《9》闇は喰われ光が増し
「ルシアァァァァァァァァぁぁアアアアアアアアアアアア!!」
絶叫する。
状況判断?そんなもん一言で十分だ。
ルシアの魂が奪われた!
「…………う、あ、ぁ……しゅ、ぅ」
そう言って彼女は倒れる。
そう言って彼女は倒れた!
なんだ、なんだなんだ!
「ああああああああ、あああああああああああああ!」
叫ぶ。
直感が、本能が理解していた。
あの、彼女の後ろで立っている男が持つ銀色の光の塊が、彼女の魂であることに。
だから彼女は死ぬ。
魂を奪われたから死ぬ。
嫌だ!
嫌だ嫌だ嫌だ!
「ああああああああああああああああああああ!」
叫ぶ。
認めない。
認めない。
死んで欲しくない!
「五月蝿いナァ。邪魔だよ」
男が手を振るうと、見えない衝撃波のようなものが秀兎の体を直撃する。
「がぁ!」
「ただの人間は黙っていロ」
訳がわからない!
魂を取られたら、彼女は死んでしまう!
魂を奪われたから、彼女が死んでしまう!
嫌だ!嫌だ嫌だ!
「……止めろ、止めてくれ!今すぐそれを、彼女に返してやってくれ!」
必死の懇願。
けれども男は、それを認めない。
「駄目だ。これは私のモノだ。サァサァ頂こう。頂きます」
そう言って男は喰らう。
女神の、闇の女神の魂を喰らう。
「う、あ、ああ、ああああああああああ……」
それに秀兎は、何も考えられなくなる。
思考が埋め尽くされる。
彼女が、死んでしまう。
彼女が、死ぬ!
「ヤメロォォォォォォォォォ!」
されど、男は、女神の魂を、喰らった。
そして。
「ははは!これで俺はもう《神》だ!誰も俺に逆らえない!俺が最強!俺が頂点!ははは!」
そう言って、男は笑う。
赤い十字に、白い修道服。
クロス・ビュートは高らかに笑う。
それ応じて、次元が避ける。
たくさんの、数多の《次元の裂け目》が現れる。
そこから、白い法衣を来たニンゲンのような生き物が、大量に飛び出してくる。
それが天使。
純白の法衣を身に纏うは、天使。
天界に住まう、化物共。
「皆、今宵は良くぞ集まってきてくれた。我が目的は達成されたも同然、これより、我は《教祖》を殺しに行く。賛同する者は鬨の声をあげよ!」
それに、天使どもが雄たけびを上げる。
男の天使も女の天使も、全てが声を上げる。
だが、そんな事はどうでもいい。
問題はルシアだ。
彼女が、死ぬ。
魂を抜かれた所為で死ぬ。
ルシア!
「ルシア……」
衝撃波の所為で足の感覚が無い。
それでも、足を引き摺って、彼女の元へ。
「ルシア……」
彼女の顔を見て、もう何もいえなくなる。
まるで、生気の無い顔。
死んだように真っ青な顔。
それを見て何も言えなくなる。
「あーあ、そういえばお前、まだいたんだよねェ?」
《神》が、笑う。
その笑いに、秀兎の心が、荒ぶる。
どす黒い感情が、渦まく。
「お、お前を、……お前を!」
「殺せないだろう?」
「が!」
正体不明の衝撃波が、秀兎を吹き飛ばす。
「くはっ!……」
血反吐。
もう黒くもなんともない、赤い血反吐。
久し振りに見た気がする。
「あーあー、ホント「人間」って脆いよなぁー。ちょっと小突いただけで血反吐はくんだから」
小突く?あれで?
「ち、もうちょっと踏ん張れよ元魔王様ッ!」
恐ろしい速度の足蹴りが、腹部にヒット。
強烈な打撃。あばら骨が何本か折れた。
それからも続く、蹴り。
「はぁ、結局、お前は闇の力に縋るだけのただの人間か」
拍子抜けだよ、と神。
「け、けはっ……はぁ、はぁ」
吹き飛ばされ、蹴り続けられる。
思考が、ぼやけ始める。
血を、流しすぎた。
「けけ、まだ息あんのかよ、さすが元魔王様」
秀兎は、ぼやけ、半分くらい冷静になった頭で、精一杯の反撃をする。
「け、ほざけくそ神父……」
「ちっ!」
あからさまな不快を顔に表し、殴られた。
「俺は神だ。もう神父じゃねぇ。天使じゃねぇ!《闇の女神の魂》を喰った。そして俺は進化したんだ!だから俺を、そんな風に呼ぶんじゃねぇ!」
「お前は、……はぁ、絶対、神になれない」
大体、神様ってのはそんなクソ汚い言葉遣い、しねぇんだよ。
「ち、テメェ、減らず口ばっか叩きやがって、気にいらねぇ」
「は、気に入らなくて、……結構だ」
「ムッかつくなぁオォい。もう喋んなよ」
ヒュッ、と何かの音がして。
衝撃。
地面に切り倒され、喉に激痛。
喉を、潰された……。
「はは、これで戯事は吐けねぇだろ?もう動けねぇよな、そんだけ血をだしゃ」
そうして、神は笑う。
いい事を思いついた、といって笑う。
「んじゃあ、こっからが本番だ。お前にとっておきの悪夢を教えよう」
悪、夢?何、言ってるんだ……?
神は、高らかに、まるで、ミュージカルのように、言う。
「昔昔のあるところに、一匹の愚者が住んでいました~。そいつは元は女神という、それはそれは美しい少女でしたがあ、世界の禁忌に触れてぇ、鳥かごに幽閉されていましタァ。愚者は言います、一人ぼっちの鳥かごで叫びます。「タスケテ、助けて、誰かワタシヲ助けて!」しかぁし、残念な事に、その鳥かごでは何を言っても外にとどかナァっかたのです!」
な、んの、話だ……?
「シカシしカァし!その鳥かごに偶然、一人の《人間》が迷い込みまぁす!なんの因果でしょうか?なんの偶然でしょうか!」
………………あ、ああ、なる、ほど……。
これは、そ、うか。俺と、ルシアの……。
「愚者は思いました。思ってしまいました!それはなんとも醜く、なんとも卑しく、なんとも吐き気のする、そんな事を愚者は思いつきましタァ!なんだと思うよ?えぇ、元、魔王様?」
な、なんだろう、な……。
きっとろくでも、ないこと、なんだ…ろう……。
「わかんねぇよな!わかんねぇよな!だってお前は他人も自分も愛さない、他人も自分も信用しない、他人にも自分にも興味を持たない、そういう奴だもんナァ!?」
そ、んなこと、な……。
「そんな事ないって思ったろ?だけどちがいまぁす!だって鳥かごに迷い込めるのは、そういう奴なんだからナァ!」
そ、ん、……な。
「そして愚者は言います。「ねぇ、力が欲しい?あげよう。全てを、全部を呑み込む力を。だから来て。私の所へ。そして触って。開放して。受け止めて。私を、私の全てを、抱き止めて」それは誘惑です!彼女からの精一杯の誘惑です!そして馬鹿な人間はそれに応じて力を引き継ぎます!魔女は思います。さぁさなんて思ったと思う?元魔王様、あそこで磔にされている魔女は、お前に力を引き継いでなんて思ったと思う?」
…………。
「馬鹿が!かかった!これで私は自由だ!呪いも無くなった、さぁ復讐だ!私を落とした神どもに復讐してやる!こいつを使おう!この馬鹿な人間を使って復讐だ!」
…………。
「つまりお前はなすり付けられたんだよぉ!鳥かごの封印は闇の女神にしか反応しない。闇の力を一時的にお前に移し、女神は魔女へ、そして時が来て、力を帰してもらう!結局お前は利用されるだけされて、最後には捨てられる。裏切られる!」
……。
「幼少時代に何があったかしらねぇが、テメェマジで運ねぇよ。ていうかマジ薄倖、利用されるだけされて、最後に捨てられるとか…………はっははははは!マジうけるんですけど!」
…………。
そ、うか。
やっぱり、俺は、利用されるだけされて、捨てられる、のか。
結局、最後まで、そんな人生、なのか。
世界中の憎しみを集める為の、「象徴」
父親の、魔王という、立場を擦り付けるための、身代わり。
その他。
家族の裏切り。
親友の裏切り。
世界から弾き出され、魔女と共に、過ごす生活。
そして最後に、その、共に歩み続けた魔女にも、裏切られる。
誰も、俺を見ない。
誰もが、俺を、都合の良い、「何か」だと…思っている。
さすがに、それは、行き過ぎかも……知れないけれど。
まぁ別に、どうでもいい……。あいつも、死んだし。
裏切りには、慣れているし。
傷付く、心も、無い。
人を愛せないのも、人を好きになれないのも、人を信用できないのも、心が、どっかに、いってるから。
ああ、あながち、こいつの言っている事も、嘘じゃ、ねぇかもなあ……。
俺は、ああ、そういえば、本気で好きになったりとか、した事、無いかもな……。
ヒナにも、悪いことしたなぁ、本気で好きになって、なかったのかも。
どうだろう、酷く昔の事に思えて、あの時自分が何を思っていたのか……ッ、全然思い出せないや。
心が、無いから。
心が、無いから、自己犠牲だって、平気でできるし、無気力だった、のかなぁ……。
いや、無気力なのは。もとから、かなぁ。
やっぱ人生、適当だよな……。
あ……れ?なんで俺、こんな、こんな平然と、してるんだろう?
死ぬの、怖くない…や。
死にたがって、たのかな、俺?
そうかも、俺、死にたかったの、かも……。
ああ、ああ、そうか、そうだった、のか。
俺は結局、裏切りに疲れて、心が疲れ果てて死んで、それでやっと、てことか……。
あいつも死んじゃったし。
もう、いいや。
死ん、でも…いいや、全部、メンドい。
面倒臭い。
どうせ生きてたって、何も出来ないだろうし、誰も、か、悲しまない、だろうし。
もう全部、どうでも…………。
もう、眠い。お休み。
……。
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……………ぁ、お…………………。
………………。
……ああ、あああ、あーあーあー、おーい。何やってんのー?まじ何やってんのー?安らかに死のうとするなよー、マジでー。《約束》があるだろう。あの《約束》。あの子が泣いてる。助けろよ、あの子との《約束》も忘れるなよ。ほら、泣いてる泣いてる、起きて、起きて。はやく、はやくはやく、あの子が泣いてるよ。はやく目覚めろよー、ねむってんなよー。諦めてる場合じゃないよ。
……お前は、だ、れ…………。
寝言言ってる場合じゃないよ、起きろ、そして約束を果たせ、交わした、全部の約束を。
………………。
なんだよー、マジで速く目を覚ませよー。
……邪魔、すん……。
目覚めろよ、《僕》。
……あ……?
寝事言ってんじゃねぇよ僕。はやく起きろ僕。目覚めろ僕。
…………。
思い出せ、全部。僕の中にある、全部を、封じられた記憶を。忘却の檻を破れ。眠るな、さぁさはやく……目を覚ませ。君の望むままに、君の思うがままに、全てを、開放しろ。さぁはやく……………………目覚めろ。
……………。
…………。
……あ、あーあー、ああああああああ、
「あ?」
秀兎は、手を伸ばす。震える、その手で、遠くはなれた、ルシアに向けて。
「何こいつ、まだ生きてんの?」
神は、無慈悲にも、剣を構える。
「さっさと死ね!」
そしてその刃は、愚か者の心臓へ。
……ああ、ああそっか。やっと判った。
気分はどう?
最悪、気持ち悪い。体中痛いし。
んじゃ暴れよ。思いっきり暴れて、とりあえずストレス発散だー!
ああ、そうする……。
◇◆◇
……そっか、そうだっけ。俺は、俺は、そうだ。俺が、……。
◇◆◇
…………さぁ、目覚めよう、僕。
◇◆◇
変な、おかしな、ノイズのような、何かが聞こえた。
《がひゅ、……あ》
「あン?なんだこいつ……」
神は言うが、そのノイズは、続く。
《あ、ああ、ああ……》
神は眉をひそめるが、彼はそんな事は気にしない。
だって彼は。
《アァァァァァァァァァァァァァァァァ、アアアアアアアアアアアアアアアアア、アアアアアー!》
だって彼は、世界から拒絶された、禁忌の《悪魔》なのだから。