《1》復活の宴。
そこは城。
多重に結界を張り、霧の魔法を使い、転移魔法の罠を至る所に仕掛け、そうしてまで外界との関係を絶った場所。
決して辿り着けぬと謳われた、暗黒の宮殿。
魔王城。
今は荒みに荒み、廃れに廃れた孤城と化している城。
その謁見の間に、悪魔が降臨した。
彼は城の主。
それを、城に控える悪魔の配下たちが、祝福する。
「お待ちしておりました、魔王様」
そう言って、濃紺の髪の女性は前に出る。
メイド服。
紫水晶の瞳。
魔王城侍給仕使用人長、柊萌黄。
「ただいま、萌黄さん」
彼女は言う。
「こんなにも荒んでしまった城を見て、さぞ驚かれた事でしょう?」
「……ん~、いやでも、仕方ない感じ?」
「と言うわけで……」
と言って、彼女は靴の踵を鳴らす。
カツンッ、という軽快な音が響く。
そうすると、彼女の踵から波がでる。
その波が、城に伝播していく。
その波が通り過ぎるた場所が、新しく、綺麗になっていく。
「おお~」
「お次は……」
彼女が手を叩く。
するとまるでそれが合図かのように、燭台や電球に光が灯り始める。
城が、明るくなっていく。
城が。
城が、生き返る。
城が、甦る。
「改めまして、お帰りなさいませ、我らが主さま」
彼女はそう言って、跪き、頭を下げる。
だから彼は笑った。
変に畏まっている彼女に、笑った。
彼女は年を取らない。
昔は姉のような存在だったのに。
今ではもう、どちらが年上なのか、判らない。
「今宵は世にも綺麗な魔性月。復活の祝いとしまして盛大な宴を催しましょう」
「おぉ、いいね」
「ではでは、これより宴の準備をいたします」
パァン!と手を打つ。
すると配下たちが列を崩し、円を作る。
その場所に、何もないその場所に、テーブルと真っ白なクロスが現れた。
謁見の間の正門が開き、そこから様々な料理が運び込まれる。
瞬く間にして、宴の用意は整った。
彼女は振り返り、高らかに宣言する。
「聞いたかお前たち!陛下は宴をご所望だ!今夜は凄艶な魔性月!完全無礼講!飲んで騒いで食い散らかして、陛下の復活を祝おうぞ!」
『おおぉぉぉぉおおおおお!』
彼らは叫ぶ。主が復活した嬉しさに、喜びに、叫ばずにはいられない。
そうしてすぐに、宴が始まる。
皆が騒ぎ始める。
酒が振舞われる。
笑う。
笑う。
そんな光景に、悪魔も、魔王も笑った。
「…………」
萌黄は振り返り、魔王を見る。
「おかえり、秀兎」
そう言って、拳を突き出してくる。
彼女は笑う。
そんな笑いに、秀兎も笑う。
心が温まる。その温かさが、体にも沁みる。
魔王城侍給仕使用人長、柊萌黄。
彼女は魔王城一の使用人で。
魔王城一の料理人で。
魔王城一の格闘家で。
魔王城一のムードメーカーで。
魔王城の皆の、『姉』なのだ。
「……ただいま、萌黄さん」
魔王とメイドは、拳をガツンと、ぶつけ合った。
それが男らしくて、何よりも彼女らしくて、笑ってしまう。
それから彼女は、ルシアを見る。
「こんばんわ、闇の女神様」
それに、ルシアは目を見張る。自分の存在を認知して、思い出して、目を見張る。
だから。
だから彼女は言った。
「もう女神じゃない」
「ではなんとお呼びしましょうか?」
それに彼女は、笑う。静かな声で、笑う。それの笑みは満足げで、どこか、自嘲的。
「……私は魔女さ。狂った、闇の魔女さ」
それに萌黄は微笑む。スカートの裾を摘んで、軽い会釈をする。
「えぇ知ってますとも。ようこそ我が主の城へいらっしゃいました、闇の魔女、ルシア様」
そう言って、彼女は手を叩く。
するとどういう訳か、瞬く間にルシアの後ろでメイドが五人現れる。
そのうちの一人が、ルシアに両手に手錠をかけた。
黒い手錠だった。
「…………は?」
「…………え?」
秀兎とルシアは、素っ頓狂な声を上げる。
「さぁさぁそんな小汚い身なりでは見っとも無いですよ!これから身の汚れをじっくり洗い流し、清くなりましょうではありませんか!」
詰まるところシャワーだった。
五人のメイドがルシアを担ぎ上げる。
「やめろ!そんなものは必要ない!」
必死に抵抗しようとするが、勝てはしない。元々彼女は近接戦闘系に不得手だし、彼女を担ぎ上げたメイドは、というか城に居るメイドは全て萌黄から格闘レッスンを受けていて、そこらの兵士や傭兵よりよっぽど強いのだから。
「いえいえ一婦女子が身なりを気にしないとは言語道断!秀兎の前に出るなら問答無用ですよー!」
「くそ!なんだ!闇の力が!」
「あ、その手錠はレイア様特製の対女神用手錠でして、それを着けている間は強制的に力を封印されちゃいまーす♪」
「あのババァアアアア――!」
「というわけでお一人様はいりまーす!」
「離せ!私と秀兎は恋仲だぞ!ラブラブカップルだぞ!それくらい気にするはずも無い!助けてくれ秀兎!風呂は暑くて苦手なんだ!」
と、言われましても。
さっきも言ったとおり、彼女たちは格闘の達人なわけで。
……無理っすね。
秀兎は彼女に手を振った。
だってぼこぼこにされたくないから。
「裏切り者ぉぉぉぉぉおおおおお――!」
そんな悲痛な声が聞こえたが、こればかりはしょうがなかった。
だって、ぼこぼこにされたくないんだもん。
「…………あっはっは」
笑う。
何が面白いのか自分でもわからないけど。
でも、笑ってしまう。
「陛下」
とそこで、少しだけクールな美声。
懐かしい声。聞き慣れていた声。
だから魔王は振り返る。
「や、エルデリカ」
そこには、黄緑の美髪を持った女が、跪いている。
魔王城騎士団団長、エルデリカ・ヴァーリエ。
魔王城一の剣豪で。
魔王城一の武将で。
魔王城一の堅物で。
魔王城一忠実な臣下。
「お久しぶりです陛下」
「まぁたお前は堅く苦しいなぁ」
そう言って跪いている彼女の頭を撫でる。犬の服従シーンっぽい。でもこれ、昔から彼女が所望したんだよね。
「騎士団長エルデリカ、陛下の復活を心よりお祝いいたします」
「さーんきゅ。って言おうと思ったけどお前、内心「やったお手軽サンドバッグ帰ってきた~」って思ってるだろ?」
「あれ、私の心が読まれている?陛下変態!」
ごがっ☆
「……ぉぉ……ぁぁぁ……(悲鳴にすらならない声)」
……なんか、人体の(いや自分は人間じゃないから人体と言うのはいささかどうかと思うが)決して鍛えられない『み』から始まる急所に、クリティカルヒットした。ていうか何発入れた?2~3発は入ったぞ……。
「陛下エッチ!」
ごきゅっ☆
「陛下覗き魔!」
どごがががご☆
「ふぅ、やはり陛下でなくては。この感覚、私の熱き拳は陛下でしか受け止められないようですね!」
「嬉しそうに言われても困る!」
「拳こそスキンシップの基本ですよね」
「血生臭い挨拶だなおい!」
ていうかごがとか何!ごがっ☆って!可愛くしても駄目!痛いものは痛い!
お前の嬉しそうな笑顔久しぶりに見たよ!もう見たくないけど!
見るたびに全身打撲とか、もう何、バッドエンド必須じゃねぇか!
「失礼な、大丈夫ですよ陛下。ツンの後に待っている物といえば?」
「……デレ?」
「ドゴ☆」
「史上最悪のヒロイン!」
ツンドゴとかないだろ!ていうかお前はドガドゴだろ!パンチパンチだろ!
「まぁ、とりあえず改めまして、お帰りなさいませ、陛下」
「こういうときだけ礼儀正しいのがムカつく!」
まぁ、いいけど。
懐かしいなぁ。ほんと。
「おっかえりぃぃ――!」
「ぶはぁッ!」
今度は腹部に強烈なタックル。
何かと思えば、桃色の髪。
「いやぁ秀ちゃんおっかえりィィ――!」
「あっはっはっは今度はテメェか何すんだ紅葉ぃぃ!」
痛ぇじゃねぇかこいつぅ!
……いやまじで痛かったけど。エルデリカと合わせて痛み倍増だったけど。
今度はお前か!懐かしいなぁ、おい!会えて嬉しいぞ!
「いたたたーぐしゃぐしゃしないでー!」
魔王城技術開発師団団長、柊紅葉。
彼女は魔王城一の科学狂信者で。
魔王城一の泣き虫で。
魔王城一のマスコットで。
自分の妹みたいな奴。
「いやぁ久しぶりだなぁ!」
「いやぁ秀ちゃんいたたた!」
ちくしょう懐かしいなこの野郎!
「ほらぐしゃぐしゃぐしゃー!」
「きゃー!」
ちなみにぐしゃぐしゃは、頭を撫で回したり髪の毛をぐしゃぐしゃにすること。
こいつ髪の量が凄いから、結構気持ちいいんだよな。枝毛もないし。さらさらしてるし。
「いやぁ、久しぶりだなぁ。相変わらず多いな!」
「んもうやめてよそうやって髪ぐしゃぐしゃするの!髪梳かすの大変なんだから!」
髪梳かすすの大変なんだから?
「お前もついに髪を気にするようになったのか!このこのぉ!」
「きゃー!」
成長を感じるぞ!
「うん、まぁ、元気にしてたようで、なによりだ!」
とりあえずそれだけ言って、紅葉を開放する。
するとそこには、随分と成長した、成長した……。
「って全然成長してなくね?」
「酷い!私これでも成長したんだよ!」
「へぇー、何処が?」
「牛乳が飲めるようになりました!」
「まだまだ子供じゃんッ!」
まぁ、たまに飲めないときあるけど、俺も。
「ってことで改めましてお帰りね~」
「はいはいただいま」
こいつはこいつでこいつらしい。
位も身分も気にしない、天真爛漫なガキなのだ。
「んじゃ、最後は……」
と言って秀兎は彼女の方を向く。
そこに、彼女は居た。
魔王城一の魔術師で。
魔王城一の引き篭もりで。
魔王城一の側近で。
魔王の、秀兎の、唯一の、かけがいの無い幼馴染。
「……ただいま、シャリー」
そう言うと、彼女は微笑む。柔らかく、優しげに。
でもその微笑みが、少し歪んでいるのが、わかる。
長年一緒にいたのだ。エルデリカよりも、紅葉よりも、萌黄さんよりも、ずっと長い。
だから判る。
彼女が今にも泣きそうなのが判る。
だから秀兎は、彼女の頭を優しく撫でた。
ぐしゃぐしゃの黒髪が、もっとぐしゃぐしゃになる。
撫で終えると、彼女はまた、笑う。
と同時に、微かに震えた声音で、彼女は言った。
「……お帰り、秀兎」
そして彼女は、悪魔に抱きついた。
温もり。
鼓動。
全てが懐かしい。
「……ただいま」
秀兎はそう言って、彼女を抱きしめた。
◇◆◇
それから、悪魔は笑い続けた。
久しぶりの仲間たち。
久しぶりの料理。
楽しいひと時。
悪魔は笑い続けた。
もしかしたら、最後になるかもしれないのだから。
心の底から笑って、喜んで、嬉しがって、また笑った。
皆が笑う。
お祭り騒ぎのような、大宴会。
笑い合い、歌を聴き、酒を飲んだりして。
そうして、夜が更けていった。
すみません(汗)紅葉の名前が萌黄のなってましたー!
指摘されてやっと気付きました……orz
速攻で修正しました。すいません……。