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《13》架魅隠し

 

「さて、支度終了」


 といっても、特に持つ物も無く、服装を整えてなんとなく気分で言ってみただけなのだが。

 時刻は3時。

 魔動力列車の暖気運転開始はもう始まっていて、搭乗は4時半から。

 そろそろビーチェを迎えに行くころだ。

 

「迎えに行こうぜ」

「いや、私は少し用事がある。悪いがお前一人で行ってくれ」

「ふぅん、まぁいいや。わかった」


 飛行魔法で行こうと思ったが、やめる。

 こんな明るい時間で、目立つような行動は避けておこう。念のために。

 

「んじゃ、国立公園で待ち合わせでいい?」

「ああ、わかった」


 そう言って、俺は部屋を後にした。




 ◇◆◇




「……ん?」


 待ち合わせは、あの迷宮庭園のテラス。

 居た。

 ビーチェ・アヴィーマステマ・ダークキス。

 でも。

 でも……。


「……どうした?」


 なんで、なんでそんなに、



 悲しそうな顔をしている?



 昨日はあんなに、希望に溢れた顔をしていたのに。


「…………」

「……なぁ、どうした?」

「……ぇ?……あ」


 ビーチェは、はっと我に返ったようにこちらを向く。

 

「ごめんなさい。ちょっとぼぉーっとしちゃって……」

「何があった?なんでそんな顔をしている?」

「…………」

「…………」


 やがてビーチェは、微笑みながら、抱きついてきた。ってなんだこれ!


「な……!」

「……ねぇ、ちょっと聞きたい事があるの、良いかしら?」

「……え」


 ビックリしたが、ふざける場面では無いらしい。

 ともあれ。


「……ああ、答えられる範囲で答える」

「貴方、お父さんたちをどうやって気絶させたの?」


 ……はぁ?


「魔術?手刀?それとも闇の力で?」

「魔術だ。睡眠用の即効性魔術」

「その魔術、副作用があったり、する?」

「…………は?」

「例えばちょっと加減を間違えて、昏睡状態に陥ってしまうとか」

「ない。絶対、ない」


 何せこの魔術は、シャリーが創った物だ。あの魔術狂の、シャリーが、自分を使って実験してまで創ったのだ。

 ウソでも「ない」と言う。断言する。


「……そう、……そう、よね」

「…………?」

「……ふふ、ふふふ、あっははははははは」


 ビーチェは。



 彼女は笑った。



 彼女は俺に抱きつきながら、笑った。


「お、おい……」

「ははは、はは、ははは……」

「なぁ……」

「…………死にたいわ」

「な」

「今、凄く死にたい気分」

「な、何が、あったんだ?」


 すると少女は、儚い微笑みを浮かべた。

 本当に消えそうな、儚い微笑み。

 淡い笑顔。


「……消えちゃった」


「え?」

「……私の大切なもの、なくなっちゃった」


 …………………………………。

 肩に、手を乗せる。

 

「……どういう、事だ?」

「消えちゃったのよ、全部。私の、大切にしていこうと思っていた物が全部、無くなっちゃった」

「…………」


 理解、出来ない。

 大切なものが、無くなった?

 屋敷はあった。

 人間も、いた。

 

「手が届かなくなった。と言っても良いわ」


 手が、届かなくなった?

 少女は、笑いながら、言う。


「あの後、貴方たちが帰った後、お父さんたちが起きてね」

「…………」

「……でね」

「…………」

「……でね、なんて、言ったと、思う?」


 ……まさか。

 そんな、まさか。






「「君は、誰ですか」」






「……そう、言われたわ」

「……そんな」


 少女は、笑う。


「何かの聞き間違いかと思って、もう一度聞いても、同じ答えが返ってきた。最初は、貴方の所為だと思った。でも、混乱して、その場から逃げ出して、自室に戻ろうとして……」



 無くなってた。

 


「……な!」

「扉も無い。それどころか、私の住んでいた形跡が全部なくなっていたの。椅子やら、お気に入りのマグカップやら、ね……」


 つまり。

 つまり彼女は。

 

「貴方じゃない。貴方は、こんな事、しないでしょう?疑ってごめんなさい」


 つまり彼女は、はじき出された?

 つまり彼女の痕跡が、彼女の存在が、消された?


 手が届かなくなったという事は、そういう事なのか。


 彼女の大切な、大切にしようとしていたものが、無くなってしまった。

 彼女が大切に思っていても、その大切にしようとしていた者が、彼女を知らない。

 記憶も、記録も、痕跡も、無い。

 無くなって、しまった。

 手が、届かなくなってしまった。

 そういう、事なのか。


「……ふ、ふふふ…………」

「…………」


 それでは、俺と一緒じゃないか。

 俺と、俺の時と、まるっきり一緒じゃないか!

 俺が、あの《牢獄》に堕とされた時と、全部、一緒じゃないか!

 全ての記憶と、記録と、痕跡が消える、呪い。

 なんで、なんで!

 一体、誰がかけた……!

 一体誰が、誰がッ!

 

「……いた」

「…………」

 

 ヤバイ。

 怒ってる。

 今俺、スゲェ怒ってる。

 はらわたが煮えくり返ってる。

 

「……ちょっと、痛い」

「あ、悪い」


 憤りすぎて、ビーチェの肩を強く掴んでいた。

 それに気付かないほどに、怒りは大きい。

 だって、辛すぎるじゃないか。

 大きすぎるじゃないか。

 なんで、なんで彼女が、こんな大きな絶望を、背負わないといけない?

 一体、彼女が何をした?

 俺はともかくとして、こんないたいけな少女に、一体何故、こんな大きくて辛すぎる絶望が、立て続けに降りかからないといけない?

 ふざけている。

 彼女に呪いをかけた奴は、一体何処のどいつだ。

 何様のつもりだ。

 怒りで、頭がクラクラする。

 

「……ほんともう、死に」


 しかしそれを遮る。


「行こう」


 抱きしめる。

 その、あまりにも小さな、大きな絶望を抱えるには小さすぎる体躯を、抱きしめる。

 心を、温めるように。


「……ぇ?」

「行こう。お前が望んだ、外の世界に」

「……もう、無理よ……」

「無理じゃない」

「心が、痛いよ……」

「泣けば良い。悲しいときは、泣き喚くもんだ」

「無理だって。私の涙は、とっくに枯れて……」

「泣ける。涙が枯れるなんて事は、絶対に無いんだ」

「そんなの…………、そんな、の……」

「折角決めたのになあ……。憎まないって、もっと大切に、触れ合って行こうって、決めたのになぁ!悲しいよなぁ!」

「うぅ、うう…………」

「泣けるさ!人間、心が痛いときは泣けるもんなんだよ!」

「私、人間じゃないし……」

「人間じゃなくても!泣けるんだよ!」

「う、うぅ、うう……」



 ――そして少女は、



「うぁ、うあぁあああああああああああああああああああ!」



 泣く。

 泣き喚く。

 絶望を、吐き出すように。

 全ての不幸を、吐き出すように。

 泣き叫ぶ。

 

 俺は、少女のその小さな、本当に小さな体躯を、抱きしめる。

 いやらしさも、恥ずかしさも、そんなもの、全部捨てて。

 だって俺には、同じ立場にいる俺には、それくらいの事しか、出来ないのだから。



 

 ◇◆◇




 そことは離れた場所で。


「……お前だな?あの娘に《架魅隠しの呪い》を使ったのは」

〈そうだよ~ン〉

「一体、何が目的だ?」

〈何が目的と言われても、僕らの目的はいつも一つだよ〉

「ほぅ?」

〈《悲劇》の回避さ〉

「……それは、私たちも同じだ」

〈だよねぇ。で、僕らはその為に、ある《生物》を復活させる事にしました~〉

「……それは」


〈《聖竜》だよん〉


「……なん、だと?」

〈どう?驚いた?その為の第一段階として、まずは《パラダイス》の再建から始めてま~す〉

「……バカが、《原罪の実》はすでに私が」

〈それが創れたんだよねぇ~。偶然の偶然だけど〉

「偶然で創れるほど、易い代物じゃ」

〈三百万人〉

「なっ!」

〈《原罪の実》の為に犠牲にした人間の数だ。僕らだって伊達や酔狂で再建を目論んでるわけじゃないってのが解ったかな?〉

「……本当なのか?」

〈ん?〉

「本当に、《聖竜》を復活させる気なのか?」

〈少なくとも《教祖》はその為に動いてる〉

「やめろ、そんな事をして何になる」

〈いや、君が大切に大事そうに持ってるあの《懐刀》、あの存在はちょっと僕たちにもやばいからさぁ〉

「……………ふむ、解った。ではもうお前は消えろ」

〈え~でもちょっと……〉

「消えろと言っている!」

〈ひ~怖い怖い。魔女はコワイヨ~〉




 ◇◆◇




『夕刻発、アルゼンフォーエムス行き魔導列車、まもなく発車致します』


 そんなアナウンスが、どこか遠く聞こえる。

 泣いて、泣いて、泣き喚いて。

 それで、だいぶ軽くなった。

 それでもやっぱり、忘れる事は出来ないのだけれど。


「なぁ、マジでそんな買うの?」

「当たり前だ。おぉ、これも美味そうだな、ゴールデンチョコレートクッキー」

「お前ほんとクッキー好きな……」


 でも、それでも、これから始まろうとしている旅は、すごく楽しそうだ。

 

 ビーチェは、そんな事を思った。

やっと終わりました~。

長かった~。

さぁーだらけるぞ~。

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