《8》正論は刃。
なんかね、もう秀兎、キャラ変わってきてるかもです。
このイベントが終了したら、だらけまくる秀兎に戻したいなぁ。
テラスに座ると、ビーチェは言った。
「もう私が、どういう存在なのか、薄々気付いているんじゃない?」
黒瞳黒髪の少女。
闇に蠢く化物共。
《闇》の名前。
「……お前は」
少女は、優しそうな微笑みを、浮かべる。
「私は、悪魔天使の名前を持つ、闇の巫女」
謳うように、言う。
少女は笑う。
「でもまぁ、そんな事は、どうでも良いの」
「……え?」
「私はちょっと貴方たちに、頼み事がしたいの。いいかしら?」
「…………?……いやまぁ、俺たちでよければ」
そして少女は、少しだけ控えめに、まるで、長年溜め込んだ事を吐き出すように、言った。
「私を、この屋敷から、いえグドログッセンから、連れ出して欲しいの」
それは、囚われの少女の、闇に堕ちていった少女の話。
◆始◆
――彼らとお喋りできるようになったのは、私が確か4歳くらいの時。
その時はまだ、世界は、そんなに眩しくなかったわ。
私は生まれつき体が弱くてね。
それでずっと屋敷に篭っていたわ。
それでも、《彼ら》とお喋りできて楽しかったし、退屈はしなかった。
父も私に優しくてね。
幸せだった。
幸せすぎるくらい。
でもね、私、母には会った事がなかったの。
父に聞いても、教えてくれない。
大体は、予想がついた。
もう死んでいるとか。
屋敷を出ていってしまったとか。
どこにでもある、そんな結末は、予想できていた。
それでも、私は探した。
興味だけで。
そして、見つけたわ。
偶然といえば、偶然なの。
けれど、それは誰かに仕組まれたかのような、出来すぎたような展開だって今でも思うの。
屋敷の、奥の奥。
下の下。
暗い、それはもう闇の中に、掲げられた十字架。
蝋燭の明かり。
そして、磔にされた母。
ボロボロの服を着てた。
血の涙を流してた。
杭で胸を貫かれていた。
どう見ても死んでたわ。
驚いて。
混乱して。
思考がグチャグチャになって、
もう何が何だか解らなくなって。
悲鳴を上げて、
喉が裂けるくらい悲鳴を上げて、
涙を枯れるまで流して、
胃の中を全部吐いたわ。
今思い返すと、ホント無様だった。
で、意識が混濁していた時、知らない声が、聞こえてきた。
と言うよりも、声が直接響いてきたの。
女とも、男ともわからない、中性的な声だった。
《あ~あ、見ちゃったね、君のお母さん。死んでるよね、君のお母さん。ははは。ハハハ。はははハハ。優秀な巫女だったのにね?何で死んだんだろ?何で死んだんだろ?》
混乱してたけど、その言葉は、妙にはっきりと私の脳裏に焼きついて。
そして意識が途切れて。
気が付いた時は、このテラスにいたわ。
◆終◆
「――それほど面白い話では無いでしょう?」
何故国を出たいのか、と聞いて、返ってきた答えは「この国が、嫌いだから」。
嫌いな理由を聞いて、聞かされた。彼女の過去の話。
「結構不自然な点も多くてね、記憶も曖昧だし」
でも、と少女は続けた。
「私は、何故母が殺されたのか。どうしても知りたくなって、彼らを使って調べたの。そして、すぐにわかった。グドログッセンには、魔王信仰が根付いているって」
つまり。
「つまり私の母は、見たことも無い偶像に生贄として捧げられたのよ」
と、少女は話した。自分の過去を。面白げに、笑いながら。
「……なんで笑っていられるんだ?」
秀兎は、彼女のその、可愛らしい笑みに慄き、と同時にそれを不思議に思った。
「ふふ、不思議?そうよね、家族の死を面白おかしそうに喋っているんですものね。でも私は、その出来事の所為でここを離れたいと思ったわけではないの」
「え?」
「母が死んでいようと死んでまいと、どういう死に方をしていようと、それは本当に、私にとってどうでも良いの」
ふぅ、と少女は息をつく。
「とんだお笑い種だわ」
「?」
それは、どこにでもある話。
「母はね、魔王信仰の根付くグドログッセンで《闇の巫女》として、儀式の先導や祈祷を捧げる役割を担っていたの。それに、母は昔から魔力が強くてね。それも、母が闇の巫女をしていた要因なだったらしいわ」
まさか。
「気付いた?多分貴方の思っていることで正解。闇の巫女として存在した母。でも母から生まれた私は、母以上の力を、持っていた」
……皮肉よね。と少女は、自嘲する。
「父は、私が《彼ら》とお喋りできる事を知っていた。親子だからか、それともこの力を宿したのが父の思惑だったかはさておき、母に、そんな事は出来なかった。母は、ニンゲンだった。母より質の高い私。当然母は用済み。それでもある程度魔力があるから、生贄にされてしまった」
それは、本当によくある話。
「私が、私が生まれてきたから母は……、生贄に、されたの」
ほんと、滑稽だわ。
少女はそう言った。
笑わない。
笑えもしない。
どこにでもある、そして、どこにもない話。
彼女だけの話。彼女だけの、過去の話。
ビーチェは、言った。
「それを知ってからよ、人を疑うようになって、誰も信じなくなって、一時は荒れに荒れて、そして闇に沈んでいったわ。彼らとのお喋りや、戯れの時間がどんどん増えていって、外の世界が眩しくなっていって……」
少女は、すこしだけ感慨深そうに、目を細めていた。
でもすぐに笑う。可愛らしく笑う。
「でもまぁ今となっては過去の話で、実際のところもうどうでも良い話になっているのだけれど。ごめんなさい。本当につまらない話をしてしまったわね?」
笑う。
愛らしく。
可愛らしく。
にこやかに。
……だけどそれは、痩せ我慢じゃないのか?
どんなに可愛らしく笑っても。
それは、お前の本心じゃないんじゃないか?
「……お前、む――イッテェ!」
足が!足を踏まれた!凄い痛い!この魔女め!
「ふむ、で、貴様はもうこの国が嫌だから、我々と一緒に行きたいと」
「貴方たちは、力を戻す為に旅をしている」
「む、そこまで知っているのか」
「悪い話では無いでしょう?私が持っているこの力、「《彼ら》を眷属にする力」は、元々貴方の力みたいだし」
「ふむ……」
魔女は、少しだけ思案する。
「お前、身体の方はどうなんだ?」
「闇のおかげかしらね。最近は常人以上に調子が良いわ」
「そうか、なら別に構わない」
「ホント?」
「ちなみに私たちは明後日の夕刻だ」
「ええ、ありがとう」
「では帰る。時間になったら迎えに来よう」
「至れり尽くせりね」
魔女は、特に表情も変えず、次元を裂く。
「さらばだ、行くぞ秀兎」
「お、おい!」
そして魔王たちは、次元の裂け目から出ていった。
少女は、最後まで笑顔だった。
◇◆◇
「おい!なんで何も言わなかったんだよ!」
ビーチェはどう考えても無理をしている。
そう考えると、あの笑顔も、薄っぺらい、痛々しい物に見えてくる。
「何をとは、なんだ?」
「はぁ?だから――」
魔女は、声を張り詰めて、言った。
「お前はアイツに、あの少女に、何を言うつもりだったんだ。ええ?言ってみろ」
「う、うぅ……」
確かに、俺が言ってやれる事なんて、ない。
そうだけど……、そうだけど!
「確かにアイツの過去は暗い。自分の所為で母親が死んだ、よくきく悲劇じゃないか」
シンプルだが、それでこそ暗い。と魔女は言う。
「お前、そういう言い方は……」
「お前の気持ちも解る。アイツは不憫な奴さ」
でもな、と魔女は言う。
「ああいう悲劇は自分で解決するものだ」
それは、正論。
「…………」
「要は本人の問題だ。アイツが抱いている思い、それらは全てアイツの物だ。共感できないし、共感してはいけない」
「でも……」
「お前は何がしたいんだ?私には、全く解らない」
「…………」
結局その問に、俺は答える事が出来なかった。
ルシアの話は、悔しいけど正論だ。
自分の事は、自分で解決しないといけないし、自分でしか解決できないのだから。
過去のしがらみとか、怨恨とか、やっぱり自分で決着をつけないといけない。
だけど。
そうなんだけど。
…………やっぱり、納得がいかない。
彼女は、ビーチェは、無理をしている。そんな風にしか見えない。
正論は、いつも人を傷付ける。
誰でしょうねこの人。