《7》降臨式
すぐさま周囲を確認する。
ルシアとビーチェを発見。安心しながらも、緊張な面持ちで正面を向く。
暗黒の魔法陣。
その中央には、あの鳥籠で見た物と同じような白い剣。
「あれは……」
「今からあの剣を解式する。お前も手伝え」
「……りょーかい」
ルシアが剣の柄に触れる。秀兎もまた、同じように剣の柄に触れる。
力が五分五分の所為か、やや弱弱しい闇を操作して、術式の防護を潰す。
「――、−−−−−。−−−」
と魔女は言うので、秀兎も呪文を唱える。
この呪文は、術式を解析、走査を自動で行う為の祝詞。
【ディディ、ラーリエト。ディア】
ちょっといつもとは違うような声音が、響く。
すると。
「…………」
膨大な、それでいて緻密で複雑な術式が、彼の目の前に現れた。
いや、現れたというよりは見えたと言った方が正しい。
実際、柄に触っていないビーチェにはこの複雑な術式は見えていないだろう。
「……どんだけ~」
一発目からやる気を削がれてしまった。めんどくせぇ。
「ブツクサ言ってないでさっさとやれ」
魔女は物凄いスピードで術式を解析、走査している。
指をくいくいと動かし、ぐいぐいと術式を走査していた。
「了解」
秀兎も侵攻を開始する。
くいくいと指を捻り、動かし手のひらを返し、ぐいぐいと走査していく。
していくうちに、その術式が何かを封印するものだというのがわかる。
しかも凄い光の力が込められていて、その封印物をさらに堅牢に封印しているようだ。
まぁ、十中八九《闇》だろう。
光の対極なのだから。
しかし、
「……お?お?意外と簡単じゃね?」
「……ああ」
「おかしいな。なんでこんなあっさり?」
「何故だ?神共はまだ何かを残しているのか……?」
とそんな事を思っているうちに、走査が完了する。
術式の解析が完了した。
「引き続き解式を行う」
「りょーかい」
ぐいぐいと介入し、ぐいぐいと解式。
それを五分ほど続けて。
「解式完了」
白い剣が、ガラスのように砕けて、バラバラになる。
扉の封印と違い、この剣は剣自体が封印術式だから、解式すれば崩れるのは当然だ。
それに応じて、暗黒の魔法陣が、輝き出す。
「…………」
秀兎は、
「……どうした?ビーチェ」
ビーチェの異変に気がついた。
彼女の顔は少しだけ青ざめている。そして自身の体を抱えるようにしながら蹲っている。
「……くっ!う…………」
「お、おい!どうした!」
「…だ、大丈夫。ちょっと……!」
全然、まったくと言っていいほど大丈夫には見えない。
髪が、髪の色素が抜け始める。
髪が、白くなる。
「おいルシア!」
「…………」
しかしルシアは黙る。
黙って彼女を見つめる。
「おい!聞いてるのか!ルシア!」
そして彼女は。
ビーチェ・アヴィーマステマ・ダークキスは。
「ぐ、ぁ。ああッ!」
「…………ぇ?」
彼女は……、
ニンゲンではなくなってしまった。
◇◆◇
漆黒の翼。
暗黒色の、天使の翼が、彼女の背中から、生える。
それを広げ、彼女は立ち上がる。
「お、おい……」
しかし彼女は彼を見ない。
ただ、闇の魔女を見て、
「……お久しぶりです。ルシア様」
と、恭しく言った。
「久しいな。アヴィー」
「またこうして出会え跪ける事、恐悦至極にございます」
「世辞はいい。式の準備をしろ」
「了解しました。では、これより降臨式の支度をいたします」
彼女が手を振ると、左右に闇の眷属が現れる。
たくさんの、世界中の闇の眷属が現れる。
「者共、支度しなさい。まずは七つの大罪を司る柱魔をここに」
すると、魔法陣の上に、七匹の悪魔が現れる。
その悪魔たちに向かって、彼女は言う。
「さぁさぁ柱魔たちよ、我らが王女の復活を支えなさい」
彼女が、
「傲慢のルシファー」
と言うと、深緑の髪の男が黒い霧を纏い、蛇の装飾を施した黒い杖になる。
「嫉妬のレヴィアタン」
と言うと、灰色の髪の女が黒い霧を纏い、同じく蛇の装飾を施した黒杖になる。
「憤怒のサタン」
と言うと、赤茶の髪の女が黒い霧を纏い、同じく蛇の装飾を施した黒杖になる。
「怠惰のベルフェゴール」
と言うと、橙色の髪の男が黒い霧を纏い、同じく蛇の装飾を施した黒杖になる。
「強欲のマモン」
と言うと、土色の髪の男が黒い霧を纏い、同じく蛇の装飾を施した黒杖になる。
「暴食のベルゼビュート」
と言うと、濃青の髪の女が黒い霧を纏い、同じく蛇の装飾を施した黒杖になる。
「色欲のアスモデウス」
と言うと、黄土の髪の女が黒い霧を纏い、同じく蛇の装飾を施した黒杖になる。
その杖が、魔法陣を囲むように、地面に突き刺さる。
「な、何が……」
秀兎は、いったい何が起きているのか、解らない。
「……………あいつは、自分のことを、悪魔天使と言ったよな」
魔女は、少しだけ小さな声音で言う。
「悪魔天使とは本来、悪魔の軍勢を率い、人を試す天使だ。悪魔を率いる資格を持っている。私は彼女の記憶を封印し、然るべき時まで彼女を人の世界に住まわした」
「……然るべき時、ってのは」
「ああ、今、あいつは封印されている私の力を正式に引き出そうとしている」
「……待て、あいつは、あいつはニンゲンの筈だろう?ただちょっとした偶然でお前の力を宿した、ただのニンゲンなんだろう?」
「違う」
「な!」
「あいつはニンゲンじゃない。私が記憶を消して、自分の存在を忘れていただけだ。あいつは私の眷属。私の従者。私の部下」
「な、なんで、なんであいつを……」
「私は昔、ひとつの罪を犯した。その所為で鳥籠に入れられた。私はあの神共に復讐しようと必死だった。あれも、その復讐の為に蒔いた種の一つなんだ」
……何を、言っている?
いや、さすがに混乱してきた。
ビーチェは、ビーチェ・アヴィーマステマ・ダークキスは。
元からニンゲンじゃない?
あいつは、自分の所為で母親が死んだと思って、それで絶望して、そして親しい人たちに忘れられて、それでまた絶望して、いやこんな話をしている場合じゃない。
彼女は、ルシアの、部下?
…………。
………。
……違う。
違うそうじゃない。今俺が考えているのはそんな事じゃない。
……そうだ、今は何が起こっている?
なんで、二人は今の現状を把握している?
何故、俺だけ?
……そうだ、これは、疎外感。
今俺は、疎外感を感じて、戸惑っている。
やめろやめろ、そんなの考えるな。
「さぁさ悪魔たち、我らが王女降臨の祝詞を捧げなさい」
ビーチェが言うと、悪魔たちが祝詞を捧げる。
まるで聖歌隊のような綺麗な歌声が響き渡る。
そして、魔法陣の輝きが、より一層増す。
「……私は、私はあいつと出会い、あいつと会話する事によって、あいつが私の部下であり、悪魔天使なのだという事を思い出した。はは、自分の蒔いた種を忘れるとは滑稽な話だ」
「……じゃあ、アイツは」
「悪魔の台頭。悪魔長。闇の眷属頭。そして、闇の巫女」
「…………」
それに秀兎は、何も言えなくなる。
何を考えてるのか、わからなくなる。
「準備が終わりました。ルシア様」
「ん、では、降臨式を行おう」
ルシアは魔法陣の中心へ。
光が、銀色の光が、膨れ上がる。
眩しくて目を瞑る。
最後に、最後に彼女はこちらを向く。
秀兎の方を向いて、そして。
悲しげに、微笑んだ。
◇◆◇
光が止み、秀兎は目を開ける。
すると目の前には彼女がいる。
完全に力を取り戻し、美しい銀へと変わった、艶やかな髪。
細い、しなやかな肢体に、美しい肌。
悪戯っぽい、吊り気味の、鮮血を湛えた瞳、長い睫毛。
可愛らしい様で、それでいて大人びた、不思議な容姿。
闇の女神が、降臨した。
神聖な雰囲気が肌に沁みるようだ。
彼女は、優しげな、それでいて憂いを帯びた表情で、秀兎を見遣る。
悲しそうに微笑む。
ビーチェが言う。高らかに宣言する。
「我らが王女は降臨された!」
それに呼応して、悪魔が雄叫びを上げる。
しかしその雄叫びを、女神が手を振って制する。
「……手出しをするな」
それに秀兎は戸惑う。
何の事なのか、全く理解できなくて戸惑う。
「……コイツは」
女神は。
闇の女神は悲しげな微笑みを崩し、無表情をつくり、
「……私が殺す」
とそう言って、凄惨に笑った。
はいはい急展開。まだまだありますよー。
急展開、急展開、急展開ー!って感じで。
のんびりしていた分、すげぇ速いと思いますが、読んでくれたら嬉しいです。




