《4》とあるメイドと戦神。
柊萌黄はメイドである。
ただのメイドではない。
清掃、洗濯、炊事などの家事労働はもちろん完璧。頭脳は明晰、容姿は端麗。
料理は美味しいし洒落もきき、性格も明るく、人を纏めるカリスマ性も十分高い。
そして、彼女はありとあらゆる武術を体得し、独自に組み合わせ、使いこなす事が出来る。
詰まる所彼女は、完璧超人メイドなのであるッ!!
ちなみに、最近妹の教育に頭を悩ます〇〇歳だったり……ああ嘘です嘘です全部伏字ですからッ!
まぁ、彼女に年なんて、あんまり関係がないのだけれど。
そんな完璧超人メイド、萌黄は、もう永遠に続くんのではないだろうかと思うくらいに延々と続くやけに真新しい石階段を、ゆっくりと登っていた。
手には一升瓶を携えている。
「…………ふぅん。まだ残ってたんだねぇ」
見た目からして、幼そうには見える。どことなく、高校卒業したての女の子という感じだ。
それが彼女の悩みでもあったりする。というか彼女は、その歳からまったく成長できないのだ。
まぁ、それは仕方のない事だと本人は諦めているのだけれど。
彼女が見回すと、少しだけ強い風が吹いて、石階段と連携して立てられているやけに真新しい鳥居に括り付けられているやけに真新しい注連縄を揺らした。
昔の日本には伏見稲荷大社という神社があり、こういう光景があったそうだ。
「……ま、こんな辺境田舎にあるんだもんねぇ。あーあつまんない」
濃紺の色をした髪を、少しだけ鬱陶しそうにかき上げて、濃く綺麗な紫水晶色の瞳で、前を見る。
「…………永遠に続きそうね、ホント」
そう言って彼女は、涼しい顔をしてまた階段を登り始めた。
特に辛いわけでもない。
はっきり言ってへっちゃらである。
「……まぁ、そんな悠長にしていられる時間も、無いか」
なんて言いながら、彼女は消える。
一瞬にして、その場から消える。
凄まじい脚力で、石段を十段抜かしで駆け上がる。
彼女にとってはこの程度、何の障害でもなかった。
「んーんー」
少しだけ思い出す。
まだまだ小さかった、あの頃を。
全てを変えたいと願い、そして変えた、あの日。
あの日。あの日全ては変わってしまった。
私の中にある、全てが、変わってしまった。
あの日もちょうど、この石段を上っていたっけ。
そうして私は、「魔」に魅せられた。
それから。
後悔しなかったことは無かった。
懺悔を忘れたことも、無かった。
年を取らなくなったのも、それから。
罰か、それとも、呪いなのか。
だったらそれは、多分、一生、私の体からは、消えないだろう。
「……お」
なんて考えているうちに、駆け上り続けた階段は終わった。
やけに真新しい鳥居は終わり、その代わり綺麗な青空が彼女の目に入った。
思ったより速く着いたな。と彼女は思う。
彼女は息切れ一つ吐いていなかった。
軽い軽い。と笑いながら周りを見渡す。
そこは、神社。
やけに真新しい、神社だ。
周囲を神木で囲まれ、それは強力な結界を形成している。
そこは、ある神様が祀られている神社なのだから。
その神様が、戦場で命を落とした時、同時に手放さなかった、武具が封印されているという、神社なのだから。
まぁ本当は、狂った化物を封印している、禁断の聖域なんだけど。
私は、その聖域を、土足で踏み躙った。
その所為で、狂った戦神の封印が、解けた。
まぁそれも、どうでもいいことだけど。
「おーい、アルフェスアニウバアグニウムー。いるー?」
萌黄は、まるで友達の声をかけるように、気さくに、気楽に、誰もいない本殿に向かって言った。
けれど返事は返ってこない。
「あれぇ、寝てんのかなぁ。おーい馬鹿でアホで間抜けな戦神ー!でてこーい!」
「誰が間抜けかー!」
「あぶぅ!」
鋭いキックが、萌黄のわき腹を抉った。
まぁ、恒例の挨拶みたいな物なので、特に痛くもないけど。
「貴様!この私を誰だと思っている!」
なんて、アルフェスアニウバアグニウム(以後アルフェ)は言うので、萌黄は言った。
「ちっさい子供」
「なんだとぅ!」
アルフェはその小さな体躯を一生懸命そらし、偉そうに、高らかに、宣言する。
「私は戦神のリコルベット・ラ・アルフェスアニウバアグニウムだぞ!」
「はいはいアルフェ。高い高ーい!」
「わーい高い高い好きー…じゃなーいッ!!」
可愛い。表情がコロコロ変わって、凄く可愛い。
萌黄は見る。
ぱっと見、外見は小学二年生ほどの少女だった。
異様に長い、腰位まである茶色かかった髪に、鋭い濃紺の眼光。
リコルベット・ラ・アルフェスアウニバアグニウム。
元、戦神。
それはそれは、世界を震撼させるほどの殺戮と狂気を振り撒いた、化物。
だが。
それが今、自分の目の前で頬を膨らませて「ったく、これだから最近の若者は」とぶつくさ言っている。
可愛い。やべー、すげぇ可愛い。
「可愛いーなーもーこの娘はぁぁぁぁ!」
「ぐぁぁぁやめろッ!子ども扱いするなー!」
頬擦りし、撫で回してしまう。
まったく、威厳の欠片もない光景だった。
とりあえず、うれしい再会は十分に堪能したので。
いつもの様に特別に仕入れた酒を振舞う。
こんな格好でも、一応は神なのだ。尊敬しなければならない。
「不味そうな酒だなぁー。もっと良いもん用意出来ないのー?」
「ええー、これ、今最高ー!って言われてる造酒屋に一生懸命造らせた酒だぜぇ?」
「それでも不味そう。禁濁酒持ってこんかい」
「ちょ、ソーマなんてこの時代にあるわけないでしょ」
出来たとしても、最高ランクの聖水に三日三晩絶えず魔力を注ぎ込まなくてはならないし、そも最高ランクの聖水は千人の修道女に満月の夜祈祷を捧げさせなければならない。
まぁ、無理です。
「まぁ、とりあえず、乾杯」
「ん」
そう言って二人は、朱塗りの杯を傾けた。
『何を望む?』
『全てを変えたい、変える為の力が欲しい!』
『ならば契約しよう』
『その為に此処に来た!』
『勇ましい娘だな』
『御託はいい、速くしろ』
『では結ぼう、殺戮と狂気に満ち満ちた、禍々しき契約を……』
一升瓶の中身を二人で飲み干し、二人は距離を縮める。
「さて、酒も尽きたところだ。我の元を訪れた理由を説明しろ」
アルフェは静かに、それでも少しだけ呆れたように、言った。
まぁ理由なんて、ひとつしかないんだけど。
「あんたを正式に継承する」
「ほぅ……」
アルフェは値踏みするように萌黄を見る。
「では、あれを?」
「うん、八重垣剣の封印を解く」
八重垣剣。三種の神器の一つにして、魔神の武器。
「しかし、何故今になってあれを?お前にはあまり必要のないものだろう」
「いやぁ、実はうちの主様がもうすぐ目覚めそうだからさぁ」
「……ん?どっちだ?どっちが主様だ?」
彼女は、悲しそうな、儚い笑みを浮かべて、言った。
「可哀相な、悲しい悲しい悪魔のほう」
罪悪感に苛まれる姫君ではなく、虚し過ぎる勇者でもなく、愛に狂った魔女でもなく。
それに、戦神が笑う。
「なるほど。では、また、世界は……」
萌黄も笑う。
「さぁね、あの子次第だよ」
「そう上手く行くかね?」
「まぁ、どちらにせよ、私はさっさとあの篭手をを頂いて、城の準備を整えて、帰りを待つだけー」
「そうか、悪魔が、《天魔》が、蘇るのか……」
「さてさて、世界はどうなるのやらね」
まぁ、本当に終わってしまう前に、やるべき事は、たくさんあるんだけど。
「んじゃ、封印を、解こうかね」
「ああ、……ああ、判った」
二人は、本殿へと入っていった。
萌黄ストーリー。
ちょっと重要な人ですよ、この人。まぁもっと重要な人が、未だに出てきてはいないんですが……。
ていうかすいません。少女ばっかりですね。すいませーん!




