《10》そして悪魔が甦る。
絶叫。
《アァァァァァァァァァァァァァァァァ、アアアアアアアアアアアアアアアアア、アアアアアー!》
まるで、獣のような、咆哮。
心臓を貫かれ、喉は潰れ、体はすでにボロボロ。
出血多量。
呼吸困難。
死ぬ。
死ぬ。
死ぬ、はずだった。
しかし。
しかしながら。
魔王、黒宮秀兎は、その死体と言ってもいいほどのにボロボロの、ボロクズのような身体で、雄叫びを上げていた。
喉が裂け、横隔膜はろくに機能しないほどに、追い詰めた。にもかかわらず。
彼は、立ち上がった。
「な、何?なんだって、なんだっていうんだよぉぉぉぉぉぉ!」
クロスは叫んだ。
神の魂を食い潰し、そして神種となった元天使が、恐怖に慄いた。
一瞬にして混乱に陥った。
その彼が、目の前の、得体の知れない化物に、戦慄する。
化物の目が、徐々に、徐々に、色を変え、変化していく。
《あ、あああ、ああああああ?……………》
魔王の傷が、傷が再生していく。
再生、能力……?
「馬鹿な、なんで、なんで再生……?、なんだ、なんだなんだあの力は……!」
《あ、ああ、あはははは、あっははははははははははは!》
不気味な、酷く耳障りな声。
魔王は言った。
禍々し過ぎる金色の瞳を見開いて、彼は叫んだ。
《グッッッッドモーニーング!》
「な……」
《グッどモーニンぐ世界!ははははは!》
「う、うぅぅ…………」
気味が悪い光景だった。
傷だらけの身体を無視して叫び、封じているはずの力も解放され、とどめとばかりモーニングコール。
狂ってる。
それしか言いようが無かった。
わけのわからない事態が、起こっている。
「いけぇ天呪!あの狂った魔王を殺せぇ!」
ヘンゼルの一声で、亀裂から、天呪が、天使の成れの果てが現れる。
成れ果てた天使を集めて、集めて、固めて、創った兵器。
巨大な、天使の亡骸たち。
対構造物用戦略兵器【天呪】。
本来構造物をぶち壊すための戦略兵器が、稼動する。
一匹の化物を殺す為に。
天呪が、巨大な生き物が、動く。
顔には、笑ったような表情の、仮面。
《はははは!》
魔王は、金色の、黄金の瞳を見張って、笑う。
天呪どもの大群をみて、笑う。
《はは!ははははは!俺を討つか!俺に牙を向けるか!いい度胸、素直に賞賛物だ!だがしかし!低知能なムシケラがいくら集ったところで無駄ナンダヨォ!》
魔王は、右手を突き出す。
天呪どもに向かって突き出す。
そして、《暗黒の光》が、生まれた。
「な、なんだよ、なんだよ、それ……」
魔王の手のひらで、光が、渦を巻く。
黒。
黒光!
「ブ、《悪魔殺し》……」
部下の天使の一人が、そう言った。
悪魔殺し。
黒い光で、悪魔を殺す。
《悪魔殺し》……。
かつて世界を滅ぼそうとした邪竜が宿していた力。
禁忌の、力!
その力が、渦を巻き、球を形成する。
暗黒の、光の、弾丸。
禁忌の、決して触れてはならない、世界の忌みの、塊。
《キエロ!知恵無き愚かなムシケラどもがァ!》
―――――ギュァンッ!
「あ、あ、ああ、ああああ…………」
暗黒の光弾が、物凄い速度で射出された。
大気を裂く轟音。
天呪の大群に、成れ果てた天使どもの塊に、吸収されるように、突っ込む。
そして、爆発。
それはまるで、星が爆発するように。
さながら、超新星爆発のように。
光が爆発した。
暗黒の光が、世界を塗りつぶす。
暗黒の閃光。
――――音は、無かった。
「…………」
やがて、閃光は収まり、光景を把握できるようになる。
天呪どもが、低級なクズどもが、静まり返っていた。
空中で、制止。
まったく、何の音も聞こえない。
天呪どもの羽ばたく音も、目障りな声も、風の音も。
そして、黒い光が、天呪どもから漏れ出す。
違う。
天呪ども、個々の身体から、光が漏れ出す。
暗黒の光が、天呪の身体を、突き破る!
そして、爆発。
ドドドドドドッ、っと、連続する爆発音。
粉々になるクズたち。
《ハッハハハハハははは!はいサヨウナらぁ!知恵無きムシケラどもヨさようならぁ!》
「な、ななな……」
待て。待て待て!
《悪魔殺し》の力は、邪、邪竜が持っているはずだろう?
何故、あんな奴が、《悪魔殺し》を使える?
あいつは一体、何者だ?
「せ、聖獣!聖獣『グリフォン』!」
巨大な召喚魔法陣が構築される。
そしてその魔法陣から、巨大な鳥が出てくる。
頭が鳥の、身体が獣。
聖獣、グリフォン。
《は、ハハハは!聖獣?これが?こんな矮小で弱小な存在が聖獣?ハッははははは!》
魔王は、聖獣の、自分よりも数倍大きい獣の顔面を、掴む。
それだけ。
それだけで。
聖獣は、苦悶の声を上げる。
《俺はお前から、全てを奪う。希望も、何もかも》
聖獣の咆哮。
苦しそうな、悲鳴。
身体を捩れさせ、暴れる。
そして沈黙。
聖獣が、制止する。
圧倒的な力を持つはずの聖獣が、制止する。
やがて。
砂となって崩れる。
聖獣が、砂になって、崩れる。
「なっ……!」
《アッハハははハハハは!》
な、何を、した?
今のは、一体!?
「なんなんだよッ!なんなんだよお前はッ!ナニモンなんだよぉぉぉぉ!」
《何者?何者?は、ははは、ハハハはははは!くだらねぇ!くだらねぇ質問だなぁおい!何者?お前はどう思う?ははは!あっはははははは!》
魔王は笑う。高らかに、そして凄惨に。
《俺は悪魔だよ!決して触れてはならぬ、禁忌の悪魔!それ以外に何がある?それ以外の何に見える?は、ははは!》
「ばか、な……」
あいつは、ただの、闇の力を持った、人間の、はずで。
だから、儀式が終了して、力の譲渡が終わった時点で、アイツは、すでに、人間の、ただの人間の、筈で。
《そうだよなぁ、ただの人間だよなぁ、その筈だよなぁ!?あは、ははは、ははははは!》
思考を、読まれた!?
「お前は、お前は一体……!」
《さぁて、そろそろ反撃といこうかなぁ?》
「ひッ……」
天使が、怯える。
「怯むな!相手は一人だ!光魔法を威力最大で、集中砲火しろ!」
すぐさま部隊は散開。一斉に魔法陣を展開。
その魔法陣の中心に、光が灯る。
濃密な魔力によって生成された、破壊の光の、塊。
《おーおースゴイスゴイ。綺麗だねー。花火?花火かぁー。風流だねー》
それは本当に綺麗な、まるで、星。
「調子こけるのも今のうちだ!放て!」
光線が、魔王を貫こうとする。
まるで流星。
数多の流星。
《あはぁは、中々いい光景だ。んだけどざ~んねん》
悪魔は、一匹の化け物は、手を広げて、言う。
《さぁ、光の全てを、飲み込もう》
すると、霧が、真っ黒な濃霧が、彼の周りで渦巻いた。
それが円状に広がり、光の槍を防ぐ楯となる。
「や、闇……?」
「あ、あれは……」
《ありがとう。そしてさようなら》
謳い上げるように言って、彼は手を広げる。
それと同時に濃霧は晴れ、
そして、
そして暗黒の光が、悪魔の手から放たれる。
それが次々と、天使たちを飲み込み、天使たちが爆発する。
「……!」
殺戮だ。
天使が、暗黒の光に飲み込まれ、静止し、暗黒の光を溢れさせて、ひび割れて、爆発する。
一人、二人、三人、いやそんな物じゃない。三十、四十、五十!
この日の為に、上でえばり腐っている教祖を殺す為に集めてきた天使が、仲間が、同胞が、あっけなく殺されていく。
《決して消せぬ、悪魔の炎》
悪魔がそう言うと、暗黒の炎が天使を包み込み、焼き殺す。
《決して離れぬ、悪魔の水》
悪魔がそう言うと、暗黒の水が天使を包み込み、窒息させる。
《決して防げぬ、悪魔の風》
悪魔がそう言うと、暗黒の風が天使を鎧ごと切り刻む。
《決して流せぬ、悪魔の雷》
悪魔がそう言うと、暗黒の雷が天使を襲う。
「あ、ああ……」
そんな、
そんな、
そんなそんなそんな!
こんな所で、挫けるのか!
やっと!
やっと!
神になったのに!
そんな事。そんな事!
「そんな事が、あって堪るかよぉぉぉぉぉ!」
神は、ありったけの魔力を注ぎ込んで、アレを、悪魔を、世界の禁忌を、光で狙う。
この日の為に。
この日の為に!
どれだけ身を粉にしてきた!
それなのに。
それなのに!
「こんな呆気なく終わらせて堪るかぁぁぁぁぁ!」
《知らないねぇ》
「――ッ」
神の喉が、干上がる。
もう、声も出せない。
いつの間に、後ろに回られた……?
《俺にとっちゃ、お前の事なんてどうでもいい。知ったこっちゃねぇ。だからお前は殺す》
「ま、待て……。そんな事をして何になる?」
落ち着け、落ち着け。
そう言い聞かせる。
そのおかげで頭が冴えてくる。
「お前が俺を殺して……」
《お前、馬鹿じゃねぇの?》
「は……?」
それに、その言葉に、クロスは訳がわからなくなる。
《俺がお前を殺して得する事?あるに決まってんじゃねぇか。そんな事もわからないのか?》
わからない。自分が、何をした?
《お前が喰らった、その魂は何だ?》
「――ぁ!」
それは、死刑宣告。
慈悲は、無い。神は、手を出してはいけない物に、手を出してしまったから。
《お前が喰らった、その魂を、再び奪う》
そう言って、悪魔が神の顔をつかむ。そして。
何かが、引き摺り出される、感覚。
《じゃぁナ神様。偽りの神様。傲慢で強欲な神様……、さようなら」
そして、体に、何かが侵入してくる。
その何かが、体内を、五臓六腑を破壊して、蹂躙して、支配して、大きく膨らむのが、判る。
近づく「死」。
眼前にいる、「世界の禁忌」。
それにクロスは、何も、言えなかった。
◇◆◇
魔女たちが、一斉に顔を上げ、同じ方向を見た。
「……目覚めた」「目覚めた」
「……そうか」
「目覚めた、のか」
「………………」
◇◆◇
神殿でお茶会をしている魔女と、その傍で立っている従者が、同じ方向を見る。
「目覚めたね」
「そうだな」
◇◆◇
その反対側にいた彼女たちも、見る。
「目覚めました」
「そうみたいね」
◇◆◇
城の準備を整えていた彼女たちが一斉に同じ方向を見る。
「あ、目覚めた」
「お、目覚めた」
◇◆◇
アアア、メザメタ。
アクマ、アクマ、アアクマ。
ドウスル?ドウスル?
ヒメはマダか。
勇者はドウシタ?
教祖はマダか。
ハヤク、マジワラネバ。
アレを造らねば。
ヒメ、ヒメ。我らが真ノユウシャ。
ユウシャ。ユウシャ。イサマシキヒメ。
教祖、教祖。ハヤクしろ。
ハヤク、ハヤク、ははははハハは……。
◇◆◇
そして最後に、気付いた。
「ああ、あああ……あああああああああああ!」
自分の行い、過ちに気付いて、絶叫を上げて。
「……、…………」
自分のいるべき場所へ、帰っていった。
やっと物語りも折り返しです。