《12》絶望の勇者
日本国宰相、ミラン・アルノアードはやっとの事で書類仕事を終わらせていた。
昨日から徹夜で書類を処理したとはいえ、さすがに量が多かった。
最近はすごく忙しい。
あの一件。魔王降臨の一件以来、交渉に応じない国が多くなってきている。
魔王が日本に宣戦布告をしたという情報が、瞬く間に中央大陸を駆け巡っった。
その所為なのか。
まぁどうにしろ、中央大陸の攻略は順調だ。
ハマン攻略は予想よりも速く終わり、近日中にもハマン近隣国に交渉を持ちかける。
「……今日はもう休むか」
「書類を預かります」
「ありがとう三重川」
三重川高志。淡い栗毛におっとりとした表情が特徴的な青年。
侮る事なかれ、彼は彼で相当強い。
「さすがミラン様。これだけの書類をもう処理するとは」
魔王と決闘し、負け、醜態を晒し、さてこれからどうなるものと思ったが、姫様のおかげで何事も無く何とかなった。
「いやいや、三重川、慣れているからだよ。苦手な物は本当に苦手さ」
三重川は溜め息をつき、肩を竦めた。
「はぁ、ヒナ様といい、ミラン様といい、羨ましいです」
「何が?」
「お二人とも、才能に満ち溢れていますよ。眩しいかぎりです」
「やめろやめろ、才能なんかないさ」
本当に、自分には才能が無い。自嘲でもなんでもなく、自覚。
「いえいえ謙遜なさらずとも。――おぉ、そういえば、ミラン様」
三重川は思いついたように手を打ち合わせた。
「どうした?急に」
「ここだけの話ですけど……ヒナ様とはいつ式を挙げられる予定なんですか?」
…………は?
「いや、何を言っている?」
「またまた~。ネタは上っているんですよ~」
「何が?」
「ミラン様、ヒナ様とお似合いですよ」
「待て待て、ネタって何だ?俺はそんな話し聞いてないぞ!」
詰め寄ると、三重川は困ったように肩を竦めた。
「まぁネタの詳細は自分も良く知りません」
「……お前なぁ」
三重川は、本当にやんわりとした瞳で、言う。
「だけど本当に、お似合いですよ」
「…………」
お似合い、か。
「貴方も、まんざらでは無いでしょう?」
「いや、俺と姫が式を挙げるなんて日は絶対に来ないよ」
「え~なんでですか~」
「なんでもさ。それよりもちゃちゃっと中央大陸を攻略しないとな」
「真面目っすね~」
「性分だよ」
んじゃお休みッス。といって三重川は執務室から出ていった。
三重川は、彼に気軽に話しかけてきてくれる数少ない友人だ。
三重川のような人材は、彼にとって喜ばしかった。
「さて……」
本当は、休めるはずも無いのだけれど。
これから少し、出かけなければならないのだけれど。
「今日は何処に行くのかな、ファウル」
と、そこで、彼の目の前に亀裂が入る。
真っ黒な亀裂が入る。
そして手が出てくる。
綺麗な手が出てくる。
ずずっ、と、闇が漏れ出し、それを纏って、人が出てくる。
「やぁやぁやぁ、どうもコンニチハニンゲンさん」
綺麗な声で、『黒髪の少女』はそう言った。
「今日はどんなご用件ですかニンゲン~?」
「ご用件?用件があるのはそっちだろう?」
「ええ~、そうだっけ?」
「冗談きついなぁ」
「あははメンゴメンゴ」
「んでぇ?今日は何処に行くの?」
少女は、そっと指を踊らせる。
すると彼女の指先から、黒っぽい光がいくつか放たれる。
執務室の窓、扉にその光が当たっる。
「……空間を固定して、一体どういうつもりなんだ?」
「じつはさ~。もうすぐそこまで来てるんだよね、お客さん」
その声に反応するように、執務室に気持ちの悪い不気味な声が響く。
《キュキュキュキュキュィィィィィィィイイイイいいイイイイいいいいイイイイー!!》
化物の声。
異世界からの化物の声。
「今日のお客さんは随分と荒れてるね」
「いやなんかさ~、子分みたいなヤツを潰したら激昂してね。」
「自分で殺れよ……」
「いやぁメンゴ。じゃ、後よろしく」
少女が突然拳を振るう。
普通なら、そのままスカッと、空をきる。普通なら。
少女の拳が、何かを砕いた。
ガラスの割れる音が響く。
空間に、何も無い空間に亀裂が入る。
そしてその亀裂から、蟲が見えた。
巨大な蟲。
ムカデのような、蟲。
その蟲が、ミランに喰らいつこうとする。
「うーん。荒っぽいのは嫌いなんだけど……」
ミランはその蟲に、右手をかざす。
「ごめん、俺はまだ、死ねないからさ、…………さようなら」
そして、蟲は死ぬ。
あっけなく死ぬ。
彼は生き残る。
弱虫の彼は生き残る。
弱いくせに。
弱くていつも逃げ出したい弱虫のくせに。
彼は、弱くて脆くて、それを変えたる為に呪われた、絶望の勇者。