《1》目に視えない闇が這う国。
《アルゼンフォーエムス。アルゼンフォーエムスです。皆様、長旅ご苦労様でした。お荷物のお忘れご注意ください。繰り返します……》
事務的な口調のアナウンスを聞き流し、三人は列車を降りた。
駅では多くの人が行き交っていた。
「ふぁ~あ、まだ眠いなぁ」
「今何時だと思っている。もう昼を過ぎるぞ」
「貴方の睡眠欲って底なしね」
軽口を叩きつつ、三人は駅を出て近くの喫茶店に入る。
個室っぽい仕切りのついた場所を選び、適当に食事を頼みつつ、これからの事について秀兎が口火を切った。
「んで、どうやら、ここが“あの場所”らしいのか?」
闇の力を取り戻す為の、場所。
術式陣。
「ああ、多分この国の、あそこだ」
「…………」
「…………」
指差す場所は、城。
アルゼン王城。
「あそこに、あるのか……」
ルシアの、本当の、真の、女神になる為の儀式場が。
「ああ、しかも地下だ。深い」
「と、いう事は、やっぱり忍び込むのが妥当ね」
……メンドクサッ!
忍び込むなんて、滅茶苦茶神経使うじゃん!
無理無理!俺、そんな訓練受けてないし!
「いやだぁ~」
「確かに面倒だな」
「闇で何とかならないの?」
「……まぁ、そりゃ無理だ」
「なんで?」
そういえば、闇の力について、何も知らない事にビーチェは気が付いた。
闇の力。
全ての闇を統べる権利と力と資格。
その性能、スペック、効果、等々。
「うー、いい機会だから説明しとく」
「うん」
「《闇の力》を持つルシアと俺は、《闇》を操れる。概念的《闇》、物理的《闇》、そんなもんか」
「概念的《闇》というと、怨恨とか、憎悪とか、マイナスチックな感情の事?」
「そうだ、《闇の力》はそれらを他人から吸収したり、他人に付与したり、増幅させたりする事が出来る」
「……神と言うより、悪魔の能力ね」
「いいや、これも立派な神の能力だ。この能力を使って争いを生み、下位の生物が大量繁殖して滅びないようにする」
食糧問題とか、色々な感じで滅びちゃうから。
だから神共は、自分より下位の存在を助ける。
「間引き用なのね」
「そう、んでもって、物理的《闇》なんだけーれど、これはちょっとめんどいんだよねー」
「そうなの?」
「うん、物理的っつても、色々あるでしょ?」
「……例えば?」
「物理的《闇》は、=影でもある。とかね。そんで、物理的《闇》には、可能なこと、つまり能力かな、それが三つのがある。例えば、『闇の物質化』」
秀兎はそういって手を開く。
すると、その手のひらの上で闇が渦巻いき、小さな球体を作り出した。
「今現状、俺とルシアの『力』の比率は五分五分。ここまでくるとさすがに大まかな作業は出来ないんだけれど……」
その球体がグニグニと形を変える。
そうして球体は、小さなクッキーに形を変えた。
秀兎はそれをルシアに渡す。
ルシアは子供みたいに「わーい」と言いながらそのクッキーを食べて「にがぁ!」と悶絶した。
笑ってしまった。
「とまぁこんな感じに、闇を物質として、物体を創造する事が出来る」
無機物から食物まで、闇に再現できないものは少ない。
創りたい物体のイメージや記憶、その他の外的情報が有れば、創造は安易かつ可能である。
「んで、あとは『剥奪』『遮断』の二つ。剥奪ってのは闇の魔術と一緒で、「対象」を「奪う」。熱だったり、湿気だったり。遮断もまんま、「対象」を「隠す」。《闇の力》ってのはざっとこんなもんだ」
「…………なんていうか、そんな風に解説されると、酷く身近と言うか、便利そうに思えるわね」
「まぁぶっちゃけ便利だし、この解説も限りなく理解できるように要約したからね」
「本当に理解するとしたら、説明するだけで半日はかかるだろうな」
「それに、良い事ばかりじゃない。この力は宿してるだけでありとあらゆる不幸を呼ぶ。今は分けてるからそんな事も無いけど、昔は色々あって大変だった」
「…………便利そうだけど、いらないわ」
「お勧めはしないよ」
とにかく、《闇の力》については大体把握したビーチェだった。
「じゃ、『遮断』で姿とかを消して、忍び込めないの?」
「ああ、遮断はほら、力封じられてるから」
その為に忍び込むのだけれど。
「それじゃあ『剥奪』で姿を見えなく出来ないの?」
「それも無理。剥奪は問答無用の攻撃だから、進むどころかただの自爆だ」
自分で自分の姿を奪う。
というかそれは「存在」を奪う事と同義だ。
無理無理。
「八方塞りね……」
「そうなんだよなー。……んー、まぁ当然の如く、旅士官証だけじゃ見せてくれないだろうし」
地下深く、か。
それだけ重要なのだろう。
代々伝わる、禁断の間、とか。
それとも、何かしらの儀式に使っているかもしれない。
「……とにかく、俺は城についてもうちょい調べてみる」
「私たちは……」
「気分転換に女同士で買い物でも、どう?」
「いいな!買い物!」
「というわけで、私たちはショッピング、貴方は情報収集ね」
「…………」
「露骨に嫌な顔しない」
「……はぁ、りょーかい」
かくして。
三人は二手に分かれる。
◇◆◇
「と、は言ったもののなぁ……」
情報収集といっても、どうすればいいのやら。
とりあえず、その辺をぶらぶらする事にした。
「うーん……」
「へいにいちゃん」
「ん?」
不意に呼び止められ、振り返ると。
そこには、自分よりも6~7つ年下の少年Aと少年Bと少年Cがいた。
妙にボロい服が少し気になる。
「何?」
そう聞くと、少年Aはにやりと笑って、
「金くれよ」
「死んどけ」
ごんっ!と小気味良い音がした。少年Aは頭を抑えてうずくまる。
「人に物を頼むときはなぁ、もっと下手に出なくちゃいけねぇんだよ」
偉そうにガキがたかってんじゃねぇ。
「……ぅぅ、いてぇ」
「解ったらどっかいけガキども。お兄ちゃん今忙し…………ん?」
と、不意に、通りの向こうから声が聞こえてきた。野太い、男の声だ。
「おーい」とか「まてー」とか、エプロン姿の男が鬼の形相で走ってこちらに向かって来る。
「げっ!もうきやがった!」
「…………」
ははぁん。なるほどね、こいつら、スリ、もしくは食い逃げか。
んで俺に金たかると。ははぁ、なるほどなるほど。
「おーいそこの人!そいつら捕まえてくれー!」
「…………だってさ」
「逃げるぞ!」
「待て待て」
「うわッ!」
秀兎は少年Aの襟首を掴んで持ち上げた。
「ガッツ!」
どうやら少年Aはガッツと言うらしい。
「くそ!離せよ!」
「まぁ待て」
エプロンの男がやってきた。
「いやぁありがとう!こいつら食い逃げしやがって」
「へぇー、食い逃げ、ねぇ」
食い逃げ。
食事をして、代金が無いから逃げる。
お金が、ない。
秀兎は不思議に思い、エプロン姿の男に聞いた。
「アルゼンは中央大陸でも一番裕福な国と聞いたんですが、そうじゃないんですか?」
すると、エプロン男は少し自嘲気味に言う。
「少し前まではね。でも、ほら、極東の」
「ああ、日本ですか」
「そう。その日本が攻めて来るとかで、ちょっとした収税があったんだよ」
「…………」
「それが少し重くてね。で、結果路頭に迷う人間が増えたのさ」
収税。
戦争のための金を、集める。
…………いや、違う。
そんな事をする王は馬鹿だ。国民を捨てて逃げようとしている他に無い。
だって、既にアルゼンフォーエムスは囲まれているのだから。
魔導列車グローリーは、中央大陸では馬車に次ぐ便利な乗り物。だが、アルゼンフォーエムスに対しては違う。
魔導列車は、アルゼンフォーエムスに行くための「唯一の移動手段」だからだ。
アルゼンの周囲は広大な、大草原。馬車で抜けるのは到底無理なほどの距離だ。途中で食料も尽き、必然的に旅人は餓死する。
他の魔導列車の駅は、すでに日本国が併合したといって良い。
つまり、どの道この国は併合される。
孤立無援なのだ。
そんな状態で、戦争のための収税?頭がおかしい。どうかしている。
「……んー」
「おい、あんた、早くそいつ下ろしてやれよ」
「ん?……あ」
ガッツは蒼褪めて白目を見ていた。
結局、秀兎は食い逃げの代金を立て替え、エプロンの男をなだめて帰らせた。
500ゾルだった。ルシアのクッキーより安かった。ちょっと可哀想だと思った。
「……何が目的だよ」
「んぁ?」
ガッツが睨みつけてきた。
「なんで見ず知らずの俺らの代金立て替えてんだよ」
「ああ、なんとなく。そういえばお前ら、何処に住んでんの?」
「……ん?裏路地だよ。あそこは浮浪者の吹き溜まり、貧困街になってるんだ」
「随分と難しい言葉知ってるな、ガキの癖に」
「まぁね、これでも元大臣の息子なんだ。後継がされる為に色々叩き込まれた」
「ふーん」
「なんだよ、淡白なやつ」
ホントいろいろ知ってるな、ガキの癖に。
それにしても貧困街、か。
何か情報があるかも。
「お前、一体どうするつもりだ?」
「あ?」
「なんで俺たちについてきてんだよ」
「んー、いやぁ、特に理由はねぇな。強いて言うならここ最近の話を聞いてみたいだけ」
「理由もなく?」
「うん、なんとなく」
嘘だけど。
「嘘っぽいなー」
「信じるも疑うも自由だ」
「……ふーん、まぁ財布には気をつけな。貧困街の連中は皆スリが上手いから」
「例えばこんな風に?」
秀兎はガッツからこっそり奪ったペンダントを見せる。
「あ!いつの間に!」
「良い趣味してんじゃん」
「か、返せよ!」
「ほい」
「わわっ!」
ペンダントを放り投げる。
ガッツはペンダントを受け取って素早く首につけた。
「チクショウ、油断も隙もないな……」
恨みがましそうに睨んでくるが無視。
「お前こそ用心しろよ」
「余計なお世話だ!」
「はいはい……」
とそこで細い路地に入る。
少しばかり長い路地を進む。
それから少しして、視界が開けた。
そこには少しだけ古びた、大きい《教会》が建っていた。
ちょっと執筆速度が下がり気味です。すいまそん。