《5》戦艦戦。
いやぁ、文学に親しんで、約一年くらいですか……。
自分の文才の無さが恨めしい!
神のおわす城、ルナヘルヘイム。
その城の、祭壇と呼ばれる場所に彼女はいた。
彼女はよく透き通ったガラス張りの天井を見上げ、微笑む。嬉しそうに、微笑む。
空では、白と黒の方舟が相対していた。
◇◆◇
ヘルヘイム・アーリマン。
魔王、黒宮秀兎の側近にして魔王城技術師団団長、柊紅葉が造り上げた最高傑作。そのブリッジにて、黒宮秀兎は苦い顔をしていた。
理由は一つ。ブリッジの正面、メインモニターに映し出された映像だ。
白銀の、天空要塞。
白い方舟。天使の空母。
パラダイス・スレイプニールだった。
「……ほんとに出してきたよ…………」
「な?言っただろう?」
ルシアは得意げに胸を張る。まぁ、彼女は彼女で何回か天使と接触していたし、知っていても当然だ。
「いやまぁ、そうなんだけどさぁ?この後、どうするの?」
とりあえず秀兎は紅葉に聞いた。すると彼女はにんまりと笑う。
「とりあえず、あの白い奴を撃ち墜とそう!」
……、え?
「えええ!?いいじゃん別にそんな事しなくたって!そのまま神殿に行けばいいじゃん!」
既に神のいる神殿は目と鼻の先。余計な戦力を削っている暇は無い。が。
「いーやーだー!あの白いの墜っことしてやる!だって生意気だもん!」
「なんというガキ理由!」
見た目通り、精神年齢は低かった。
しかしそこで思わぬ応援が入る。
「いやアレは撃ち落しておいたほうがいいな」
闇の魔女だ。
「は?ちょっとルシア?お前精神年齢紅葉と一緒なの?」
「デリカシィィィィィィイイイイイイ!」
「ぐぅああああああああああああああ!」
ルシアはサブモニターに映るルナヘルヘイムを指差す。
「あの城に向かって砲撃しろ!」
「了解」
ルシアの指示で砲撃開始。
――が。
「……………なにっ!?」
砲撃で発射された砲弾全てが、半透明の赤い壁に阻まれた。
いくつかは穴を開けたようだが、その穴もすぐに塞がってしまった。
「魔力による防壁だ。多分、あの戦艦に積まれている《原罪の実》によって魔力を供給されている」
ルシアは神妙な顔つきで言う。
魔力による防壁、ね……。秀兎はルシアに聞く。
「防壁は破壊できないのか?」
「ああ、相手は腐っても神、あの防壁は魔力が有る限り無限に、かつ高速で再生する。たとえこちらがどれだけの兵装を積んでいようが、無限高速再生する防護壁を破るのは、さすがに無理だろう?」
そんなチートみたいな……。まぁ、相手は神なんだし、しょうがないか。
「うーん、やってみないとわからないけど、最悪アーリマンがばらばらになる危険があるよねー」
「つまり、あの要塞戦艦の核であろう原罪の実を破壊しない限り、神殿ルナヘルヘイムには辿り着けないという事だ」
ルシアの意見に、紅葉はいやらしい笑みを浮かべて。
「という事は……うふ」
………………………やっぱり……?
「撃って撃って撃ちまくれー!」
「了解」
「いや了解じゃねぇぇって……」
そんな秀兎の制止も虚しく、アーリマンに搭載された全ての砲台が瞬時にパラダイスを捕捉し、轟音と共におびただしい数の砲弾はすでに発射されていた。
けたたましい爆発音が、天使の要塞を揺れ動かしていた。
巨大画面には、数多の流星のように降り注ぐ砲弾の雨が映っている。
「あははっ!そんな程度の攻撃でこの私の天空要塞は墜ちるわけないないよ!」
赫夜は天使に反撃を指示する。
「鈍い鈍い!砲台1~100番の砲台全部であの黒い奴狙って!」
「了解。砲台№1~100作動。対象は敵対戦艦」
轟音は続く。
低い、唸るような音がパラダイスのブリッジに響き渡る。
赫夜が座る席から真正面に移る小さな映像に、パラダイス全体のシステム情報が表示される。
「予想損壊率は近似値10%。まぁまぁかな」
パラダイススレイプニール。
古代文明、旧文明に創られた大型天空移動要塞。
装甲は神が保有していた史上最強の金属オリハルコンだ。赫夜が開発した特殊溶解炉で整形、錬成し装甲盤としている。あの黒い戦艦が一体何で出来ているのかは不明だが、生半可な兵器では焦げ目一つ付かないだろう。
赫夜は素早くパラダイスの全ステータスが表示されている別画面を見た。
「反撃開始!」
赫夜はオペレーターたちに命令。
「撃って撃って撃ちまくれぇぇぇぇぇぇぇ!」
皮肉にも赫夜は敵と同じ事を叫んでいた。
どうやらどちらも思考回路は似ているらしかった。
「おぉう!なんだなんだすげぇ反撃してきやがった!?」
それはもう、雨霰のごとく。
放物線に近い、そんな感じの軌道を描いて、幾百の砲弾が飛んでくる。
白と黒の間で、億万の砲弾が行き交っていた。
轟音と揺れ。
「どうしましょう団長?」
「うーん、とりあえず推進エンジン動かして」
「了解」
「砲撃止め。航行速度上げて。動きながら攻撃するよ」
「了解!」
紅葉は目の前のコンソールを操りながら画面を見る。
そこにはアーリマンのステータス、被害状況などが表示されていた。
「……う~ん」
アーリマンとヘルヘイムのサイズは、ほぼ互角といっていい。それでも、二つはでかい。
当然こちらと同じように、何らかの弾薬生成方法があるはずだ。
ちなみに、アーリマンの弾薬は魔力を物質化しているため無限状態。
ちなみのちなみにアーリマンの装甲は黒輝岩を整形、錬成した特殊金属だ。
歴史上に類を見ないその装甲は、電磁投射砲、いわゆるレールガンで高速発射されたオリハルコンの弾丸すら貫通を許さないという、史上最強の金属と化してしまった。
おそらくあの白銀戦艦も、それなりの、いやもしかしたら同等の強固な装甲を持っている事だろう。
――と。
そこで、メインモニターの中心に何かのアイコンがでかでかと現れた。
なんとなく、携帯なんかのコール中のアイコンに似ていた。
「魔力通信だ!」
「オープンチャンネル!?」
「一体何処から!?」
すぐに団員が慌てだす。
「静かに!」
紅葉はそれを一喝した。それだけで団員たちは静かになる。
「すぐに繋いで。相手を待たせるのも悪いからね」
ウィンドウが開く。
そこには、仮面をつけたクリーム色の髪の少女がいた。
『はいはーい、天使軍技術開発部リーダーの赫夜でぇーす。早速で悪いけど、そっちの技術部のリーダーでてこーい!』
無駄に元気だ。紅葉は間髪入れずに名乗り出る。
「私が魔王軍技術開発師団団長の柊紅葉。何か用?」
心成しか、少しイラついているような言動。
『うわ、最初から喧嘩腰。これじゃあ確認する意味無いかなぁ』
「何を確認するの?」
『えーっと、んじゃ言うからね。あー魔王軍の諸君、今すぐに武器を捨て投降して欲しい。我々としては、平和的な解決を望んで……』
「やだ」
『だーと思った。そうだよねえ』
「じゃ、そういう事だから通信切るね」
『負けないからねー』
「こっちこそ」
二人は不敵に微笑み合う。そこで、通信は終わった。
紅葉はすぐにコンソールを操作。
「兵装システムのコントロールは全部私がやる!お前たちはバックアップに回れ!」
紅葉はそう言う。が、そこで団員たちは抗議の声を上げた。
「し、しかしそれでは!」
「無理です!団長一人で全てをコントロールするなんて!」
「やはり今までどおり……」
しかし。
「――うるさい!」
一喝。そして、静寂。
「私をなめないで。私は魔王軍技術開発師団の団長。こんな戦艦操るのなんてお茶の子さいさいなんだから。だからアンタ達はバックアップに回りなさい」
諭すように言う。
「…………」
「…………」
「……りょ、了解」
そして、技術団員たちがなにやら慌しく動き出す、それを見て、紅葉は素早く耳に何かをつけた。
「……ん?なにそれ?」
それは、まるで未来のロボットが耳から生やしそうな、そんな謎の機械だった。
秀兎が聞くと、紅葉は笑って、
「私のコンソールに私の脳を接続するコネクターだよ」
「……脳を接続?すると何か良くなるのか?」
「私用のこのコンソールは特別仕様でね、他のシステムを統べるリーダー機だし反応速度も情報の処理速度も他のコンソールの何百倍も高いの。で、私の脳をこのリーダー機のコンソールに接続する事によって、私自身が直接情報の処理と操作を出来るようにするの。そうすれば、この戦艦は私の手足になる」
まぁ元々こうする為に造ったんだけどね。と紅葉は言う。
大雑把に言うなら、本来数十人で動かすこの巨大空母を、紅葉が一人で動かすという事。
エヴ○ンゲリオンっぽい。
神経接続とか、そんな感じ。
「……全然理解できなかったけど、とりあえずすげぇな、紅葉は」
「秀ちゃんは馬鹿」
「お前にだけは言われたくねぇ」
技術団員が叫ぶ。
「バックアップ準備完了!」
「……よし、んじゃあの白銀戦艦を墜っことしましょうかね!」
紅葉はその耳に付けたコネクターのスイッチを入れた。
◇◆◇
最初は、心地の良い電子音だった。
ピーン、という、何かが張るような、それでいて優しい音が、延々と紅葉の脳に響く。
それが段々と大きくなる。耳鳴りのような音に変わる。
――そして。
「魔力ネットワーク、接続」
彼女の脳と、戦艦が、繋がった。
「……っ」
うぅ、やっぱり臨床実験とかして置くべきだった……、と彼女は内心で毒づく。
さすがに、大規模な魔力伝達系と小規模な神経系の接続という荒業は無茶だった。少し気持ちが悪く、呼吸も荒い。頭痛も少なからずする。
「大丈夫か、紅葉」
秀兎は心配そうにこちらを見る。
「だ、大丈夫。少し気持ち悪いけど、すぐ慣れるから……」
紅葉はその時、素直に嬉しいと思った。彼が、自分の護るべき人が心配してくれるている。それだけで、どんな困難も乗り越えられそうな気がした。
「団員は引き続きバックアップして!」
『了解!』
「じゃ、行くよ!」
その声と共に、アーリマンの航行速度は上がっていく。
「砲撃止め!」
「敵艦、航行速度上昇」
「敵艦内部の魔力ネットワークの稼働率上昇中」
「……ふぅん、紅葉って子、中々やるねぇ」
状況は五分五分。おそらく、相手は自分の脳を戦艦のシステムネットワークに繋いだのだろう。
――だが。
赫夜は笑う。不敵に。純粋に。無邪気に。
「作戦プランDに変更!お前たちはバックアップに回って!おそらく敵は今まで以上に強くなってる!相手を待たせるのも悪いからね」
そうして彼女は、耳に機械を付けた。
「敵艦動き出しました!」
「敵の魔力ネットワークの稼働率が上がってる。あの赫夜って子、中々やるかも……!」
おそらく、自分と同じ行動をとったのだろう。小規模ネットを、大規模ネットに繋いだ。
五分五分。いやまだわからない。
「とにかく攻撃しよう。全攻撃システム起動」
紅葉は頭の中で数々の機械に命令を下し、コンソールも操る。
「砲撃開始」
アーリマンに搭載されている砲台は、大小合わせて約千。その砲台から、魔力で生成された砲弾が発射される。
――が。
「…………やっぱり」
その全てが赤い壁に阻まれる。
しかも性質が悪い事に、白銀戦艦が撃った砲弾は赤い壁をすり抜けてこちらへとやってくる。
轟音は続いた。
「一方通行の、防御壁……」
これでは埒が明かない。
あの防御壁を何とかしなければ、こちらが撃墜されてしまう。
どうする。
「……うーん、実験段階だけど、まぁ、いいかな」
紅葉は目の前のコンソールを操作。
「とりあえず魔力防護壁を破るために、攻撃を集中しよう」
砲撃中止。レールキャノン用意。発射口開口。ミスリル製特殊魔術加工弾装填。電力プール。50、75、80、94、100。電力伝達。セーフティ解除。発射カウント5、4……。
彼女の頭の中で、そんな言葉が出たり現れたりする。
少し気持ち悪くなる。
(3、2、1、発射。)
カッ!!
弾丸が音速を超えて発射される。
モニターからみえる光景が、莫大な光に占領された。空気摩擦によるプラズマ化の発光現象。魔術で対プラズマ加工を施したからといって、しかしそれだけでは空気摩擦は防げない。
高熱を帯びた光の弾丸が、赤い壁にぶち当たる。
(どうかなぁ……)
しかしやはり、赤い壁は
(……駄目)
ぶち破れない。しかし紅葉は諦めない。
(飛行爆雷発射準備、全門開口、爆雷装填、発射!)
数百発の爆雷が発射される。噴煙の尾を引き、着弾。
「着弾確認。誤差修正。……!敵魔力防護壁に貫通!数、三十!」
バックアップする団員が口頭伝達。
(やった!)
赤い壁を破り、爆雷は敵艦の装甲を、
(…………っ!)
傷付けてはいなかった。やはり装甲はかなり堅いらしい。
(あの場合、多分重濁のミスリルか、最悪オリハルコンかも……)
それではやはり、生半かな攻撃では防壁を貫けても装甲は傷つけられないだろう。
だが、それでも。
(諦めない!)
紅葉はコンソールを操作し続けた。
(七七型貫通爆雷発射)
魔力防壁貫通、装甲軽傷、失敗。
(……回転式貫通砲弾弾)
魔力防壁貫通、装甲軽傷、失敗。
(オリハルコン製特殊弾頭装填。レールガンにて高速射出)
魔力防壁を不貫通、失敗。
(決壊原子内包弾頭装填。レールガンにて高速射出)
魔力防壁を不貫通、失敗。
(陽電子砲発射)
装甲軽傷、失敗。
(加速粒子砲発射)
装甲溶解、中傷、失敗。
(特殊火炎弾発射)
魔力防壁による遮断、失敗。
(粉塵爆発応用型爆雷)
装甲軽傷、失敗。
目まぐるしい攻撃の数々。
それら全てが、失敗に終わっていく。
まるで、水掛合戦。全く意味の無い攻撃。
団員たちが慌しくなる。
「第七ブロック損壊!」
「第Ⅴ魔力伝達回路損傷。稼働率低下!」
「エンジン部に損壊!出力徐々に低下中!」
「…………」
(次元断光線準備。エネルギープール……。充填完了。最大出力で発射!)
悪足掻き。
船首から、巨大なレーザーが発射される。
光の柱が、赤い壁を…………貫いた!
『おおおお!』
ブリッジにどよめきが走る。
光が止むと、赤い壁は裂けていた。
白銀戦艦の装甲にも、多少大きめな裂け目が出来ている。
だが、魔力防壁、赤い壁は再生する。
すぐに、高速に、再生する。
ブリッジに落胆の空気が流れる。
当然だ。今の光線は、そう何発も連射出来る訳ではないのだ。
それを眺めて、紅葉は、
「…………うーん」
耳のコネクターのスイッチを切った。
彼女の表情は、少しだけ、悔しげ。
「敵艦からの攻撃、終了」
「敵艦の魔力ネットワーク起動率低下中」
(…………)
赫夜は、内心穏やかではなかった。
魔王軍の技術力、それがあまりにも大した事がなかったからだ。
最初、あの真っ黒な戦艦を見た時は嬉しさで胸が爆発しそうだった。構造はどうなっているのか、兵装は、装甲は、一体どんな物なのか。それが知りたくて、知りたくて知りたくて。でも。
(拍子抜け~……)
思ったよりも、弱かった。
装甲は、おそらく黒輝岩を錬成した物だろう。それなりに堅く、衝撃にも強い。
だが、それだけだ。
――と赫夜がコネクターのスイッチを切ろうとした瞬間。
「て、敵艦船首に高エネルギー反応!」
「何ですって!?」
「膨大な魔力が集中していきます!」
メインモニターに映し出された敵艦映像。
黒い船首。そこは――。
「あれは、まさかまた光線!?」
莫大な光が、集まっている。周囲から光を吸収している。
「どうして!連発は出来ないはずなのに!」
周囲が、まるで夜のように、少しずつ暗くなっていった。
◇◆◇
紅葉は悔しげな表情を崩して笑い、秀兎を見た。
「さぁて、砲撃無効。堅牢な魔力防壁で今のところ全部の兵装は試したけど相手は軽傷。さてさてどうしよう?」
その顔には、やはり悔しさが残っている。
「…………さぁ?」
「んもー、秀ちゃん私の王様なのに、全然役に立たないー」
「しょうがないだろ、俺がお前の王であっても、俺がお前より優れているわけじゃないだろ?」
「たしかにね。秀ちゃん、馬鹿だもんね」
「むかつく!さっきまではしゃぎまくってたお子様にそれを言われると通常の数百倍腹が立つ!」
「でも本当の事だよねぇ」
「…………、まぁ、そうなんだけど、ね……………ぐす」
本気で落ち込んだ。本当なだけに、本気で落ち込んだ。
「まぁ、私の特技って言ったらこれしかないから、秀ちゃんが敵わないのはしょうがないよ」
「…………そんな」
そんな悲しい事、言うなよ。と、秀兎は言おうとする。
そこで思い出す。彼女がここまで科学に没頭し科学にしか没頭できないのは、自分の所為なんだ。自分を守る為に。自分を助けるために。自分の、力になる為に、彼女は、ずっとずぅうっと長い間子供らしい事も女の子らしい事もせずに知識を詰め込み続けたのだ。
自分の所為で。自分の所為で、他人の人生が、捻じ曲がる。
なんて、酷い奴なんだろう。なんて、酷い、悪魔なんだろう自分は。…………最低のクズだ。
秀兎は思う。この戦争が終わったら、こいつに好きな事をさせてやりたい。
そう思う。だから聞いた。
「なぁ紅葉。お前の好きな物何?」
「シュークリーム、シュークリーム。大事な事だから二回言ったね。あと秀ちゃん、城の皆」
…………良い子!この子すげぇ良い子!ていうかシュークリームって、すげぇ女の子っぽい。
「じゃあこの戦争が終わったらシュークリーム食べ放――」
「嫌だ」
「え?」
「秀ちゃんで人体実験がしたい☆」
「既に身も心も染まっていた!」
マッドサイエンティスト!
手遅れだった。彼女の科学汚染は既に趣味の域まで達していたようだ。
「まぁというのは冗談で……」
「お、何かあんの?」
「……戦争が終わったら教えるね!」
「ここでまさかの死亡フラグ!」
ちくしょう!どいつもこいつも!俺を殺したいのか!
「まぁ秀ちゃんは艦長席に座って見ててよ。今からあの白銀野郎を撃ち落してあげるから」
「あれ、撃ち落せるの?」
「秘密兵器があるんだぞ、がぉ~」
「おぉ!秘密兵器!男の子なら誰もが一度は夢見る秘密の兵器!」
紅葉はブリッジにいる全員の団員の方を見る。
「…………………」
「……どうしたんですか?」
「名前忘れた」
ええええ!期待させといてなにそれ!
「いやえっと、何だっけ?この前作った、えぇーと、あの……」
頭を抱えてうんうん唸る紅葉。が、まぁあんまり思い出せそうには無いみたい。
見るに見かねた技術師団の一人が言う。
「……六六六式闇魔弾砲?」
とたんに紅葉は明るくなり、コンソールをバンバン叩いた。
「そうそれ!発射準備!」
「了解。六六六式闇魔弾砲用意」
「六六六式闇魔弾砲起動。目標補足、目標白銀戦艦」
「フォトン収束、圧縮。完了まで残り20」
「光子収束システム正常起動」
「全攻撃システムシャットダウン。魔力を光子収束システムへ」
「予想後退距離約300m。衝撃大。各ブロックの隔壁を下ろします。待機中の団員は速やかに待機場所にて対衝撃態勢を取ってください」
「エネルギー充填完了。以後セカンドシークエンスへ以降します。取り消しは効きません。繰り返します。エネルギー充填……」
「衝撃吸収装置作動」
「……なぁ、紅葉」
やはり気になり、秀兎聞いてみた。
「六六六式闇魔弾砲って、何?」
秘密兵器にしては、なんていうか、インパクトの小さい名前だ。
「ん?えーっと、周囲の光を吸収して造る闇砲弾を高速射出する兵装のこと」
…………………………………………ん?
「ん?えっと……闇砲弾?」
「そうだよ。周囲の光を吸収して、あ、光って言っても光属性の霊素なんだけどね。それを収束、圧縮して生み出した光に『ある事』をするの。そうすると、光の霊素が全て闇の霊素に変わる。霊素っていうのは魔力の原型みたいなものだよ。で、その収束した闇を私が作った装置で圧縮して、闇の固形砲弾を造るの。理論上だとどんなに堅い装甲でもかるーく貫通できるはずなんだけどねぇ」
「…………」
平然と言ってのける紅葉に、秀兎とルシアは顔を見合わせた。
彼女の言ったことは、もうほとんど闇の魔女の能力となんら変わりは無いのでは?と、二人はそう思ったのだ。
闇を圧縮し砲弾にする。かなり無理矢理だが、それは闇の魔女の能力、闇の物質化に近い物だ。
(科学とは、ニンゲンが造った《武器》だ。それが、このレベルまで来ているとは……)
もちろん全てのニンゲンがこの科学を駆使できるかといったら、それは違う。だが、いずれはこのレベルにまで到達するかもしれない。だとしたらそれは……。
(だとしたらそれは、怖ろしい事だ)
ニンゲン。下等な種族。知恵をつけた賢しき愚者。ルシアはニンゲンに対する認識を、少しだけ改める。
(いつか、ニンゲン共が神を殺す時代が来るかもしれない……)
そんな事を思った。
――と、そこで。
「発射!」
バァァァァアアアアアアアアアアア――――!!
衝撃波と、光と、轟音。
ブリッジのメインモニターには、六六六式闇魔弾の発射口から闇の砲弾が発射された映像が映っていた。
闇の砲弾。それは、黒い尾を引きながら、物凄いスピードで真っ直ぐに白銀の戦艦へと向かっていく。
「闇魔弾、予想圧縮臨界まで残り30秒」
「予想着弾カウント5……」
「着弾時残存質量はおよそ1.775t」
きっと、圧縮が徐々に解けている所為で、黒い尾を引いているのだ。暗黒の砲弾から剥がれ落ちた闇が、あの尾の正体なのだ。
と、秀兎は勝手に結論付けた、けれど、けれどそんな事より、その砲弾は、
(……黒い、流星みたいだ)
少しだけ、美しかった。
凶星。
そんな言葉が浮かんだ。そして、その黒い流星は、白銀戦艦の装甲を…………。
しかし。
「敵戦艦周囲に魔力防護壁を確認!」
その砲弾は、もう少しの所で鮮やかな赤に輝く壁に阻まれた。
赤い壁に、波動が広がる。
技術師団員が歯痒そうに奥歯をかみ締めている。
「……ふふん」
と、そこで。
そこで技術師団団長の柊紅葉は、今までに見せた事の無い程の凄惨さで、不敵さで、微笑んだ。
「……さぁ、喰らえ。私の史上最悪で醜悪の欠陥兵器」
そこで、暗黒の砲弾は弾けた。
べっとりと弾けて、赤い壁に張り付いたのだ。
「なっ!」
秀兎は、思わず身を乗り出してしまった。
「闇魔弾、魔力防壁を侵食中」
「あっはは、中々順調」
紅葉は、笑う。
「ごめん秀ちゃん。さっきの半分嘘。あれは、あの砲弾、闇魔弾はね、魔力を喰らうんだ。それも無尽蔵に、貪欲に貪り尽くしていくんだ」
醜いでしょ、と紅葉は、自分の兵器を嘲笑った。
現に今、闇魔弾はグニグニと、グニョグニョと、赤い壁を、魔力防壁を、侵食していた。
「な、あれは、一体……」
「『ブァーズ』。かつて、そう呼ばれた化物がいたんだけどね」
紅葉は、ぽつぽつと語りだす。
「別名『暗黒生命』。世界中の霊素を喰らい、増殖するブラックモンスター。それがブァーズ」
ブァーズ。霊素を喰らい増殖する不定形生命体。黒いスライム。
つまり。
「あの闇魔弾は、私が人工的に生み出したブァーズを周囲の光の霊素で増殖させて圧縮した、生物兵器」
それがどんな事なのか、秀兎にはいまいち理解が出来なかった。
ただ、彼女は、技術開発師団団長の柊紅葉は、肩を震わせていた。
「闇魔弾、敵艦《原罪の実》に到達。敵内包魔力急激に低下中」
「さぁ、最後の仕上げをしなくちゃ」
紅葉は震えながら、言う。
「『最終指令』を発令する!」
『了解』
団員は、既に覚悟の決まった瞳で、それぞれのコンソールを操作し始めた。
「魔力ネットワークのⅣからⅩを緊急閉鎖。全攻撃及び迎撃システム落として」
「了解」
「第一から第参の射出口に直結。原罪の実を最大まで起動」
「先端にエーテルコーン展開」
「了解。霊素盤七角錐型展開」
「思考通信開始。各団員対衝撃に備えてください。繰り返します、各団員……」
「第一から第参射出口区画閉鎖します」
目まぐるしいほどの情報がメインモニターからの出現と消失を繰り返していく。
ただならぬ雰囲気がブリッジに渦巻いていた。
「何をするつもり、なんだ……?」
恐々と、秀兎は聞いた。
しかし、それはなんとなく予想できる。
「『最終指令』はね、六六六式を使ったら絶対にしなくちゃいけない行動なの」
尻拭いみたいなものなんだけど。と紅葉はあくまで冷静に言う。
「霊素を吸収するブァーズがこびりついた白銀戦艦内はきっとパニックになってる。魔力がどんどん枯渇していくからね。そのうちブァーズはこの世界の霊素を喰らい出すかもしれない。だから……」
そして、凄惨に。
「そのパニックに乗じて、相手に突撃する」
笑う。
「ブァーズにはね、人間で言う心臓、つまり核がないの。だから昔、本当に昔の世界ではあの化物は最強だった。誰も、アレを造った奴も、アレを止められなかった。……でも私は、アレをぶっ殺す方法を見つけたの。それを、今から実行する」
「それが、突撃?」
「そう。このアーリマン、正確にはアーリマンの船首一帯にはね、六六六個の特別な噴射器が付いてるの。それは、本来世界に充満している霊素、魔力の正反対に位置する反霊素、反魔力を放出する。そうすると……」
秀兎は、紅葉の言葉を継いだ。
「ブァーズは、死ぬ?」
「そうだよ。ブァーズが反霊素物質を霊素だと思い込んで吸収する。でもブァーズはね、全ての霊素を喰らえる。けれどそれは逆に、霊素しか喰らえないという事。当然それ以外のものを吸収すればブァーズにとってそれは毒。しかも、ブァーズは勘違いしたままそれを喰らい続ける。そして、毒が回って、死ぬ。私はブァーズを造った後、すぐにブァーズの弱点に気付いて霊素の研究を応用して反霊素物質を創ったんだけどね。簡単だった。ブァーズを造るよりも、ずっと速く、何倍も簡単に作れた」
なんていうか、皮肉だった。と彼女は笑う。
「ニンゲンだって、新しい命を作る時は大変な思いをするのに、殺す時はあっさり。似てるよね」
彼女は、悲しいくらいに人間だった。
だから彼女は泣いている。自分が造った生き物を殺すから、彼女は泣いていた。
まるで、子を見る母のように。
笑いながら、彼女は、心の中で泣いていた。
「準備完了しました」
押し殺したような、団員の声。
「うん、行くよ」
紅葉はコンソールに表示されたボタンを、押した。
「さようなら、私の最初で最後の欠陥兵器」
船は、すぐに音速を超えた。
◇◆◇
「んもーなんなよー!」
パラダイスのブリッジにはアラートが鳴り響いていた。
「うるさいうるさいうるさーい!」
「対処不能!」
「魔力枯渇発生!」
「原罪の実が活動を停止しました!」
「浮揚力場消失。ストール!」
すでにパラダイスは落ちたも同然。諦めるしかないのか。
「! 敵艦方向に高エネルギー反応!」
「なんですって!」
メインモニターを見るが、そこには黒いモンスターがべたりと張り付いていて良く見えない。
――と、思っていた。
けれど、そこから。
けれどそこから、それは現れた。
「う、う、嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお―――――――――――っ!?」
地獄の方舟は、青い光を纏いながら突っ込んできたのだった。
はぁ、なんという駄文……。