第三章《終》.――女神は悪魔に恋をした
なっげー。
目の前に、一匹の悪魔がいる。
小さな、本当にまだ小学生のような体格で。
羽が生えていて、虚ろな真っ暗な瞳で。
幼い頃の、自分。人間の姿をした、化物。
……お前が、お前が俺を、呼んでいたんだな。
そうだよ。
俺は、馬鹿だな。全部、忘れてた。
しょうがないよ。僕は《闇の鎖》で縛られて、弱っていたし。
ごめん、俺。
謝らなくていいよ、僕。それより、ストレスはもう消えた?
ああ、だいぶ、……殺した。
いいよ気にする必要はないよ。だって僕らは弱いから。誰かを犠牲にしなくちゃ生きていけないから。
ああ、……ああ。
で、どう?絶望した?忘れていた事に絶望した?自分の宿命に、絶望した?
……………いんや。
あれれ?
絶望なんか、しない。その前に、やらなくちゃいけない事が、たくさんある。
……あれぇ?おかしいな。今までの僕なら、絶対絶望して、狂って、道を踏み外すのに。あれれ?
はは、母さんたちの仕業だ。そういう風に考えないように、育てられたから。
あああ、ここにきてあいつらが。……ん~これはひょっとしたらひょっとするかも。
とりあえず、どうする?
どうするって、いつも通り。僕は僕と同化して、それで、《約束》を果たす。
約束、ねぇ。
あの子の約束、覚えてる?思い出した?
思い出した。
あはは、だったらもう大丈夫。僕は僕のやりたい様にやればいいさ。
ああ、……ああ。そうする。
じゃあね、僕。
じゃあねじゃないだろ。
あはは……。はははははは……。
◇◆◇
白い世界で、三人きり。
一人は悪魔。悲しい悲しい、十字架を背負った、禁忌の悪魔。
一人は魔女。寂しい寂しい、そう嘆く、闇の魔女の亡骸。
そしてもう一人は……。
「お前は……」
それに、彼女は笑う。
美しい笑みだった。可愛らしい笑みだった。
白いローブに、長い、水色の髪が特徴的で。
顔はよく、見えないのだけれど。
「私は《天使》。こんばんわ魔王様」
「天使……、違う。力が違いすぎる」
「それは私が《教祖》直轄部隊の長だから」
彼女が纏う、濃い魔力。
強い。
「紅十字司教、クロスは愚かにも教祖に楯突こうとしましたからね、私が直々に見張っていたんです」
「なるほど。だからあんたは戦闘に参加しなかったのか」
「ま、私の力じゃ貴方に殺されるのがオチなので、貴方の死角でずっと息を潜めていたと言う訳です」
「はは、そりゃ正しい判断だ」
「で、まぁ今回の事には一応お礼を言っておきます。ありがとうございます、魔王様」
「…………」
「お察しの通り、紅十字司教は血の気盛んの野心家でして、愚かにも神になろうとしている所を貴方が止めてくれたおかげで我々天使の恥を曝さずに済んだわけです。改めて、ありがとうございます」
「……淡々としてるねぇ」
「我々に仲間意識を期待しているならそれは勘違いですよ。我らが信じるのは教祖のみですから」
「あっそ、どうでもいいわ」
「では私はこれにて」
そう言い残して、天使は消える。
次元を裂いて、その中に消える。
けれど、けれどやはり、そんな事はどうでもよかった。
まず、やらなくちゃいけない事がある。
「……ああ、なーんか、こう改まっちゃうと、恥ずかしいなぁ」
なんていいながら、魔女に近づく。
魔女を見下ろす。
顔に触ると、すでに冷たくなっていた。
膝をついて、彼女の上半身を、抱き上げる。
「……ルシア」
安らかに眠る、彼女の顔を見る。
銀色の髪を撫でる。
綺麗だ。
だって彼女は、人間じゃ、無いのだから。
「……ルシア」
さぁ、約束を果たそう。
君を一人にしない。俺はそう約束したのだから。
だから。
「…………………………………………………………」
◇◆◇
暗い、暗い闇の中。
自分を覆う、暗闇。
(…………)
寒い。
暗い。
怖い。
……寂しい。
「……ゅ…ぁ」
呼べない名前。彼の名前。
言おうとして、唐突に思い出す。
自分が、彼を殺そうとしたことに。
何故か。
それは、彼の苦しむ姿が、見たくないから。
彼が、自分の宿命に、十字架に、存在に絶望して、苦しんで、狂わないように。
けれど、それは約束破り。
彼が私の傍にいると、傍らから離れないという約束があるように。
私もまた、彼の傍に居続けるという、約束。
それを私は、破った。
だけど失敗した。
もう少しの所だったけど。
途中で邪魔が入った。後ろから、魂を奪われて、意識が消える。
意識が遠のく瞬間に聞こえた、彼の声。
必死に自分を呼ぶ、彼の声。
それに、涙が出そうになる。
自分を呼んでくれたことに、嬉しくて涙が出そうになる。
もう遭えないことに、悲しくて涙が出そうになる。
……寂しくて、涙が出そうになる。
ああ、結局私は、彼との約束を、破るのか。
嫌だ。
それでもいいと思った。私が殺されるなら、殺されて彼を殺さずに済むなら、それでもいいと思った。
でも。
でも。
……でも、嫌だ。嫌なのだ。
……一人は、嫌だ。
必死に呼んでも、彼の元には届かない。
闇の中。
ここは、全てを覆い、すべてを隠し、全てを飲み込んでしまう、闇の中だから。
このまま自分も闇に溶けてしまいそうだ。
闇になってしまいそうだ。
寒い。
寂しい。
一人は嫌だ。
助けて。
助けて。
助け、て。
心が、折れる。
寒くて、凍える。
自分で温めようとしても、温めようと両手を合わせてみても、やはり温まらない。
絶望が、悲しみが、寂しさが、行き交うだけで、やはり温まらない。
それは皮肉にも、祈りの姿に似ていた。
その姿で、彼女は願う。
助けて。
助けて。
とうとうその姿を崩して、両手で自分を護るように、ぎゅっと、抱きしめる。
その姿で、必死に願う。
寒いよ……。
助けて……。
助けて……。
結局助けを求める自分。
そんな自分に辟易しながらも、助けを求める事を、やめられない。
自分勝手な女神。
自分勝手な魔女。
だれか、誰か私を……助けて…………。
と。
そこで、体が急に温かくなる。
血がめぐって、力がめぐって、体温がめぐって。
自分の存在を認知する事が出来る。
そこで、闇が晴れて……………。
「……………………………………………………………ッ!!!??!」
◇◆◇
「…………」
キスと言う物が、この世界にはある。
接吻、KISS、すなわちそういう事。
改まってしてみると、随分恥ずかしいものだ。
まぁ、ベロチューじゃないだけ、マシだけど。
「…………ッ!!!??!」
ルシアの腕が動き、秀兎の胸を押す。
魂を抜かれ、亡骸となった闇の魔女は、生き返ったのだ。赤面しながら。
「ぶはぁ!お、お前!何をしている!」
第一声がそれだったので、感動場面がぶち壊しだった。
けれどいい。どうでもいい。
生き返ってくれた。よかった……。
「ルシア!」
思わず抱きつく。
ぎゅっと、ぎゅぅっと抱きしめる。
体温を、呼吸を、彼女の温もりを、確認するために。
「お、おおおおおおおおぅ!?!!?」
慌てふためき、赤面するルシア。
涙が出そうになるのだが、我慢する。
泣かないようよに、我慢する。
強く、強く、抱きしめる。
「よかった……」
秀兎は、それしか言わない。
ルシアは、訳がわからなくなる。
――何が起きている?
何が、起きた?
自分は、死んだんじゃないのか?
「………………まさか」
思考が巡って、巡り巡って、思い至る。
絶望的な答えに至ってしまう。
「お前、まさか……」
それに、秀兎が顔を見てくる。
心配するな、といいたげな表情で、こちらを見てくる。
彼の、優しく、禍々しい金色の瞳を見て、ルシアは、絶句する。
「まさか、そんな……、そんな!」
目覚めてしまったのだ。と確信する。
彼は、完全に、目を覚ましてしまった。
では。
それでは、もう、彼は……。
「ルシア」
彼の声。彼の体温。温もり。
その全てが懐かしい。
懐かしくて、涙が出る。
嬉しくて、涙が出る。
けれど。
けれどそれでは彼は……。
「……大丈夫」
それに、涙が出る。
懐かしくて、嬉しくて。
「お前が心配している事は、何も起きはしない。だから、大丈夫」
そんな言葉に、謝ってしまう。
「…………………すまない、すまない……ッ」
彼は狂ってしまう。
狂って道を踏み外して、あの子を……。
そんな事は、駄目なのに。
駄目だって、判っていて、なのに!
「お、お前を、お前を!やっと、そ、その呪われた運命から、解放、出来る、筈だったのに……!」
と、そこでルシアは泣いてしまう。
泣き崩れてしまう。
秀兎は彼女の体を抱きとめながら、内心納得していた。
つまりはこういう事。
彼女は彼女なりに考えて、そうして、俺が、俺がきっちりと目を覚ます前に、殺すことにしたのだ。
そうしなければ、俺は、傷ついて、苦しんで、狂って……と、まるで雪玉が転がるような、七転八倒もいい所のような、そんな未来が、待っているのだ。
覚醒。
そのおかげで、だいぶ記憶が戻った。
まだ少し曖昧な部分もあるにはあるが、まぁそれも補える。
頭痛は、予兆だったのだ。
俺が目覚める、闇の封印、《闇で編まれた鎖》の拘束が弱っている、その証拠。
記憶が回帰する。
暗い暗い、地獄の底。
偶然と数奇。
双子の少女。
光と闇。
愛と恋。
神と悪魔。
禁忌と双子。
誘惑と裏切り。
封印と闇の鎖。
器と鳥籠。
姫。
月。
呪い。
そして、約束。
そんな言葉が、頭をぐるぐる回る。
詳しい情景は、思い出せそうで、思い出せない。
けれど、いいのだ。
大丈夫。
重要な部分は、思い出せる。
何度も何度も失敗して、世界が終わって、それの繰り返し。
世界が終わって、また始まる。
神は、俺を、世界の禁忌を、悪魔を、恐れている。
自分を超えるかもしれない存在に、恐れ戦いている。
だから神は、世界を壊す。悪魔もろとも、世界を壊す。
悪魔を殺す為に、ωを告げる、紅い月を落とす。
世界は壊され、紅い月に喰らい潰され、闇に包まれて、終わり。
本来なら、そこで俺は消える。
だから、目的を達成した神は、世界を創り直さなくてもいいはずなのだ。
でも。
でもヒメが狂っているから。
罪悪感に苛まれ、罰を欲しているから、世界の崩壊に巻き込まれる。
死ぬ。
でも神にはヒメが必要で。
神には、光の器が必要で。
下等な人間から、ヒメの器を創り出さないといけないから。
だから世界を創り直す。
また、悪魔が生まれる
それの、繰り返し……。
それが、今までに起きている、全貌。
神と悪魔の戦い。
聖戦。
化物と化物の、泥沼な戦い。
けれどそれは、別にあまり重要ではない。
大事なのは、約束。
救い出すための約束。
罪から、罰から、救い出す為の、約束。
「…………」
なんて馬鹿馬鹿しい話なのだろう。
結局あいつが、助けて欲しいんじゃないか。
救いに来たんじゃなくて、救われたくて、来たんじゃないか。
「……ルシア」
だったら、救ってやろうじゃないか。
「……秀兎」
「大丈夫、俺は、狂わない。狂う前に、やる事があるから」
「……お前……」
「だから、お前も、手伝ってくれ」
「…………」
その言葉に、涙が出そうになる。
頼りにしてくれた事に、あの子を救おうとしている事に、嬉しくて、悲しくて。
だけど。
だけど。
「……千年待った」
「…………」
「お前と逢えるまで、ずっと、ずっと待っていた」
だって私は封印されていたから。
神様の鳥籠で、まるで人形のように、飼われていたから。
そしてその鳥籠は、神様に護られていたから、誰も干渉できなくて。
だからずっと、一人ぼっち。
世界が壊れて、創られて、彼が嘆いて、彼女が嘆いていく姿を、ずっと、見ているだけで。
老いていく体を転生させて。
そうしていつの間にか、千年。
記憶は無い。知識はある。
その時どう思ったのかは、もう判らない。
でも。
でもそんな事はどうでもいい。
やっと、やっと来た。
私が干渉できる立場に。
それが嬉しくて、涙が出る。
好きだから。
恋をしているのは、本当なのだから。
「……ああ、ああいいとも。手伝ってやるとも。他ならない、お前の頼みだからな」
そういって彼女は笑う。
俺は、その笑顔が好きだった。
今でも好きだ。
そしてもう一人。
あいつの笑顔も、好きなのだ。
だから救う。
今度こそ、間違えない。
この物語りの元凶の、神を殺す。
こいつを傷つけ、あいつを傷付けた神を、殺す。
そうして、こいつと、あいつが、笑って、幸せで過ごせる、世界を。
「ありがとう」
「礼には及ばない」
そうして、悪魔と魔女は、その場から消えた。
◇◆◇
「ああ、ああ、そうだ。やっと、やっと来た」
贖いの時が。
「速く、速く来て。私の、私の愛しい、悪魔様……」
と、そこで足音。
「……ああ、今度は貴方ですか……」
「お迎えに上がりましたよ、お姫様」
さぁ、今度こそ、贖おう。
そして再び、彼の横へ、並べるようになろう。
と彼女は心の中で囁いた。
◇◆◇
そこは城。
多重に結界を張り、霧の魔法を使い、転移魔法の罠を至る所に仕掛け、そうしてまで外界との関係を絶った場所。
決して辿り着けぬと謳われた、暗黒の宮殿。
そこに、悪魔が降り立った。腕には闇の魔女を抱えている。
「久しぶりだ……」
二年。
主を無くした城は、今もその場に佇んでいる。
「だいぶ荒んでるけど、まぁ大丈夫か」
なんて言いいながら、悪魔は進む。
玉座へ。
長い廊下を歩く。
悪魔は神妙な面持ちで進む。
魔女は悪魔の腕の中。
そして、謁見の間の扉。
紅い下地に、金色の紋様。
その扉が、開く。
主を、城の、玉座の主を迎えるように、開く。
そして悪魔は進む。
荒んだ紅いカーペット。その周りには、黒いローブを羽織った、悪魔の配下たち。
その道を悪魔は進む。
玉座へ。
闇の魔女を抱え。
玉座へ。
一歩一歩。
玉座もやはり荒んでいる。
魔女が悪魔の腕から降りる。
そして悪魔は振り返り、玉座に座る。
それに呼応して、三人の配下が前に出て、跪く。
美しい黄緑色の髪の女。
可憐な桃色の髪の女。
そして、暗黒の髪の女。
全部、知っている人だった。
だから悪魔は言った。
「…………やぁ、久しぶり」
それに、彼女たちは言う。
「「「お久しぶりです、魔王様」」」
それに呼応して、後ろの配下たちが跪く。
『お帰りなさいませ、魔王陛下様!!!』
その声に、懐かしい気分に襲われる。
ひどく懐かしい。
二年だ。
もう二年も経ってしまった。
それは、長い。
だから、その長さを埋めるように、悪魔は言う。
「…………ただいま」
これが、悪魔が降臨した、瞬間だった。
気付けばもう12月も間近。学期末テストが近いです。
……なーんて、まぁ例のごとく勉強はしていませんが(笑)!
これからすんげぇスピードで展開していく予定です。
あと二章くらいで終わりですから。
三章はルシアがヒロインみたいな感じですが、ちゃーんと次はあの人がヒロインなんで。
ってペラペラしゃべる前に原稿書こーッと。
更新スピードは多分まぁ変わんないと思います。




