《3》闇が蝕む城。
王がおかしくなったのは、つい最近らしい。
彼の動向がおかしくなった前日の夜、若きアルゼン王、――アーデン・アルゼン王――は、歴代の王が眠る天帝王墓を参拝したそうだ。
特に大きな問題もなく、参拝を終えた王は無事王城に帰還。
一夜明け、従者が王を起こし、いつも通りに大臣たち総出の会議にて、戦争収税を宣言した。
「……と、言う訳だ」
秀兎はルシアとビーチェに合流。とりあえずまず、最近の出来事についての情報整理を始めた。
「ふむ、呪いか?」
「いや、多分人心作用系の魔術だと思う」
「成り代わりって線も捨て切れないわ」
三者三様。違う原因を考える。まぁ、結局の所王は信用できない。
秀兎は王の状態を有る程度予想する。
乱心という線は、私的な意見だが薄いだろう。重い収税はあったが、貧困街の人間は誰も王を恨みはしていなかった。民衆に信頼されている証だ。
それだけ賢王だったのだろう。
「ただでさえこのご時勢。乱心するには遅すぎる」
もうすでに、中央大陸に逃げ道など無いだろう。
確か、テペントクロウティアと、ゾルニア。それらが周囲の中小国と団結し、日本と交戦しているという情報が入ってきているが、まぁそれも時間の問題だろう。
何せ、日本には魔王の軍がいるのだから。
魔王城最強の騎士と、魔術師と、科学者と、そして才に溢れる勇者と勇者姫がいるのだ。
…………。
勇者。
勇者。
勇者、ねぇ。
そういえば。思い出した。
秀兎は、ちょっと昔の、二年前の記憶を、紐解いてみる。
思い出す。
あの、意味不明なキーワードを。
「…………ミラン・アルノアード。ねぇ」
「ん?ミランがどうした?」
「……いや…」
勇者。狂った勇者。
《呪われた皇子》。
と、魔女は言った。
その《勇者》が、ミランを指すのかどうか、俺はまだ知っていなかった。
「ねぇ、それより、お城については何かわかったの?」
「んぁ、ああ、それね。うんうん、やっぱりあったよ。禁断の間みたいな物が」
「ほう」
「正確には《カルカローネ》」
ちょっと聞いた事の無い、不思議な発音の単語に、ビーチェは眉をひそめる。
「カルカローネ?……って何それ、古語なの?」
「ああ、もうすげぇぇぇ昔に使われた言葉で、今風に翻訳すると…………」
秀兎の言葉を、ルシアが継ぐ。
「決して触れてはならぬ、禁断の領域。だ」
憎々しげに、そう言った。
「決して触れてはならぬ、禁断の領域……?」
「さらに正確には《アルティ・リ・ベジェンド・イベル・カルカローネ》」
「………カルカローネって……」
「禁断の意味があるが、それと同時にもう一つの意味がある」
「もう一つの意味?」
その言葉に、魔王は、微笑む。
「《懺悔》、だって」
その言葉は、少しだけ自嘲的。
「まぁまぁとりあえず、どうって事は無い。正面突破を……」
「やだ!」
ルシアの発言を、秀兎は遮った。
ここでもう一度言っておくが、魔王は、非常に面倒臭がり屋である。
殺すのも、殺されるのも、手加減するのも、神経を使うのも、絶対嫌なのだ。
ていうかはっきり言って、寝ていたかった。
ベッドでぐっすりすやすや寝ていたかった。
だけど、けれども。
「……………おい秀兎、もう一度言ってくれないか?」
「だから、正面突破は面倒臭い」
「では他にどんな手がある!」
「………………」
うーん。それを言われてしまうと、何も言い返せない。
……………でもなぁ、正面突破は流石になぁ。
かといって、潜入するのもなぁ。
とさっきまでは考えていた。
一生懸命考えていた結果の、二択。
だが、神父との話で、光明が見えた!
ありがとう神父さん!
ありがとう!
「ふふふ、ふふふふふふふ」
「ど、どうした?」
「い、いきなり気持ちの悪い声出さないでよ……」
「気持ちが悪いとは失礼な。まぁ今はそんなときじゃないけどね。ふふふ」
そういって、秀兎は笑う。気持ち悪い笑みを浮かべる。
「二人とも、聞いてくれ」
「「?」」
「実は」
「「うんうん」」
「今日」
「「……」」
「この日」
「「……」」
「王城にて王主催のパーティーが「「はい知ってまーす!!」」ぐはぁッ!」
秀兎の言葉を、二人は満面の笑みでぶっ潰した。
「残念だったな秀兎。そんな情報はすでに入手済みだ」
「ホント、そんな事で誇らしげに笑っちゃって。痛々しいにも程があるわ」
鋭い言葉の刃が、秀兎の心を貫いていく。
「う、うぅ、チクショウ。考えてみればそうだよな……。いち教会の人間が、極秘情報なんか持ってるはず無いよな……」
騙された!普通に残念だよ!
……てまぁ、これは、自業自得だけどね。判ってるけどね。
「はぁ、てことは、俺が考えてる作戦も、もう判ってるんだよね?」
「ああ」
「それはそうでしょう」
「まぁ、そっちの方が話が早いからいいけどね」
そういって、魔王はまた溜め息を吐いた。
ああ、ただでさえ貴重な幸福が逃げていく。そんな錯覚に陥る魔王だった。
◇◆◇
と、まぁ、そんな計画のステップアップの為の作戦話は置いておいて。
秀兎は、宿のベッドで横たわりながら、ちょっと記憶の中の、言葉を、鍵となる言葉を、思い出す。
勇者。
勇者。
呪われた、皇子。
あちらとこちら、と、魔女は言った。
「勇者はもう駄目だ。呪われた。いや狂ったと言うほうが正しいか、なんにしても勇者はもう『あちら側』についてしまった」と、姉は、炎の魔女の長女は言った。
『あちら側』。推測するならば、おそらく、ルシアが敵視する頭の狂った《神》共だろう。
勇者は、……ミラン・アルノアード?これはルシアに聞いてみる必要があるだろう。
だけれどあいつは、俺は《幻想と魂の牢獄》へ堕とした張本人だ。疑いの余地あり。
勇者。
姉は、こうも言っていた。
呪われた皇子。
呪われた。
呪われた?
神に?
……呪い。
《闇の皇帝》だった俺は、ルシアが持つ闇の力、《聖呪》をこの身に引き継いだ。
《光の姫君》であるヒナは、光の女神から光の力、《聖呪》をあの身に引き継いだそうだ。
事ほど左様に、勇者も、それらしき呪いを、かけられたのだろうか?
勇者。勇者に相応しき、力。……光?だがそれはヒナにかけられているはず。
闇があれば、光がある。
…………。
…………いや。
闇と光、それと同じように、魔王がいれば、勇者がいる。
ルシアが元《闇の女神》とするならば、《闇の神》がいるのかもしれない。
だから、《光の女神》と《光の神》がいる可能性だってある。
………………うーん、まぁその辺は、ルシアに聞いて見なければ判らないことなんだけど。
……ルシア。ルシア・クワイエットアンデッド・ダークキス。
神を憎む、闇の魔女。元、闇の女神。
世界の禁忌に触れ、あの鳥篭へと堕とされた女神。
彼女は、世界の禁忌の存在を、かたくなに明かそうとしない。
それがどんな物なのか、それがなんなのか、彼女は、絶対に明かさない。喋らない。
世界の禁忌。
俺たちは、頭の狂った神どもが、世界を呪い崩壊させる何かを使う前に、頭の狂った神どもをたおさなくてはならない。
そうしなければ、世界が死ぬ。
俺たちの世界が、無に還る。
そうなる前に、神を殺す。
だが、世界の禁忌は、世界を呪い崩壊させる何か、では無いらしい。
俺の目的が世界の存続であるように、ルシアの目的もまた、世界の存続だ。
しかし、同じ目的を持つはずのルシアは、世界の禁忌の存在を俺に話そうとしない。
何も、何もかも、一切、喋らない。
そのルシアが言ったのだ。「世界の禁忌は、世界を呪い壊す物ではない」と。
強く、はっきりと、明確に、否定したのだ。
だったら、世界の禁忌とは、なんだ?
禁忌。
世界の禁忌。
忌み禁ずる物。
禁じ忌みする物。
……記憶に、引っ掛かる。
何か、何か忘れている。
昔、かなり昔の話だと思うのだけれど。
なんだっけ?
……なん、だっけ。
とても、とても大切な何かだったと、思うのだけれど。
いまいち、明確に思い出せない。
「…………駄目だ」
片っ端から、思いつく限りのことを思い出し、推測してみたが、結局疑問が残るだけ。
勇者。
勇者って、なんだっけ。
魔王を倒す存在。
世界を救う存在。
奇跡の御子。
神に選ばれた…………神に選ばれた?
「……勇者は、神の使徒だっけ」
頭の狂った神ども側についた勇者。
勇者は、俺を狙っている。
何故?
魔王だから?
闇の力を持っているから?
「……はは、案外、俺が世界の禁忌だったりして…………」
……ありえないけど。
だって、俺、普通の人間だし。
母さんたちとだって、血の繋がってない、ただの戦争孤児だし。
それで、ちょっとした偶然で、ルシアを助けて、闇の皇帝になって、魔王になって、それだけの、闇の力を取ってしまえば俺はただの、脆弱な人間だし。
「……俺は」
では俺は、何なんだ?
何のために、ここにいる?
どうして、ここにいる?
どうして………………。
………………………。
………………。
……せ。
「おい秀兎っ!」
「うわ!」
布団から落っことされ、目が覚める。
「な、なんだ!?敵襲かっ!?」
「……お前は誰と戦っている」
見ると、ルシアとビーチェが綺麗なドレスを着用し、不満げな顔でこちらを見ていた。
黒いドレスだが、自然と不吉さは無かった。それよりも彼女の肌の白さを際立たせていて、思わず見蕩れしまった。
「見蕩れてるな。ふむ、奮発した甲斐があったというものだ」
奮発?
「あれ、そのドレス、買ったの?」
「ええ、ちょっとその辺にいるゴロツキ共に、ちょっとお願いして、お金もらって買ったわ。あは☆」
秀兎は全てを理解した。
ああ、こいつら、かつあげったな。と。
そして、見も知らぬゴロツキさん達に黙祷を捧げてから、立ち上がる。
「……もう、こんな時間か…………」
寝てしまったようだ。
もう夕刻である。
「それと、作戦通り、貴族の家にお邪魔して招待状を拝借してきた。なあに、心配するな。穏便にすませたぞっ」
どうだ、と言った感じで胸を張るルシア。
いや、全然安心できませんけど。ていうかむしろ疑惑MAXですけど。
……まぁ、いいか。どうせ知らない人だし。
…………俺、薄情だなぁ。
唐突に、神父に言われた言葉を思い出した。
……。
……案外、そうかも知れねえ。
「んじゃ、俺も失礼の無いように……」
闇を物質化。身の丈に合った黒いスーツを創造する。
黒い霧が秀兎を包み込み、それは形を成していく。
ぴっちりとした正装。
と言っても、すぐにネクタイを緩めてシャツを出してしまう。 会場に行った時に直せばいいよね。
「さ、準備も整ったし、行きますか」
「うむ」
「そうね」
宿を出て、街灯のつき始めた街道にでる。
街道の先には、王城。
秀兎とルシアは見ていた。
黒い霧が、その城から、滲み出ている、その光景を。
『あなたは、なんていうか、ちょっと怖い人ですね』
『はぁ?』
『いえ、なんていうか、心ここにあらずと言いますか……』
『……』
『話を聞く限り、あなたのお仲間が大変なのはよくわかりますが……なんていうか貴方は、何に対しても「無関心」みたいな、そんな風に、見えます……』
『…………………………………そんな事は、ないですよ』
『そうですか、すいません。過言でした』
『……………………………………………』