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 女は裸足でぺたぺたと近づいてきた。床の汚物や血だまりにまったく頓着していない。

 わたしを見おろし、小銃を回転させると銃把を差しだした。

「ここはどこのシェルターだ?」

「タイニア13」

 恐るおそる受け取りながら答えた。

 女は周囲をぐるりと見わたし、わたしの防護服の肩章をちらりと見た。

「兵長。アバドンの襲撃だな。被害状況は?」

 言動や身のこなしから軍人であることはわかった。

 しかしなぜ裸なのだろう。なぜなにも知らないのだろう。

 そしてなぜこうも簡単に仲間の兵士を殺せるのだろう。

「答える前に一つ教えて。あなたは何者?」

「機械化兵装。ヘカトンケイル。識別符丁はH06(ホテル・オー・シックス)」

「ヘカトンケイル……。実在していたのか」

 驚いた。噂は聞いていたが実際に目にしたのは初めてだった。

 強化外骨格を纏った人造人間の兵士。機械化兵装と総称される対アバドン用の最終兵器だ。

 そのなかでもヘカトンケイルは初期生産モデルとされ、その存在の真偽も含めて様々な逸話がまことしやかにささやかれていた。

「最後の記憶はこの付近での任務だ。おそらくそこで故障してここに運びこまれたのだろう。お前たちの争いの物音でついさきほど目覚めた」

 女、H06は背後の施錠されていた救護室を目線で示した。

 なるほど。重傷を負っていてたった今意識を取り戻したということか。なにも知らなくて無理はない。手術跡と裸の理由もわかった。あの救護室だけロックされていたのはH06が収容されていたからなのかもしれない。

 しかし今故障といったか。負傷ではなく故障?

 H06は無言でわたしの答えを待っていた。

 二週間前のアバドンの内部出現から今の諍いにいたるまで簡単に説明した。

 H06は相槌一つ打たず、わたしが話し終えると救護室に戻っていった。

 わたしは慌てて背嚢を回収してあとを追った。

 救護室には通路の死体のものとは別種の悪臭が充満していた。完全な死臭だ。無数のベッドには腐敗して灰色に変色し始めた亡骸が横たわっていた。

 H06は部屋のすみのコンテナボックスを物色していた。艶のある黒色のゴムのようなものを取りだした。コンテナはここに収容された患者の装具を保管するためのものらしい。

 H06はゴムのようなものを手慣れた様子で纏った。おそらく彼女のものなのだろう。全身にフィットするジャンプスーツのような着衣だった。

 ふたたびボックスを漁り、甲虫のような見なれないヘッドギアをしげしげと眺めている。ヘカトンケイルの強化外骨格だろうか。ヘルメットはひしゃげて赤黒い眼鏡はひび割れていた。

「使えると思うか。そうだな。完全に壊れている。代わり? ああ、そうか」

 小声で何事かを呟いている。独り言にしてはまるで誰かと会話をしているような奇妙なものだった。

 H06はコンテナ群を調べてまわり一つを探りあてると違う強化外骨格を取りだした。

「それは? シックス」

 わたしは恐々と話しかけた。彼女に訊ねているとわかるようにシックスと呼んでみた。

 H06、シックスは自身の呼称にもまったく頓着せず素直に返答した。

「ほかの機械化兵装のものだ。おなじ作戦に参加していたがわたしの目の前でアバドンに破壊された。頸部から引きちぎられていたので外骨格は比較的無傷のようだ」

 たしかにヘッドギアや胸部の装甲はおびただしい血で汚れていた。シックスはまったく気にする素振りもなく外骨格を装着していった。

 さきほどシックスが物色していた自身の外骨格とは、まるで装いが異なるものだった。

 ヘカトンケイルが甲虫を人型化したような無骨そのもののデザインなら、こちらはなめらかな流線型で胸部や臀部のふくらみは女性的でさえあった。

 サイズもぴったりのようだ。シックスがすべての装具を着装するとフルフェイスバイザーの双眸にあたる部分が楔型に青白く輝いた。

 突如、そこからホログラムの光線が伸び、小柄の人影を描きだした。少年だ。映像記録でしか見たことがない小綺麗な身なりをしている。

 中性的な顔立ちの少年は柔和な微笑をたたえ口を開いた。

「はじめまして。ぼくはタルタロス支援システム、ルーク。緊急時のプログラムにもとづき、ヘカトンケイルH06を一時的な使用者として承認します。支援は必要ですか?」

 ルークと名乗ったホログラムの少年はシックスを、次いでわたしを見た。

 なぜか驚いたように目を見開いてなにかをいおうとした。

「必要ない。間にあっている」

 シックスの声で少年は一瞬で消え去った。

「ちょっと待って」いろいろと理解が追いつかず、たまらず問い詰めた。「今のはなに? どういうことなの」

「これはわたしとは違う機械化兵装の外骨格。おそらく最新世代のものだ。今のホログラムはそれに備わったシステムだろう。インターフェイスアーマはほぼ同一でありわたしでも使えるようだ」

「最新世代の機械化兵装? タルタロスとかいってたけど」

「わたしは知らない。知るべきではないと記憶されている。外骨格として用をなすなら問題はない」

 使う当人に問題ないと切り捨てられてしまっては黙るしかなかった。

 機械化兵装はすべてこうなのだろうか。合理的という言葉で片づけるには極端にすぎるように感じた。

「生存者と合流しよう。案内してくれ」

「わかった。でも用心して。あそこを占拠しているのはあなたが殺した兵士の部隊だ。躊躇なくわたしを襲ったことを考えると、むこうもどうなっているかわからない」

 シックスを連れて倉庫エリアへと引き返す。

 シックスに出会い、助けられたのは幸運だった。こんなことになった以上、セムロックとの対立は避けられないだろう。わたし一人ではどうすることもできない。フル装備の機械化兵装を味方にできたのは大きい。

 しかし、鋼鉄を装甲した人型の兵器から放散される威圧感を背に、手ばなしで喜ぶきにはなれなかった。

 ヘカトンケイルの逸話は輝かしい武勇伝ばかりではない。アバドン撃破のためならば手段を選ばず、犠牲や被害をかえりみないという噂もあった。

 いわく人間性が欠落していると。

 

 倉庫エリアに戻ると、セムロックと彼の二人の部下が待ちかまえていた。

 硬質な表情、諸手に握った小銃、不自然な距離のとりかた。敵愾心を隠そうとしていない。

 軍曹たちと民間人の姿は見えなかった。

「兵長。後ろのそいつはなんだ。おれの部下はどこだ?」

 彼らも機械化兵装の登場には面喰ったようだった。セムロック以外の兵士は落ち着きなく目線を動かし、頻りに銃把を握りなおしていた。

「先にこちらの質問に答えて。民間人とわたしの仲間をどこへやった」

「おい兵長。上官への口のききかたを忘れちまったのか。武器をあずけて質問に答えろ。こいつは命令だぞ」

「上官として命令する資格があなたにあるのか。元兵士の悪党に従う義理はない」

「いうじゃないか。しかし正論だな。なら悪党らしく振舞おうじゃないか。おい、連れてこい」

 セムロックが指示すると部下の一人が奥にさがった。

 後ろ手に拘束された軍曹と彼の家族が連行されてきた。軍曹の顔は痣だらけだった。ひどく殴られたのだろう。彼にすがりつく奥さんと男の子の顔も泣き腫れておびえきっていた。

「軍曹。だいじょうぶですか」

「セヴィ兵長。すまない。わたしは無事だ。だが部下は三人殺された」

 調達班はわたしを含めて七人。わたしがいない間に三人間引けば、三対三で対等になる。人質として使うにしても六人もいらないということなのだろう。

 きっとその程度の理由で殺したに違いなかった。油断していたわたしたちなら殺さずとも無力化することはできただろうに。

 軍曹はほとんど開いていない目でセムロックを見た。「セムロック軍曹。なぜこんなことを。自分たちがなにをしているのかわかっているのか?」

「もちろんわかっている。このくそみたいな地獄でせいぜい自由に生きてるのさ。さっきおたくの兵長がいっていただろ。おれたちはもう兵士じゃない。シェルターが壊滅し軍司令が崩壊した時点で銃を持ったただの男になった」

「……わかった。もうきみたちにはかかわらないと約束する。だからわたしたちと民間人を解放してくれ。格納庫エリアに帰ってもきみたちのことは報告しない」

「それを信じるとでも? そっちの餌が尽きたら今度は大所帯でこっちの檻に引っ越してくるつもりだろ。なによりおれたちになんの利点がある。せっかくの女を二人も逃がして得られるのはちっぽけな良心の慰めか?」

 軍曹には悪いがセムロックの言い分のほうが合理的であり正しいように感じた。もちろん善悪を度外視すればだが。

 隔絶され孤立した二週間でセムロックたちは身も心も悪漢になりはてた。武力にものをいわせて民間人を凌辱し、利己的な理由で仲間の兵士を殺害したのだ。なにをいってももう手遅れだ。

「さて、くだらない話はここまでだ。兵長。武器をすてろ」

 セムロックは軍曹から奥さんと子供を引きはがした。男の子のこけた頬に小銃の銃口を突きつけた。

 二人の元兵士は左右からわたしとシックスを狙っている。

 打つ手はない。ここはおとなしく従い、機会をうかがい待つしかないだろう。

 わたしは小銃を床に投げすてた。

 しかしシックスは鋼鉄の彫像のように動かなかった。

「おい、でくのぼう。聞こえているのか。お前も銃をすてろ」

「お前たちこそ武装を解除して降伏しろ。軍からの無許可離脱は脱走兵扱いであり、銃殺刑だ」

 シックスの抑揚を欠いた声に場は一瞬凍りついた。

 セムロックが盛大に吹きだした。

「兵長。そのバケツ頭をどこから連れてきやがった。バイザーが汚れてて目が見えないのか。従わないならこのガキを殺すといっているんだぞ。機械化兵装ならこの状況をひっくり返せるとでも」

「機械化兵装を知っているなら理解できるはずだ。人質など無意味だ。敵として射殺されるか罪人として拘束されるか。どちらがいい? これは最後通牒だ」

 ぞっとした。シックスは本気だ。

「そうかよ。もういい。お前ら、そいつを撃て」

 わたしは咄嗟に伏せた。視界のはしに地を蹴る鈍色の巨人の残像が見えた。

 二人の悪漢は小銃を連射するが機動車のような速度で横移動するシックスに照準が追いつかず、銃弾はことごとく壁や棚で火花を散らした。

 考えなしのフルオート射撃で弾倉はあっという間に空になる。

 羽虫の飛翔音のような銃声。数秒で見えないところまで移動したシックスの応射だ。棒立ちのまま弾倉交換しようとしていた一人の悪漢の頭がはじけた。

「よせ」軍曹の叫び声が聞こえた。

 奥さんと男の子がセムロックの小銃を奪おうと掴みかかり、もみあいになっていた。

 もう一人の悪漢は棚の裏に逃れようと駆けだした。しかしふたたびどこからともなく死の飛翔音がひびいた。背に短連射を浴びた男は胸から爆発的な血煙を噴いて転がった。

 二発、けたたましい銃声が轟いた。

 減音器つきの圧縮空気小銃ではない。火薬式の大口径拳銃だ。

 言葉にならない軍曹の絶叫。奥さんと男の子が倒れていた。

 小銃を手ばなしたセムロックが腰の拳銃を抜いて二人を撃ったのだ。

 わたしは床の小銃に飛びつき、セムロックを撃った。

 下腹部に被弾したセムロックは目を白黒させ、くずれ落ちるように膝をついた。駆けよって拳銃を奪い、投げすてた。

 軍曹は顔からあらゆる体液をあふれさせ、うめきながら家族のほうへよたよた歩いていた。

 奥さんと男の子は大量の血だまりのなかで斃れたまま動かない。対アバドン用の大口径拳銃で体幹を射抜かれたのだ。どう考えても即死だった。

 軍曹の手を拘束していたプラスチックバンドを切った。「だいじょうぶですか。しっかりしてください」

 自分でもバカな言葉だと思う。だいじょうぶであるはずがないし、しっかりなどできるわけがない。

 軍曹は家族と一緒の血の海に身を沈め、か細い声で泣き喚き始めた。

 身体をゆらし、天を仰いでいやいやと首をふる。神に懇願するような仕草だった。

 涙でかすむその目には薄暗い天井以上のものが映っているのだろうか。

 セムロックの部下たち、わたしの仲間の兵士、軍曹の家族。わたしたちがこの倉庫エリアにきてから一時間とたたずに九人の命が失われた。

 しかもアバドンは一切関与していない。すべて人の手によるものだ。

 こんな状況なのに、なぜ人間同士で殺しあわなければならないのか。

 いつの間にかシックスがかたわらに立っていた。

「ああ。三人とも手早く片づけるはずだった。違う。うまく照準があわなかった。わかってる。わたしは人間と戦うようには設計されていない。それにしても妙だ」

 言い訳がましくぶつぶつと述べていると思ったら、また例の独り言だ。

 妙なのはあんただし、なにを考えているのか。短絡的な行動を起こさなければ軍曹の家族は死なずにすんだかもしれないのに。そんなに殺しがしたいのか。

 いってやろうとシックスに詰めよったとき、すさまじい破壊音が通路から聞こえてきた。

 コンクリートの壁を砕き、隔壁を引き裂く異音。

 シェルターそのものが発狂したような身の毛もよだつ騒音だ。

「まずい。やつらだ。きっと今の銃声を聞かれたんだ」

 すでにシックスは兵士の遺体から武器弾薬を回収し始めていた。わたしには目もくれずに告げる。

「ダクトを通ってきたといったな。生存者を連れて逃げろ。わたしが時間を稼ぐ」

「多勢に無勢だ。機械化兵装でも助からないだろ」

「アバドンを殺すのがわたしの存在理由だ。可能なら合流するように努める。はやく行け」

 シックスは小走りで通路に消えた。殺されにいくようなものなのに、待ち合わせにむかうような気安さだった。

 わたしは二人の兵士と四人の民間人を解放し、ダクトに誘導した。

 先行するように告げて背嚢を回収する。やはりこれを背負って雑巾がけはできそうにないし精査する時間もない。口惜しいが詰めこめるだけをポーチとポケットにねじこんだ。

 最後に軍曹に声をかけた。しかしせん妄状態で頑として家族の遺体からはなれようとしない。あきらめるしかなかった。

 セムロックが防護服の裾をつまんできた。下腹部から血と汚物をたらしながらか細い声でわめく。

「待て。待ってくれ。置いていくな」

「うるさい。あんたが選んだ死に場所だ。好きに生きた自由な男として、せいぜい地獄で腐ればいい」

 死の臭いをふりはらい、倉庫エリアを脱した。

 懸命にダクトを這い進む。一刻も早く、少しでも遠く、騒音から離れるように。

 敗走だ。四つん這いで舌をだして逃げ惑うさまはまさしく負け犬だ。

 分隊の半数を失い、得られたのはわずかな医療品と四人の生存者。

 底抜けの偽善者なら民間人を救出することができたと自分を慰めるのだろう。しかしそれはあまりに独善的だ。だって彼らは助かっていない。

 セムロックがいっていたように檻を引っ越したにすぎない。もっといえば物資も尽きかけているより貧窮した檻に移住させられるのだ。ありがた迷惑とさえ感じるかもしれない。

 わたしとしてはアムの母親がまだ生きていて、この薬が効くことを願うばかりだった。

 拳銃の銃声が聞こえた。また二発だ。

 軍曹がセムロックと自分自身にケリをつけたのだろう。家族を殺された恨みからなのかもしれないが、セムロックにまで地獄いきの超特急をくれてやるのは優しすぎるように感じた。

 仲間の兵士の尻に追いついた。銃声を聞いた兵士がぽつりといった。

「軍曹は天国で家族とあえましたかね」

 腹がたつ。銃口ででかい尻を小突いてやりたかったが自重した。

 もしそんなことで天国にいけるのなら、みんなとっくにそうしている。




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