第一章.悪ではない悪魔――
とある国の、とある孤児院がある。
とある国の、孤児院の話である。
その国は絶望で満ち溢れていた。
その孤児院は絶望で満ち溢れていた。
その国の王は狂っていた。
自分の力を過信し、民を虐め、搾取し、暴政圧政を振るい、自分の欲望を思うがままにさらけ出していた。
夫の居る妻から思春期に入ったばかりの女子までなりふり構わず犯し、民から搾取した食物は大量に消費し、税を上げ、さらには年端もいかない少女を食い(そのままの意味で)、果ては民を神の生け贄にして強大な力を手に入れたのだ。
彼は、魔王だ。
他になんと呼ぶ?彼を、魔王以外のなんと呼ぶ?
獣の王でもいいか。獣王。まさに《狂》っていた。『ケモノ』へんに『王』で《狂》い。昔の人は表現が上手い。
そして当然、そんな地獄に存在する孤児院も、ただの牢獄に過ぎなかった。
少年五十六名。少女五十四名。
男子は漁や猟の技術を徹底的に仕込まれる。
少女は慰み者だ。そういう技術を仕込まれる。
牢獄。
完全に、完璧に、もう他の表現が無いくらいに、そこは牢獄だった。
国の親衛隊が管理する牢獄。
決して逃げられない。
でもそこには、絶望だけがあったわけじゃない。
彼がいたのだ。
彼は、不思議な存在だった。
温かい、といえば言いのだろうか。
僕と彼女は、彼の不思議な温かさが好きだった。
別段、猟や漁が上手いわけじゃない。技術では僕の断然上だ。
でもなぜか、彼は違う気がするのだ。
僕には持っていない物を、持っている気がするのだ。
それが温かい。
その温かさが、心地良かった。
普段から暗い彼女も、彼の前では笑っていた。
綺麗な笑顔だったのを覚えている。
彼女は彼を好きだったのかもしれない。
僕は彼が好きだった。
親友、という言葉が、これほどまでに当て嵌まるのは彼だろうか。
三人だけの《楽園》だった。
でも、物事には終わりが来るのだ。
知っていた。ちゃんと知っていた。
いつか終わってしまうと。
そして来てしまった。終わりが来てしまった。
彼女が、犯されてしまう。
親衛隊の隊長に目を付けられてしまったのだ。
彼女が、穢されてしまう。
かないっこない。
僕程度が勝てるわけが無い。
今まで我慢してきた。
でもその時は、我慢できなかったのだ。
僕は彼女が好きだったのかもしれない。
目の前で彼女の泣き顔を見て、理性がふっ飛んでしまった。
死ぬかもしれない。
いやだ。
こんな牢獄で、好きな人一人助けられずに死ぬなんて、絶対やだ。
だから、特製の鋭利なナイフを握り締めて、彼女を引っ張る男を殺そうと駆け出して。
そこで見た。
男の首が、もう無い。
いつの間にか、無くなっていたのだ。
彼女は呆然としていた。
呆然と彼の後ろにいた。
彼は、今まで見せた事の無いような表情だ。
完全に彼は怒っていた。
親衛隊の奴ら怒鳴って魔法を使う。彼も使う。
比べ物にならない位の展開速度。膨大で濃密な魔力。大きな魔法陣。
それを見て親衛隊は、もう何も言わない。何も言えない。
あっと言う間に戦闘が、一方的な戦闘が終わる。
彼は、僕の方を見て、微笑む。僕は泣きそうになった。
恐怖、ではなく。
彼の悲しそうな瞳に、表情に。泣きそうな微笑みに、泣きそうになる。
もちろん彼を怖がる連中はたくさんいた。そして罵る。
化物、と。
悲しすぎる。と僕は思った。
彼は正しい事をしたはずなのに。
周りがそうだとは認めない。
彼は悲しげに微笑むだけ。誰かが石を投げられ、親衛隊に攻撃させない程の実力があるにもかかわらず、石が当たりこめかみから血を流す。
調子に乗り出した周りの連中。
中心にいる悲しげな彼。
涙が出そうだった。
絶望の中で、さらに絶望の底に落とされた彼を見て僕は泣きそうになる。
そして彼は、地獄を滅ぼした。
その時からだ。僕が君を救いたいと思ったのは。
君の悲しすぎる微笑みを消してあげたいと、絶望の底から引きずり上げたいと思ったのだ。
けど裏切ってしまった。
彼女と彼を天秤にかけてしまったのだ。
そして僕は彼を裏切る。
どんな謝罪も届かない場所へ。
けれども、彼を犠牲にしてまで、僕は間違えてしまった。
望んだ結果では無いというのに。
周りの人達は正しい正しいという。
うるさい。
僕は間違えてしまったんだ。
彼を裏切ってしまったんだ。
ごめんでは済まされない。
もう、止まることの出来なくなってしまった道を、茨の道を、僕は行く。
序章は、いわば前日譚、とでも言いましょうか。
とにかく始まりです。
感想、評価、批評、指摘をお願いしていたりします。