《2》仮面の教祖と天使の軍勢。
悪魔が甦った。
それは、神にとって最悪の事態だった。
今まで、神は悪魔を殺すため世界を何度も創り直してきた。
何度も何度も。何度も何度も。
それほどに、神は悪魔を恐れていた。
だから神は、闇の女神の力を使って鎖を編んで、悪魔を何重にも縛って、あの世界から遠く離れた、かなりの数の次元を超えた場所に封印していたのに。
悪魔は、目覚めてしまった。
甦ってしまったのだ。
それは何故か?
答えは簡単だ。
魔女たちが、神の計画を邪魔したのだ。
炎の魔女。
水の魔女。
風の魔女。
雷の魔女。
彼女たちが、神の計画を、狂わせ、軋ませ、異常しくしたのだ。
魔女。
愛に魅了された、元女神。
女神は愛を知ることで堕ちる。
女神の成れ果てた姿、それが『魔女』だった。
けれど女神と魔女が戦うと、何故か魔女が勝つのだ。
魔女は、愛を知っているから。
女神は、愛を知らないから。
だから魔女のほうが女神より強い。
その、女神たちよりも強い、愛に狂った魔女たちの計画。
彼女たちはまず、《眠れる悪魔》を《闇の器》と邂逅させた。
そうする事で、眠れる悪魔は自分で自分を守れるすべを手に入れた。
と同時に、眠れる悪魔の記憶の回帰と覚醒を速めようとした。
まずこれが神にとってのイレギュラーだった。
今まで、何度も創り直してきた世界の中で、眠れる悪魔と闇の器が邂逅した事はなかった。
何かが起こるかもしれなかった。
だが結局、悪魔は目覚めなかった。
次に魔女たちは、光の姫君を眠れる悪魔の傍に置いた。
そうすることで、眠れる悪魔が全てを思い出すことを速めようとした。
が、ここで魔女たちの計画にも狂いが出た。
光の姫君、ヒメが、悪魔と添い遂げてしまったのだ。
これも今まではなかった。
添い遂げてしまった事により、悪魔とヒメの関係がより親密になってしまった。
悪魔の記憶の回帰が速まることが想定された。
このまま行けば悪魔が目覚めてしまう。そう考えた神は予め用意していた『勇者』を送りつけた。
結局、悪魔は目覚めなかった。
念のため、神は眠り続けている悪魔を天嶺牢獄に閉じ込めようとした。
だがまた、計画が狂った。
勇者が魔女に惑わされ、悪魔に同情し、《鳥籠》に送ってしまった。
だがこれはよかった。むしろ好都合。
《鳥籠》の封印術式は堅牢で、神は決して敗れないと踏んでいたのだ。
だから悪魔を鳥籠ごと、∞天の海に沈めた。
神は魔女たちを説得した。これは悪魔の為であるという嘘を教えた。
魔女たちは簡単に信じた。
勇者には、魔女たちが集めていた悪魔の配下を洗脳し与えた。
そうして、二年が経った。
鳥籠が突如として崩壊し、悪魔と闇の器は逃げ出した。
悪魔たちはあの世界へと舞い戻り、劇的な登場で世界中のニンゲンの魂にその存在を刻んだ。
その後悪魔たちは闇の器を真にしようと《世芯》へと向かった。
ご丁寧にも闇の力は使わず、その足で世芯へと向かっていたため神は悪魔を一時的に見つける事が出来なくなった。
そして何より、悪魔の気配が、完全に消えていた。
水の魔女による呪いだ。
水の魔女に解く事を命令したが、水の魔女は解けないのだと言う。
だから神は悪魔たちを発見できなかった。
そして徐々に徐々に悪魔たちはその中身に絡み付いた鎖を元に戻し闇の器に戻していった。
悪魔は眠り続け全てを忘れていたから。
闇の器もまた、幾度もの転生で忘れていたから。
だから悪魔は目覚めた。
悪魔の中身に絡み付いた鎖は、闇の器が【真】になろうとする事で、徐々に解かれていった。
しかし思わぬ好機が訪れた。
世芯への途中悪魔たちは、悪魔天使を回収した。
そのおかげで、神は悪魔たちを発見する事が出来るようになった。
神は世芯へ天使を派遣し、悪魔たちを邪魔しようとした。
そして、悪魔たちは、世界の中心、世芯へと辿り着く。
女神の力を封印した、儀式場へと辿り着く。
そこで、闇の女神は完全に復活した。
悪魔の鎖は、完全に解かれた。
神は天使に、悪魔を殺すように命令した。
が、ここでまた狂う。
天使が、闇の女神の魂を奪い、偽りの神になってしまったのだ。
その所為で。
その所為で、悪魔が覚醒した。
悪魔の大切にしていた闇の女神が瀕死に陥って、悪魔が天使に殺されそうになって、悪魔が混乱して、動揺して、そして覚醒した。
悪魔はすぐさま天使を殺した。
天使とはいえ、闇の女神の魂を喰らったにも関わらず、悪魔に一瞬で消されてしまった。
神は恐れた。
神は慄いた。
その強大すぎる力に。
その凶悪すぎる力に。
その禍々しい存在に。
だからもう、神に時間が無い。
神は勇者に、悪魔を殺せと命令する。
ヒメと交わって、アレを造ろうとする。
世界を、あの世界を、壊そうとする。
だって××××は、悪魔が怖いのだから。
◇◆◇
白い世界だ。
何処までも白い世界だ。
無限に広がる、何もない世界。
その場所に、彼らはいた。
「わーいかぁーんせぇぇぇぇぇ!」
突如、そんな歓喜の叫び声が聞こえた。
何事かと思い、その方向を見ると、嬉しそうにはしゃぐ少女の姿が目に入る。
少女は口元が開き虚ろな目の模様が二つ縦に書かれた仮面をしていた。
少しだけ高貴な雰囲気を漂わせる低反発ソファを独り占めし、心地よく読書していた男は溜息一つ。
笑ったような、それでいて怒っているような表情の仮面に、黒く長く後ろで纏められた髪。
それが男、《教祖》のいつもの姿だった。
教祖は読んでいた本を置いて、彼女、技術開発部のリーダーである少女、赫夜を見遣った。
「やっと完成か……」
なんとか間に合ったようだ。
少女の手には、林檎のようなサイズの淡い赤色に光る玉が握られている。
もちろんそれは林檎ではない。
それは、ニンゲンの魂の塊。
ニンゲンの魂を、集め集めて、ぐじゅぐじゅにして、そして生まれた結晶体。
膨大な魔力を無尽蔵に生成、供給する超高度魔力生成結晶。
《原罪の実》
それがその結晶の名前。
そして約300万。原罪の実を生み出すために使われたニンゲンの数だ。
それが今、赫夜という少女の手に握られていた。
「あっとはーこれっをーセットするだけー!」
とまぁハイテンションなガキは置いておくとして。
やっとこれで、こちらの準備は整ったわけだ。
「なっげぇ準備期間だったなおい」
「まぁまぁ、下準備や仕込みに時間を割いてこそ、目的成功に近づけるってもんですよ」
と明らかに笑ったような目をした、しかし左の目元に紅い涙の模様があり口元が開いた仮面をつけている女は言った。
栗色のセミロング。真っ白な法衣を身に着けているが、その上からでも判る豊満な身体つき。
「そういうもんかね?」
「そういうもんです」
まぁ、そういうもんだと言うのは、彼自身がよく知っているのだけれど。
ここにいたるまで、かなりの時間を費やしてきた。
悪魔と神の聖戦に介入するために、地道に信頼を積んできたのだ。
で、たった今パラダイスは完成した。
聖竜ももう目覚めている。
準備は、整った。
「んじゃ、早いとこ馬鹿で愚かな神様にご機嫌伺いに行って、ささっと出発しますかね」
神をも恐れぬ、不遜な態度。
「て教祖様。もう行くんですか?早くないですか?」
と、教祖の隣にいる、笑ったような右目の下に紅い涙の模様がある口元の開いた仮面をつけた水色の髪の少女は言った。
白い法衣を着けているが、その上からでも判るほどに胸が大きい。
「やなんですけど。マジですか?マジで言ってるんですか?やなんですけどやなんですけど」
「いやいやいや繰り返しすぎでしょ。どんだけ嫌なのよ」
「いやいやいやいや私まだゆっくりしたいんですけど読んでない漫画あるんですけど読みたいんですけど!」
「しらねーし!移動中に読めよ!あと長いし!」
しかし、水色の髪の少女はなかなか引き下がろうとしないので、無視する事にした。
教祖は前を向き、少し遠くで座禅を組んでいる和服姿の男を見る。
男は妙に軽薄そうな表情の、目が四つ書かれた仮面をつけていて、はしゃぎまくる赫夜の話を聞いていた。
「んー、赫夜ちゃんはいい子ですねー」
「でしょー。なのに教祖ったらね、ご褒美くれないんだよー!意地悪するんだー!」
「それは酷いですなぁ。まぁ教祖は昔からそんな性格でしたからしょうがない事ですけれど」
「えー」
「拙者たちが大人になれば気にならなくなりますよー」
「あははじゃぁ教祖は子供かー!」
「そうそう子供子供ー!」
「誰が子供じゃボケどもー!」
教祖は思いっきり手元にあった本を投げつけて、見事男と赫夜の頭に当てた。
「何するのー!」
「全くこれだか教祖は……!」
二人が怒っているが、けれど教祖は無視をする。
無駄に時間を使っている余裕はあまりない。
神は焦っているし、悪魔はもう甦ったのだ。
「はいはいちゅうもーく!」
教祖は両手を打ち鳴らす。
それにその白い世界で動いていた天使たちが、全員行動を止める。
統率力が高い証拠だ。
「いいかテメェら!今から俺は神んとこ行って出撃命令を貰ってくる!俺が戻るまでにパラダイスに必要な物資を搬入していつでも飛び立てるようにしとけ!」
とその言葉に全員が一斉ブーイング。
「ぶーぶー!」
「もうちょっとゆっくりしましょうよー!」
「やだーだるいーめんどいー」
「拙者昼寝の時間が……」
「だーもううるせぇぇぇぇ!」
と、まぁこれが彼らの普段の日常だった。
だが、それも多分、今日で終わり。
神と悪魔の、殺し合いが始まるから。
「とにかく!俺が帰ってくるまでに支度しとけ!いいな!」
そう言って、教祖は消える。
と同時に、ブーイングの嵐は消え失せ、すぐさま準備が行われる。
今までのおちゃらけぶりが嘘のように、スムーズに準備が完了していく。
次に次に物資が搬入されていく。
その光景を、彼女は見ていた。
泣きそうな表情に、両目の下に蒼い涙の模様、口元の開いた仮面。
彼女の美しい金色の髪が、音の無い風にたなびく。
彼女の口元が、緩やかに、曲がる。
「…………」
そして、罪と、罰と、贖いと、約束の物語が始まる。