《6》勇者姫の苦痛
なげぇー。色々な意味で。
――併合記念式典。
別に自分の国ではないのだけれど、私は、都合のいい人形というか目印と言うか、そんな感じなのだけれど。
でもやっぱり、周りの人達の嬉しそうな顔を見ると、ついつい自分も嬉しくなってしまう。
「どことなく嬉しくないみたいですねぇ?」
と、柊萌黄は聞いてきた。
『使用人長』という、この《城》の使用人の長であり、格闘武術の師範であり、私の周りのお世話をしてくれる。
作法、礼儀を弁え、武術も超人という、スーパーウーマン。
私の前では敬語は使わないで欲しいと私が頼んだ為、今は友達のように接してくれる。
「やっぱりわかります?」
そう、普通なら、周りの人につられる。つられて笑い、泣く。それが普通なのだ。
だから私は、たぶん普通じゃない。
まぁ私には、生まれついてからのおかしな《力》が宿っているので、普通というまえに人間ではないのだけれど。
「なーんかしっくり来ないんですよねー」
自分がしている事ではないのだけれど、これが、中小国を下す事が本当に正しいのかどうか、それが少しひっかかる。と言うわけではない。
別に、今の状況に不満がるわけではない。エルデリカさんやシャーリーさんや紅葉ちゃんに萌黄さん。
皆がいて、笑っているのだけれど。
でも、
でも何か、何か満足できない。ひっかかる。
「なんなんですかねー」
「戦争の所為じゃないのー?」
「うーん何て言うのかなー」
ひっかかりと言うか、物足りないと言うか。
不可解な不足感、欠落感と言うか。
「…………うーん」
「まぁまぁ悩んでないで。もうすぐスピーチの時間だよ」
「えー、あぅー緊張するー」
のべ三百万。併合したクアトロリアの大衆。
私は彼らの前でスピーチしなければならない。
理由は明快。私には、《光》が宿っているからだ。
《光》には、人の邪気を祓い、清め、希望を植えつける事のできる力がある。
希望を植えつけられた彼らは、私を信じるようになる。
つまり、強力な人心掌握の力が《光》にはあり、私はそれを使役し、大衆の心を掌握するのだ。
…………うーん、セコいと言うかなんというか。
「まぁ、それはとにかくとして、ここで悩んでどうこうなる話ではないのだけれど…………」
そんな、全くといっていいほどの聞き取れない囁きが、消えていく。
そしてヒナは、ヒナ・ラヴデルト・フリギアは、勇者姫は、
小さく下唇を噛んだ。
◇◆◇
と、それからちょっと前。
「痛ってぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!」
と、魔王は叫んでいた。
今日はクアトロリアの併合記念式典。
あっちの世界は晴れ。
こっちの世界はいつも晴れ。
視界一面に広がる大花畑。
その美しい花畑が一部、黒に染まっていた。
それは、血。
魔王の、禍々しき血。暗黒の血液。
まぁだからと言って唇が黒くなったりするわけではないのだけれど。
それは、正真正銘の化物の血だった。
そして魔王は今、大出血サービスの真っ最中であった。
「うぉぉぉマジヤベェェェェ!!」
そりゃぁまぁ、右腕を根元からぶった切られ、なおかつ左足はもう膝から下の部分は30m離れた地点に見るも無残に転がっていて、そんでもって傷口から真っ黒な血が大サービスなのだ。大変大変マジ大変。
そんな、死んでもおかしくない、半分死体みたいな魔王が、絶叫しながらドタバタもがいているのだ。
なんていうか、ホラーショーのもう一段階上を行く感じの、見たらドン引き失神物の光景だった。
「…………」
と、そんなドン引き光景を、冷めた目付きで見る、いや見下す少女が言った。
「……ザコ」
鋭い!
異様に鋭い!
こ、心が痛い!
「うるせぇーチクショー!」
やけくそ気味に、ていうかやけくそに叫んだ。
「無理なんだよ!はぇんだよ!ハンパねぇんだよ!」
やけくその八つ当たり。
「これだから簡単に封印されるんですよ」
「されてやったんだよ!」
「Mなんですね」
「いわれもない非難!?」
正確にはいわれ『の』ない、だけど。
「つーか、テメェのあの俊敏さにはかなわねぇよ……」
昨日測ったのだけれど、こいつ――飛燕寺桜花――は、50mを約3秒で走破するのだ。
腕力、脚力、身体能力全てにおいて彼女は、人間でない彼女は、魔王と一線を画している。
「私の脅威の脚に屈服しましたか」
「ああ、それには正直かないそうにない」
「やはり私の美脚は魔王をも虜にしてしまうのですね……」
「いやぁ違う!違う違う!」
確かに綺麗だけどね!俺が話したのはそこじゃない!
「俺が言いたいのは速さ!速さの方!」
「でも正直綺麗だなー位は思っていたのでしょう?」
「ぐっ……!」
「すぐに反論出来ないところを見ると、やはり……」
「そうですよ、ええ何か!?俺だってなぁ、健全な高校三年生なんだぞ!美脚に見惚れるくらいいいじゃないか!」
「まぁ正確には年下の美脚ですが……」
「ぐぁー!」
は、反論できない!
ロ、ロリじゃない!俺は断じてロリじゃない!認めないぞ!
「でも秀兎様……」
「な、何?」
「ヒナ様って、童顔で身長小さいですよね」
「ぐぁぁぁぁぁああああああああ!!」
お、俺はロリコンだったのか!
なんという事だ(英国紳士風に)……。
そんなつもりはなかったんだ!
「無自覚変態野郎ですね」
「ぐふっ……、…………ってあーそろそろ生命の危機だ……」
そういえば俺、脚と腕ぶった切られてたんだ。
出血サービスの所為でそろそろ身体の残存血液量がやばい感じ。
自分の性癖に絶望している場合じゃなかった。
「俺の脚と腕を取ってきてよ」
「いやです。自分で取れるでしょう?」
「面倒臭い」
「いやです。誰がロリコン野郎の話なんて聞きますか」
「ロリコンじゃない。俺は断じてロリコンじゃない!」
そりゃぁまぁヒナは童顔だけどね!
「なー頼むよーお願いだよー俺まじ死んじゃうってー」
「……死ねばいいじゃないですか」
「促すなよ!助けてよ!」
「……死ね」
「命令かよ!マジでやめようよ!助けようよ!」
しかしそんな思いは門前払いだった。
閑話休題
とりあえず、腕と脚は無事にくっついた。
「……私は今すごく傷付いているのです」
「はぁ?」
「貴方の昨日の、平然と私の全裸を前にしながらのノーリアクション。許すわけにはいきません」
そういえばそうだった。
昨日の事である。
ここから8キロほど離れた場所に広がる森の中に滝があったのだ。
まぁ察していると思うのだが、そこで俺は行水中の桜花の全裸を目撃した。
まぁ、裸でM字開脚しているとういう訳でもなし、それに後姿だったという事もあって平常状態で挨拶してしまったのだ。
「ショックです。私の自称メリハリロリィが貴方の醜悪劣悪最悪下劣極まりない視線によって穢されてしまった。投身ものの辱めです」
「言い過ぎだろうぅそれは!それから、メリハリロリィってなんだよ!」
限りなくお馬鹿な発言だと思う。正しくはメリハリボディ。
メリハリロリィって、意見とかはっきりしてそうな女の子だな。
「ていうか、そんなにショックなのか?裸を見られたくらいで」
「くらい!?やはり貴方は乙女心がわかっていない!」
「うっ、最近そればっか言われる気がするな……」
「好きでもない輩に裸を見られたときの羞恥心!純情な私には耐えられません!」
「純情って、純情って言ちゃってる……」
そして桜花は、残念そうに言った。
「かくなる上は――――殺すしかないのです」
殺すしか、ないのです。
「キビし!?そしてかなり強引な結論!やはり私を貰って的な展開は無いわけか!」
「天罰覿面!御命頂戴!」
「危なっ!」
「死して後悔させません!」
「あ・ぶ・な!!」
秀兎は目の前に迫った刀を真剣白刃取りする。
「後悔するよ!死んだら誰だって後悔するよ!」
「大丈夫、後悔させる暇は与えないという意味です」
「どうやって殺すんだよ!?」
気になる!スゲェ気になる!
「ふ、企業秘密と言うやつですよ」
「にやり顔するな!余計気になるわ!」
とそこで。
「おーい二人ともー。もう時間よー!」
サタの呼び声で、桜花は何事も無かったかのように(しながらも舌打ち)刀を収める。
今まで感情に満ちていた顔が、一気に無表情になる。
「冗談は過ぎましたが、安心してください魔王様。主人の尊厳を護る侍女として、私は貴方を殺しせま、いえ殺しませんから」
それが嘘かホントか、半信半疑、というか一信九疑なのだが。
「……お前、執念深そうだしなぁ」
まぁ今は、とりあえず式典の事を考える事にした。
ちなみに人間は、首を刎ねても数分間(秒だったかな?)は生きている事ができるらしい。
まぁ、かなり高度な治癒魔術でないと、首をくっつけるなんて芸当は出来ないのだけれど。
とにかく、死して後悔させない殺し方は、首を刎ねるだけでは無い事は、確かだと思った。
◇◆◇
クアトロリア、王城前大広場は民衆で埋め尽くされていた。
既に屋台やら何やがいくつも並び、お祭り騒ぎである。
《それではこれより、勇者姫からの併合宣言を承ります》
元クアトロリア王の言葉が、拡声魔術によって響き渡る。
心なしか、晴れ晴れとした表情になっている。
《光》の力に当たったに違いない。
そして民も、既に大半が笑顔だ。
すでに《光》の力は、クアトロリアの全土を侵食していた。
《……皆さん、こんにちは。ヒナ・ラヴデルト・フリギアです》
魔術によって、彼女のアップの映像が映し出される。
この映像は、日本の各都市にも流れている。
光を反射する、まるで本当に金で出来ている様な、艶やかで濃い金髪。
細い、しなやかな肢体に、美しい、キメ細かい肌。
慈悲に満ちた、丸く優しげな目付き。蒼海を湛えたサファイアの瞳。
大人びた、神秘的な美貌。
伝説の聖女、完璧な、芸術品のような少女、《勇者姫》の勇姿が、日本の国民の目に映る。
《この度は、私たちと共に歩んでくれる道を選んでくださったクアトロリア王、そしてクアトロリアの民の皆さんに深く感謝し、お礼を申し上げます》
動作の一つ一つが、美しい。
老若男女とわず誰もが彼女に見惚れていた。
《長々とした挨拶をするつもりはございません。ただ、私は言います。馬鹿げた差別、横暴、虐殺は、我が国日本にあってはなりません!大昔の賢人が『人は皆平等』と唱えたように、私たちはその言葉を信念とし、世界に唱えます!今ここにいる皆さん、そしてわが国の民、貴方たち全てが国の財産であり、力であるのです!皆さん!私たちと一緒に、誰もが平等な世界を作ろうではありませんか!》
その、ほんの少しのスピーチでも、力強い声音と、光の力によって、民の心は震え上がる。
民が、兵士のように、鬨の声を上げる。
それだけで十分だ。
それだけでもう、光の力が完全に彼らの心に刷り込まれたことがわかった。
誰もが勇者姫を敬い、誰もが勇者姫を慕い、誰もが勇者姫の為に死んでも良いと考えるようになる。
酷く、酷く後味の悪い、光景だった。
笑えもしない光景だった。
苦しい。
心が苦しい。
自分は今、最低な事をしているのだ。
痛い。
心が、痛い。
そんな事を思いながら、ヒナは、勇者姫は美しく頭を下げていた。
これ、多分第五章くらいで終わる予定だけど、なんか長いですねー……(汗)
とまぁひとまずそれはおいといて。
次でやっと、二人が再会です。
全体的な物語りとしては、そろそろ走り始める頃だと思いまーす。
感想など、待ってたりします。