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 シックスは膝に手をついて立ちあがった。

 その動作は緩慢で疲れているように見えた。そういえばわたしと話しているときも壁に背をあずけて座ったままだった。

 機械化兵装でも疲れることがあるのか。いちおう外骨格の中身は血の流れる生物であり、いっさい疲弊しないなんてことはないのだろうが、少し意外に感じた。

 シックスはそのまま格納庫の奥へ歩いていく。

 わたしは追いすがりながら訊ねた。「待って。提案ってなに?」

 ぐるりとあたりを見わたしたシックスは格納庫中央に鎮座していた一際大きな鉄塊を指さした。

「あれは動くのか?」

「あれって。クマバチのこと?」

 兵員輸送用の垂直離着陸航空機だ。両翼の先の樽型エンジンとずんぐりした機体のフォルムからクマバチの愛称で呼ばれていた。

 愛称はあるが使われることはほとんどない。二基のターボエンジンがかなでる騒音は機動車の比ではなく、周囲一帯のアバドンを引きよせることになる。

 アバドンとの戦闘が積極的な殲滅戦だった時代の兵器。火薬式大口径拳銃と同様、遺物といっても差しつかえのない代物だった。

「メンテナンスはされているはず。動くとは思うけれど」

「そうか」次いでシックスは指を天にむけた。「では上の隔壁は開くか?」

 格納庫中央の天井は大きなハッチになっていた。クマバチのような航空機が離着陸するためのものだ。ここの天井と地面に偽装した地表のものとで二重構造になっている。

「ああ。ハッチの制御盤は壊していないから開くが」

 いいさして声がのどにつっかかった。シックスがいわんとしていることがわかったのだ。

「待ってくれ。まさかクマバチでみんなを脱出させようというのか。無茶だ。詰めこんだところでせいぜい十数人しか乗れないし地上は汚染されている。防護服もたりない」

 天井ハッチだけではない。格納庫の一角は長い坂道になっており車輛出入坑用のハッチもある。つまり脱出自体は容易なのだ。でようと思えばいつでもでていける。

 たしかに盲点ではあった。わたしをはじめ兵のだれもが思いつかなかったことだ。しかし当然思案にさえ値しなかった理由がある。格納庫からの出口は地上への直通。そして地上はさらなる地獄なのだ。

「そもそもいったいどこにいくっていうの? 運よく他のシェルターに着いたところでアバドンの大群を引きつれた状態で受けいれてくれるわけがない」

「そこだ。この機体で暴れれば相当な数のアバドンをおびきよせられる。通路の隔壁を解放しておけばこのシェルターのなかにいるやつらも集まってくるだろう」

 ようやくシックスの提案の全容が見えてきた。

「なるほど。囮になるということか」

「そう。装甲車や機動車を一角に集めてバリケードを作り、民間人はそのなかに隠れていればいい。すべての隔壁を解放して、だれかがクマバチを駆り、地上で囮になる。じゅうぶんな数をおびきよせたところで隔壁を閉鎖すればこのシェルターの安全は確保される」

「シェルター内のアバドンの大群がここを通ることになるけど、民間人は本当に安全なのか?」

「やつらは強靭だが単純だ。より強く抵抗するものに群がってくる。民間人が気配をけどられなければそちらには目もくれないはずだ」

 わたしは腕を束ねて考えた。格納庫に閉じこめられてからこっち、はじめての魅力的な提案だった。もちろん危険な賭けではあるがここで餓死するよりずっといい。

 しかし問題もある。「クマバチの操縦はだれが?」

 囮になるクマバチ操縦者はまず助からない。大群を引きつれたままあてどなく地上をさまよい燃料がきれて墜落するか。アバドンに鉄骨を投げつけられて撃墜されるか。どちらかだろう。

 そもそもわたしたち一般歩兵に航空機を操縦できるものはいない。だからこそクマバチを使おうなどとは思いもよらなかったわけだが。

「あんたは操縦できるのか」

「外骨格に備わったシステムに頼れば操縦は問題ない。ただ――」シックスは唐突に言葉をきった。

 またわたしには見えないだれかとバイザーのなかで会話をしているのか。感情をうつさない青白い双眸を見ているといよいよロボットと話しているような気分になる。

 そこで作戦本部の天幕からでてきた兵士たちがわたしに近づいてきた。

「中尉のようすは?」

「だめですね。なにをいっても反応しません」

 まあそうだろう。わたしは少尉の班も全滅しており、もう帰らないことを告げた。

「なんてことだ。そうなると兵長。あなたが最上位になります。おれたちはどうすれば?」

 兵長が最上位とは、いよいよ終わっている。

 うちひしがれた顔をしてうなだれる四人の男たちを順繰り見つめた。わたしはシックスの提案を説明して協力を求めた。

 乗り気になってくれるわけもなかったが、それでもわたしとおなじ結論にはいたったようだ。ここで死を待つよりは幾分マシというわけだ。みなが了承した。

「さっそくとりかかろう。三人で車輛をすみに集めてくれ。いうまでもないが静かにな。エンジンをかけずに人力で動かせる車体だけでいい。わたしともう一人で負傷者の運搬と避難民の誘導だ。シックス、あんたはクマバチの離陸準備にかかってくれ」

 準備作業は思いのほか順調に進んだ。

 車輛の移動と負傷者の運搬はどちらも人力に頼らなければならず時間がかかると考えていたが、自力で動ける民間人も率先して協力してくれた。

 マリアの破滅思想にとらわれた人たちばかりではないのだ。まだあきらめておらず、助かるために懸命にあがく人たちも大勢いる。

 車輛とそのなかに積まれていた装具が格納庫の一角に無秩序に並べられ、地上でよく見かけるスクラップヤードの様相をなしつつあった。

 目途がたったところでその場をほかの兵士に任せ、わたしはアムを捜した。

 嫌われていようが怖がられていようがあの少女だけは助けたかった。

 しかし母親の遺体がある装甲車のなかにアムの姿はなかった。ほかに目ぼしいところを捜したが見つからない。

 すでにバリケードに退避したのか。民間人を誘導しているときも少女の姿を気にかけてはいたが見落としただけなのかもしれない。

 鉄塊の密林に戻る途中でクマバチのなかにいたシックスに手招かれた。

 ぎょっとする。

 シックスは全裸だった。はじめて会ったときとおなじだ。

 手術痕おびただしい筋肉質の裸体とはいえ、それでも健全な男にとっては精神衛生上いいものであるわけがない。ましてやこんな状況であれば、前後不覚のあやまちが取り返しのつかない事態を誘発させかねない。

 さいわいクマバチの後部ハッチのなかは死角になっており、ほとんど暗闇だ。異様な大女の存在が騒ぎになっているようすはなかった。

「おい。あんた、なんのつもりだ」

 機内に駆けこんで咎めるわたしを無視してシックスはハッチの閉鎖ボタンを叩いた。スロープ状になっていた後部ハッチが持ちあがり、搭乗スペースが外界から隔絶される。

 機内非常灯が灯った。毒々しい赤に塗り染められた密室。至近距離でヘカトンケイルの中身と対峙し、わたしはえもいわれぬ恐怖をおぼえた。

 息がかかる距離でじっとわたしを見おろす無表情は、悪夢のなかの人のかたちをしたなにかとそっくりだった。

「いっておかなければならないことがある。わたしはもうすぐ死ぬ」

 シックスは突然そう切りだした。

 なにをいいだすのかと思えば、そんなことはわかりきっていたはずだ。単身、単機で周囲一帯のアバドンをおびきよせる囮になるのだから。

「最期になにかいい遺したいことでもあったの? いいよ。聞いてあげる」

 いいながらわたしはわずかに後ずさった。機械化兵装にかぎってありえないことだとはわかっていたが、全裸の相手に密室に招きいれられたという事実に変な想像がいやがおうでも膨らんだ。

 しかしシックスは怪訝そうに片眉をあげた。

「勘違いをしているようだな。作戦の結果としてわたしが死ぬという意味ではない。それまでわたしの身体がもたないという意味だ」

「どういうこと?」

 シックスは自身の胸や腹の傷痕を手で示した。

「複数の臓器が機能不全をおこしている。ナノマシンの治癒もおいつかない。活動の限界は近い。そもそも目覚めたのは奇跡のようなものだ」

 わたしは目を見開いてシックスを見た。あらためて見ても痛ましい。痕がのこることなど考慮していない、まるで解剖した死体を人間のかたちに戻すために施されたような縫い口だった。

 比喩ではなく、ほんとうに歩く死体のような状態ということか。

 貴重なヘカトンケイルのバイオロイドが救護エリアの一室に放置されていたのは、単純に死体として扱われていたからなのかもしれない。

 シックスは他人事のように淡々とした口調でつづける。

「わたしはいつ動けなくなってもおかしくない。不本意だがクマバチを操縦し囮となって暴れまわる役は不適任だ。作戦の人員配置を変更しなくてはならない」

「変更って。ほかにだれがいるんだよ。操縦できるのはあんたしかいないだろ」

「お前だ。兵長。わたしの代わりにお前がやれ」

「は? なにをいっている。代われるものなら代わりたいよ。でもわたしに航空機の操縦はできない」

「わたしが着ていたインターフェースアーマーと外骨格を使え。コックピットで同期をとればあとはアーマーの支援システムが自動で操縦してくれる」

 シックスが指さすほうを見た。所狭しと積まれた武器弾薬の収納箱のうえに外骨格一式とゴムのようなジャンプスーツが無造作に脱ぎ捨てられていた。シックスが棺桶部屋で拾得した最新世代の機械化兵装。タルタロスとかいっていたはずだ。

 シックスが全裸の理由は理解した。しかしいわんとしていることは皆目わからない。

「だからなにをいっている。頭までおかしくなったのか。わたしは外骨格を使えない。ヘカトンケイルじゃあないんだから」

 箱のうえのバイザーがまじろぎもせずわたしをのぞきこんでいるきがした。わたしはそれを視界から追い払うように手をふって怒鳴った。

 シックスは感情的になったわたしの肩をつかんできた。死人とは思えない力強さだった。無表情がさらに近づく。

「やはりまだ気づいていないのだな。ではもう一度訊こう。なぜ撃たなかった」

「なんだと?」

「錯乱した民間人が隔壁を開けようとしたときだ。なぜ撃たなかった」

「そんなの……。撃てるわけないだろ。混乱していたとはいえ護るべき民間人だ」

 わたしは歯切れ悪くこたえて目線をそらした。機械化兵装に人間性で見栄をはってもしょうがないので自分自身への無意味な嘘だった。

 あのとき、わたしは撃とうとしていた。アムにとめられなければ躊躇なく皆殺しにしていた。

「普通の兵士なら撃てないだろう。だがお前は違うはずだ。思いだせ。お前はいつ、どこからきた」

「どこって、最近ほかのシェルターから異動になって……」

「そのシェルターの名称は? 異動したのはいつだ? そこで記憶に残っている出来事はなにかあるか? さらにその前はなにをしていた?」

 矢継ぎ早にまくしたてられて名称や異動日時はぽんぽんと思いうかんだ。しかしそれは単語と数字の羅列でしかなかった。すりこまれたような無機質な情報だ。

 過去の思い出となった途端、なに一つ思い描けなかった。

 わたしは孤児であり、幼くして軍籍となった。そう聞かされていた。しかしそれを教えられたのはいつだ? だれに教えられた? ずっと昔だったきもするし、つい最近のようなきもする。

 面とむかって問い詰められて初めて実感した。

 わたしにはこのシェルターに着任する前の記憶がない。

「おかしいな。どうなっている。わたしは兵長で……あれ? いつ兵長になった? 二等兵だったころのことを憶えていない。おかしい。おかしいな」

 頭蓋のなかで真っ白い空虚が際限なく拡がっていく。

 目を開けていることも難しくなり、わたしは頭をかかえてうずくまろうとした。しかしシックスにがしりと腕を固定されており、体調不良を理由に思考を放棄することも許されない。

「教えてやろう。お前はバイオロイドだ。わたしとおなじヘカトンケイルプロジェクトによって人工的に製造された兵器なんだ」

 頭のなかの白い靄がうごめき、ある光景を描きだしていく。

 白い部屋と人のかたちをした怪物たち。

 怪物の一人としてわたしもあそこにいた。

 あれは悪夢ではなく、わたしの記憶?

「わたしも詳しくは知らない。敵を殺す術以外のことは知るべきではないと調教されたからな。しかしお前を一目見たときに同種のものだと直感した。――おい」

 シックスは唐突に外骨格のほうに声をかけた。

 するとバイザーの双眸が青白く輝き、空間に子供のホログラムが映しだされた。

 小綺麗な身なりの少年。棺桶部屋で見た。タルタロスの支援システムと名乗っていたはずだ。

「こんにちは、兵長。あらためて挨拶を。ぼくはルーク」

 わたしはなにも応えられず茫然と少年を見つめていた。

 ルークは困り顔をつくって忍び笑いをもらした。

「混乱しているよね。無理もない。もっと気の利いた伝えかたがあったと思うのだけれど」

「時間がない。説明してやれ」シックスはつっけんどんに命じた。

「やれやれだね。でも時間がないのは事実だ。残酷だけど受け容れてもらうしかない。H06がいったことはほんとうだよ。兵長、きみはバイオロイドだ」

「そんな、なぜ?」

「製造されたバイオロイドのすべてがヘカトンケイルになるわけじゃない。プロジェクトの調教過程でふるいにかけられ、不適格と判断されたものもいる」

「それがわたしだというのか? ヘカトンケイルの落伍者だと?」

「落伍者といういいかたが正しかかどうか、個人的にはおおいに物申したいところだけれどね。今は省こう」ルークは含みありげにシックスをちらりと見て、肩をすくめた。

「不適格となったバイオロイドの取りあつかいはまだ実験段階であり、様々な運用が試験的に施行されていた。たとえばぼく、次期機械化兵装タルタロスもその一つさ。より兵士に、より人間に近い、外骨格を纏えるもの」

 タルタロスとは人間的な機械化兵装ということか。実物には会ったことがないが、その一部である支援システムがこうして表情ゆたかに話しているのを見ていると説得力があった。

 ルークはわたしを示すように片手を持ちあげた。

「兵長、その点きみは冒険的な実験の最たるものであり、成功例だ」

「どういうこと?」

「自身の出自はもちろん、バイオロイドであることさえも忘れさせ、一般兵として人間社会に溶けこめるかどうか」

 息をのんだ。わたしはその実験のためにここに送りこまれたというのか。

「バイオロイドは普通の人間と違う。外骨格を使用できるように施術され、生理現象も最低限ですむように遺伝子操作されている。戦うためだけに効率化された人造生物だ。並大抵のことで隠しおおせるものじゃない。よほど強力なマインドセットを施されたのだろう」

「わたしの配属先の中隊は? 彼らは普通の兵士としてわたしに接していたぞ」

「機械化兵装に関わるプロジェクトはすべて極秘事項さ。当然、指揮官を含めて兵士たちにはなにも知らされていない。妙に優秀な女兵長が異動してきたぐらいにしか思っていなかったはずさ」

「そんなの、非効率じゃないか。戦いに特化したバイオロイドをわざわざ雑兵にする理由は?」

「さっきいったように実地実験だよ。非効率的なものまで含めて様々な運用を模索している途中なのさ」

 わたしはルークをにらみながらほかの否定材料を懸命に探していた。

 ルークは目に憐憫の色をにじませ腕を束ねた。

「納得できないなら複数の理由を挙げられる。たとえば、強化外骨格の数はかぎられている。すべてのバイオロイドにあてがえるほど人類の資源は潤沢じゃない。たとえば、ヘカトンケイルにならなかったバイオロイドは多かれ少なかれ個性をゆうする傾向がある。思うにきみはかなり人間によった個体だったのだろう。兵士にするには適任だった。たとえば――」

「もういい」怒鳴り声でルークをさえぎり、わたしは頭をかかえた。さいわい額の手触りは人間のままだった。

「人間によった個体だと? そんなの……くそ。ふざけるな」

 到底受け容れがたかった。しかしあの白い部屋の記憶と思い出がないという事実。

 なにより、民間人を殺そうとしたときの冷たい激情がわたしが人外であることを裏付けているように感じた。

「兵長。お前が納得しようがしまいがこの際どうでもいい」

 シックスが久しく声をはっした。

 シックスは壁によりかかっていた。はじめて見たときから色の悪かった肌はさらに血色をうしなっていた。そんなざまでも無表情なのでわかりにくいが、立っているのもつらいのだろう。

「時間がないんだ。わたしが動けるうちに始めよう」

 選択の余地はないということか。わたしは今一度箱のうえのバイザーを見た。

 わたしをじっと覗きこむ深い蒼。次なる犠牲者、新たな宿主を惹きよせるような妖しい輝きだった。今度は臆さずにわたしも深淵を見つめかえした。




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