《2》闇が晴れる教会の神父。
「この教会は、俺たちを出来うる限りで養ってくれるんだ」
飢餓で苦しむ貧民たちに食料を配ったり、毛布や寝床を貸しているそうだ。
それほど大きい教会には見えないが。
「この教会の地下にあるんだよ。地下だからあんまり冷たい風も入ってこないし、中々快適なんだ」
確かに、この時期の夜は寒い。昼間が暑いだけに。
それにしてもこのガッツと言う少年は。
なんていうか、いい奴だ。
普通、初めてあった人間にこれほど親切に接することは出来ない。
俺の場合、吊り上げて気絶させちゃったし。
嫌われてもいいはずだけどなぁ。
変な奴。
「あの教会にいる、神父さんが、貧民から色々な相談や話を聞いてくれる。それだけで心が安らぐって父さんが言ってたよ」
「へぇー……」
「それに頭もよくてすげぇ優しい」
「頭が良い、か……」
てことは、城について何かがわかるかも。
うん、物は試しと言いますし。
「んじゃあな、ボサ頭の兄ちゃん」
「おぅ、サンキューな」
ガッツは手を振りながらどこかへ走っていった。
秀兎は教会へと入る。
けれど秀兎は気付いていなかった。
そこだけが。
その教会の周りだけが、異様なまでに明るい事に。
「こんにちは」
入った瞬間にそう言われ、秀兎は少しだけ肩を震わせた。
木製の扉を開けると、そこは礼拝堂だった。大きな十字架と綺麗なステンドグラスが目に入る。
その十字架の下で、分厚い本(聖書だろう)を持った男が、こちらを笑顔で見ている。
真っ白な修道服。赤い十字架の刺繍が施されていて、どことなく、神父とは言えない風貌だ。
「こんにちは、……えっと」
名前が判らず口ごもると、神父は笑う。
「あはは、失礼しました。私はこの《ヤハウェ教会》の神父をしています、クロス・ビュートです」
「俺は…ラビット・コレット。すいません、クロスさん。いきなりお邪魔しちゃって」
あやうく黒宮を名乗るところだった。
クロスはにこやかに会釈する。
「いいえラビットさん。来るもの拒まずですよ」
「さいですか」
「それで、一体どうされてんですか?見たところこの国の人では無いようですが、路銀が尽きたのですか?」
「いえいえそんな!えっと、その、ちょっと確認したいんですが……」
「はい」
「クロスさんは、えと、かなりの博識だそうですね」
すると、そんな質問にクロスは苦笑する。
「ええっと、いや別に博識というほどでは有りませんが、何か聞きたいことが?」
「ここでは離しにくいんですが、小部屋なんか、ありますか?」
「そうですか。ではこちらへ」
クロスは歩き出すので、秀兎も後を追う。
「…………」
さすがは聖職者、と言うべきか。
来訪者にも嫌顔一つせず、にこやかに招き入れる姿勢。
優しいなぁ。
「…………」
……なんか、気持ち悪くなってきた…………。
雰囲気が合わないと言うか。
なんだろう、ほんと。
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
案内されたそこは、小さな部屋だった。
石畳に質素な木製の机。なんか、尋問部屋みたいだ。
「すいません、昔に使われていた異端尋問室なんですが、ほんと、すいません。気持ち悪いですよね」
「い、いえいえ!こちらこそ突然訪ねて来たんですから!」
ていうか、謝りすぎじゃね?
凄い低姿勢。
「とりあえずお座りください」
「はい」
秀兎は質素な椅子に座り、クロスと対面。
……、なんか、ほんと、気分悪くなってきた…………。
◇◆◇
秀兎が喫茶店から出ていった後。
ルシア・クワイエットアンデッド・ダークキスと。
ビーチェ・アヴィーマステマ・ダークキスは。
今だ席についていた。
「…………」
「…………」
両者、沈黙。
殺伐としていた。
竜虎の睨み合いだった。
「…………」
「………で」
たっっっっっぷりと十分間沈黙し尽くし合い、そして口火を切ったのはビーチェだった。
もういい加減沈黙は飽きた。
呼び止めた、この魔女の真意を知りたい。
「……一体、何の用なの?」
「…………ん」
魔女は、頼んだ紅茶を啜り、一息つく。
その動作が、妙に綺麗で、ビーチェは少しだけ見惚れてしまう。
「まぁ、用と言うほどのものでも無い。ただ少し助言をな」
「助言?」
「そう、助言。というか、多分これはサービスの部類だろう。生かすも殺すもお前次第だ」
「……ふーん」
ちょっとだけ変な雰囲気の魔女に、ビーチェは少しだけ緊張する。
今まで、ちょっと幼く見えた魔女の風貌が、少しだけ違って見えてくる。
「単刀直入に言うぞ」
「……わかったわ」
「《お前の力は私の物ではない》」
「……………は?」
「だから、お前の眷属召喚の力は私のものでは無い」
……この魔女は一体何を言っている?
「えっと、ちょっと待って。私の力、この眷属召喚の力は、……貴方の物ではない?」
「そうだ」
「………………ちょっと待って」
ビーチェは心の中で喋る。
ちょっと、ヒュベット、出てきなさい。
はいはいお嬢様。
今、闇の魔女に言われたんだけど、貴方聞いていたわよね?
はいですとも。確かに聞いていました。お嬢様の力は闇の魔女ルシア様の物では無いと。
ちょっとおかしいんじゃない?貴方たちは、闇の眷属なのでしょう?
いかにも。ワタクシたちはミナ、愛しき闇に住まう住人でございます。
待ちなさい。闇の魔女は、闇の眷属を統べる資格と権利があるのでしょう?
そうです。それこそがお嬢様の力。お嬢様は、闇の眷属を統べる資格と権利があります。
だからそれは…………………………、……はあ、なるほどね。
ご理解いただけましたかな?
そうよね、誰も、この力が闇の魔女の物だなんて、言って無いものね。
はっはっは、お嬢様は聡明でいらっしゃる。
どういう事か、説明しなさい。
闇の眷属を統べる資格と権利は、もちろん闇の女神にもあります。しかしながら、闇の女神様の眷属たちは、既に死に絶えました。それ以降、幾代か前の闇の女神様は眷属召喚の力を永遠に放棄しました。その時の女神様の心境は存じませんが、まぁいずれにせよ、元闇の女神であるルシア様には闇の眷属を召喚する事は、多分無理でしょう。
多分?どうも曖昧ね?
お忘れなら助言しますが、闇には『奪う』性質があります。お嬢様の眷属召喚の力を奪う可能性も捨て切れません。
なるほど……。
ああそれと、お嬢様の力は、神共によって授けられてしまった力です。
……?
呪いですよ。闇の皇帝のように、貴方には闇の眷属を統べなければ成らない義務がある。
……、つまり、この力は……。
はい、闇の女神が眷属召喚の力を放棄したという事は、闇の眷属を統べる義務が放棄されたという事と同義です。幾代前の女神様の時は、何かしらの災厄で眷属は皆死に絶えました。が、闇の眷属は人と同じように、増え続け、完全に絶えるという事は無いでしょう。当然、リーダーの居ない群れは好き勝手に暴れます。そのリーダーの資格が、お嬢様には授けられてしまっている。
…………私は、元は普通の、人間なの?
いいえ。
!
貴方は私たちを統べる為に闇へと堕とされた憐れな天使。記憶を消されて、下等な人間に成ってしまった、可哀想な小鳥。
…………………………………………。
お嬢様、貴方は忘れている。いえ、この物語の役者たちは、皆忘れています。自分にとって、とても大切な「何か」を。
……………………貴方は。
ん?
貴方は、なんでそこまで知っているの?
さぁ、何ででしょうね。
…………。貴方。
あ、でもこれだけは言っておきます。
…………何?
私の名前、実はヒュベットじゃないですよ。
………………。
「で、話し合いは済んだのか?」
と魔女に言われ、
「……!」
慌てて意識を戻す。
「全く、内面意思疎通の時にのめり込むのはしょうがないとしても、無防備すぎるぞ……」
「しょうがないわ。こんな公の場で、眷属召喚の力は目立ちすぎるもの」
「せめて3対7くらいの割合で疎通できないのか」
「無理。私、まだそんなに念話したこと無いから」
「日頃使ってないからだ」
「まぁ、もうそんな事はどうでも良いわ。些細な事よ」
「いや、どうでも良くないだ――」
「それより」
ビーチェはルシアの言葉を遮って、聞いた。
「貴方にとって、大切な物って、ある?」
それは遠まわしに、記憶が有るかどうかについての質問。
大切な記憶が有るのなら、それがなんらかの形で具現化しているのでは。
ビーチェはそう考えていた。
「大切な物、か……」
魔女は、少しだけ、遠い目をして。
「ふふ、あるよ」
「それは、……一体どんな?」
「《約束》があるんだ」
「約束……?それは、誰との?」
「…………」
魔女は、儚く微笑む。
その笑みが綺麗で。
余りに綺麗で。
触れれば、割れてしまいそうな、そんな、儚げな笑みで。
「さぁ。誰とのだろうな」
と、そう言った。
ふぅ、もう物語も半分ですね。
長いような、短…………あ、はいすいません長いですよね。
多分スラム〇ンク位長いんじゃないですか?あれ確か、四ヶ月の出来事なのに三十巻くらいでしたよね。
これ、一ヶ月くらいの出来事なのに、もう四十二話って。
長ッ!