閑話.それでも世界は続いてゆく。
どうして?
どうして、こうなってしまったの?
と、君は泣いた。
闇の宮殿、謁見の間。
君のすすり泣く声。
泣かないで、と僕は言おうとする。
それに、彼女は震える。
こちらを見て、また泣く。
死なないで。
死なないで。
うわ言のように叫ぶ君。
大丈夫。
大丈夫、僕は死なない。
そう言おうとするけれど、声が掠れて上手くいえない。
それに君はもっと涙を流す。
その涙に、僕の心が震える。
締め付けられるような感覚。
心が、酷く痛む。
いやだ、いやだと叫ぶ君。
意識が、明滅を繰り返す。
そして僕の心から、声が聞こえる。
助けて。
助けて。
一人はいやだ。
聞こえる。君が、もう一人の君が、嘆く声が。
ごめんね。
ごめんね。
僕は掠れる声で言った。
僕の所為で、僕の所為で君たちはこんな事になってしまった。
昔からそうだ。
僕は何もしていないのに、僕の周りの人が、僕の所為で傷ついていく。不幸になっていく。
ごめんなさい。
本当に、ごめん。
世界を嗤った君たち。
神を憎んだ君たち。
僕の所為で、不幸になる。
僕が醜いから、僕が、世界の忌みだから。
僕が君たちを好きになってしまったから、君たちが不幸になる。
と、そこで君は言った。
そんな事無い。君の所為じゃない。
こんな事になったのは、頭の狂った神の所為。
自己の安全と安心と悦楽が欲しい為に世界を滅ぼしてしまう、傲慢な神の所為だよ。
だから、そんなに自分を責めないで。
私は貴方が好き。
この世界は、もうこれまでだけど。でもどうせ、世界はすぐに甦る。
だって神には私が必要だから。
私が世界の崩壊に巻き込まれれば、神はまた世界を創り直すから。
だからきっと、また逢えるよ。
と、君は言う。だから僕も言った。
その時は、また君に逢えた時は、君を好きになって、良いかな?
すると君ははにかんで。
いいよ。逆に、私が好きになっても、いいかな?
そのはにかみに、僕も笑って。
全然いいよ。君と、僕と、彼女と、三人で、一緒に笑い合おう。
それに、君は微笑む
何度世界が創りなおされても、絶対に私は、貴方に恋をする。だから安心して。
それに僕はまた笑って――
そこで、その世界は終わった。
闇に包まれて終わり。また始まる。
たとえ悪魔が死んだとしても。
それでも、世界は続いてゆく。
「…………」
秀兎は夢を見た。本当に久しぶりに、夢を見た。
それは、少し疲れてソファで仮眠をとった時に見た、他愛も無い夢なのだけれど。
けれどその夢は、昔の、大昔の記憶の回帰で。
「……ああ、ああなるほど」
彼の心を決心させるのには十分すぎた。
秀兎は、涙の流れている両目を腕で隠して。
「……だから俺は、他人を愛する気持ちが、怖かったのか」
自分が好きになれば、その人が傷ついてしまう。
それが怖くて。それが嫌で。
だから、人を愛する気持ちが、怖かった。
あいつとこいつを不幸にさせてしまったのが、自分の所為だと、無意識に覚えていて。
だから、人を愛する事に怯えていた。
だから、無意識のうちにヒナや、ルシアや、シャリーやエルデリカや紅葉や萌黄さんや、母さんたちとの間に、距離を置いていたのか。
だから、あんなにヒナに、確認していたのか。なんで俺なんだ、と。
「……そっか。そうだよな…………」
愛に怯えて、自分の好きな人が、傷つくのを恐れて、だから、他人事みたいに、無関心。
相手との間に距離をおいて、自分の心に惹きつけられないように。
馬鹿か、俺は。
こんなに力があるのに。
こんな、神が恐れるような力が、あるのに。
自分を愛に怯えさせてる元凶の神を、今まで殺してこなかったなんて。
馬鹿だ。今までの俺は。
「……ルシア」
近くに居るであろう、闇の魔女。
案の定、彼女はすぐに返事をした。
「どうした?」
「……好きだ」
「ぶっ!」
闇の魔女は飲んでいた紅茶を盛大に悪魔の顔に吹きつけ、さらに持っていたティーカップを滑らせて悪魔の顔面に淹れ立て熱々の紅茶をぶちまけた。
「あちゃーーーーーーーーー!ほぁっちゃーーーーーー!あちゃちゃちゃちゃー!」
「ぶふっ、がこ、げほー!」
そして二人は偶然にも同じ言葉を吐いた。
「「なにすんじゃこらー!!」」
見事なシンクロである。
「…………ぷっはは」
「…………あっはは」
それに、二人はなんだかおかしくなって、笑った。
「それで、いきなりどうした。寝違えて頭が吹っ飛んだか?」
「いやいや違うけど。不意に思い出したから、言ってみた」
「思い出した?私の裸をか?秀兎はエロだなぁ」
「いや見た事ないし」
「見たいとは思う?」
「……………………思う!」
ってそうじゃなくて!
「いっちばーん始めの、俺が下手こいた時の記憶」
「……ああ、あれか」
「そ。で、まぁなんとなく言ってみた」
「…………」
魔女は、少しだけ思案げに顔を伏せ、そしてすぐに言った。
「まぁ、別にあれはお前の所為じゃないから、気にする事はないぞ?」
「…………」
「どうせお前の事だから、僕ちんの所為でみんな不幸になっちゃったーとか思っているのだろうけど、あれは神の所為で私たちの責任でもあるのだから、別に、お前が気負う必要は無いと思うぞ?」
「……優しいな、ルシアは」
「そうだろう?私は魔女だからな」
「……今の台詞、魔女の部分にルビで」
「あーあーしりませーん」
「いや別に良いけどね」
闇の魔女、ルシア・クワイエットアンデッド・ダークキス。
世界の闇を操る、災厄の魔女。
彼女は、優しい。
「お前は、お前のしたい事を、すればいい」
「…………」
「お前の行く手を阻む者が居るならば、潰してしまえ。お前にはその力がある」
「…………」
「お前は全てを統べる王。全てを統べる事の出来る、王なのだから」
「……俺は、魔王なんてもんじゃないな」
「そうか?」
「悲しいくらいに、心が弱い」
「……そうだな」
「すぐに泣く、弱い生き物だ」
「その為に私が居る。お前を、お前の心を影から支えてやる。だからお前は、あいつを救うんだ」
「…………ああ、皆で、笑い合える世界を、手に入れよう」
「ああ」
そして魔女は魔王に…………。
悪魔がどれだけ足掻こうと。
神がどれだけ戦おうと。
それでも、世界は続いてゆく。




