔力ネットワークは艦内だけの専用回線となっている。

 が、紅葉が開発したハックツールは専用回線に繋げることが出来る。

 スレイプニールの専用回線、その回線にいくつも穴を開けて接続する。

 

「敵艦魔力ネットワーク接続成功」

「管制システムへ向け侵攻中」

「迎撃ウイルス確認」

「三重のセキュリティシステムを確認」


 紅葉は頭の中でアーリマンの全攻撃システムを停止させる。余った計算能力は全てハッキングへ回す。

 

「敵スペック徐々に低下中」

「迎撃ウイルス殲滅中」

「管制システム周囲にファイアウォール」

「解析開始」


 と。


「……がッ!?」


 強烈な頭痛。視界にノイズが走った。目の前の光景が揺れる。ちらりと見える数字と機械語とプログラムの羅列。アーリマンのネットワークが半暴走、紅葉の神経回路と同調し始めのだ。


(まずい……!短時間に二回もやるから、神経が疲弊してきたんだ!)


 下手をしたら、飲み込まれる。そうなれば多分、二度と自分は目覚める事が出来ないだろう。

 紅葉は歯を食いしばる。


(もうちょっと!もうちょっとなんだから!)


 根性で踏ん張る。


「敵管制システムに到達!」

「急いで情報を解析!自爆システムを探して!」

「了解!」


 紅葉の視界が明滅した。ぐらりと頭が揺れ、意識が飛びそうになる。


「……まずっ」


 視界にノイズが走る。目の前の光景が変わる。アーリマンに、飲み込まれる。

 と。


「解析完了!」


 確かに聞こえたその声。


「…ッ!」


 紅葉は物凄い勢いでデータを改竄する。

 ――しかし。

 

「……遅い!」


 見える。見えてしまっている。もう既にデータの渦が、大河が、彼女の視覚に反映されてしまっていた。

 だから彼女にとって、データの改竄などお茶の子さいさいになっていた。

 どれが自爆システムの情報なのかがわかる。どうやって自爆を止めるのかが判る。

 そして、残り時間1分を残して、改竄は終わった。


「か、改竄終了!自爆システム停止!」

「………やった……」


 力無く笑って、意識を手放す。もう目覚める事は出来ないかもしれない。

 しかし敵の自爆は食い止めた。これで、『最終指令』は最後の段階へ移行する。

 団員たちに伝えた作戦0、『最終指令』は三つの行動を纏めた作戦名だ。

 一つ、敵戦艦に突っ込み、ブァーズを再起不能にする事。

 二つ、敵戦艦ネットワークを掌握する事。

 三つ、敵戦艦諸共このアーリマンを着陸させる事。

 やるべき事は全てやった。

 安堵する。安心感、充実感で、心が満たされる。

 まるで、それに比例するかのように。

 視界が、黒く……。



 そして。



 そして最後に、世界で一番好きな人の呼ぶ声がして。

 そして魔王城技術師団団長柊紅葉は、気絶した。




 ◇◆◇




「紅葉!」


 秀兎は座席から崩れ落ちる紅葉を抱き止めた。

 しかし、今彼女の身に何が起こっているのか、それはわからない。


「紅葉!おい紅葉!」


 叫ぶが、返事は無い。呼吸も、鼓動も、ちゃんとあるのに。


「……嘘、だろ?おい、紅葉……」


 とそこで。


「大丈夫秀兎。紅葉は生きてるよ」


 萌黄は言った。

 

「今は疲れてるだけだから、そっとして置いてあげて。それより秀兎は準備して」

「……準備?何の…………」

「私と紅葉が作った戦闘用の服があるの。それを着て来て」

「え、でも……?」

「場所は右側の通路の最奥にある部屋のクローゼットの中。早くして!もうすぐアーリマンは着陸するんだから!」

「…う、うん!判った!」


 秀兎は後ろ髪を引かれる表情で走りだした。

 秀兎がブリッジを出て走り去る音を聞きながら、萌黄は言う。


「…………全く、好きな人をあんなに心配させるなんて。まったく不肖の妹だね、アンタは」


 気を失っている自分の妹に、萌黄は優しく呟く。


「それに、この結果を判っているのになんの対策も練らなかった所は、愚直というか何というか」


 萌黄は、タッチパネル式のキーボードを打ち始めた。


「ほんと、手の掛かる妹だ事」


 ポケットから何かを取り出す。それは、小型のUSBメモリースティック。

 それを、紅葉専用のコンソールに接続する。


「………………今助けてあげるからね、紅葉」


 そのメモリーには、彼女を救うためのプログラムが入っている。




 ◇◆◇




「…………」


 紅葉を心配しながらも、秀兎はその部屋を見る。

 ブリッジ右側通路の、最奥の部屋。

 

 その部屋は、懐かしくも秀兎の部屋と同じになっていた。


 昔、もう二年も前の時に消えたはずの、自分の部屋。

 忌まわしく残酷な呪い、『架魅隠しの呪い』という、周囲の『自分に関する記憶、痕跡、情報』を一切合切消す呪い。その呪いの所為で消えた筈の、部屋だった。

 入った瞬間、秀兎は思わず、言葉を失った。

 布団の柄も、枕の質も、本棚の本の位置もゲームの配置も、全て、あの時のまま。

 全てが、戻っていた。

 全てが、甦っていた。

 

「…………」


 外観も内装もほとんど変わってしまった魔王城で、この場所を変えずに、残してくれるなんて。

 全てが、懐かしい。


 蘇る記憶。

 ありありと浮かぶ、懐かしい日々。

 全てが楽しく、全てが平穏で。そんな光景。


「……取り戻すんだよな。絶対」


 なぁ、俺。と秀兎は心の中で呟いて、拳を握る。

 自分の中に、いやもう既に自分となった今までの自分に、言う。

 

「……もう、間違えない」


 絶対に、間違えない。

 

「着替えよう」


 秀兎はベッドの横に置いてあるクローゼットを開けた。

 そこには、一着の戦闘服がハンガーに掛かっている。

 色は黒を基調に金糸の刺繍と金の装飾が妖しく映え、外套マントは外側が黒の内側が赤という、なんともまぁ第一印象から魔王用ですねこりゃというしかないような配色。

 さらに、見た事もない黒い素材|(アーリマンの装甲よりも暗いので恐らく黒輝岩ではない)で出来た篭手や膝下まで隠せる長いブーツには、これまた黒いナイフと呪具が隠されており、肘当て、膝当てには針が仕込まれ、ベルトには黒く小さい投げナイフが数本刺さっている。


「……いやまぁ、用心に越した事は無いけどね?」


 さすがにここまでとは……。

 今、黒宮秀兎には強大な力がある。だから別に、戦闘服とかに着替えるなんて無駄もいい所だった。

 攻撃を受ける事など、多分だが、無い。

 過信しているわけではない。怖いほどに大きな力が宿っている、それを判っている。

 だからこそ、いまさら服なんて、と思う秀兎だった。

 と。

 

「……ん?」


 戦闘服の小さいポケットに、手紙が入っている事に秀兎は気づいた。

 文頭には達筆な文字で『秀兎へ』と書かれている。

 

「……この文字は」


 秀兎には見覚えがあった。凄い達筆だから、秀兎はすぐにそれが誰が書いたものかが判る。

 秀兎は手紙を読む。


『秀兎へ。

 この手紙を読んでいる頃には、既に私は死んでいるだろう』


「は!?」


 え、嘘、さっきピンピンしてたじゃん!?


「……も、もしかして、読まなかった方が、良かったかな……?」


 死後に見つけて、まさか……みたいな展開だったのか?

 ……ともあれ。


『この服は、ぶっちゃけ今のアンタには全然いらないと思うよ』 

「どっちですか!!」


 もー何がなんだかわかんねぇ!何?何がしたいの貴方はッ!!


『でもなんとなく創ってみて、うわ何これマジ出来良いじゃんお蔵入りはないっしょと思ったので、着てください。ていうか着ないなら私が貴方に着せてあげます。ついでに全裸にしてもいいよ』

「……さ、スルースルー」

『スルーすると爆発します(貴方がね)』

「見透かされてる!?」


 ば、爆発はしないよね!?


『さぁ聞こえてくるはずさ。君の体からチクタクチクタクという音が……』

「あああ聞こえてきちゃうよそんな事言ったら!」

『嘘です』

「判ってった!」

『サーセンw』

「ムカつく!」


 全部に突っ込む自分とか、読まれてる自分とか!でも全部呼んでくるあの人の方が百倍ムカつく!


「ていうか、手紙なのに本人と会話してる気分だ……」


 まぁ、いいや。とりあえずツッコミ封印。瞑想瞑想。冷静に行くぜ。


『さて冗談はこの辺で……』

「ツッコミを止める事すら予想されていた!」


 超能力者ですか?超能力者なんですか!?……ってまた突っ込んでる。なんてこったい。


『さて、その戦闘服はブァーズで出来ています。ブァーズの事は紅葉から説明を受けていると思うから詳しくは記しません。ちなみに創るのだるかった。マジで。三十個くらい次元飛んで天然物のブァーズ捕獲してぶっ殺して創ったからマジでだるかった。ちなみにブァーズって反霊素を吸収させると消滅するって紅葉は言うと思うけど、凍らせると勝手に固形化して死ぬんだよねぇ。いやぁ絶対零度の世界に放り込んだは良いけど取りに行くのはしんどかったね、寒い寒い。で、私はその固形化したブァーズを自作した機械で繊維にしたり、篭手やら靴を作ったりしました。愛情たっぷり。あ、あと金糸は金獅子とか言うゴリラ猿野郎をぶっ殺して手に入れた物で、装飾に使った金はその辺掘ったら出てきたのでとりあえず熔かして作りました。あとナイフとか呪具は闇の霊素を使っていますので闇の力を使っていた秀兎には結構使いやすい武器だと思います。外套裏地の赤は暗黒神とかいう「おおいかにも魔王っぽい!」と思う化け物に献血して貰って採取した300ℓをろ過して絞った闇成分たっぷりの濃厚な血液に浸した糸で編みました。真っ赤っかです。愛情大安売りですね。いぇい!と、いう訳でそれを踏まえて着てくれると嬉しいです。着てくれなくても構いません。その子は日の目も見ずにお蔵入りですが、全然構いません……。最後になりますが、この手紙、貴方のツッコミで文面変わるからよろしくね。今までありがとう。それじゃあさようなら。貴方の最愛の姉 萌黄』


 ……………。


「やべぇ軽い!やってる事はとてつもなく高レベルなのに!手紙の内容は異様に軽い!あと最後が恩着せがましい!」


 色々超越していた!

 いろんな意味で次元を超えている!

 ていうかだからかよ!本人と会話してるみたいなのはその所為かよ!


「……ああ、突っ込み所が多すぎて混乱する…………」


 無理だ、俺のレベルでは処理できない。

 悔しさで胸いっぱいだが、相手が違いすぎる。

 秀兎は手紙を折り畳もうとする。


「……あ、続きがある」


 そこには可愛らしい文字でこう書かれていた。











『PS.暗黒神は貧血で死にました』










「暗黒し―――――――――――――――――――――――――んっ!!」


 あの人世界救っちゃってる!!

 勇者だった!色々な意味で!


「俺、あの人には勝てる気しないわ……」


 秀兎は真のラスボスの気配に戦慄するのだった。




 ◇◆◇




 ブリッジに戻る途中、秀兎はシャリーと合流した。


「おぉー結構似合ってるじゃん!」


 出会い頭に褒めてくれたので、秀兎はなんとなく照れてしまった。


「えぇ、そうかあ?」

「いやマジで似合ってると思うよー」


 シャリーは普段ぼさぼさの髪を紫色のヘアゴムで縛っていた。ポニーテイル。

 秀兎は歩調を緩めシャリーと歩き出す。


「へぇ、シャリーの戦闘服は黒に銀、か……」

「そうだよーん」


 なんか、中世の軍服っぽい。ぴっちりしてる感じが。

 つかこいつ、胸あるな……。


「ん?そういえばエルデリカは?」

「えっと、エルデリカさんは道場で修行中」

「修行!?」

「そうだよーん。既に真剣モード」

「マジか」

「マジなんです」


 真剣モードのエルデリカは一回雲を裂いた事がる。マジで。


「はぁ、戦争か……」

「嫌ですね~」

「嫌ですよ~」


 戦争。殺し合い。血で血を洗う。


「勝てるかね?」

「勝てるよ」

「おぉ、断言した」

「だってこっちには秀兎がいるからね」

「……重いなぁ」


 責任重大だった。まぁ、そりゃそうなんだけど。

 と。

 ブリッジの扉まであと50m程の場所で、シャリーが突然前に出る。



「はいは~いストーップ」



「え、何?何?」

「戦争の前に少しお話がありまーす」

「またも死亡フラグ!」


 シャリーは苦笑しながらも、目を閉じる。

 まるで何かを決意するように、呼吸を整えて、瞳を開く。


 そして。


「……なっ!」


 秀兎に抱きついた。

 ぎゅぅっと、強く、彼女は抱きついてきた。


「……えっと、シャリー?」

「………………ごめんね」


 シャリーは言った。震える声音で言った。



「秀兎の事を、忘れてごめん。本当に、ごめん。側近失格だ。ごめん」



「……いや別に」

「ううん、秀兎は何も言わなくて良い。何も言わないで。それだけ、私たちが惨めになっていくから」

「…………」

「秀兎が悪魔として目覚めて、架魅隠しの呪いが解かれたとき、全部思い出したとき、私たちね、まず嘆いたんだ。何をやっていたのか、なんて事をしていたんだ、って。エルデリカさんなんて、今もずっと後悔している。秀兎の目の前では空元気してるけどね」

「…………」

「私や、紅葉、城の皆は、ずっと後悔していくと思う。もう二度とこんな過ちは犯さないって。そしてこの戦争で、命を賭して戦うの。そう、皆が言ってる」

「……そんな」

「死んでも良いって。それが本望だって言ってる。私もそう思う」

「…………」

「これが最後になるかもしれないから、言っておくね」


 シャリーは秀兎から離れ、跪く。

 



「我が敬愛する魔の王よ。私は貴方に永遠の忠義を、力を、命を、愛を捧げる事をここに固く誓います。私は貴方の杖であり、盾である事を、今ここに誓います。私の全てを、貴方に捧げます」




 シャリーは仰々しく言った。

 変に格式ばって、彼女は言った。




「この戦争で、たとえ四肢がもげようと、貴方の為に死力を尽くす事を誓います」




「…………」

「はいしゅ~りょ~。あっはっはっは」


 シャリーは笑う。憑き物が落ちたように、快活に笑う。

 魔王に、これまで以上に忠誠を誓った。死んでもいいと、進言した。

 いやそうだ。

 この戦争で、誰もが覚悟を決めているのだ。自分の為に、死んでも良いと。


 …………。


 ……そうだ。

 駄目だ。それは、駄目だ。

 それをしっかり、伝えなくちゃいけない。


「シャリー」

「ん~」


 今度は、秀兎が彼女に抱きついた。


「……えっ」


 二年前は同じくらいだった背丈は、今ではもうすっかり差がついている。

 まるで護るように、まるで庇うように、秀兎は彼女を抱きしめる。


「死ぬな」


 そしてシャリーは、何も言えなくなってしまった。

 ただ、何故だろう。心が震えた。

 

「お前が死ねば、楽しくなくなる」

「…………」

「お前が死ぬと、俺は泣く」

「…………」

「だから死ぬな。絶対に」

「……うん」


 その言葉を聞いて、秀兎はシャリーを離す。


「よし、んじゃブリッジに行って皆に伝えるぞ」

「そうだね!」


 二人は走り始めた。




 ◇◆◇

 



「お、紅葉」

「おはよ秀ちゃん」


 ブリッジに戻ると、本当に紅葉が起きていた。


「心配した~、だってお前、いきなりフラァってなるからさ」

「う~、私もヤッベもう無理~と思ってたんだけどねぇ」


 やはり萌黄さんは凄いという事で全員一致した。


「着陸準備に入ります」


 ブリッジは慌しくなっていた。


「各員甲板にて待機してください。繰り返します各員……」

「へぇ、もう着陸すんのかよ」

「そうだよ~ん」

「んじゃいいタイミングだ。放送マイク貸してよ」

「何するの?」

「演説」

「りょ~かい」


 紅葉は手馴れた手つきでタッチパネルを操作する。


「ハイドーぞ」


 マイクを秀兎に渡してきた。なんとりょーかいから10秒ほどである。早い。


「えーっと、あこれマイクテストしていい?』

「それもう繋がってるよ」

『嘘ーんあ、ホントだ。聞こえてる聞こえてる』


 秀兎は声を引き締めて、言う。


『甲板にいる全団員聞いてー』


 するとメインモニターに移っている三千の全兵士が、整列してこちらを向いた。

 皆跪いている。ていうか、やっぱり慣れない。こうやって敬われるのは。


『二年前、皆を置いて封印されたのは、それが世界のためだからと言われたからです』

『結局嘘だったけどね』

『やかましい!……で、まぁそれを悔やんでもいまさら遅いので、今謝っとく。ごめん』

「…………」

『俺は、別に皆を戦いに使うわけで集めた訳じゃなかった。だから、皆が俺の事を忘れて平穏無事に暮らせればそれでいいと思った。だけど違う。それはもう、馬鹿みたいな勘違いだった。だから今、謝っとく。ごめん』

「…………」

『で、謝っておいてなんだけど、最後に皆に命令するから良く聞け』


 そして秀兎は言った。


『死ぬな』


 それは、鎖。絶対に死なせないための、楔。


『皆が死ぬと、楽しくなくなる。皆が死ぬと、俺は泣く。だから絶対、死ぬな』


 命令。 


『俺の為に命を投げ出すとか、差し出すと、もうホントしょうもない事なんて、しなくていいから。だから死ぬな』


 誰も欠けずに、元の光景を。


『以上』


 すると、彼らが鬨の声を上げる。

 腕を振り上げる。

 秀兎はマイクを紅葉に渡しながら。


「はい、しゅーりょー」

「短いねー」

「ながったるいのは言うのがダルいから」

「あっそーですか」

 

 秀兎はいくつかのサブモニターに映し出された、神の根城を見遣る。


「……さぁ、神を殺すぞ!」


 そしてそれに、


『おおぉぉぉぉぉおおおおおおお!』


 全員が声を上げて応えた。

 殺し合いが始まる。

あああ、なんだか頭が痛い。慣れない事ばかりしているから頭が……。

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