《5》贖罪の剣。
次元の裂け目をくぐって、くぐって、くぐり続けて、そこにいる化物を殺して、殺し続けて。
そうして辿り着いた場所は、墓場だった。
生物の存在しない、瓦礫に覆い尽くされた、ただ虚しく悲しいだけの墓場だった。
全てがそこで葬られ、弔われ、そうして出来た墓場。
絶望だけが渦巻く、その場所に、彼は立っていた。
真っ白な服だった。
銀色の装飾の控えめさと相まって、とても神聖な雰囲気をかもし出している。
「ここが、墓骸の大聖堂神殿か……」
それが、この世界の名前だった。
別名はヴァルハラ。
戦と死を司るオーディンの宮殿。
実はもうとっくに死んでしまった老神が住んでいた宮殿の、成れの果て。
ついに勇者は、辿り着いた。
やっと、やっとこの場所に。
思いの外、時間がかかってしまったが。
それでも、辿り着いた。
「ふぅー……」
今までの事を、少しだけ反芻する。
国を併合しては、そこに存在する次元の裂け目を使って次元を超えて、別の空間に赴いては探して、探して、探し続けて。
長い道のりだった。
小さな《約束》から始まって、どういうわけか世界の未来を見て、それをどうにかしようと契約して、そうしてここに至った。
探して。
探して。
探して、追い求めて。
そうしてやっと、見つけた。
誰も泣かない、誰も不幸にならない世界を創る為の、鍵。
《贖罪の剣》
そう呼ばれる、聖剣が、勇者の目の前にひっそりと佇む寂びれた神殿にあるはずだった。
「………………はは」
あまりに滑稽過ぎて、笑ってしまう。
何が、何が誰も泣かない世界だ。
戯言にも限度があるだろう。
現に今、世界は泣いているじゃないか。
世界中の人間も、泣いているじゃないか。
そして僕も、泣いているじゃないか。
間違えてしまったから。
どうやら僕は、もう道を踏み外してしまったらしい。
取り返しのつかない間違いをしてしまったようだ。
「………………………」
「いいの?」
不意に、彼女は聞いてきた。
いや、彼女には本来性別というものがないのだけれど、まぁそんな事はどうでもいいか。
彼女、ファウル・クリークスは、聞いてきた。
「……何が?」
やさしい声音で聞き返す。本当は、彼女が何を聞きたいのか、知っている。
「知ってるくせに。ここが最後なんだよ。ここが、本当の地獄の門。一度入ったら、もう二度と後戻りは出来ない。それくらい、お前も解っているだろう?ニンゲン」
「…………」
彼女は、ニンゲンじゃない。
彼女は、悪魔だ。
それも凄く位の高い、貴族の悪魔だ。
しかし彼女の髪は白い。
悲しいまでに白くなってしまった。
彼女の世界が《神》に支配されてしまった所為で、彼女の艶やかだった黒髪は、真っ白になってしまった。
「俺が、俺がもっと強ければ、お前の髪も、白くならずに済んだかもな」
「だよねぇ。ったく、憎たらしいなぁあのクズ野郎ども」
「……………まぁ、お前が俺を心配してくれるってなら、嬉しいけど」
それに悪魔は、笑う。
「心配?じょ~だん、なんで僕がお前の心配しなくちゃいけないの」
「えぇ~。俺的には、もうお前、俺の仲間だーって事になってたんだけど?」
「ないない。僕がお前の仲間になるなんて絶対」
「あ、やっぱり?んじゃ、なんでそんな事聞いたの?」
「え~?そりゃだって、一応は止めておかないと」
その言葉に、勇者は思う。
ああ、そうか、そうなんだな、と。
悪魔の言葉を反芻して、思う。
本当に、ここが地獄の門だ。
引き返すのなら、今しかない。
けれど。
けれど勇者は止まれない。
引き返す事は、出来ない。
だって勇者は、呪われているから。
神様の《加護》が、引き返す事を許さない。
「俺は、引き返さない」
引き返せない。
そうして勇者は、神殿に入る。
一歩、神殿の門をくぐろうとすると、押し返すような力が働いた。
まるで、勇者を拒むように。
まるで、勇者を試すように。
「……くっ」
だが、勇者は止まらない。
少しだけあった抵抗感を、無理矢理押し返す。
すると、ガラスの割れたような音が周囲に響き渡る。結界を破ったのだ。
彼は、進む。
迷わず進む。
一歩一歩、確実に、着実に、しっかりと、進んでいく。
突然、化物の声が響く。
《ボォォォォォ!》
耳障りな声で、黒いスライム状のモンスターが、どちゃっという音と共に現れた。
勇者はそれを知っている。
《聖剣》を護る為に創られた、守護者たち。
決して勇者の手に渡してはいけない聖剣を護り、部外者を殺してきた、魔物たち。
そのスライム状の化物が物凄い勢いで飛び上がり、勇者を呑み込もうとする。
「……ああ、ああ、またか」
また、この力を使うのか。
そう思うと気が滅入るが、そんな事は気にしていられない。
「……本当に、荒っぽい事は、嫌いなんだけどな」
いつだってそうだ。
いつだって勇者は泣く。
荒事は、嫌いなくせに。
どんどん、荒事の方へ進んでいく。
「……ごめん」
勇者は、黒いスライムに、右手を振りかざす。
スライムが、勇者の腕に纏わりつく。
そして、スライムは彼の腕に吸い込まれた。
いとも簡単に、スライムは勇者によって捕食され、存在をかき消された。
「……ぐ、ぐぁあ!」
突然の激痛が、勇者の体を駆け巡る。
油断したら気が飛んでしまいそうなほどの激痛が、勇者の体を内側から蹂躙する。
けれど、その痛みを勇者は堪える。
汗が滲み出してくるが、耐える。
その痛みは、すぐに引いた。
「ふぅ……」
今までにも幾度となく今の力を使ってきたので、痛みがすぐに引くのは解っていた。
けれどやはり、
「この痛みは、慣れないな」
邪魔な化物を排除し、勇者はゆっくりと、歩を進め始めた。
それから何度も、黒いスライムは勇者に襲い掛かってきた。
その度に、全てを喰らった。
そして勇者は、神殿の奥に辿り着いた。
今はもう、昔の荘厳な雰囲気を見ることはない、古びて寂れた玉座の上に。
それはあった。
《贖罪の剣》は、あった。
聖剣。
聖剣と呼ばれる、呪われた剣。
ジュワユーズ。
それは、紅い。
血のように紅い刃に、真っ白な柄。
その真っ赤な剣を見て、勇者は呻く。
その剣から溢れ出る、絶望が、少しずつ、勇者の体を蝕み始める。
「……はっ、これが、聖剣?」
こんな、絶望を纏う剣が、聖剣?
笑わせる。荒唐無稽にも、程があるだろう。
勇者は一歩、また一歩、聖剣に近づいていく。
「……う、く、……ッ」
絶望が、自分の周りに纏わりつく。
言い様のない虚無感。
耐え難いほどの喪失感。
全てを失ってしまった時に生まれる、馬鹿みたいに大きな、絶望。
それが、勇者に圧し掛かる。
心が、折れてしまいそうだった。
精神的苦痛。
じわじわと、じわじわと、勇者の心を、蝕み始める。
自分の頬を伝う何かを感じて、勇者は眉間に皺を寄せる。
……泣くな。
耐えろ。
耐え抜け。
呪いがそう囁く。
「うるさい……」
耐え抜け。
「うるさい……」
タエ抜け。
「う、るさいっ……」
タエヌケ。
「うるさい!!」
……………………。
そして。
そして勇者は、剣を引き抜いた。
そして勇者は、絶望を、贖罪の剣に溜め込まれた全ての《絶望》を、背負い込んだ。
勇者は、心臓をつかむように、ぎゅっと、胸部の服を、握る。
動悸が激しい。
息が切れる。
なにより、心が痛い。
「は、は、はは、ははは…………」
膝をつく。
立っていることだけでもかなり辛い。
「…………久しぶりに、疲れたよ」
自分に言い聞かせるように。
自分の好きな人に、聞かせるように。
彼は、呟いた。
彼の手に持つ剣が、少しだけ脈動した。
◇◆◇
「…………」
その光景を、凄く遠く、遠く離れた所から見ていた彼は、少しだけ目を細める。
彼のその表情を見た少女は、少しだけ不思議そうに首をかしげて、
「ねぇねぇ、どうしたの?」
そう聞いた。
それに彼は、笑う。
「いや、どうもあの勇者は普通じゃねぇなぁと思って」
「ええ~?でもあれ、元は普通のニンゲンだよ?」
「そうなんだけどさぁ、なんつうの?心?心が異様に強いというかさ、全然折れそうにないんだよ、結局あの剣を引き抜きやがった」
「ふ~ん、そりゃ人間にしちゃ凄いね。ニンゲンなんて、逃げて逃げて逃げまくるだけのおろかな種なのに」
「ああいうニンゲンが、世界を変えていくんだぜ」
「ニンゲンに興味なーい」
少女は、そんな事を言う。
やわらかいクリーム色の髪に、やや吊り気味の瞳。
どことなく、無邪気な妖精を思わせる容姿だった。
少女は、悪戯っぽい笑みを浮かべて、言った。
「《教祖》には興味あるよー?」
なんて、艶っぽい笑みを浮かべてくる。
「はいはいお世辞ありがとう」
「お世辞じゃないよー」
不満顔になるが、まぁ彼女は日々点数稼ぎに勤しんでいるので気にしない方向で。
「んでぇ、お前が俺んとこに来たって事は、もう大体完成したの?」
「うん、もうあらかたの作業は終わったから、後は魔導炉と魔法結界陣を刻み込むくらいだよー」
「はぁーん、偉く仕事が速いなぁー」
「偉い?偉い?」
「偉い偉い。でもアレはあげないからな」
「えー!どけちー!」
ぶーぶーとうるさい部下は放って置いて。
教祖は少しだけ、勇者について考えてみる。
まず、彼について情報を整理。
彼は元ニンゲンであり、元々は王族だ。
ただの王族じゃない。昔、御伽噺になるくらい昔に栄えた《支配者》の、たった一人の生き残りだそうだ。
彼が生まれたのは、満月の夜。
煌々たる満月の光を浴びて、彼は産声を上げた。
揺り籠は、よくわからない鉱物だったそうだ。
丸い、よくわからない鉱物の塊から、彼は生まれた。
その時の様子を、頭の中で再構築する。
中央大陸の、もう滅んでしまった国の、一番大きな聖堂の中。
奥の奥。
そのよくわからない鉱物の塊が、何重にも施された強力な結界で安置されていたそうだ。
そして。
そして、とある満月の日。
彼は生まれた。
その国は滅んだ。
まず恐ろしいほどに巨大で大量の雷が、その聖堂を含めた国全土を破壊し蹂躙した。稲妻が国土を抉り、もとい耕していたそうだ。
次に大火災が起きた。炎は急速な勢いで周りに引火し肥大していった。まるで巨大な炎の巨人が暴れているようだったそうだ。
そして猛烈な暴風雨が国を襲った。凍えるような風と冷たい雨が人々を襲い、国土を荒らし、家屋を洗い流し吹き飛ばす。まるで旧神話上の最後の審判のようだったそうだ。
そして、全てが消え去った平野に、それはあった。
鉱物特有の光沢なのか、月光が反射して美しい白だった。
それは、《卵》のようだった。
そして、その《卵》のようなよくわからない鉱物から、彼は生まれた。
満月の光を命一杯に浴びて、彼は、小さな小さな産声を上げた。
それから、どういう経緯か、彼はニンゲンになる。
成り下がる。
よくわからない呪いをかけられたそうだ。
その呪いの所為で、彼は《支配者》の力を封じられた。
空へ昇る力を封じられ、空を飛ぶ資格を封じられた。
これが、彼が《呪われた皇子》と呼ばれる、所以だ。
そして彼は、ニンゲンに成り下がった彼は、頭の狂った王が支配する国に孤児として生き、その国が滅びると旅に出て、ある決意をし、それからやっと、彼は神の《加護》をかけられた。
世界を。不幸の無い世界を。誰も泣かない世界を。
彼はそんな世界を欲して、でも自分は弱いからと嘆いて、そして神に利用された。
絶望の勇者。
全ての絶望を糧に、悪魔に戦いを挑む、神の使徒。
彼は、それになった。
「…………胸糞わりぃ」
神。
頭の狂った、神共。
そしてその神共が最も危惧する存在。
《悪魔》。
全ての歯車が、ピースが、パーツが、欠片が、今も刻々と、徐々に、配列していく。
物語りを動かす為に。
これが《ω》の話なのか、それとも新しい《α》の話になるのかは、まだわからない。
けれどやはり、神共は焦っている。
悪魔が、あれが目を覚ます前に、世界を壊そうとしている。
悪魔の存在ごと消し去ろうとしている。
……チャンスは、今しかない。
「……さぁて、そろそろ俺らも動こうかね」
と、《教祖》は不敵な笑みを浮かべた。
さぁ、そろそろ勢力図が整ってきましたー。
ちなみに、《支配者》の存在は一度本文にてこっそりと説明したことがあります。
気付けた方はご一報くださーい。……なんて別にどうでも良い事ですね。
とにかく、最近は色々バンバン出てきています。皆さんついてこれてますかー!
正直きつい方はご一報くださーい。