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《16》頭痛。

さらっと。

 

「……ん?」


 トイレを済まし廊下に出ると、何やら得体の知れない悪寒を感じた。

 と言ってしまうと何だか不穏なイベントへのフラグみたいで嫌な感じだ。

 悪寒、といっても感じたのは《闇》だ。

 概念的、あるいは抽象的な、闇。

 憎悪、怨恨、マイナスな感情、気配。

 《闇の皇帝》である彼は、それを感知する事ができる。


「…………」


 なんとなく、本当に何となくだが、不味い。

 方角は、列車の進行方向、目的地。

 アルゼンフォーエムス。

 中央大陸国家五大列強国最強の国。

 なんでも、アルゼンの前王は恐怖政治で民衆を掌握。

 果ては中央大陸の中小国家全てを侵略しようとしていたらしい。


 まったく、御山の大将も良い所である。


 まぁ結局、若き王子によるクーデターによって前王は死去。

 国はあっと言う間に改革され、いっと言う間に平和になった。

 中央大陸の中小国家連合も、彼が率先して組織したらしい。

 の、はずなのだが。


「なんだろう……?闇が、濃いなぁ……」


 窓から顔を出し、見てみるが、広大な草原と地平線しか見えない。

 でも彼は、感じれるのだ。

 感じる事ができるのだ。

 闇を。

 黒い、闇を。

 

 

 

 ◇◆◇




「んぁ……」


 購買車に戻ると、ルシアは囲まれていた。美男子に。

 たぶん貴族のお坊ちゃんとか、その辺だろうなぁ、うあぁ、カッコいいなー。

 自分なんか比じゃねぇ、天と地の差とまではいかないが、美男子であることには変わりあるまい。


貴族A「ね、君、僕と一緒に食事しないかい?」

貴族B「いや僕と一緒に!」

貴族C「いや僕と!」

貴族D「いや僕の部屋に来ないかい?」


 節操ねー。うわ、貴族の名折れー。お前たちは繁殖期のサルか。

 ていうか貴族D。お前危ない。色々すっ飛ばしちゃってるよ。部屋で何する気。


「邪魔、うるさい、しつこい、節操無い、帰れ、消えろ、失せろサル共」


 冷てぇー。ツンドラのもう一段階上をいってる感じ。声に抑揚がねぇよ。周囲ドン引き。

 ……あ!貴族Cちょっと頬上気してる!罵倒されてちょっと興奮してる!誰かー!誰かーあそこに変態がいますよー!

 ともあれ。

 

「ちょっと失礼ー」

「なんだ君は!」

 

 邪魔、みたいな顔をされた。

 まぁそりゃあ邪魔だろう。なにせナンパの途中で部外者がしゃしゃってくるのだ。

 水を差された、とでも言うべきか。

 だからって、パートナーがナンパされれているのを看過するつもりはない。

 ていうかそろそろお腹も空いたのではやいとこ食堂車に行きたいのだ。


「まぁ、待ってたわダーリン☆」


 ……ドン引いた。ダーリン?ダーリンって言ったこいつ?

 そんな事は気にせずルシアは俺に抱きついてきた。首に手をまわして。あーラブラブ偽装カップル作戦か。

 一応鼻で笑うことにした。貴族に向かってじゃない、魔女に向かって。ぶりっ子ぶってんじゃねぇよ的な意味で。


「…………ふ」

「テメェ、後でぶっ殺す」


 意思が伝わってしまったらしい。小声でそんな事を言われた。

 こえぇ、ドスがきいてた。口調変わってるし。


「ちっ……」


 明らかな舌打ちと不快顔で去る貴族坊ちゃんたち。

 け、帰れ繁殖発情期のサル共が。マジうぜぇ。と、言ったのは魔女です。本当ですっ。


「ちょ、首痛い、重い、どいて」

「いいじゃないかー。もっといちゃつこうじゃないかー。夜は長いぞ?ん?そうだろう?魔王様」

「お前何する気だよ、ていうかお腹すいた。食堂車行こうぜ」

「つれないな、お前は。女に興味は無いのか?」

「お前、どんどんキャラ変わっていくよな……。初期の方はそういう発言できないうぶな奴だったのに」


 あーあ、勿体無い。可愛かったのに。

 本当に勿体無い。

 ルシアの首にまわしていた手を外す。


「なんだ、初心な方が可愛かったか?」

「別に、俺的には下なギャグも通じるようになって万歳って感じだけど」


 でもね、未練がましいかもしれないけど、あの時のこいつはこいつで可愛かったなぁ。


「下な話でショックイメージだもんなぁ、あれはあれでトラウマだけど」

「あの時は若かった……」

「あ、ところでさ、今お前、《力》はどうよ?」


 《力》。闇の力。全ての『闇』を統べる権利と力と資格。


「ああ、んー……」


 さらっと言っておくけど、俺たちは今、《力》を共有している。

 大半は封印されたが、それでも残っている《力》を、俺たちは、共に使っている。

 

 彼女を助けるために、俺はその力を受け継いだ。

 

 そして《籠》から抜け出すために、力を共有した。

 

 《力》を共有する。

 一心同体というべきか、運命共同というべきか。

 なんともまぁ奇怪な、そして明快な関係が、俺たちの間にはあったりする。

 

「……ふむ、そうだな。まぁ魔力には事欠かない。それにこの辺りの闇は非常に扱いやすくて非常に心地良い」


 あ、それ俺も思った。

 なんていうか、日本で闇を使うのとはちょっと違う気がする。

 例えるなら、水と油、だろうか。

 日本での《力》の行使は、少なからず疲れる。闇が重いと言うか、扱いにくいと言うか。

 しかしながら中央大陸での《力》の行使は、非常にスムーズ、そして軽い。

 こればかりは、闇を使っている俺たちにしか判らないだろう。


「で、どうした?いきなり」

「いや、ちょっとアルゼンがさ」


 ルシアは納得したような顔をする。


「ああ、明らかとまでは言わないものの、な」


 どうやら彼女も気付いていたらしい。

 

「まーた変な事が起きそうだよな。俺、やだぜ?正義の味方ごっこすんの」

「正義の味方、ね。まぁお前の場合、適当にあしらえるだけの力はもう持っているから、特に問題もないだろう」


 魔術を使うにしても、剣術武術にしても、ニンゲンに負ける程、俺も弱くはない。

 だが、


「そうは言ったものの、ビーチェがな……」


 彼女、ビーチェ・アヴィーマステマ・ダークキスには、はっきりいって戦闘能力が無い。

 眷属召喚、という、異世界の住人を呼び戦わせる事ができる。が、彼女自身には戦闘能力が無い。

 はっきり言って皆無。普通の、それも中学三年生並みのそれだ。

 

「もしもあいつの眷属召喚になんかの支障があったら、大変だよな……」

「……まぁ、確かに……な」


 ん?いつもより歯切れが悪いな。


「……どうした?」

「………………いや、なんでもない」


 思案げに顔を伏せていたルシア。が、彼女は踵を返し方向転換、歩き出す。


「それより食堂車へ行こう。腹が減っては戦が出来ぬとも言うし、もしかしたらこれが最後の晩餐になるかもしれないからな」


 その態度は、何故か少し、儚く見えて。

 ――――一瞬、頭痛。


「……ッ。……なんだよ、お前らしくない、しおらしい態度だな」

「この方が、可愛いだろう?」


 また、一瞬の頭痛。


「……、………まぁ、可愛いっちゃ可愛い」

「ふふ、そうだろう?」

「………ッ」


 ズキッ、ズキッと、まるで何かを訴えるように、頭痛が連続する。


「いてぇ」

「どうした?」

「…………ッ。……あ、いや、大丈夫」

「本当か?顔色が少し悪いぞ」

「……ちょっと頭痛が。貧血かな?とりあえず、飯食おう。直るかも」

「いや、そんなことでは直らないと思うが」

「心配し過ぎだって、大丈夫」


 いこうぜ、と促し、食堂車へ。

 今宵は世にも綺麗な、満月の夜。 


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