《1》ピースピース
朝だ。
「うう……」
と、黒宮秀兎は呻く。
眩しい。
いくらカーテンがあるとはいえ、やはり日の光にはきつい。
あと暑い。
太陽の昇り具合からして、もう昼か。
それにしても眩しい。鬱陶しいので寝返りを打つ。
すると自分のベッドと並んで置かれたベッドで寝ている魔女の姿が目にうつる。
たいそう寝相が悪い。シーツや枕がベッドの上から消えている。床にでも落としたのだろう。
魔女は艶やかな銀髪に、美しい肌や顔。体格は、とある事情で只今小学生サイズ。
寝相の所為で乱れた黒いからは、大胆な太ももや胸が覗いている。
普通なら、少しはいかがわしい気持ちになる。普通なら。彼女が普通のサイズなら。
「……チクショウ」
秀兎は恨みがましく魔女を睨むが、本人は気持ち良さそうにグゥグゥ寝ている。
すげぇ腹立つ。
「…………」
恨みの原因は、無理矢理窓側のベッドにさせられた事。
……まぁ、そんなみみっちい事で怒るなよとつっこまれそうだが。
腹が立つのには変わりない。
仕返しをしてやりたい気分だが、さてどうすればいいだろう。
「うーん」
回想。
随分前――ヒナ達と暮らしていた時――ヒナが俺の部屋のベッドに寝ていた事があった。
邪魔でしょうがない、どうしよう、あ、床にマジックペンが。
は、閃いた!顔に落書きしてやろう。そして起こして食堂に行かせよう。目一杯恥をかいてくるがいい!
そんな感じで、意気揚々と顔に落書きをしようとして――。
ガバッと。
まるで食虫植物のようにガバッと、ガブッと捕まった。
体勢を崩され、ベッドに仰向けにされ、マウントポジションを取られてしまった。
「ふふふ、いやぁ嬉しいなぁついに秀兎さんも私に欲情ですかぁ?」
「違うんだ、俺はただマジックペンで…………」
とそこでちょっとマジックペンが不自然な位置にあったなぁ、と思い出す。
なんかこう、あからさまに取って〜みたいな、そんな感じだったなぁ、と思い出す。
「…………はっ!まさかお前が置いたのか!?」
「いやぁこうも簡単に引っ掛かってくれるとあっはっはっは」
なんという事だ!ミス!ウルトラミス!
「本来ならばあのまま寝たふりを続けて悪戯してくれるのを期待していたんですけどねぇ」
「そんなギャルゲーの展開を期待するな!」
「乳首摘ままれたら喘いでいたかも」
「つままねぇよ!それとかもじゃねぇだろ!何されても喘ぐつもりだったんだろ!この確信犯が!」
「あぅ、想像するだけで興奮しますね」
「エロい!エロ可愛い!だけど興奮するな!あと俺に同意を求めるな!」
「爪が!爪ぇ!あぁ痛い!痛気持ちいい!」
「しかもMか!Mなのか!ますます同意できない!」
「興奮が抑えられないー!!」
「うぜぇぇぇぇぇ!!」
回想終了。
あー、そんな事あったなぁ。唐突に思い出した。
……おっとこんな所にマジックペンが?
いやいやわざとじゃないよ?偶然だよ?ふっふっふっふ。
それに、今彼女はとある理由で小学生サイズ、力の差なんて歴然、変態姫の時のようにはいかないぜ!
「…………」
足音を殺し、ゆっくり、ゆっくりと隣のベッド(小学生就寝中)に侵入。
……ってこれじゃあ変態野郎みたいじゃないか。
違う、これは復讐さ、復讐なのさ。
そんなこんなで魔女(小学生サイズ)の顔を見る。
銀髪銀眉。可愛らしい寝顔。まるで、おとぎ話に出てくるような、お姫様を連想させる、そんな少女。
そんな少女の顔に、落書きなんて、落書きなんて出来るはずがない。
普通の高校生男子なら。
ま、俺は普通じゃないですし?
ふふふ、すやすや寝やがってこの女、日頃の恨みが積もりに積もってるんだ、仕返し仕返し〜。
ひひ、そのまま食堂に行って恥をかくが良いわ!
「…………」
……………あ。
「…………」
…………。
「…………」
「……オハヨウゴザイマスルシアサマ、キョウハイイテンキデスヨ?」
「うむ、忌々しいくらいに太陽が活動しているな。ところで――」
「今日は目覚めが良いみたいで何よりだ」
「うむ、お前も遂に私に欲情したか」
「違うんだ!俺はただマジックペンで――」
「ほぅ、大方寝起きの悪い私の顔に落書きし、そのまま食堂に行かせて恥をかかせるつもりだったんだろう?」
「ぐっ!」鋭い!
「まぁ今日の私は機嫌が良い。何せついに下僕が主のベッドに侵入するという大胆かつ変態的行動に出てくれたんだからな」
「……そうか、機嫌が良くて何よりだ」
「うむ、機嫌が良すぎるくらいだ」
とか何とか言いながら両手を頭に絡めてくる。あれか、頭でも潰す気か。
「このままお前にキスしてやってもいいくらいだ」
「…………」
本当に顔を近づけてくる。目を瞑る。
……騙されないぞ、俺は騙されない。反撃のチャンスを狙っているんだ、そのピンクの唇に吸い付いちゃったら最後、俺の舌を噛み切るつもりだろう。それとも唇か?
どちらにせよ目を瞑るな、相手を見ろ、見透かせ。
「んー」
「…………」
ああでも!でもやっぱり!まずいって!この距離はまずいって!なんか良い匂いするし!
「んー」
あと数ミリィィィィ…………。
「…………ホントにするかアホが!」
来た!噛み付いてきた!
「危なス!」
間一髪、拘束を振り切って回避。アブネェ!もう少しで唇がなくなるところだった!
「大体何をするつもりだったこのロリコン野郎!」
ルシアが枕で叩いてくる。まぁ只今相手は小学生サイズなわけで、大して痛くも無い。
「いや、俺はただマジックでお前の顔に……」
「マジックプレイか!?マジックプレイなのか!?この変態め!」
「マジックプレイってなんだよ。あれか、俺はマジシャンなのか?」
「変態マジシャン!」
「不名誉な渾名つけんな!」
「変態マジッカー!」
「マジッカーってなんだ!」
「変態ショッカー!」
「マジックが追い出されちゃった!」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ぐぁぁぁあああああ!」
ドスンバタン、宿主に怒られる。絶対怒られる。
そう思いながら、秀兎はルシアの金的蹴りを甘んじて受けた。
…………滅茶苦茶痛かった。当たり前だけど。
平穏な、お昼の出来事。